ガンダムビルドダイバーズ -once more- 作:雷電丸
「今、時間ある?」
ペイルライダーを受け取ってから数日、シンヤには悩みがいくつかあった。1つは、自分が使いたいガンプラのこと。何を使うかは決まったのだが、どうカスタマイズするか悩んでいる。
そしてもう1つ。これはガンプラよりも深刻な問題だ。
ペイルライダーを受け取ったあの日、ガンプラ売り場で出会したクラスメートのフジサワ・アヤに、未だ謝ることができていないのだ。同じクラスだから学校で会えるからと慢心していたのがいけなかったのか、タイミングを逃してまったく謝罪できずにいる。
なにより、あれからアヤには避けられている気がしてならないのだ。ただ、元々必要以上に交流があるわけでもないので、気のせいと言う可能性もある。
そんな日が続いたから、自然と諦めもつく──はずだったのだが、どういう訳か今、シンヤの目の前にはその悩みの種となっているアヤがいた。
たまには屋上で昼食を取ろうと思い立った彼は、スマートフォンで撮影した組み上げたばかりのガンプラを隅々までチェックし、使いたい武装をどこに配置するかなど思案していた。程なくして食事を済ませ、改めて考えようかと思考を傾けた時、彼女が現れたわけだ。
「えっと……聞いてる、かな?」
「ご、ごめん! 聞いてたよ、フジサワさん」
慌てて返事をすると、アヤは安堵したようにほっと胸を撫で下ろす仕草を見せる。座る位置を確保しようと広げていたものを片付けると、「ありがとう」と言って腰掛けた。スカートにシワができないよう、綺麗に座る仕草になんとなく目が奪われる。
(うーん、噂になるのも分かるかも)
そもそもアヤとはただのクラスメートでしかないシンヤ。接点と言えるものはその肩書きだけで、言葉を交わしたことすらなかったように思う。それでも、彼女の噂は友人を通じて耳にする機会も多い。鈴を転がすような声、常に落ち着いた雰囲気、愛らしい微笑みなどなど、彼女を好意的に褒め称える噂は跡を絶たなかった。
そんな有名人と言ってしまえそうな人が、隣にいる──妙に意識してしまうのは仕方がないのだが、噂に呑まれるよりもちゃんと彼女の話を聞こうと向き直る。
「それで、何か聞きたいことがあるみたいだけど……」
「えっと、その……」
アヤは何故かすぐに用件を言わず、そわそわと髪を弄ったりして誤魔化してくる。そんなところも可愛いな──などと呑気に考えてしまう。
「GBNって、やってる?」
「え? うん、やってるけど……」
「良かった。こないだ、たまたまノートにあった走り書き見ちゃって……」
「あー……あはは、変なところ見せちゃってごめん」
「ううん。私の方こそ、覗き見たりしてごめんなさい」
平謝りに謝るが、それはあくまで結果としてそうなっただけだろう。見られていた恥ずかしさはあるが、教室でノートを広げていたら誰の目に入っても不思議ではない。
「でも、どうして僕に? GBNだったら、他の人もやってるみたいだけど」
「うん。一応、声をかけられそうな人には聞いてはいるの」
アヤは物静かな性格なのか、自分から率先して誰かに声をかけることは少ない。どうやら彼女の中で話しやすそうな人物を予めピックアップしてから、こうしてGBNをやっているか聞いているらしい。
「それで、もしよかったらプロフィール見せてもらいたいの」
「いいよ。はい、どうぞ」
スマートフォンでGBNに登録してあるアカウントに接続し、プロフィールを表示してアヤに手渡す。アカウント名、プレイヤーランク、最近使ったガンプラ、これまでの戦績などなど、普通のゲームより多くの情報が掲載されるプロフィール。しかしシンヤは自分でプロフィールを見たことは滅多にない。ランクが上がった時はだいたいがGBNにログインしている時なので別ウインドウで表示されるし、戦績などにはまったく興味がないから見る気にすらならないのだ。
「すごい、Cランクなんだ」
「……え?」
アヤの言葉に首を傾げると、彼女も不思議そうにしている。彼女の反応は自然なもので、寧ろ自分のランクを理解していなかったシンヤの方が変だろう。しかしアヤはそれを指摘せず、「ほら」と言ってスマートフォンの画面を見せてくれる。
「本当だ。見逃してたみたい」
ここのところの激戦で、知らず知らずのうちに鍛えられたのだろう。ランクにそれが表れるのは嬉しくもあるが、今は気付いていなかった恥ずかしさの方が勝っている。
それからはアヤがまたスマートフォンに視線を落として黙々と見入っているため、シンヤは口を出さずに黙って見守る。真剣な面持ちから察するに、単純に強いプレイヤーを探していると言う訳でもなさそうだ。
(フジサワさんもGBNをやってるみたいだけど、どんなアバターなんだろう?)
シンヤのアバターはリアルとあまり変わりばえしないが、女性はやはりGBNでもアクセサリーや服装への拘りがかなり強いらしい。彼女のアバターも気になるところだが、まずお眼鏡にかなうような戦績はないので、目にする機会はないだろう。
「チャンピオンと、フレンドなの?」
「あぁ、以前たまたま知り合って。でも、連絡とかは取ってないよ」
キョウヤを口にされて、すかさず関わりが薄いことを伝える。まさかと思うが、彼に会いたいと言われても困る。キョウヤとは自分を介して誰かと会わせるためにフレンドになったわけではないし、シンヤもそんな理由で絡まれても迷惑この上ない。
少し警戒の色を滲ませての返事に対し、しかしアヤは何故か「なら良かった」と呟いた。てっきり会わせて欲しいと言うのではないかと身構えていたシンヤは思わず言葉の真意を聞きたくなったが、それより早くアヤからスマートフォンが返却されたので自然と口を噤んでしまう。
「うん、決めた」
おもむろに立ち上がると、アヤは少し緊張して面持ちで向き直る。そして勇気を振り絞るようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「お願い。私に、力を貸して欲しいの」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんか、緊張する……」
GBNで最も人が集まるログインカウンター。待ち合わせする者、ミッションに臨む者、ログアウトしようとする者。数多の人々がここを利用するだけに、1日たりとも閑散とすることのない雑踏を見ながら、シンヤは独りごちる。
アヤからいきなり力を貸して欲しいと言われて、内容を詳しく聞かずに「いいよ」と答えてしまった恥ずかしさと、女の子と待ち合わせをすると言う緊張感から、時間が近づくにつれてそわそわとしてしまう。
「シンヤ…くん?」
「え?」
後ろから遠慮がちに声をかけられて振り返ると、そこにはアヤに似た少女が立っていた。しかし穏やかな印象の際立つアヤとは真逆で、鋭い吊り目と忍者のような服装が近寄りがたい雰囲気を持っていた。
「もしかして、フジサ───むぐっ」
「しーっ! リアルの名前は言わない!」
「ご、ごめん……」
いきなり口を塞がれた時は驚いたが、彼女の言う通りだ。これだけ人が多ければ周りの喧騒に呑まれるかもしれないが、誰が聞いているか分からないだけに、リアルに通じる情報を口にするのは避けるべきだろう。
「私の方こそ、急にごめんなさい」
アヤ──いや、アヤメはゆっくりと離れ、淡々と告げる。いつもの柔らかい感じよりも凛とした雰囲気に満ちた彼女に戸惑いはあるが、先程の慌てた様子を考えると同一人物で間違いないだろう。
「それで、今更だけどお願いって言うのは?」
「えぇ。実は……今日開催のタッグマッチに一緒に出て欲しいの」
「タッグマッチに?」
2人1組でトーナメント戦を行うタッグマッチ。ルールは相手チームの殲滅と言ういたってシンプルなものだが、フォース戦と違う少人数バトルを好むプレイヤーから注目を集めている──そんな風に聞いたことがある。
アヤメに言われて今日のイベントスケジュールを見ると、確かにタッグマッチの文字があった。報酬は無難なもので、ゲーム内で使えるポイントや称号、限定ガンプラも用意されているようだ。
「それはいいけど……えっと、アヤメは僕でいいの?」
また名字で呼びそうになり、慌てて言葉を呑み込むシンヤ。その様子をじっと見ていたからにはアヤメも気付いているだろうが、特に指摘されることもなく「私、ソロだから」と静かに言った。
「どこまで行けるか分からないけど……アヤメに力を貸すよ」
「あ、ありがとう」
断る理由はないし、なによりせっかく勇気を出して手伝って欲しいと言ってくれたのだ。無碍にはしたくなかった。シンヤが二つ返事で了承すると、アヤメは少し驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに安堵の表情に掻き消されてしまう。
一先ず申し込みを済ませた2人は時間になるまでガンプラを見せ合って作戦を練るため、モビルスーツハンガーへ移動する。
「アヤメは……SDガンダム?」
「……えぇ」
彼女の前にそびえるガンプラは、よく目にするものと頭身が違っていた。シンプルなデザインと大きなツインアイ。鋭さよりも丸みを帯びた四肢。歩けば愛らしさを感じさせるであろう脚部。SDガンダムと総称されるタイプのガンプラが、そこに立っていた。
「その……頼りないかもしれないけど」
「え、何で?」
「え? えっ、と……」
シンヤ自身がSDガンダムを使うことはないが、何度か使っているダイバーを見たことがある。彼ら彼女らは小回りのきくSDガンダムを使いこなし、機敏に動き回りながら様々な方法で攻勢を維持していた。リアルタイプではできないことが、SDガンダムでならできる。そう感じさせる戦闘を何度か見てきた。
「それに、僕はSDガンダムをうまく使えないから……だから、アヤメがすごいと思うよ」
「私は、そんな……そ、それより、シンヤのガンプラは、マルコシアス?」
「うん。最近発売されたばかりだから、みんな乗ってるかもしれないけど」
ガンダムマルコシアス。鉄血のオルフェンズと言う作品に登場するバルバトスやフラウロスに連なるガンダムだが、作中でその姿や名前が明るみに出ることはなく、あくまで「マルコシアスはいた」と言う程度に過ぎなかった。しかし最近になってそのマルコシアスがデザインされ、そしてガンプラとして販売を迎えたのだ。
シンヤのマルコシアスは、本来の純白のカラーリングとは真逆で黒く彩られ、紅いパーツはより鮮烈に見えるように深紅に染まっている。GBNでは最近発売されたばかりのガンプラだからと試しているダイバーも少なくないだろう。
「武器は変えてないの?」
「1つだけ……背中の武器は、ちょっと違うよ」
マルコシアスが背部に携えている大型のメイス。巨大な鞘に収納されたその中には一振りの剣が入っているのだが、シンヤのマルコシアスが本来持つそれとは少しだけ違っでいる。自分なりのカスタマイズがされていない分、尖った長所が少ないからアヤメの反応次第ではタッグマッチに出ない方が良い可能性もある。
「僕の方が頼りないと思うけど」
「そんなことないわ。期待してるから」
期待している──そんな風にまっすぐ伝えられたのは初めてで、思わず生返事になってしまう。それを不思議に思われる前に、件のメイスについて変わっている点を説明するのだった。
互いのガンプラについて話し合う内に集合時間を迎えた2人はトーナメント会場へ移動する。そこには既に多くの来場者が集まっており、賑わいを見せている。
参加しているのは15組。その内1組は前回の優勝チームらしく、1回戦目はシード権を持っている──と、アヤメが説明してくれている時、場内がざわざわと浮き足立っていく。視線をさまよわせると誰もが後ろを振り返っており、それに倣えば2人の男性が立っていた。やる気に満ちた顔にあどけなさが垣間見える少年と、余裕の笑みを浮かべた落ち着き払った青年の2人組は、既に闘志を漲らせているのかパイロットスーツを着用している。
「フォードとルークスだ……!」
「やっぱり今回も来たか」
フォード、ルークス。2人ともガンダムの外伝作品の1つにあたる『宇宙、閃光の果てに…』でモビルスーツのパイロットをつとめるフォルドとルーカスにそっくりなアバターと名前を使用しており、何度も優勝を勝ち取っただけに注目を集めている。その戦術や使うガンプラは全大会を通して変わらず、それでいて優勝を果たすと言うことは分析をされて作戦を立てられてもそれを打ち砕くだけの実力が備わっていることに繋がる。
(思ってたより強敵がいるんだ)
呑気に言えたことではないのだろうが、隣にいるアヤメはとても冷静で動じた様子もない。優勝は難しいはずなのに、顔色すら変わっていなかった。
(あれ、優勝が目標だったっけ?)
そこでふと、アヤメに言われたことを思い出す。彼女は一緒に大会に出て欲しいと言っただけで、優勝したいとは一言も口にしていない。目標はなんなのか──それを聞こうとしたシンヤだったが、試合相手の抽選が始まったため、黙って結果を眺めるのだった。
「えっ、いきなり……?」
「そのようね」
モニターに映し出されたトーナメント表を見て、シンヤは思わず尻込みしそうになる。まだ互いに同じ戦場に出たことがないから、せめて戦闘動画を確認したかったのだが、それも叶わないようだ。
「大丈夫。私がサポートするから」
「う、うん」
アヤメの言葉に頷き返し、2人は早速対戦ルームへ移動する。シンヤの戦闘動画はアヤメも少しは見ているので、少しは動きも理解しているはずだ。しかし、アヤメの動画は彼女から「しばらく戦闘ミッションとかはしてないの」と言われてしまったため、彼女が強襲を受けた時どう立ち回るべきか、シンヤには分からなかった。だからせめて、自分に矛先が向くことを期待するしかあるまい。
いざガンプラに乗り込むと、目の前に宇宙空間が広がっていく。戦場は全て宇宙空間に設定されているが、デブリ帯やコロニー内部、もしくは宇宙広域など多く用意されている。
「RX-零丸、出る!」
「ガンダムマルコシアス、行きます!」
合図と共に宙域に身を躍らせる零丸とマルコシアス。まだ正式な名前を決めていないマルコシアスだが、カラーリング以外に大きな変更点がないので自分でも違和感はない。
宙域は開けており、遠くても敵のスラスターの光を目にすることができた。先に決めていた通りシンヤのマルコシアスが先行し、零丸はその小型な身を活かして素早く隠密行動に長けた“カクレ形態”に切り替わる。
先行するマルコシアスを通じてモニターに映る敵機を静かに見詰めていたシンヤだったが、一瞬走った閃光を見逃さず、機体を翻す。少し遅れて駆け抜けていくビームの光に一瞥もくれず、それが飛来した方向へ宙域を駆けた。
それを阻むように、続けて放たれたのはバズーカの弾頭。咄嗟に腰部のバインダーにあるレールガンを使うか悩んだが、その答えを決めるより先に目の前で弾頭が炸裂し、内に秘められていた物が刃となって襲いかかってきた。
「散弾タイプか!」
すかさず、背部のバインダーの向きを変えて思い切りスラスターをふかして身を翻して拡散した弾丸から離れる。それを見越して、上と下の両方向からビームサーベルを引き抜いて2機のガンプラが迫りくる。
「やらせるか!」
慌てることなく背中の中央に懸架してあるバスタードメイスγに手をかけ、上方から迫る敵に突っ込みながら引き抜いて弾き飛ばすと、そのまま下を向いて今度は一直線に駆け下りていく。
「デカい!」
《やるようだな!》
対艦刀にも匹敵する大きなバスタードメイスγをぶつけられても、敵はびくともしなかった。ビームサーベルで受け止めた敵もまた、その巨体に備わったスラスターを活かし、押し返そうとする。
《名乗らせてもらおう。我が名はアーファル。
そして我が愛機、サイサリス・フラム!》
名乗ると同時に真紅と灰色に彩られたサイサリス・フラムは巨体を器用に動かしてマルコシアスを蹴り飛ばす。そして一定の距離ができたところで背部にある2つの5連装ミサイルランチャーがフタを開き、赤い弾頭が姿を現す。すぐさまレールガンを構えたシンヤだったが、再び直上からもう1機が迫ってくるのに気がついて背部バインダーを開いて内部に仕込んだサブアームが短剣をもって展開され、ギリギリのところで敵の突進を受け止める。
蒼を基調として、所々に白を織り交ぜた美しい機体。しかしその勢いは鬼神のように熱く、苛烈なものを感じさせる。
《このターベとGP0103・ブルーローズが押し込んでやる!》
男の声が通信を介して聞こえてくる。ブルーローズは腰部バインダーと背部のバーニアをふかして徐々に推力を増していく。逃げようと思えばできなくはないが、未だミサイルで狙いを定めたサイサリス・フラムが目を光らせているせいで簡単には逃げられそうにない。
「シンヤ!」
それまで“カクレ形態”で追従していた零丸が急に姿を現し、種子島雷威銃でブルーローズを追い払ってくれる。それを見て、サイサリス・フラムがミサイル群を放つが、アヤメの方が次に備えて早く動いていた。背中のシールド手裏剣を投げ、迫りくるミサイルの全てを叩き落とす。
《見事》
「それはどうも」
ビームサーベルを構えるサイサリス・フラムとブルーローズ。どちらも『機動戦士ガンダム0083 Stardust Memory』に登場するガンダムがベースとなっていた。
サイサリス・フラムはアトミックバズーカを使わないからなのかラジエーターシールドの代わりに標準的なシールドを懸架し、左手には先刻ビームを放ったのに使ったと思われるビームバズーカを。そして背中にはミサイルランチャーを接続しており、ベースとなっているガンダム試作2号機から大きな変化はないようだった。
それに対してブルーローズと名乗ったガンプラは、ガンダム試作1号機と3号機のミキシングによるものだった。下半身は3号機、上半身は1号機のフルバーニアンで作られており、機動性の高さがありありと伺える。1号機と3号機は同時に存在する──作中なら有り得ない、叶わないと言う観点からその花言葉を宿す青いバラの名を冠したのだろう。背中には2挺のバズーカが二つ折りされた状態で懸架されており、背部の中央にも別の武装が折り畳まれた状態で配されていた。
睨み合い、互いに出方を伺う。シンヤとアヤメは組むのが今日が初めてなため、無闇に突っ込むわけにはいかない。威圧的なプレッシャーから背中を冷や汗が伝って気持ち悪い。
刹那、ブルーローズが前傾に身を構えた。それを認識するより早く、勢いよく突っ込んでくる。ビームサーベルが一閃される──そう思った瞬間、ブルーローズはくるっと左へ回転して一瞬にして2人の視界からいなくなる。が、ブルーローズの突進はあくまで囮に過ぎず、後続していたサイサリス・フラムがシールドを構えて肉薄してくる。
「しまっ……!」
ブルーローズに気を取られていた2人はすぐに対処できず、零丸への突撃を許してしまう。
「アヤメ!」
強い推力と巨体を受け止められるほど零丸は力強くなく、吹き飛ばされてしまう。追撃に放たれようとするミサイルを止めるべくマルコシアスを近づけるが、2つの内の1つが自分に向けられていることに気がつき、慌ててガードの体勢を取る。
「うわぁっ!?」
レールガンで撃ち落とすのは間に合わず、5発のミサイルが全身に叩きつけられる。しかし装甲を厚くしているマルコシアスは怯まず、寧ろ受けたことで出来上がった煙から身を踊らせてサイサリス・フラムへ襲いかかる。バスタードメイスγを頭上から振り下ろすが、ビームサーベルで受け止められてしまう。
「まだっ!」
受け止められるのは予想していた。すぐさま腰部バインダーのレールガンが砲口を覗かせ、サイサリス・フラムのミサイルランチャーに向かって閃光が放たれる。閃いた弾丸は寸分違わずミサイルランチャーを消し飛ばす。
「このまま押し込む!」
背面の武装が破壊されたことでバランスを失うサイサリス・フラム。追撃しようとバスタードメイスγを振りかぶるが、すかさずブルーローズがフォローのために背後から迫ってきた。
サイサリス・フラムを蹴り飛ばし、強襲するブルーローズへ向き直り、背部バインダーを展開して2つの短剣で受け止めると今一度レールガンが構えられる。狙うはコクピット。突進に推力を目一杯使ったばかりのブルーローズを撃ち貫く──それを信じて疑わなかったシンヤだったが、ブルーローズの方が早く動き、上半身と下半身を分離してレールガンから放たれた閃光をかわし、直上に位置したところで背部に畳んでいたフォールディングバズーカを立て続けに放っていく。
「くっ……!」
散弾タイプの弾丸の驟雨をかわし、或いはバインダーに収納されていた短剣で叩き斬ってやり過ごす。しかし、迎撃に気を取られていたシンヤへ分離して宙域を漂っていたブルーローズの下半身が突撃してくる。
「なっ!?」
リモート操作が仕込まれていたのか、驚きに目を見開く彼に躊躇なく叩きつけられる下半身。かわせる程の距離が充分になかったせいで左半身に引っかかり、バランスを失ってよろけてしまう。その隙はあまりに大きく、追撃を容易に行えてしまうほどだった。
ブルーローズの背部中央に折り畳まれていたものが、いつの間にか展開を終えていた。それはモビルスーツが手にするにはあまりに長く、少なくとも担い手であるブルーローズの全高の倍を優に超えている。
「まさか……デンドロビウムのビーム砲!?」
尖端に集束されていく閃光。まだ放たれてすらいないのに、見る者全てを圧倒する輝きに満ちたそれを前にして、シンヤは自分が絶望的な状況に置かれているのを改めて理解する。
かわしきれないとはっきり分かってしまうほど、あまりに脅威的な光景。
しかし───。
「だからって……」
彼はまだ───。
「諦めて……!」
絶望していない。
「たまるかあああぁぁっ!!」
全てのスラスターをふかして、とにかく右に避ける。マルコシアスのすぐ横を眩い閃光が全てを焼き尽くさんと襲いかかってきた。勢いよく放たれる火線を恐れれば、その恐怖心に漬け込むように何かが引っ張ってくるのではないか──そんな気さえした。
姿勢制御は後回しにして、まずは砲火をかわすことにだけ専念する。未だバランスの悪いマルコシアスに向けてサイサリス・フラムがビームバズーカを構えたが、その銃身が突如として尖端を斬られて火の手をあげた。
「忘れてもらっては困るわね」
「ありがとう、アヤメ」
カクレ形態で間近まで迫っていた零丸が、忍者刀で叩き斬ってくれたのだ。無事だったことに安堵しながら、サイサリス・フラムを彼女に任せてさらにスピードを上げていく。
「貴方の相手は私よ!」
ビームバズーカを失ったサイサリス・フラムは種子島雷威銃で牽制する零丸に向け、厚い装甲を活かしてバルカンを撃ちながら勢いよく接近する。そして距離が詰まったところでビームサーベルを引き抜くと、忍者刀で防御されると分かりながらも力強く振り下ろした。しかしもそこで手を止めることはせず、ビームサーベルの出力を徐々に徐々に上げていく。
「くっ……!」
唸り声を轟かせる獣ように勢いづいた刃が、遂には忍者刀を噛み砕いた。零丸は既の所でやり過ごすが、がら空きとなった胴体目掛けて、切っ先が迫り来る。武器を失ったばかりの見目はあまりに弱々しく映ったことだろう。だが、まだ全ての武器がなくなった訳ではない。なにより、この戦闘中に1度も見せていないものだってある。
胴体を狙って一直線に放たれる突き。何もしなければ貫かれるのは必至だろうが、そう易々と身を捧げるはずもない。零丸の腕部に備えていた苦無が鈍く光った。2つの苦無で光刃をいなし、突くために注がれた力が出尽くしたタイミングを見計らって攻勢に転じるアヤメ。
サイサリス・フラムに向かって苦無と手裏剣を投げつけ、畳み掛けるように自身も突っ込んでいく。出力を上げすぎたせいで取り回しの悪くなったビームサーベルでは小さな苦無はもちろんのこと、零丸の俊敏な動きを止めることはできず、全ての武器を一身に浴びてしまう。
「これでっ!」
苦無が胸部に刺さり、手裏剣がメインカメラを切り裂く。猛スピードで飛来した武器によって体勢を崩したサイサリス・フラムのコクピットはがら空きで、零丸の砕かれた忍者刀があっさりと深々突き刺さった。
爆発に巻き込まれないよう飛び退くと、巨体はすぐさま火の手をあげてたちまち爆発を起こしては破片を撒き散らす。
勝った──言いようのない安堵と共に深い溜め息が零れる。気を緩めるにはまだ早いと分かっていても、安心感はいつまでも付き纏って離れようとしなかった。
「アヤメ、やってくれたんだ」
サイサリス・フラムの撃墜がマップに表示され、シンヤは改めてブルーローズへ警戒心を強める。先程のビーム砲は取り回しが悪いのか撃ってこないようだが、既にバズーカで何度か牽制に遭っているせいで未だに近づけずにいる。
射撃兵装がレールガンだけで心許ないとは思っていたが、ここまで苦戦するのは頼ってくれたアヤメに対して申し訳なかった。
(だから、絶対に負けられない!)
マルコシアスを駆り、バズーカを潜り抜けて少しずつだが着実に近づいていく。しかしあまりに時間がかかっているせいで、次第に焦っているのも事実だ。その影響からなのか、被弾する回数も増えていた。
「情けないよね」
独り言つシンヤに返る言葉は1つもないが、マルコシアスに肯定されているようにも思う。ならばこそ、アヤメのためだけではなくマルコシアスのためにも負けられない。シンヤは勝利を貪欲に望み、ブルーローズへ何度目かも忘れた接近を試みた。
放たれるバズーカをレールガンで撃ち落とし、すかさずバスタードメイスγをぶん投げる。愚直なまでに真っ直ぐ投擲されたそれは、しかしブルーローズを捉えることは叶わず、脇を通り抜けてしまう。
「今だ!」
だが、シンヤの狙いは寧ろかわされることにある。投げたバスタードメイスγの持ち手に絡められているワイヤーを手繰り寄せ、中に仕込んでいたγナノラミネートソードを引き抜く。突然、真横を通り過ぎたはずのメイスの中から別の剣が出たことに驚くブルーローズ。再びの回避は間に合わず、メインカメラを斬られて宙域をぐるぐる回ってしまう。
大きな隙が出来たこの瞬間を逃すはずもなく、シンヤはマルコシアスを肉薄させていく。自機へと戻ってくるγナノラミネートソードを途中でしっかり受け止めると、マルコシアスはさらに加速してブルーローズの眼前まで一気に距離を詰めた。今度は分離を赦さないように、真上からソードを一閃。真っ二つに引き裂かれたブルーローズは、瞬く間にその姿を宇宙に散らすのだった。
「か、勝った……!」
ドッと疲れが押し寄せてくる。自分とアヤメの戦いは、まだ始まったばかりなのに。
読了、ありがとうございます!