ガンダムビルドダイバーズ -once more- 作:雷電丸
第七士官学校との模擬戦は、言葉にするのも憚られるぐらいに無様なものだった。意気込んで飛び出したダイナはそうだが、援護すら叶わなかったクレハたちにも事実が重くのしかかっている。
そんな中、シンヤだけは潜入と言う別の目的を胸に動いているため、どうにも他の4人との接し方がいまいち分からなかった。
(とりあえず、飲み物でも持っていこう)
心を落ち着かせるためにホットミルクでも──と思い立ったものの、ダイナは仏頂面のままシンヤを無視し続け、ヒミとギダリはかろうじて受け取ってくれはしたが表情は変わらず暗いまま。
(うーん……)
そもそも、リアルでこそ数少ないながら親友はいるが、GBNでは基本的にソロで活動してきたシンヤにはうまく言葉を紡げない。話すよりも聞く方が好きなだけに、彼らとは別の意味で気が重かった。
「あとは……」
しかし考え込んだところで何か妙案が閃くはずもなく、シンヤは最後にクレハを探そうと敷地内をあてもなく彷徨う。
幸い、自分たちが制限なく動ける範囲はそんなに広くないので、すぐに彼女を見つけることができた。しかし、誰かと話しているのか何かに向かって細々と喋っている。邪魔できない雰囲気と、ブレイクデカールの件とで、思わず身を隠してしまうが肝心の内容までは聞き取れなかった。
「クレハー」
少し離れてからなるべく大きな声を出し、自分の存在をアピールする。改めて彼女の姿を見つけた時には、さっきまでのやり取りを感じさせない佇まいで立っていた。
「…何?」
「お疲れ様ってことで」
ホットミルクの入ったカップを差し出すと、彼女はしばしそれを見詰めていた。何か変だったか、或いは苦手なのか、よく分からずシンヤも黙っていると、ようやく受け取ってくれた。
「もしかして、ミルクがダメだった?」
「いいえ。大丈夫」
「そう。それならいいんだけど」
何かしら情報を引き出したいところだが、自分だけでは難しいだろう。勝手に隣に並ぶのもどうかと思うので、さっさと踵を返す。
「シンヤくん」
「あ……お疲れ様です」
クルトに呼ばれ、団員らしく敬礼。話し込んでいて変に思われることはないと思いたいが、用心するにこしたことはない。シンヤはメッサーに乗り込むと、すぐにクルトから通信が入った。
「何か気になったことはあるかい?」
「えっと、クレハが……」
つい先程の出来事を思い出し、すぐに伝える。明確に怪しい訳ではなく、確証もないことを言うのは気が引けたが、クルトもジャックも警戒を第一に動いている。大きな混乱を招くことはないだろう。
「そうか、ありがとう」
「これから僕は、どうすれば……」
「こちらも手を尽くしているから、積極的に動くことはない。今日はもうログアウトして、ゆっくり休んでくれ」
クルトの言葉に従い、シンヤは早々にログアウトする。仮想世界から現実世界へと戻ってくると、ダイバーギアを外してそばに直立しているガンプラを手に取る。
「お疲れ様」
わざとやられるのは、分かっていても中々くるものがある。静かに感謝の言葉を述べると、作業用のテーブルに移り、メッサーを少しずつ分解していく。
「久しぶりに出したもんな」
メッサーは今回の潜入に合わせて、棚から引っ張り出したガンプラだ。棚に陳列している他のガンプラと同じように、しばらく動かしていないから急に動かすことに少し申し訳なさもあった。
お詫びも兼ねて、メッサーを各部ごとに分解していく。隙間から入り込んだ埃を取り除き、最後に丁寧に拭き取る。この作業で機体性能が大きく向上するはずもないが、シンヤにとっては別に苦ではないし、寧ろ好きでさえあった。
各部位を綺麗にし終えると、足を、腰を、胴体を、腕を、頭部を──それぞれを接続していき、再びメッサーが組み上がった。
「明日からも、よろしく」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日から、シンヤたちは第七機甲師団の一員を目指しての特訓が本格化していく。まるで軍人さながらのランニングやガンプラに乗っての行軍訓練もあったものの、主たるものはやはり戦闘訓練だった。
とは言え、全員が集まれる機会はかなり少なかった。中でもクレハとダイナは社会人と言うこともあって、時間を確保するのはかなり厳しいのだとか。
そうなると必然的に、ヒミとギダリとのやり取りが増えていき、シンヤも2人だけに集中できる安心感からなるべく声をかける機会を増やしていった。
「はぁ……」
「随分と深い溜め息だね」
「そりゃそうだよ」
これみよがしに溜め息を零したヒミは、廃墟と化したビル群に身を潜めながら不貞腐れたようにシンヤへ返す。2人は、ギダリと合わせた3人編成で、1人の敵と相対している。その人物こそ、この第七機甲師団の猛者をまとめる隊長──ロンメルだった。
今はそのロンメルを相手に、3対1の戦いの真っ最中。開始から廃墟を縦横無尽に駆け抜けていくロンメルのグリモア・レッドベレーを追いかけるのは難しく、ギダリのサイコザクに搭載されている数多の火器で爆撃じみたことをして炙り出したまでは良かった。
「気付いたらこっちが追い込まれたんだ……溜め息も出るよ」
ヒミの言う通り、爆撃で生じた煙に紛れてミニモアが出撃し、各所にトラップを設置したり錯乱したりと、手痛い反撃をもらってしまった。お陰でサイコザクは中破。戦闘の継続は厳しく、残された右腕でバズーカを持っているものの、戦力としては数えられないだろう。ギダリは活躍の場を奪われたからか、さっきから仏頂面のまま黙っている。
「いいよな、最初から強い人は」
「確かに、負け続けは正直、気が滅入るよね」
「簡単に強くなれる方法があればなぁ」
その言葉に、シンヤはブレイクデカールについて言うか、逡巡する。もしヒミが第七機甲師団を潰すために入ってきたとして、掲示板にまで書き込んだのだから、周囲の人間をかなり警戒しているだろう。そこに自分が深く突っ込めば、ヒミは早々に姿を眩ませてしまうかもしれない。
緊張から、ごくっと喉が鳴る。平静を装うと自分に言い聞かせながら、シンヤはゆっくりと口を開いた。
「簡単にって……まさかブレイクデカール、とか?」
「あははっ! さすがにそれはないって」
どんな反応が来るか身構えていただけに、笑われたシンヤは肩透かしだ。だが───
「まさかと思うけど、興味あるのか?」
───続く言葉に、シンヤは今度こそ狼狽えてしまう。ここで否定しては、狼狽した怪しさが目立ってしまうだろう。肯定するしか、残された道はなかった。
「興味だけ……ごめん。こんな奴が同じチームだなんて、嫌だよね」
なるべく申し訳なさそうに。自分に全ての非があるのだと言うように、シンヤは言の葉を紡ぐ。しかしヒミは怒ることもなく苦笑いする。
「いやいや、怒らないよ。自分でも楽して強くなりたいとか思うし」
誰しもが強くなりたい、もっと高みに上りたいと願うだろう。無敗を記録している者はこのGBNには存在しない。隊長をつとめるロンメルだって、チャンピオンのキョウヤだってそうだ。
しかし、やはり負けた回数やその時の圧倒的な差など、どうしても違いは出てくる。それに打ちのめされてやめてしまう者も少なくなく、負けた腹いせにブレイクデカールに手を出してしまうパターンもあった。
(蔓延している割に、アカウントの削除とかは聞かないけど……何でだろう)
今までブレイクデカールを使うダイバーには何度か会ってきたが、誰も大した処分を受けていない。アカウントの停止くらいはあるかと思っていたが、ダイバーランクの下降、ポイントの全損なども聞いたことがない。何か、それができない理由があるのだろう。
「おい、お喋りはそこまでみたいだぜ」
ギダリに言われて顔を上げると、1機のミニモアがゆっくりとこちらに近づいてくる。グリモア・レッドベレーと他のミニモアの姿は見当たらないから、別の通りから挟撃してくるのかもしれない。
「僕が出るよ」
言うや否や、シンヤのメッサーが身を躍らせる。ミニモアはすぐに停止し、一目散に後退。メッサーが放ったビームライフルの火線を、右へ左へ機体を走らせながらかわす。
「この音は……!」
ミニモアへ決定打を与えられないまま、背後から迫る音に気が付き、機体を翻す。独特なプロペラ音には聞き覚えがある。グリモア・レッドベレーがバックパックとして装備するティルトローターパックのプロペラが奏でる音に違いない。ミニモアを囮に、後ろから強襲してきたのだろう。
振り向き様にビームライフルを構え、照準も甘いまま引き鉄を引いた。当たるとは思っていないが、一瞬でも怯むのではないかと考えたから。
しかし、シンヤの予想は大きく裏切られることになる。ビームはティルトローターパックを掠めることもなく、虚空に一筋の光を散らすだけ。それはいい。最初から当たるなんて思っていないのだから。だが、空を駆けるのは“ティルトローターパックだけ”で、グリモア・レッドベレーの姿がない。
(しまった。切り離して──くっ!)
驚きが生んだ、一瞬の硬直。それを待っていたと言わんばかりに、無限軌道を活かして物陰からグリモア・レッドベレーが襲いかかってくる。
プラズマナイフとビームサーベルが火花を散らす。一撃で決めきれないと判断するや否や、ロンメルは巧みにグリモア・レッドベレーを操り、シンヤを立て続けに切り裂こうとプラズマナイフを振るう。
一閃。
離脱。
また一閃。
また離脱。
ひたすらそれを繰り返し、精神的にもシンヤを追い込んでいく。
(くっ、この距離じゃあ……)
ヒミのリゲルグが援護しようとビームマシンガンを構えるが、グリモア・レッドベレーとメッサーの距離があまりに近過ぎる。迷いを見透かしたように、ティルトローターパックが携行している3連装のミサイルを放ち、爆撃して怯ませてくる。
「鬱陶しい……!」
苛立ちに動かされ、自然と舌打ちが零れる。ヒミはその場から後退し、広い場所に出るとバーニアをふかして空へと身を躍らせる。ビームマシンガンで飛来するミサイルを撃ち落とし、距離を詰めたところでビームナギナタを振り抜く。刃は両断するには至らず、プロペラとの接続部を裂くだけにとどまった。
それでもバランスを崩させるには充分で、ティルトローターパックはきりもみしながら落下していく。少しでも戦力は減らしておきたいと逸る気持ちに突き動かされ、着地した瞬間にビームマシンガンの銃口を突きつける。
「うわっ!?」
が、引き鉄が引かれるより早く視界に何かが飛びついた。小柄な陰でありながら、簡単に引き剥がせないようクローを突き立ててくるそれがミニモアだと知り、ヒミは必死に振り解いた。
やっと退けた時にはもう、ティルトローターパックは離脱しており、自分に取り付いていたミニモアも早々に踵を返してしまう。
「くそっ!」
ロンメルにいいようにされている苛立ちに駆られ、コクピットに拳を叩きつけた。
「シールドは……そろそろ限界、か」
グリモア・レッドベレーからの猛攻を受け続けたせいで、メッサーのシールドはかなりのダメージを受けている。プラズマナイフの斬撃に加え、無限軌道を駆使した突進も合わさって受け止めているせいで、想定より壊れるのが早そうだ。受けられたとしても、せいぜいがあと数回。
「こっちも動くしかない!」
斬撃を受け止め、グリモア・レッドベレーがすぐに離れる。それに合わせて、シンヤはメッサーを後退させていく。頭部のバルカンを連射して牽制するが、ロンメルは縦横無尽に機体を走らせてすぐに弾道から逃れる。
「ここだっ!」
すぐさま廃墟に隠れられないよう、道の中央を走り始めたところで、シンヤはバルカンを止め、メッサーを突き動かす。後退していた巨躯をグリモア・レッドベレーへ走らせながらビームサーベル構える。
ロンメルは迎え撃つつもりでいるのだろう。グリモア・レッドベレーも速度を緩めることなく駆けてきた。プラズマナイフを深く突き立てられるよう、斬撃ではなく刺突に適した持ち方に変えて迫りくる。
(チャンスは1度!)
近づく距離。次第に大きくなる機影。渇いた喉がヒリヒリと痛いが、それを気にする余裕はなかった。間もなく、刃がぶつかり合う──正にその瞬間、メッサーが突如としてシールドを抛った。
目の前を舞い、一瞬だけ視線が奪われるグリモア・レッドベレー。しかしロンメルはすぐさま冷静さを取り戻し、速度を維持したままプラズマナイフでシールドを切り裂く。当然、その先にメッサーの姿はなかったが、追撃を警戒してスピードはそのままにしてある。
華麗にUターンし、背後から迫っていた火線をかわした。メッサーはシールドを投げた後、僅かにグリモア・レッドベレーとの距離を空けてぶつかり合わないようにして脇を通り抜け、後ろからビームライフルで追撃してくるだろうと考えたロンメルの読みは正しかったのだ。
盾と言う守護を失ったメッサーだが、戦意までは失われていない。ロンメルは目ざとくそれを見抜き、アサルトライフルで牽制しながらプラズマナイフを突き立てようと急接近する。
弾丸に誘われ、壁際へと追い込まれていく。煌めく刃を避ける術は、なかった。
「うおおおぉぉ!」
突如として、ビルの隙間から1機のモビルスーツが出てくるまでは。
「サイコザク……ギダリ!?」
残された唯一の火器、バズーカから放たれた弾頭がグリモア・レッドベレーの身体を焼こうと迫る。死角からの襲撃に近かったはずだ。なのにロンメルはすぐさま回避行動に移り、事なきを得る。
それでも諦めきれないのか、ギダリは追いかけた。アサルトライフルの銃口が向けられても進路を変えず、ただひたすら真っ直ぐに、一直線に。
「ギダリ、それじゃあサイコザクが……!」
「どの道大破を待つだけなんだ。やれるだけのことをやるんだよぉ!」
被弾を考えて装甲を少しでも厚くしてあるのか、サイコザクはアサルトライフルの弾を受けても簡単には怯まなかった。ロンメルは鬼気迫る勢いを見て嬉しそうに口角を吊り上げる。
「愚直だな。しかし、心地良い!」
標的をサイコザク本体からバズーカへと切り替える。いくら装甲を分厚くしたところで、火器は容易く火を上げてしまう。ギダリのサイコザクもそれは例外ではなく、彼はなくなくバズーカを手放す。だが、スピードは殺さない。残った右腕を懸命に伸ばし、遂にはグリモア・レッドベレーの頭部を捉えた──ように見えた。
「だが……」
「なにっ!?」
「まだ青いな」
伸ばされた腕を、ロンメルは逆手に取ったのだ。脚部装甲からクローを展開してサイコザクの腕部を掴み、自分の足元に引きずり落とした瞬間に自身は巻き込まれないよう急旋回して離脱。残されたのは、地面に倒れ込むサイコザクと銃口を突きつけるグリモア・レッドベレーの姿だった。
「ふむ、時間か」
引き鉄が引かれることはなかった。戦闘時間の終了を告げるブザーが鳴り響き、ロンメルが早々に銃口を逸らしたお陰だ。
「3機で挑んでこれか……」
苦々しく呟くギダリは、ヒミと通信で話してさっさとフォースネストへと帰還する。残されたシンヤはと言うと、ロンメルに今日のヒミとのやり取りを話しながら、彼の実力を改めて痛感していた。
こちらが撃墜されなかったのは良いことではあるのだが、サイコザクは大破、リゲルグとメッサーは小破と多かれ少なかれ誰かしらダメージを受けている。それに対してグリモア・レッドベレーはメッサーの頭部バルカンで僅かに傷ついた程度。小破にすら至っていない。
(これが、上位ランカーの実力……)
シンヤとて自分なりの戦い方に見合った動きとガンプラがあればもう少しまともにはなるだろう。それでも、ロンメルを追い込むにはまだまだ遠いが。
(今思うと、タイガーウルフさんはだいぶ手加減してくれてたんだよな)
立ち上がるための稽古をつけてくれたタイガーウルフ。彼の拳をある程度受けて尚、敗北にならなかったのは手加減あってこそ。文字通り、彼らは雲の上の存在なのだと改めて痛感するのだった。