ガンダムビルドダイバーズ -once more- 作:雷電丸
「遅くなりました、隊長」
「いや、助かったぞ、シンヤ」
ガンダムキマイラ──シンヤはサイコザクから視線を外さないまま、ロンメルの無事を確認し、ひとまず安堵の息を漏らす。
スラスターウィングを展開し、キマイラは一気にサイコザクの頭頂部へ。メインカメラ目掛けて、レールガンを2発、3発と立て続けに放つ。しかし壊れるどころか、大した傷さえ出来上がることはなく、続いて振り抜いたγナノラミネートソードでさえも切り裂くには至らなかった。
「硬い……!」
「当たり前だ!」
サブアームがマシンガンを掴み取り、キマイラの行く手を阻む。無理矢理軌道をずらされたせいで、シンヤは背後から迫るサイコザクの手に気付かなかった。
「くっ!」
大きく広げた両手が、キマイラを丸呑みにしようと伸ばされる。バスタードメイスγで振り払おうにも、体格差があるこの状況では却って捕まる要因になりかねない。
シンヤはすかさず、スラスターを全てカット。推進力を失ったキマイラは、糸が切れた操り人形みたいにガクッと項垂れて落下していく。そうしめサイコザクの手から逃れ、地面に激突する前にスラスターの息を吹き返す。
捕まえられなかった怒りからか、ギダリは執拗にシンヤを狙う。両手にバズーカ、サブアームにシュツルムファウストを構え、次々と放ちながら追いかけてきた。
堪らず、キマイラを振り返らせる。後退しながら新たに装備したばかりのレールガンで1発ずつ、自分に当たりそうなものだけを選出して撃ち落としていく。
(銃身が……!)
まさかレールガンがこんなにも早々に活躍するとは思っていなかった。しかしあまり間を置かずに撃っているせいで、冷却が追いつかない。片方ずつ撃つことも試してみたが、ブレイクデカールで強化された弾を相手取るには厳しかった。
機体状況を気にしていた頭に、アラートが響き渡る。背中を、冷や汗が伝う。間違いない。直撃コースだ。
「シンヤくん!」
心強い声と共に、弾丸が目の前で爆ぜた。爆炎から庇うよう、クルトのギラ・ドーガが割って入る。
「行ってくれ!」
「はい!」
クルトが示したデータを受け取り、シンヤはキマイラを着地させる。後退するスピードを殺し切れないまま地に足を着いたからには当然、脚部に大きな負担がかかってしまう。
しかしシンヤは構わず、減速を続ける。
「キマイラ、行くぞっ!」
顔を上げ、叫んだ。
瞬間、キマイラは膝を曲げて一気に前へ飛んでいく。
急に動きを変えたキマイラへ、バズーカが閃く。左腕を射出し、弾丸を刺突して貫いた。爆発によって視界いっぱいに広がる黒煙を恐れず、一思い突き破っていく。
バスタードメイスγを横に構え、推力を維持しながらぐるっと一回転。サイコザクのコクピット目掛けて、回転力も加えた一閃をお見舞いする。
その一撃は──ブレイクデカールを前に、かすり傷をつける程度だった。しかしそれでめげてしまっては、活路を見出せなくなる。シンヤは構わず、バスタードメイスγを振るい続けた。
「目障りなんだよ!」
サイコザクの手が伸びる。シンヤは攻撃を止めて、巨体を迂回するようにして背後に回り込む。装甲は分厚くとも、関節部やスラスターの中はまだ脆い方だろう。バックパックにあるロケットブースターへ、レールガンを放つ。
「この……!」
狙いを察したのか、サイコザクがその身を動かそうとする。その時、ティルトローターパックを装備したクレハのドム・バラッジが目の前に飛んできた。
「はぁ!?」
グリモア・レッドベレーが装備しているはずのそれを、別のガンプラが懸架している姿は正に予想外。ギダリは虚をつかれた形となり、思考を奪われる。
「いくらブレイクデカールを使っても、遮光性までは気にしてないでしょ」
ドム・バラッジのビーム砲が、眩いばかりの光を浴びせる。
「うあぁっ!」
サイコザクのメインカメラを通して、閃光に苛まれたギダリは思わず、操縦桿から手を離して目を庇う。そうなれば当然、サイコザクはまったく身動きできないまま、無防備になる。その隙に、キマイラとグリモア・レッドベレー、それにギラ・ドーガがバックパックへ攻撃を集中させた。
「こ、こいつら……!」
響く振動に、ギダリは何をされているのかを察し、手当たり次第に操縦桿を動かす。暴れ回るサイコザクに、簡単に近づくことができず、4人は再び距離を取った。
閃光が落ち着いたことで、ギダリの視界も鮮明になっていく。眼下に並ぶ4機のガンプラを苦々しく睨みつけ、その巨大な足を踏み出した。
「クソが! ぶっ壊してやる!」
4人はすぐさま散開。思い思いの場所に向かって走り出す。サイコザクは両手にバズーカを持ち、サブアームにマシンガンを取り、いつでも迎撃できるように構える。
無限軌道とホバー移動でくまなく動き回るグリモア・レッドベレーとドム・バラッジは、わざと視界に入るギリギリの位置をキープしながら、それぞれの銃口を突きつけた。
アサルトライフルとガトリングキャノンが唸る。バラバラと放たれた弾丸はまっすぐな軌道を描いてサイコザクの装甲で弾ける。ブレイクデカールがそれらの侵攻を防ぐみたいに、紫黒色のオーラに阻まれようと、2機は射撃を続けた。
「気付いてんだよっ」
舌打ちを響かせ、サイコザクが振り返る。その視線の先には、キマイラとギラ・ドーガ。
「思ったより早い!」
「しかし、退く訳にはいかん!」
ロンメルとクレハが気を引いてくれていたにもかかわらず、ギダリは回り込んでいたシンヤとクルトに敵意を露わにする。
ギラ・ドーガがシールドに備えたシュツルムファウストを全て放つ。全弾がサイコザクの前で爆ぜ、一瞬だけでも視界を奪う。
「そうそう何度も……!」
「後ろを取った!」
機動力を活かし、再び背後へ急行するキマイラ。鞘からγナノラミネートソードを抜き、ロケットブースターの上を滑るように滑空していく。ブースターに刃を深々と突き立て、一気に駆け抜ける。
「断ち切れえええぇぇ!!」
思いの丈を、声に乗せて。
纏っているブレイクデカールのオーラを突き破り、ブースターを引き裂いていく。しかしMGサイズのモビルスーツを前に、次第にγナノラミネートソードも限界へ近づいていた。
ブレイクデカールで増した堅固な装甲へ、無理矢理ながら剣を突き刺した挙句、猛スピードで駆け抜けているのだ。その負担は想像するよりも遥かに大きいものだろう。
やがて、刀身に罅が入っていく。半分を過ぎたばかりで、ロケットブースターを破壊するにはまだ足りない。
(まだだ……まだ、もってくれ!)
あと少し、もう少しだから──が、シンヤの願いを打ち砕くように、遂には刃が折れてしまう。
バキンと甲高い音を1つ響かせ、γナノラミネートソードは中央から砕け散った。あまりに突然訪れた終わりに、しかしシンヤは諦めることをしなかった。刃が折れようと、負けた訳ではないのだから。既に8割近くには傷をつけた。
本当に、あと一撃だけだ。
刃はロケットブースターに刺さったまま、まるで次を待つかのように輝いて見えた。それに応えようと、シンヤは再びキマイラを走らせる。
「ぶち───」
γナノラミネートソードを収めていた鞘を高らかに掲げる。それだけで充分な強度と重量を兼ね備えている鞘を、突き刺さっている刃に向かって一直線に振り下ろす。
「───抜けえええぇぇっ!」
思い切り、直上から突き落とされた一撃。刃はさらに深く突き刺さり、致命傷に至った。
上側のロケットブースターが、たちまち火の手をあげる。そこから爆発が巻き起こるが、ギダリはすぐさまロケットブースターを切り離し、被害を最小限に留めた。
「お前……このっ、このおおおぉぉ!」
サイコザクが羽虫を払うように、キマイラを叩きつける。ブースターを壊した喜びで気が緩んだ瞬間を狙われたシンヤは、姿勢制御もままならず、地面へ激突。
再現された振動に、強く身体を揺さぶられる。遠のきそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、キマイラを起き上がらせたが、目の前にサイコザクの足裏が視界いっぱいに広がっており、逃げることは叶わなかった。
「潰してやるっ!」
ズンッと大きな足音とともに伝わってくる衝撃。咄嗟に両手をあげて受け止めるが、勢いのついた重さに、腕部がミシミシと悲鳴をあげる。
「ぐっ、うぅ……ああぁっ!」
コクピットにある全ての計器が、機体へのダメージが深刻だと訴えてくる。真っ赤に染まる内部。けたたましいアラート。悲鳴にも似た、ガンプラが壊れていく音。
「シンヤ!」
遠くで誰かが呼んでいる気がする。クレハか、ロンメルか、或いはクルトか。誰なのか判別できない程に、シンヤの頭も心も、キマイラを支えることでいっぱいだった。
「潰れろ! 壊れろぉ!」
「いやだ……絶対に、いやだっ!」
壊れたくない。壊したくない。壊されたくない。
1度はGBNから逃げた自分だが、再び前を向くと、歩いていくと決めたからには譲れないものがある。
自分のガンプラを受け入れてくれるこの世界を。
自分にもう1度乗るための機会をくれたガンプラが生きる、この世界を。
今、こうして自分と共に戦い抜いてくれているガンプラを信じられる、この世界を。
「壊させてっ……たまるかあああぁぁ!」
サイコザクが足を振り上げた。今度こそ踏み潰そうと、思い切り降ってくる。シンヤの叫びに応えるように、キマイラが左腕を突き出した。
バキンっと何かが壊れる音が響く。弾け飛び、空を舞うのは──サイコザクの爪先のパーツ。
「なっ……!?」
思ってもいなかった損傷に、ギダリは狼狽える。その様子はサイコザクを通じてでも分かるほどに鮮明で、はっきりとしたものだった。
「キマイラあああぁぁ!!」
咆哮。
合成獣の名を冠した獣に相応しい、地響きにも似た叫びが、キマイラから発せられているようにしか見えない。間違いなく、キマイラの周囲の空気だけが、ビリビリと振動している。
「あれは……」
「いったい、何が……」
普段と違うのは、キマイラの雰囲気だけではない。異形とも言える大きな左腕が、いつにも増して禍々しい光を宿している。
漆黒を中心に、赤いパーツが取り付けられているだけのシンプルな造り。なのに今は、まるで血が通っているように赤黒い線が走っていた。
「モールドが、光っているの?」
プラモデルに施されているモールド。ディテールライン、或いはパネルラインとも呼ばれ、機械的な造りを演出するものだ。
そのモールドが、色を帯びている。熱く、猛々しく、力強く、悪魔が如く、赤い色を。
キマイラは身を屈めたかと思えば飛び出し、一気にトップスピードに迫る勢いでサイコザクの懐へ一直線に向かう。
咄嗟にヒートホークを右手に取り、突撃してくるキマイラを叩き落とそうと一閃。だが、キマイラは直前で軌道を変え、直上に飛んでいく。そして刃をかわしたと気付いた時には急降下を始めており、サイコザクの右腕に合成獣の牙が突き立てられた。
「バカな……!」
目の前の光景が信じられず、声が裏返ってしまう。大きな振動と共に、壊された右腕の残骸が空を舞う。ついさっきまで翻弄していたはずの自分が、気付けば追われ、今にも食われそうな恐怖にすくみ上がってしまう。
「クルト、今の内に我々も叩くぞ!」
「了解です!」
サイコザクの意識がキマイラに向いている機会を逃せない。グリモア・レッドベレーとギラ・ドーガ、ドム・バラッジが集まり、1点を集中して素早くダメージを蓄積させていく。
「バックパックをやる!」
ロンメルの声に、クレハがガトリングキャノンでサイコザクのメインカメラを重点的に狙い撃つ。その間に、グリモア・レッドベレーはチェーンソーを両手に構え、もう1つのロケットブースターを切り裂いていく。
「うおおおおおぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げ、チェーンソーを走らせる。それによって出来上がった傷口に、クルトのギラ・ドーガが銃火器でさらにダメージを与えてあっという間に破壊し尽くした。
「ふざ、けんなっ……!」
次第に言うことを聞かなくなってきたサイコザクに苛立ちながら、ギダリは懸命に操縦桿を動かす。
「壊すのはお前らじゃない……俺だ!」
なんとか逃げよう──その思いで、1歩ずつ離脱するべく歩みを進めていく。
「俺が、壊すんだよぉ!」
眼前に回り込んできたキマイラが、なんの躊躇いもなく赤黒い左腕でコクピットを貫いた。ギダリの破壊衝動諸共を潰すように。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「君たちのお陰で、無事に事態を収束することができた。心から感謝する」
サイコザクが沈黙した後、ギダリは第七機甲師団の全員に囲まれる形で拘束され、運営へ身柄を引き渡された。
フォースネストと言う閉塞的な場所でブレイクデカールが使われたからなのか、GBNそのものにはあまり影響はなかったそうだ。幸い、フォースネスト自体にも被害はあまり出ていない。
「本来なら褒賞でも出したいところだが、生憎と早急に報告しなくてはならない事案なのでね。何か要望があれば先に聞いておこう」
「では、恐れながら」
シンヤもダイナもすぐには思いつかなかったが、クレハはすっと手を上げて前へ出る。
「うむ、なんでも言ってくれ。無理なことは別だが、極力応えるつもりだ」
「それでしたら……隊長をモフモフさせて頂けませんか?」
「え……」
「はぁ?」
予想もしなかった言葉に、間の抜けた声が出てしまう。クレハは気にする様子もなく、ロンメルの返答を待っていた。その眼差しは真剣で、シンヤとダイナは顔を見合わせるが、何か言うのは無粋だと感じて口を噤む。
「ふむ、それくらいなら構わんとも。遠慮はいらん!」
「では……失礼します!」
言葉通り、クレハは飛びつくようにロンメルを抱き締め──顔をふにゃっと綻ばせた。
「はあああぁぁ! これが、これがロンメル隊長のモフモフ感! 同じ動物アバターでもこんなに違うなんて。いったい何が……何か特別なアイテムでも使っているんですか!?」
「お、おぉ……なんかすげぇな」
「クレハって、動物アバターが好きなの?」
「彼女は、実は【動物アバターを愛で隊】と言うフォースに所属していてね」
「なんだそりゃ?」
「簡単に言えば、名前の通り動物型のアバターを入手している人物を、こうして愛でるのだとか」
「へ、へぇ……」
ロンメルはフェレットの姿だから、愛でたい気持ちは分からなくもない。GBNでは自分の本来の容姿になるべく近くした上でアバターを設定する人物が多く、動物アバターを使用するダイバーは実の所あまり多くなかったりする。
だから動物アバターを使用する人物は珍しく、件のフォースに所属するクレハはロンメルをモフモフすることを目当てに、一時的に第七機甲師団へ志願したのだとか。
「って、本気で第七機甲師団入りを目指してたんじゃねぇのかよ!?」
「えぇ」
しれっと肯定するクレハに、ダイナは何も言えずに頭を抱えてしまう。もっとも、シンヤも本気ではなかったので何も言えなかった。
「それにしても……シンヤ、君のガンプラの力は凄まじいものだったな」
「何かのシステムか?」
「いえ、それが……自分でも、よく分からなくて」
あの時の出来事を思い返しながら、シンヤは事実を紡いでいく。GBNを壊されたくない一心を叫んだ時、自分でも無意識の内に左腕を突き上げていた。まさか何か力を帯びていたとは思いもしなかったが、サイコザクの踏み付けを退けた時はそれを気にする余裕なんてなかった。
変化に気が付いたのは、決着がついた後。だから正直なところ、自分の方が訳がわからないぐらいなのだ。
「ふむ…君が自分で組み込んだものではないとすれば、それは……」
「必殺技。或いはその片鱗、と言うことになるわね」
「あれが……僕と、キマイラの」
振り返り、沈黙を貫く愛機を見上げる。物言わぬキマイラの顔が、どこか誇らしげに映った気がした。