ガンダムビルドダイバーズ -once more-   作:雷電丸

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踏み出す力

「どうした! お前の腕前は、お前のガンプラは、その程度じゃねぇだろぉ!」

 

 

 叫びと共に繰り出される拳は、直撃すれば間違いなく敗北する。それだけの勢いと強さがはっきりと、そして確かに伝わってくる。ぎりぎりのところでかわしても、蹴りが、肘打ちが。ありとあらゆる近接格闘術が迫った。

 

 

「くっ、うぅ……」

 

 

 なんとかかわすのに手一杯になっているシンヤは、猛攻を続けるタイガーウルフとどうして戦っているのか、思い返していた。

 

 

「たった数日とは言え、お疲れさん」

 

「いえ、そんな。助けて頂くばかりで、僕は何も……」

 

 

 敵機を撃墜した数で言えば、最も少ないし、助けてもらったのも事実だ。しかしタイガーウルフはその返答が気に入らないのか、「ふん」と鼻をならした。

 

 

「それは本音か?」

 

「え? はい、もちろんです」

 

 

 一方のシンヤは何故そんなことを聞かれたのかが分からず、思わず聞き返す。タイガーウルフはますます眉間に皺を寄せ、そして唐突にこう言った。

 

 

「よし。いっちょ揉んでやる」

 

「……は?」

 

 

 返答を待たずにむんずと首根っこを掴まれたかと思えば、鍛練に使われているらしいバトルフィールドに連れてこられてしまう。

 

 

「あの、何を……」

 

「聞いてなかったのか? 模擬戦するんだよ。俺とお前で、な」

 

「ど、どうしてそんなことを」

 

「お前を鍛え直すためさ」

 

 

 それだけ言うと、タイガーウルフはぽいっとシンヤを放り投げ、自身の愛機たるガンダムジーエンアルトロンを出現させる。問答無用と言った雰囲気に気圧されて、ジム・ストライカーを出そうとして──しかし、手を止めてしまう。昨日の今日でこの機体を使うのは気が引ける。逡巡するシンヤの態度で察したタイガーウルフは当然のように条件を付け加えた。

 

 

「言っておくが、お前はジム・ストライカーを使え」

 

「え?」

 

「お前の性根を叩き直すためにな!」

 

 

 シンヤに拒否権などない。それを体現するように、タイガーウルフはジーエンアルトロンに乗り込むと拳を振り上げた。

 

 

「えっ……」

 

 

 まさか──絶句するシンヤに向かって、まるで隕石のように鉄拳が繰り出される。

 

 

「無茶苦茶だ!」

 

 

 既の所でジム・ストライカーが姿を現し、その側面を紙一重で拳が走った。かわせたのはぎりぎりだが、これで終わりではない。咄嗟に機体を横転させてその場を離れると、それまでいた場所をジーエンアルトロンが踏みつけてきた。

 

 クレーターのように大きく窪んだ大地。もうもうと巻き上がった砂煙が一瞬だけ静寂をもたらす。

 

 

「っ!」

 

 

 ひりひりと身体中を突き刺すような痛み。獰猛な肉食獣に睨まれ、恐怖する感覚によって強制的に神経が鋭敏になる。

 

 砂煙が揺らめいたかと思えば、ドラゴンハングがシンヤと言う餌目掛けて喰らいかかる。それをシールドで弾くが、力の籠められたそれをいなしきることはできず、勢いのあまり尻餅をついてしまう。

 

 

「速い!」

 

 

 シンヤが倒れたことをドラゴンハングを通じて見抜いたタイガーウルフが砂煙から身を踊らせる。その行き先は、シンヤの真上。

 

 

「くそっ!」

 

 

 回避を続けていては後手に回るばかりだ。それは分かっているのだが、応戦しようにも未だに踏ん切りがつかない。

 

 

「逃げるな、戦え!」

 

「そう言われても……」

 

「そんな中途半端な気持ちで、ガンプラと、このGBNに向き合えると思ってんのかっ!」

 

「そんなこと!」

 

 

 言われなくても、分かっている──そう続けたかったのに、反論するための声が出ない。分かっているのに、自分はこれまでに何かしたのか。逃げて、知らない振りをして、関わりたくないと自ら心を閉ざして、何もしてこなかった。

 

 

(だって、傷つけたくなかったから)

 

 

 ガンプラが傷つくから──そう決めつけて、何もしないことを貫いた。いくらリアルで傷が残らないとは言え、何も響かない訳ではないはずだ。仮想世界であろうと確かにガンプラには傷ができ、またそれはダイバーの心に刻まれる。喜ばしい戦果をあげたのなら、それはきっと名誉の負傷と言えるだろう。しかしそれが、悲しい傷跡なら───

 

 

「くっ!」

 

 

 ───シンヤがガンプラに背負わせたのは、正にそれだ。欲望のままに愛機を駆り、敵を殲滅した。命乞いをする敵にすら、躊躇わず引き鉄を引いた。そんな、あってはならない戦い方をして、ガンプラを傷つけたのだ。

 

 だから心に誓った。愛機を傷つけるような、我欲にまみれた戦い方はしないと。傷つくのは、自分だけで充分だから。

 

 

「……立て」

 

 

 いつの間にか仰向けに倒れていたシンヤは、タイガーウルフの声など耳に届いていないかのように顔を俯かせて口を閉ざす。

 

 

「立て」

 

「嫌だ……」

 

「立て!」

 

「嫌だ!」

 

 

 頭部が鷲掴みにされ、強引に立たされる。それでも自分の意思は伴わず、手足はだらんと伸びきっていた。

 

 

「お前は、ガンプラバトルが嫌いって訳じゃねぇだろ」

 

「それは……」

 

「本当に嫌いなのは、ガンプラバトルをしている自分……そうじゃねぇか?」

 

「っ!」

 

「図星か……ならテメェは、大バカ野郎だ!」

 

「えっ……うわぁ!?」

 

 

 機体が空を舞う。しかしシンヤの操作によるものじゃないそれは、まるで叩きつけるように思いきりのよいもので──ズンッと大きな音が響き、強い振動が全身を襲った。

 

 

「ならお前は、何でGBN(ここ)にいる?

 本当は心から楽しみたいんじゃねぇのかよ」

 

 

 タイガーウルフの言葉が胸に刺さる。あまりに全てが正論で、ひた隠しにしてきた本音をぶちまけたくなった。

 

 

「確かに、楽しみたい気持ちはあります。でも、僕にはそんな……」

 

「権利がないってか? ならお前、“誰にどうして欲しいんだ”」

 

「え?」

 

「誰かに赦してやるって言われれば、それで満足なのか?」

 

「それ、は……」

 

「例え顔馴染みのチャンプが赦したって、お前自身は納得しないだろうな」

 

 

 シンヤはその言葉に、内心頷いていた。誰もが許してくれたとしても、今の自分には到底受け入れられるものではない。自分自身と言うたった1人を除いて。

 

 

「お前を赦せるのはお前だけだ! なら立て! 前を向け!

 少なくとも、ガンプラを手にしたのなら最後まで足掻いてみせろ!」

 

「あっ……あああぁぁっ!!」

 

 

 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。心の底から、叫ぶ。それに意味なんてない。周りから見ればなんなんだと笑われるかもしれない。だが──だから何だ。だからどうした。そんな目など、今更気にしてどうするのか。今の自分には、その恥ずかしさをかなぐり捨ててでも立ち向かわなければならない相手がいる。

 

 

「……もう少しだけ、付き合ってくれ!」

 

 

 ジム・ストライカーが立ち上がる。砂埃にまみれた身体には致命傷こそないが、傷だらけで痛々しい。それでも──自分が立ち上がるのを、待っている人がいるから。

 

 ジム・ストライカーは、シンヤのために。そしてシンヤは、タイガーウルフと、その先にいる“彼”のために。

 

 

「行くぞっ!」

 

 

 バーニアを噴かす。真正面から突っ込めば得意の格闘が待っているのは百も承知している。しかしシンヤは、なんの躊躇いもなく機体を突っ込ませる。

 

 対してタイガーウルフは正拳を繰り出す構えをとる。ズンッと力強く一歩踏み出すと、足元はたちまちひび割れた。籠められた力がどれだけ鋭いのか、如実に物語っている。そしてあと数瞬でタイガーウルフの間合いまで迫った──その瞬間、シンヤは思いきり機体を右へ傾ける。器用に一回転する機体を掠める拳。まともに食らえばとんでもない拳圧だろうが、既の所でかわすと手放してしまったマシンガンを掴む。

 

 

「チッ!」

 

 

 残弾などに目もくれず、シンヤは引き鉄を引いた。間接部を狙うのがセオリーなのだろうが、近接格闘を極めんとするガンプラがそんな柔な造りはしていない。ならば狙うは頭部。シンヤはひたすらにマシンガンを撃ち続けるが、タイガーウルフは狙いが頭部だと気付くと片腕でガードして弾丸から逃れようとする。

 

 

「そんな弱い飛び道具でなんになる!」

 

 

 叫びと共に飛来したドラゴンハングが、やかましいマシンガンに食らいつく。メキメキと音が響いたのはほんの一瞬。瞬きをした次にはマシンガンは火の手をあげていた。

 

 

「もらいます!」

 

 だが、それでいい。シンヤは素早くマシンガンを離すと、ビームサーベルを抜刀する。光が真一文字に閃き、龍の牙を切り裂く。

 

 

「やるじゃねぇか!」

 

 

 すかさず、もう一方の牙が地を這うようにしてシンヤへと迫り来る。

 

 

(間に合うか!?)

 

 

 スラスターを目一杯ふかし、後方へと下がった。その動きを真似するように、ドラゴンハングが追従してくる。ぎりぎりでシンヤの方が早いが、このままでは間違いなく追い付かれる。程よいところまでくると、ジム・ストライカーを思いきり跳躍させた。もちろんドラゴンハングもその後を追いかけてくる。

 

 

「これなら!」

 

 

 ジム・ストライカーのシールドに備えられたスパイクが、太陽の光を帯びて煌めいた。そして迫り来るドラゴンハング目掛けて一直線に駆け降りていく。

 

 

「何っ!?」

 

 

 機体重量と落下速度が合わさったそれは、片側だけの牙をへし折るには充分すぎる一撃へと変貌した。スパイクを突き刺し、地面に叩きつけると同時にもうもうと砂煙が立ち上る。気持ちを落ち着けたかったが、タイガーウルフはそれを善しとしないだろう。だから一呼吸だけ。たったそれだけでもいいから、シンヤは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。あとは、再び走り出すだけだ。

 

 

「ッ!」

 

 

 ツイン・ビームスピアを構え、刺突を狙って機体を動かした。だが、砂煙から出ようとした瞬間、目の前まで迫っていたそれに気が付き、慌ててシールドで受け止める。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 ぎりぎりのところで防ぐことだけはできたが、ガンッと強い響きと衝撃が全身を揺さぶってきた。閃いたのは、ジーエンアルトロンの正拳。たたらを踏むジム・ストライカーに、2手、3手と次々に拳が叩き込まれる。しかも1回の重みがシンヤの予想を上回るだけに、反撃に移れない。

 

 

「形勢逆転だなぁ!」

 

「まだあぁっ!」

 

 

 閃く拳、唸る蹴り。それらをすべてシールドで受け続ければ当然、相当量のダメージが蓄積されていく。しかも相手は格闘戦のエキスパートだ。シールドが悲鳴をあげるにはたった数撃で充分だろう。

 

 

「そぉらぁっ!」

 

 腰を落とし、力強く踏み出される一歩。タイガーウルフの機体操作が変わったことを目ざとく見つけたシンヤの背を、冷や汗が伝う。まずい──直感的にそう思ったシンヤは、慌ててシールドを切り離す。バキンッと嫌な音が響くまで、一拍しか間はなかった。

 ジム・ストライカーにもたせていたシールドが、その腹を拳によって貫かれていた。そこを起点にするように、蜘蛛の巣を思わせるみたいに罅が全体へまわったと分かった時には、大小ばらばらに砕けていた。

 

 

「くっ!」

 

 だが、だからと言って気落ちしていられない。勢いよく繰り出されたその正拳はシールドを砕いただけで、ジム・ストライカーには届いていないだから。チャンスは、今しかない。

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 

 ツイン・ビームスピアを構え、武人に突き立てようと光の牙を閃かせる。

 

 

「なんの!」

 

 

 既の所でジーエンアルトロンは身を翻す。紙切れ1枚とまではいかないが、見る者が見れば正に紙一重の距離。これを逃す手など、シンヤの頭にはこれっぽっちもなかった。ここまできて逃げられれば、もう次はないだろう。離れようとするジーエンアルトロン。追いかければ反撃されるのは必至。しかし、せめて一撃だけでも。シンヤは迷わずジム・ストライカーに一歩進ませた。

 

 

「ここだっ!」

 

 

 動き出したのは僅かながらジム・ストライカーの方が速い。真一文字に一閃しようとツイン・ビームスピアがジーエンアルトロンに迫ろうとする。

 

 

「チッ!」

 

 

 舌打ち1つ響かせて、タイガーウルフはさらに後ろに下がろうと急ぐ。

 

 

「行かせるか!」

 

 

 絶対に行かせない──その一心で、シンヤはジム・ストライカーを駆る。ジーエンアルトロンが間合いから出てしまうより早く、ジム・ストライカーが握るツイン・ビームスピアの光刃が角度を変えた。

 

 

「なにぃっ!?」

 

 

 ツイン・ビームスピアは、2本のビームサーベルを取り付けることでスピアとしての役割を担っており、サーベルの柄を取り付けている部分が稼働し、角度を変えられる特徴があった。

 

 届け──切なる願いとともに走り抜ける一陣の風。それは微かだが、確かに火花を孕んでシンヤの目の前を駆けていった。

 

 

「あ、当たった……」

 

 

 その呟きは果たして誰のものだったのだろう。シンヤが、タイガーウルフが、門下生が、誰もがその言葉を口にしたのかもしれないし、或いは誰も言ってはおらず、ただの幻聴だった可能性もある。しかしどちらであろうと現実に変化はない。ジム・ストライカーの一閃が、ジーエンアルトロンの胸を僅かに薙いだ。それは紛れもない事実として彼らの脳裏に刻まれた。

 

 

「やっ、た──!?」

 

 

 そんな喜びの声をあげたのも束の間、強い衝撃がジム・ストライカーを襲う。続いて叩きつけるような振動が走り、気付けばジム・ストライカーは地面に仰向けになっていた。

 

 

「かすり傷つけた程度で、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

 

 声の主を探そうと視線を巡らせると、一筋の光が駆け抜けた。目をすがめるシンヤの瞳に映るは眩しいばかりの太陽。その陽光にありながら、なお目を惹く金色の勇姿。

 

 

「ま、まさか……」

 

 

 その出で立ちに自然と喉が渇く。会ったことがなくとも、彼を知る者ならばあの輝きが何を示すかは分かるだろう。ダイバーランクがCランク以上の者だけが有することのできる、必殺技。タイガーウルフの必殺技は1度目にすれば忘れられないほどに鮮烈で鋭いとさえ言われていた。

 

 

「覚悟は、いいな!」

 

 

 有無を言わせぬ迫力。金に身を染めたジーエンアルトロンが拳を振りかざすが、シンヤはただ呆然と見入るだけ。防御も回避も無意味だと、彼の放つプレッシャーが告げてくるから。ならば臆するな。逃げるな。目を逸らすな。タイガーウルフの全力を、この身に刻むしかあるまい。

 

 

「必殺! 龍虎ロード!」

 

 

 放たれる力の奔流。タイガーウルフらしく、鋭利な圧となってシンヤとジム・ストライカーを容易く呑み込んでいく。それでも、シンヤの心はどこか晴れやかだった。

 

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