いつもの席につき、いつもの点心をつまみながら、30分ほど物語に耽る。
そしてひとりの客が去って私と雪龍だけになったとき、私は彼を席へ呼んだ。
私にいっそうの不信感を抱かれても、伝えなくてはならない。
閉店の必要はなくなったこと、すでにこちらの独断で手を打ったこと、雪龍が嘘をついたことに気付いていたこと。…そのためにそれを探ったこと。
それらを順番に、しかし大した時間は要さず、話した。
私は小説のように、話を飾って広げることができない。
話さなくてもよいことは話さないでいるが、格好つけて理由や真相を伏せる、ということもない。雪龍に打ち明けぬことは、あの夢の内容だけでいいと思っている。
ひと通り話し終わったあと、彼は昨日と同じ浮かない顔をしたままうつむき、しばらく言葉を発さなかった。
戸惑いか、怒りか、どちらかの所為であろう。私からはもう話すこともなく、雪龍の返事を待った。
事情が事情である。彼は本当に、この街を去ろうとしていたのかもしれない。
しかしおこがましいことを言えば、私の庇護下にあれば、当面はここで「迫害」を恐れることも無くなり、今まで同様に商売を続けられるのだ。
彼は、ここでの暮らしでようやく腰を据え、心を落ち着けられたのだ。
流浪の民としてこの大陸をあてもなく漂いながら、やがて家族を失い、各地で仲間と共に住む場所を追われ、散り散りになってひとりぼっちになり、そうしてこの流れ者ばかりの薄汚い街に辿り着き、自分の居場所を見つけられた。
だから私は、彼が再び宛てのない暮らしに戻るのを、阻止したかった。
私の力の及ぶ範囲で、もうこの先のことを心配せずに、いつまでも微笑んでいてほしい。
雪龍は、私の希望。
私も、彼にとってのささやかな希望でありたい。
しばらくの沈黙の後、雪龍は小さく鼻をすすった。かすかに震える手。私は初めて、彼に触れた。
テーブルに涙を二粒ほど落とすと、そのまま机に突っ伏すようにして、小さく嗚咽を漏らす。いつも優しい微笑みを絶やさぬ彼に、こんな涙を流させてしまったことに、私は罪悪感を抱いた。
けれどここで迫害に負けては、また同じことの繰り返しになる。
雪龍は賢く強いけれど、どこにだって鼻の利く腐った輩ははびこって、彼のような清らかな人間を貶めようと待ち構えているのだ。
「お恥ずかしい、まさかこの年になっても、誰かの前でこんな風に泣くとは……」
指先で拭っても溢れる彼の涙を、私は自分のハンカチでおさえた。
私が握った手を、雪龍も握り返している。テーブル越しであるのがもどかしい。
いや、ここが営業中の店内であることが、もどかしい。彼を抱き寄せ、胸で心ゆくまで泣かせ、安心させてやりたかった。
少し落ち着いてから、彼は頭を深く下げ私に礼を言った。嘘をついてすみません、とも。
私はこの一連の行動を、全て彼に黙って成したため、むしろ謝るべきは私の方であるというのに。しかし私の話を聞いたとき、おおきな戸惑いこそあったものの、怒りなどは抱いていないと言った。
私は安堵した。情けないことであるが、やっぱり彼には嫌われたくないのだ。
「なぜ喪六さんは、私のような者のために、そこまで…。」
「この店とお前が、私の唯一の憩いだからだ。」
「そんな…。」
「なくなっては困るのだ。私がこの町を訪れたときには、必ずこの店に立ち寄って、お前の顔を見ないと安心できない。」
雪龍がまたうつむく。しかし今度はその赤い顔を隠すためのようで、どうやら自分は彼にとって恥ずかしいことを口走っていたのだと、それによって気付かされた。
しかし彼は、少し上目がちに私を見やると、小さな声でぽつりぽつりと言った。
「…私も、喪六さんが見えると毎回とても安心します。貴方はいつも予告なくふらりと消えてしまうから、その間は気が気ではないのです。……待ちかねて、久しぶりにお姿を見たときに、僕は途方もなく嬉しくて、なぜか同時に悲しいのです。」
今度は私が下を向いた。
そんなことを思っていてくれてたのか、とても驚いた。
うぬぼれたくはいが、彼はきっとつまらぬ嘘をつくような人間ではない。
私も彼によって惑わされ、「いい年」をして、その言葉に身を竦めた。
そのとき、新たな客が入ってくると、彼はいつもの顔で私に微笑んで席を立ち、私たちはまた何事もなかったかのように、いつもの客と店主に戻った。