Star to Rain 作:SAMT
アクタージュ良くない?ってことで書きました。
ダークモカチップフラペチーノの左隣に書類が滑り込む。赤色のホチキスで綺麗に纏められており、ボブカットの黒髪の女は、白のオーバーサイズTシャツを可愛らしく揺らして覗き込む。
「なんですか、これ」
その質問に、眼鏡をかけた初老の男は年季を感じさせるガラガラとした声で「仕事」と答える。
「仕事?」
「うん。新しい、ね」
「新しいって…」
ダークモカチップフラペチーノの飲み口に口を付けて、新しいという言葉をメリーゴーランドのように回す。
そんな様子を見て、男は優しく微笑む。
「
「……はい」
小夜子。そう呼ばれた女は、顔を伏せて肯く。その声は僅かながらに震えていた。
「やってみたら?もしかしたら、あの頃みたいに楽しめるかも」
男はそう言い残してその場を後にする。小夜子は顔を上げ、書類に目を通す。
「女優かぁ…」
久しぶりだな、この仕事。
今はこの場にいない二人を思い浮かべて、漠然とそう浮かべた。
* * *
「そうなんよ。女優の仕事を受けてみろって山ノ井さんから言われて」
小夜子は自室のベッドに腰掛け、足爪に薄い翠のマニキュアをネイルしている。彼女の隣にはスマートフォンが無造作に置かれていて、画面には通話中という文字と、スピーカー通話のアイコンが表示されている。通話先の名前は、
『へー、女優』
「そ、しょーじき緊張してるけん上手くできるかわかんないのよ」
西田彩芽は小夜子のアイドル時代…
『大丈夫よ、サヨならできるけん。YDKなんだから』
「そんなことないよー」
『ウチがあんたを加入させた理由教えよっか?あんたがいたらウチらはもっと上に行けるし、何かを起こせるって思ったからよ』
「それ何度も聞いたよ」
小夜子はもう何十回何百回聞いたかわからない加入時の理由を聞く。何百回と聞いても、彼女からのその言葉はとても心に染みるし、嬉しくなる。思わず頬が緩む。
「でも、嬉しい。元気出た」
『なんかあったらウチらに連絡しぃ。サヨの魅力は1番ウチらがわかってるけん』
「うん、ありがと。やっぱりアヤちゃん好き!大好き!」
『ホントに単純なんだから〜』
と、喜びと愛を爆発させた拍子に、マニキュアの染色液が詰め込まれた瓶がコンッ、と床に落ちる。
「あっ、ヤバイっ、マニキュア落とした!」
『何やっとんの!除光液!』
「除光……切らしとる…」
『これだからサヨは!』
『固まるまで待っときんしゃい!』という怒声が響く。懐かしい心地よさと愛おしさに瞳を揺らしながら、夜は更けていった。
* * *
小夜子は資料と一緒に配られたパンフレットの道案内に沿って、とある雑居ビルに向かった。
受付嬢に話を通して、小夜子は静かに雑居ビルの中を巡った。その中の一室、その扉の前で静かに心の準備をしていた。
「……知らない人しかいないんだよなぁ…」
小夜子はかなりの人見知りである。昔活動していた音楽グループの幼馴染みたちがいないと見知らぬ人に話しかけれないぐらいの人見知りだ。
あー、やばい。お腹痛くなってきた。死にそう。
そんな心のやりとりをずっとさっきから繰り広げている。
ドアノブに手を付けたら多分その音で外にいるってバレるんだよなぁ。嫌だなぁ、なんなら会わずに終わりたい。
ドアノブまで数センチの距離感を保ったまま、ずっと深呼吸の繰り返し。
額に流れた気がした汗を拭って、また深く深呼吸。何度目だ、これ。なんて客観視してしまうぐらいに居座っていると。
「あの、関係者の方ですか?」
と、背後から声をかけられた。
「ひゃいっ!?」
心臓が破裂しそうになった。
呼吸が熱くなっているのを覚えた小夜子は、恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、まる眼鏡を掛けた、そばかすが目を引く小柄な少女だった。
「え、えーっと、関係者というか、これからというか…」
「これから?」
小夜子の早口の弁明にに首を傾げる。そりゃそうだ、こんな緊張してる女なんか不審者に見えて仕方がないだろう。
「……よくわからないけど、関係者なら堂々と入ったら?」
「デ、デスヨネ…」
少女の正しすぎる正論に押し負ける二六歳。
少女が小夜子の一歩前を行きノブに手をかけて、慣れた様子で開ける。
明らかになった部屋の中は、円卓のようにテーブルが囲んでおり、そこに横並びで配置されたパイプ椅子に腰掛ける年代様々な男女の姿が。そしてそれらを率いるような形で、一番奥に居座る初老のガッチリとした大柄な男性が目を引いた。
「七生、誰だそいつ?」
「関係者っぽいです」
「関係者?」
眼鏡をかけた、いかにも色男といった青年が訝しむように小夜子を見る。と、そこで驚いたように眼鏡の奥の眼を見開く。
「って、その人サヨじゃん!なんでここにいんの!?」
「誰よ、サヨって」
「フィズのメンバー!」
「あー、フィズの」
部屋の中がどよめきに包まれる。それもそのはずだ。
感情がジェットコースターのように縦横無尽に動き回る眼鏡の青年に小夜子は後引き、「ド、ドウモ…」と弱々しく作り笑いを浮かべるしかなかった。
「来たか」
と、半ば遊園地と化していた室内を一瞬にして葬儀のような静けさに包ませた低い声が一つ。
その声の主は、先ほどの初老の男性だ。
「山ノ井から話は聞いてる。演出家の巌だ」
「あ、真白小夜子です。本日はよろしくお願いします…」
「本日から、だろ」
巌が再び低い声をがならせる。そのひと声だけで、小夜子は自分が猫を前にした鼠になっなような気分になった。まるで押しつぶされてしまうかのような、威圧と空気が彼からは醸されていた。「すいません…」、と無意味にも思える謝罪を小さく溢した。
「本日からって…巌さん、どういうことだよ?」
眼鏡の青年が身を乗り出して聞く。その言葉に、巌は面倒くさそうに背もたれに背を預けて「言い忘れてたな、亀」と答える。
「今日から真白小夜子がこの舞台に加わる」
––––––え。
再び、室内がどよめきに溢れ返る。口にする言葉は三者三様であるが、その感情は皆「驚き」で統一されている。
「なんで…サヨって女優経験ないでしょ!?なんでまた…」
そりゃそうだわね。一応アイドルでやっていて、演技経験はゼロではないけれど、限りなく未経験に近い状態だ。昔、テレビ局の企画で友情出演した単発ドラマの演技も、色眼鏡ありきのレビューしかなかった。
自分の存在が、心臓が、鼓動がどんどん小さくなっていく感触を小夜子は覚えた。
「なんだ亀。おまえ俺の配役にケチつけるのか?」
「いやっ…でも……」
亀と呼ばれている青年は、巌のその一言で空気の抜けた風船のように萎縮してしまう。その空気が感染したのか、室内全体が二度沈黙に包まれる。
まだこの部屋に入って数分しか経ってないが、いつもと違う空気感なんだろうな、と直感した。
「まぁ」
そんな沈黙を、ナイフを振りかざすように破く声が一つ。
「巌さんが言うのなら、たぶん間違いはないんだろう」
ヒョロリ、そんな擬音語が漫画のように背後に見えてしまうような華奢な青年が席を立つ。青年が席を立った瞬間、みんなが固唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「ただ、一つだけ教えてほしい」
視線は、小夜子へと向けられる。
「真白さん、アンタにとって役者ってなに?」
息を飲む。
それは、とてもシンプルな質問。
けれど、とてと複雑な回答を求められる質問。
答えなんて、わからなかった。
だって演技なんてお遊戯の延長線上のことを少しやっただけ。
評価なんて貰えなかった。ただの「よくやった」の一言だけ。
そしてそれに満足した気でいた、自分がいただけ。
沈黙は、小夜子にも感染した。
肺が膨張したままだ。血の流れが早い。瞬きすらうまくできない。
小夜子の沈黙に、青年も、厳も、室内も、みんな沈黙で返す。
答えを間違えれば、たぶん放り出される。あの廊下に。このビルの外に。冷たいアスファルトの上に尻もちをつく。
何かを答えなければならなかった。答えるべきではなく、答えなければならない。
「……誰かに、なりきること……ですか…?」
逃げるように、青年に視線を合わせず、自分の履いているコンバースの赤いシューズに視線を落としながら、弱々しい声で答える。
その答えに、青年はため息を吐いた。そのため息が、振りかざされた拳のように痛かった。
「そうか……巌さん、真白サンに台本を」
興味を失ったような「真白さん」だった。こんな呼ばれ方したの、生まれて初めてだ。
形容し難い不安に駆られて涙が出そうになる。
「ふむ……そうか」
巌は何かを納得したような頷く。
分厚いA4サイズの台本を片手に、巌は皆を見渡すように視線を動かす。
「稽古場に行くぞ。台本を忘れるなよ」
その言葉に、小夜子はただ「はい」と言うしかなかった。
たぶんオリ主の元ネタすぐわかる人いると思う。