Star to Rain   作:SAMT

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1,2と3はい


リニアモーターガール

 

 ある日の午後。小夜子はスマートフォンの画面を見ながら道を歩いていた。

 女性誌のインタビューを終えて、一人で昼食をしようと近場のファストフード店を探していた時に、電話帳に新しく登録していた黒山のスタジオの連絡先が目に入った。

 

 この連絡先をもらって五日が経過したが、未だに連絡を入れてない。というのも、電話に出るのが黒山とは限らないからだ。美容院の予約にも禄にできない人見知りの小夜子にとって、知らない人間との会話というのは鬼門以外の何者でもないのだ。

 いやでも、そろそろ連絡入れないとマズくない?いくら黒山さんといえども、社会人としてその態度ちょっとどうなのよ。

 社会人としてのマナーの呵責と、すぐに昼食を取りたいほどの空腹状態でもなかった小夜子は、その連絡先に意を決してコールボタンを押した。

 

『––––––もしもし、スタジオ大黒天です』

 

 電話に出たのは案の定、黒山ではなかった。女性の声だ。それもかなり若い。

 

「あ、あの、そちらの黒山さんからの紹介で……」

『紹介?』

 

 訝しげな声が聞こえた瞬間、あっ、これ私の苦手なパターン入ったわ、と絶望した。こういう時の対応ってどうやるんだっけ!?『少々お待ちくださいねー』と、書類をめくるこもった音が聞こえた。

 

『……えっ、もしかして』

「すいません!間違え––––––」 

『真白さん、真白小夜子さんですか!?』

「……はい?」

 

 それからはとんとん拍子で進んでいった。事務員なのであろう女性は『お待ちしてます』と告げて電話を切ってしまった。

 一応歓待されてはいるんだろう、と勝手に結論づけ、こうしてスタジオ大黒天へと向かっている次第だ。

 

 黒山さん、ちゃんと話し通してくれてたんだ。

 人相の悪い人間ではあるが、意外としっかりとしている一面と、知らない人と話してアポをとれたという達成感に安堵を覚える。あ、でもこういう時って何か軽い手土産とか持参した方がいいんじゃないのかな。一応お世話になった人のお家なんだし。いやでも私みたいな人間が渡しても却って気を遣わせちゃうかも……。ただ挨拶しに行くだけなのに…。

 そんな後の祭りなことを悶々と考えているうちに、スタジオ大黒天に着いてしまった。

 いやいや、何も持ってきてないから一旦引き返して何か適当にでも買っていったほうがいいでしょこれ。でももう時間的にも厳しいし…。

 

「––––––お腹痛くなってきた…」

 

 二十六歳になるというのに、何をこんな小学生みたいなことを悩んでいるんだろう、と自己嫌悪に陥る。

 

「あ、来た来た」

 

 そんな小夜子の下に駆け寄る一人の影。顔を上げると、そこには女性…というよりも有名スポーツブランドのジャージに身を包んだ少女の姿が。

 

「あ、えっと、先ほど連絡させていただいた……」

「サヨだ!本物のサヨだ!!」

 

 と、挨拶をするよりも先に少女は舞い上がってしまった。

 

「……あの〜」

「あ、すいません!先ほどご連絡を承りました、スタジオ大黒天の映像制作担当…兼、事務員の柊雪です」

 

 ん、この声…。

 その声は聞き覚えがあった。というより、

 

「えっと…さっきの…」

「はい、先ほど対応させていたただいた者です」

 

 少女、雪はそう笑顔で小夜子を出迎えた。

 

 雪に連れられ、小夜子はスタジオ大黒天の接待室へと案内されていた。黒いソファーに腰を下ろして、雪がお茶を出す。

 

「すいません、墨字さ…黒山監督、ちょっと今席を外してて。たぶんちょっと待てば戻ってくるので」

「あ、どうも…すいません、何も持ってきてなくて…」

「いえいえ、そんなお気遣いなさらず!」

 

 ヘコヘコと頭を下げる小夜子に、雪は戸惑いの表情を浮かべる。

 この流れは会話に困るパターンだ、と長年の人見知り経験から察した小夜子は、すかさず雪に声をかける。

 

「あの、柊、さん?」

「あ、柊でいいですよ。敬語も別にいいですよ」

「えっ…」

 

 距離感の詰め方エグいなこの娘。

 

「じゃあ雪ちゃん…?」

「わーっ、あのサヨに名前呼ばれちゃったー!」

 

 感情忙しないな、この娘。

 陽をも超えた明るいキャラクターに少し警戒心が解けた小夜子は、躊躇いを無くして「雪ちゃん」と呼ぶ。

 

「ここでの黒山さんってどんな感じなのかな?」

「黒山監督、ですか?」

「あ、私にも敬語はなしでいいよ」

「いやでも、さすがに…」

「雪ちゃんだけ私に敬語なのも何だかよそよそしいでしょ?それに私は、雪ちゃんが思ってるよりも凄い人じゃないから…」

 

 彼女の視線は小夜子に向いていない。フィズのサヨに向いている。そう見られているのは嬉しいことだ。忘れられていないんだな、と実感できる。しかし、フィズはもう活動を停止している。小夜子自身も、芸名は慣れ親しんだ略称のサヨではなく、本名の真白小夜子と名乗るようにしている。

 私を見ているようでいて、私を見ていない。その事実から逃げるように、雪にそう告げる。

 

「……うん、サヨ」

「それでいいよ」

「なんだか照れ臭いし違和感あるけど…。まあ、墨字さんのことで」

「はい」

「墨字さん、ね〜…」

 

 先ほどとは違い彼のファーストネームを言うが、口にした主観に苦虫を噛んだような顔をして、捻り出すような声を上げる。

 

「質問に質問で返しちゃうけど…サヨから見た墨字さんってどんな感じ?」

「えっ」

 

 雪からの質問返しに考え込む。

 普段の黒山さん?不潔、悪人面、口悪い、変なとこでストイック、変なとこで真面目、笑顔が凶器的に似合わない、たぶんだけどヒモ。

 

「……無理な人」

「まさにその通り。ここでもそんな感じ。特に目的も教えないで、勝手に仕事断ったりして私たちを振り回してばかり…」

「し、心中お察しします…」

 

 目当ての人間にとんでもないこと言ってる。バチ当たらなければいいけど。

 

「でも、何かを撮ることに関しては、やっぱり凄いよ、あの人」

 

 声は少し呆れが混じっていたが、顔は何かを自慢する少女のようだった。自分のことでもないのに、自分のことのように友達に父親の自慢話をする娘。この世界で最もピュアで可愛らしい、でも百パーセント事実な姿。

 

 ああ、黒山さん、なんだかんだで愛されてるじゃん。

 放っておけば身を滅ぼしてしまいそうな普段の彼の立ち振る舞いから、少し安堵すると同時に羨ましくも感じた。

 

「でも仕事勝手に断るのはやめてほしいよ。収入源潰す気なのかなあの人…」

「まあ昔から妥協を許さない人だから」

「部下を抱えてる自覚を持ってほしいわあのヒゲ…」

「なーに他人の悪口言い合ってんだよ小娘共」

 

 と、二人の会話の間に入る男の声。噂の矛先、黒山墨字だ。A4サイズの茶封筒を小脇に、感心したような目で小夜子を見る。

 

「よお真白。意外と早く連絡寄越したな」

 

 接待室に入るや否やコーヒーメーカーでカップにコーヒーを注ぐ啜りながら、事務席の椅子に腰掛ける。

 

「おまえのことだから半年は寄越さないと踏んでいたけどな」

「む。舐めてもらっては困りますよ黒山さん。社会人として当たり前の行動を取ったまでです私は」

「なら土産は?」

「社会人としての自覚が足らず大変申し訳ありません」

「よし、それでこそ真白小夜子」

「来て早々に客を弄ぶな」

 

 そうツッコミを入れつつも、雪はクリアファイルに纏めた書類を黒山に差し出す。「次のクライアントから出された企画書です。絶対に目を通してくださいね」と、力強く念を押す。気怠そうに書類を受け取りつつ、黒山は持っていた茶封筒からまた別の書類を取り出してそれを読み始める。

 

「このっ…」

「ああ安心しろ。これは断んねぇから」

「それが普通なんですよ!……でもこれはってどういうことですか?」

 

 その書類に目を通す黒山の目は、いつもの世の中を奪還しきったような眼差しではなかった。食い入るように、撮影した映像を確認するかのような目だ。

 雪はまだしも、小夜子はカメラ以外を前にしてこんな目をする黒山を見るのは初めてだった。

 

「そのCMを撮影するのに良さげなやつが見つかりそうなんだ」

「それって……もしかしてサヨのことですか?」

 

 ––––––え?

 驚いた。しかし確かにそれなら黒山が小夜子に連絡先を渡したのも合点がつく。自分の仕事として利用する。そういうことか?

 

「黒山さん、またあなたに撮ってもらえるなんて私…」

「いや違うよ?おまえじゃないよ?」

 

 ––––––え?

 驚いた。この男、ケロリと吐き出した。何言ってんのコイツ、恥ずかしっ。そんな表情だ。

 

「クライアントの条件とも合ってないし。見てみろこれ、十代後半から二十代前半が好ましいってあるじゃん」

 

 提示された書類には、確かにそう書かれていた。年齢は十代後半から二十代前半、芸能活動の有無は特に問わない、と。

 

 ––––––確かに、私対象外だわ。

 

「おまえ確か二十六じゃん。無理じゃん。テーマに添えないじゃん!」

「このヒゲがぁっ!女性に年齢のこと言うなボケコラァッ!」

 

 覆しようのない事実と、もう二十六になってしまったという二つの悲しみが小夜子を静かに泣かせた。

 私、もしかして婚期遅れまくってんじゃない?

 その問いに返ってくるのは男の笑い声と女性の怒鳴り声だけだった。

 

 

「––––––で、巌のジジィのとこではどうなんだ?」

 

 出前のラーメンで食卓を囲む三人。味噌ラーメンを頬張る小夜子に、麺をほぐしながら黒山は尋ねる。

 

「まあ、今のところは順調、なのかな」

「へー。躾は?」

「やめてくださいそれ、割と気にしてるんです」

「調教に比べたらマシだろ?」

「調教も味わったことないですから!」

 

 食事時に話すことじゃないよね、これ。

 

「……でも、わからないこともまだまだあります」

「わからないこと?」

 

 雪が鸚鵡返しで聞く。メンマを口に入れて、噛み切って飲み込んだところで続ける。

 

「うん、阿良也く……共演する子に言われたんです。役者とは何かって」

「役者とは何か」

 

 チャーシューを噛みながら雪は考える。黒山は面白そうに笑みを浮かべる。

 

「それがまだわかんないって?」

「はい。正直」

「役者とは……演じること?誰かになりきること?」

「私もそう言ったの。そしたら、興味無くしたみたいにその子はどっか行っちゃって」

 

 今ならわかる。少なくとも、あのとき小夜子が出した答えは正解ではないということが。

 人はなぜ生きているのか。なぜ心臓は動き続けるのか。それに似た哲学ともいえるクエスチョン。単純なようでいて、考えれば考えるほど複雑に絡み合う問いかけだ。

 

「無事に役を演じきることができても、この答えがわからなきゃ意味がないと思うんです」

 

 役の表面だけを受け取り、潜ることなく演じても、それでは自分がここにいる意味がない。

 役者とは何か。

 この答えを出すことこそが、小夜子にとっての目下の目標だ。

 

「黒山さん、私どうしたらいいのかな…」

「さぁ?知らん」

 

 深刻な声の小夜子を、黒山は手短に切り捨てる。麺を啜りきり、レンゲでスープを混ぜながら小夜子に言う。

 

「俺は役者じゃねぇからな。出せるアドバイスなんて殆どねぇよ」

 

 スープを口にし、「いつもより薄いなこれ」とこぼしつつ胡椒を振りかける。

 

「ただ、その答えは、おまえが思ってるよりも単純だと思うぞ」

「単純…?」

 

 小首を傾げる小夜子に「ああ」、と黒山は頷く。

 

「役者っつーのは誰でもなれる職業だ。体動かして声張って台詞読みあげるだけだからな」

 

 極端な意見ではあるが、黒山の言うことに間違いはない。

 売れることができる、役者の仕事だけで生きていけるのはほんの一握りではあるが、名乗ることは誰にでもできるし、求められるスキルも伸ばそうと思えば誰でも伸ばせる。

 動き、声、容姿。そのどれもが、本人が変えようと思えばいくらでも変えれるし、適材適所としてそれぞれ相応しい場面で活かすこともできる。

 

「免許が無ぇんだよ、役者っていうのにはな。車の免許も取れない歳のガキでも、役者を名乗ることはできる」

 

 スープを飲み干した黒山は、グラスに注がれた水を飲み、「それに」と付け足す。

 

「おまえは二十後半に入ってこの世界に挑んでるんだ。なんとなくわかってるんだろ」

 

 黒山のその言葉を触媒に思い出す。

 そうだ、私がこの世界に入って、天球のみんなと一緒に歩き始めて一ヶ月が経つじゃないか。

 スタートラインはマイナスからなのに、みんなは私を除け者にしない。それどころか、みんな私に期待を寄せている。

 

 それなのに、私はまだ期待を結果で返せそうにない。まだ何かが足りない。

 私に今必要なものって、なんだ。

 

 演技力は良くなっているのに、巌さんはいまだに褒めてくれないし認めてもくれない。自分でも自覚できてしまうぐらいに芝居が上手くなっているのに、潤わない私の渇望。

 この渇きを潤すのに必要なものって、一体––––––。

 

 相変わらず厳しい厳さん。

 何言ってるかわからない阿良也くん。

 いつも気にかけてくれる七生ちゃんと亀くん。

 何かあるたびにアドバイスをくれるみんな。

 

 その人たちの助けと期待と情を返すために、私に足りないもの。それは私の渇望の潤いと同じ答えになるはず。

 誰でもなれる職業に、私が手を伸ばした理由。そしてそれを掴んで、ずっと離さないために必要なもの。

 

 ああ、そうか。

 

「––––––私、覚悟が足りてなかったんだ」

 

 水面から顔を出した気分だ。

 ジリジリ肌を焼く太陽に身を晒して、ベタベタな髪をかきあげる。

 見上げる太陽はどこから見上げても変わらないはずなのに、より一層眩しくて熱く見える。

 

「やっと、()()った」

 

 思い立った小夜子はすかさず立ち上がり、財布から千円札を取り出してテーブルに置く。鞄とカーディガンを抱え込む。

 

「ありがとう黒山さん、雪ちゃん!私行ってくる!」

「あ、そこの爪楊枝取って真白」

「空気読んでよ!」

 

 と返しつつも爪楊枝の入ったケースを黒山に手渡す。

 

「行ってこい。あのジジィから教わるものは全部財産になる」

「あんまり無理しないでね」

「うん、二人ともまたね!」

 

 ドタバタと騒々しくスタジオ大黒天を後にする。走って走って、バスの停留所も、駅のタクシー乗り場にも目をやらずに走る。

 ただ今は走りたかった。それが今までの自分への罰だ。どんだけ鈍感なんだよ私。こんな単純な答えに一ヶ月も使うなんて、バカにも程がある!

 汗がスキニーパンツに染み付いても、丁寧にセットされた髪が崩れても、何も気にしなかった。

 だって、今がこんなにも楽しいんだから。

 

 稽古場に着いた小夜子は、先に稽古を開始していた天球の面々から心配されていた。

 

「え、なに、事件か何か?」

「アホ亀。ただの鬼ごっこでしょ、サヨのことだし」

 

 私、普段みんなからどんな目で見られてるんだろう、と気にしつつも、目で阿良也を探す。皆が集まる中で一人、タオルを枕代わりに横になって寝ている阿良也を見つけた。

 

「阿良也くん!」

 

 久しぶりの全力な走りに竦む両足。バランスを崩して阿良也の目の前で無様に頭から倒れこむ。

 

「……えーっと、大丈夫?真白サン」

「平気!それよりわかったの!」

 

 身体中が痛む。それでも、口を開く。言葉を止めない。

 この答え合わせこそが、小夜子にとっての人生の岐路になると小夜子自身が直感したから。

 

「私、覚悟持てたよ!役者を名乗る覚悟!」

「––––––へぇ」

 

 阿良也の表情が変わった。

 それまで当たり障りのない景色を見るような目が、太陽に照らされた宝石のように輝いた。

 

「そうか」

 

 そこに杖で床をつき、間に巌が入る。

 彼の顔は、小夜子の目には少し満足げに見えた。

 

「正解だ真白。よく辿り着いた」

 

 あ、やっと、本心で褒めてくれたこの人。

 やっと、スタートラインに立てた。一ヶ月かかって、だいぶ遅れて、でも確かに立てた。

 

「はいっ!」

 

 小夜子の目から涙がこぼれ落ちた。その涙は雨のように止まることなく、小夜子のシャツと床を濡らし続けた。

 

「あれ、なんで、泣いてるんだろ…」

「あーもう、本当に感情が忙しいなサヨは」

 

 七生がタオルを小夜子の顔に押し当て、背中を優しく摩る。その優しさすら、いまの小夜子にとって涙腺を壊すのに充分だった。

 

「ありがとう〜!七生ちゃぁん〜!」

「私に涙かけないで!」

 

 涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまっている小夜子の肩を阿良也が叩く。

 

「真白()()

「へぁ…?」

 

 初めて阿良也くんから声を掛けられた。

 その何気ない事実に、少し驚く。

 

「今までの非礼を詫びるよ。今のあんたはよく匂う。改めて、これからよろしく」

 

 差し出された手を、小夜子は迷うことなく握り返した。

 

「こちらこそ、改めてよろしく!」

 

 本当の意味で、阿良也と仲間になれた気がした。同じ舞台を作り、盛り上げていく仲間になれた気がしたし、認めれもらえた気がした。

 笑顔と涙が入り混じったカオスな顔を振りまく。事務所NGな顔だけど、みんな笑ってくれてるし、こういう時ぐらいはいいよね。

 

「……で、早速なんだけどさ」

「うん、何かな?」

 

 阿良也からの問いに、小夜子は頷く。なんだろ、連絡先の交換とか?

 

「真白さんの家行っていい?」

 

 涙が一瞬で止まった。

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