ヤンでる幻想郷奇譚   作:鴨鶴嘴

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東方projectの知識は、SSを読んだ程度です。


プロローグ

 ガードレールすらない恐ろしい山道を、セダンタイプの車で慎重に走っていた。辛うじて、ラジオの電波は入るのだが、かなりの山奥だ。

 そして、道の先に現れた古いトンネルは天井が低く、幅も狭いもので、これ以上の侵入は徒歩になるな、と俺は車から降りた。

 

 カナカナカナカナ……。

 

 ヒグラシの鳴き声に田舎の風情を感じたのも始めだけで、その喧しさに苛立ち、不安な気持ちになって速まっていく心拍数によって、嫌な汗を流す。いつの間にか、早く立ち去りたいという気持ちになっていた。しかし、仕事だからやるしかないワケで。

 ショルダーバッグには財布とモバイルバッテリーが二つ、スマートフォンのライト機能で暗いトンネルを進んでいく。かなり暗いので長そうに感じたが、それは奥で道が曲がっているからであり、その折れた先には出口の光が射していた。

 眩しさに目を細めてトンネルを抜けると、見事な棚田が広がっている。青々とした穂が波打つように揺れて、風の流れが可視化されているのが、言葉を失うほど綺麗だった。

 俺はここに来た目的を一時忘れて、夢中になって写真を撮っていた。

 

「観光の人ですか?」

 

 驚き振り向くと、茂みに子供が立っていた。何でそんなところに……とは思ったが、黙っているのもまずいと口を開く。

 

「一応は仕事でだけど、まぁ、観光みたいなものかな」

 

「へぇ、どんな仕事ですか?」

 

「記者だよ」

 

「えっ?そうなんだ……じゃあね記者の人」

 

 賢そうな子供だな、と坂道を駆けていく後ろ姿を見送り、腕時計で時刻を確認する。

 午前九時、チェックインを済ませた民宿に戻るにはまだ早いので、もう少しだけ辺りをみていくことに決めた。

 子供が駆けていった棚田に沿って上る坂道とは別に、細かく砕いた瓦などで固められている平坦な道を進み、林の中へと入っていく。

 ここは蝉が嫌う何かがあるのか、しん、と静かで空気がひんやりとしている。石の敷居を跨いで、石畳が真っ直ぐ続いているのをさらに進んでいくと、社があった。

 辺りには誰もいないのだが、目の前に賽銭箱があるのを見て何もしないのも気分が悪いので、小銭を投げようと財布を開き──コンビニの会計で小銭を綺麗に払えたと、小さく喜んでいたことを今まで忘れており。野口の顔を探すがそれもなく、仕方ないなと一万円札を入れて手を合わせた。

 

「来年は、デスク職になれますように」

 

「──あんたに出来る能力が無いことは、叶わないわよ」

 

「ハァ?」

 

 いきなり喧嘩を売られて、どこの誰だと正面を睨むと、二十代後半ぐらいの顔立ちは整っている女性が、布面積がおかしい肩出しへそチラ紅白巫女のコスプレをして、社から見下ろしていた。──これは、ロールプレイングなのだろうか?……なんかもう、かなりギリギリだ。

 

「お、お構いなく。僕、もう帰りますんで」

 

「ちょっと!?」

 

 自然界での赤が毒を持つ警告色であるように、関わってはいけないタイプの人だと人目で分かるのだから、速やかに逃げた方がいい。

 なのに、ガシッ、と肩を掴まれて、嘘だろお前……と振り向くと、肩を掴んだままだった彼女の手が引かれて前によろめいてしまったようで、女性の吐息が顔にかかった。

 近い、というか、でかい。一九○くらいはありそう……身長が、だ。咄嗟のことだったが、よろめいた彼女の体を支えることが出来てよかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがと。私ったら、はしたなかったわ」

 

 ……いや、行いを恥じらっているみたいだけど、その格好をまず恥らえな?と心の中で毒づく。

 

「それで、慌ててなんだったんですか?」

 

「あんたにとっても大切な話があるのよ。そうね。立ち話もなんだし、社へ行きましょ。お茶と煎餅ぐらいは出すわ」

 

「え」

 

 あれ、おかしくね?

 俺は帰りたいんだけどなー。

 もう社の方へ歩きだしてるし……無視して帰るか。

 

 

◆◇◆

 

 

 帰ろうとしているのがすぐにバレて、「ちょっとぉー!?」とまた肩を掴まれるんじゃないかと待ち構えていたのだが、そんなこともなく、今はこの静けさが不気味だ。

 石の敷居を跨ぐ前に、とうとう好奇心に負けてしまい、ちょっとだけ振り向いてみると──恐怖で足が地面に縫いつけられる。

 付かず離れずの、八メートルぐらい離れたところの木の陰に半身を隠した、菩薩のような顔をした夜叉が、巫女の形をして立っていたのだ。

 

「やっと“こっち”をみたわね?今から“そっち”に行くわ」

 

 そのやわらかな笑みの、糸のように細められた目と俺の目が合って、背筋がゾクリとする。

 致命的にも、たった今、妙なモノとの縁が出来てしまったのだ。と、自分でもよく分からない言葉が頭に浮かんでくる。

 車に着くまで振り向かなければよかった。今さら敷居を跨いでも、どこまでも、これはついてくるような気がして、俺はもう開き直って向き合うことにした。

 

「はぁ……なんなんですかもう。あなた、他人ですよね?言いたいことはここで、簡潔に、話してください。僕は帰りたいんです」

 

「じゃあ言うけど──」

 

 言いながら、女性はあっという間にすぐ側まで跳んで来た。CG映画のワンカットを現実でみせつけられて、俺は現実逃避を始めた。

 

「──あんたが来たトンネルは本来、“土砂崩れで塞がれた道”ということになっているの。それがなんの因果か、あんたは境界を越えてしまった。だからわざわざ私が“こちら側”へ来たワケなんだけど、お賽銭をくれたでしょ?それも結構な額。ぶっちゃけた話信仰ってね、お金なのよ。それってかーなり大切なことでね。運でなんとかなることなら、巫女の力で叶えてあげる程度の力はあるつもりだし、実力で勝ち取るしかない願いはまぁ頑張れってことで、帰る前にそれとは別な願いを聞いておきたかったってこと」

 

「あ、じゃあ帰りたいです」

 

「……ま、いいわ。でも今は無理よ。その敷居の向こうはもう、別の世界だから」

 

 何を言ってるんだ?

 頭はぼんやりとしていたが、俺はそれを否定しようとしてた。ただ、その言葉の頭が音になろうかという刹那、視界の端を黒い帯が高速で走った。

 それを彼女が何か白いもので撃ち落とし──地面に巨大なムカデが転がった。甲殻には罅が走っており、そこには一枚の札が貼りついているのを目の当たりにする。キィイ、と鳴いたムカデはみるみる縮んでいき、一般的なサイズになると草むらの中へ逃げていった……。一連の出来事の表面が俺の理解を滑っていき、死にかけたと気づくと、足の力が抜けてその場にへたりこんだ。

 

「さっきの大ムカデの妖怪は、あんたに憑こうとしていたわね。……これを夢だと思うのも勝手だけど、私の側にいることをオススメするわ」

 

 自分の髪の毛を束にして掴み、深く考えた。

 こめかみを何度も何度も小突き、立ち上がり、そして「ありがとう」と巫女に頭を下げた。

 

 

◆◇◆

 

 

「記者の人、欲しいなぁーー、ッ……ハァ」

 

 死んでしまった大樹のうろからは、明滅する光が漏れている。リグル・ナイトバグはうろの中の小さな夜で、浮かんでは消える夥しい数から成るてんとう虫の星空を眺めて、熱い吐息を吐いた。……その吐息は花の蜜よりも甘く、蟲の脳を痺れさせる。

 

「蟲符 wish star 流れて届け。さぁ、叶えに行こうか」




・男記者(24)自称170cm とても弱い
・霊夢(27)自称180cm とても強い
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