ヤンでる幻想郷奇譚   作:鴨鶴嘴

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あなたが太陽

 案内された縁側で巫女は「お茶を用意するわ」と行ってしまい、ぽつりと一人、取り残された。靴を履いたまま厚板に座り、紺のサマージャケットを脱いで畳んだ。

 ケントクを塗り込んだような滑る板の間とは違い、やや無骨な手触りの木の感触を楽しんでいると、巫女はお茶を持ってやってきた。

 

「中に入ればいいのに、ここでいいの?」

 

「ええ、お茶いただきます」

 

「どうぞ」

 

 緑茶を冷まして啜り、かなり濃い味だったので驚き、横を盗みみた。巫女は湯飲みの下に手を添えて静かにお茶を飲み、一息ついてほっこりしている、と、視線に気づかれた。

 

「煎餅も好きに食べていいわよ」

 

「……いただきます」

 

 何の気なしに鉢の煎餅を一つ掴んで齧るので、俺もそれにならうようにして煎餅を取って齧った。口いっぱいに、香ばしい醤油の風味が広がる。……何も考えず、お茶が美味い煎餅が美味しいと言えればよかったのだが、緊張から言葉数が減り、疑問符だらけの頭の中で今日起きたことを整理し、今後どうするべきかを考えていた。

 

「嫌いじゃないわ」

 

 巫女の声でいつからか注がれていた視線に気づき、主語の足りない言葉に何だと思う。

 

「ああ、煎餅?なんだか東京みたいな味がしますね」

 

「そう。これは村の煎餅屋から買ったものよ」

 

「……村があるんですか」

 

 外は別の世界だと言っていたが。

 

「ええ、もちろん。棚田はみたでしょう?三○人規模の村だけど、あそこでは米ともち米もやってるの。今はあっちには行けないけどね」

 

「……つまり、僕は一種の神隠しに遭遇したってことですか」

 

「神隠し、か。胡散臭い感じが言い得て妙ね」

 

 巫女はくすりと笑い、手に包まれていた湯飲みを置いた。

 

「ここは世界が喪った神秘の集まる郷。故に、幻想郷と呼ばれているわ」

 

「幻想郷……」

 

 あの大ムカデを妖怪と言っていたが、幻想という言葉がストンと胸に落ちた。

 

「幻想郷には、僕みたいな人間はいませんか?」

 

「外来人、あんたと同じ外からやって来た人間は、たまにいるけれど。結界を越えて入ってきたなんて、かーなりのイレギュラーよ?」

 

「あはは……」

 

 ジトッと睨まれてしまった。

 私有地の山だったので、持ち主の人と話をつけての入山だった。それがまさか、こうなるとは……誰が予想出来るだろうか。

 

「幻想郷にも人間の村はあるのよ?ただ、直ぐに帰るなら知らない方がいいこともあるわ。……明日の朝には帰れるようにするから、安心なさい」

 

 不安が顔色に出ていたのだろうか。力のある大きな瞳で、俺が今一番知りたかった事を教えてくれた。

 

「お願いします」

 

「さてと、そろそろ私は行くわ。ここは安全だから、夕方まで社の敷地内で時間を潰していなさい」

 

 冷めたお茶をぐいっと飲み干すと、ふよふよと巫女は空を飛んでいった。……頭がバカになりそうな光景に、今日の出来事は夢だと自己暗示をかけた方が精神衛生上はいいだろうと、結論が出た。

 ……ようやく、一人の時間が出来たので、スマートフォンを取り出してオフラインではあったが、PCと互換機能のあるアプリを使い、箇条書きで見た物起きた事を簡潔にまとめた。

 

 仮タイトルは、『幻想郷奇譚』で。

 俺は脱いでいたサマージャケットを羽織り、取材に出掛けた。──保守的な人間なら、そもそも就活の際に記者なんて仕事を選ばないワケで。ネタがすぐそこに転がっているのなら、もう行くしかない。

 幻想では記事は書けないのだと、パッと思いついた出来の悪い冗談に苦笑いを浮かべた。

 

 

◆◇◆

 

 

 石の敷居を跨いだ先は、道が途切れている。否、長い階段になっていた。ここが違う世界だという証拠を写真に残して、山の展望から階段の下に鳥居と、さらに遠くには村があるのを視認して、階段を降りていこうと決めた。

 

「みーつけたっ!」

 

 聞き覚えのある無邪気な声。茂みに立つ笑顔の子供に、また驚かされた。

 

「みつかってしまったな」

 

 子供の遊びだろう、と深くは考えず通り過ぎようとして、俺の気を引くように袖を引かれた。

 

「ねぇ、みて。てんとう虫だよ」

 

 子供の手のひらには、一匹のてんとう虫がいた。それが花の茎を登りあぶら虫を探して捕食するてんとう虫の習性によって上へと登り、子供の指先へ、そして俺の服に移動した。

 

「あげる。可愛いでしょ」

 

「てんとう虫かぁ、懐かしいな」

 

 服に手を添え、てんとう虫が登った所で離し、手のひらを移動するてんとう虫が、指先の頂点から飛んでいくまでを眺めていた。

 

「いっちゃったね。ありがとう」

 

 楽しい懐かしい気持ちになれて、感謝すると子供は本当に嬉しそうに、照れ笑いを浮かべた。

 

「まだまだいるよ!全部あげるっ」

 

「うっ」

 

 空気が凍る。

 両手を差し出す子供の服の袖からモゾモゾと、夥しい数のてんとう虫が出てきて、口から呻き声が漏れる。

 きっと、冬眠していたてんとう虫の巣から持ってきたのだろう。……子供は恐れ知らずというかなんというか……。──今は夏だ、と目の前の矛盾に疑問符が頭に浮かぶ。

 

「……気持ち悪い?」

 

 思考を引き戻し、気づけば悲しそうな目が見上げていた。……思い出す、俺がまだ小学校通っていた時分のこと。巨大な蜘蛛を虫カゴに入れて学校へ持ってきて、教室を小パニックにさせた少し変わった子がいた。観察するのが得意で、絵も飛び抜けて上手かったのだが、その子は二学期の半ばで転校してしまった。

 

「いや、ちょっとビックリしただけだよ。こんなに集められるなんて凄いね!ちょっと多すぎるけど」

 

 ぎこちない笑顔だと自覚はあるし、腕を登ってくるてんとう虫はとても直視出来ないが、大人の矜持はみせれたと思う。……いい笑顔かな、値千金たぁ小せぇ小せぇ!と俺の心の中の石川五右衛門が勇気をくれる。

 

「虫はね、みーんな私の友達なんだ!」

 

「うん」

 

「記者の人はさ、人間なのに路傍の虫相手でも等身大でみてくれるよね……。初めて会った時も、私みたいな虫畜生とも誠実に会話をしてくれて、いいなって思ってたんだ。もちろん、外来人だから先入観が無いだけだってのは理解しているつもりだけど、それでも私達は弱いから。記者さんが側にいると、認められてるんだっていう実感が湧いてきて、満たされているというか、とっても安心するんだ」

 

「うん?」

 

「だから記者さん、私の友達になってくれる?」

 

「うん、いいよ」

 

「やったやったー!私リグル・ナイトバグ、記者さんはリグルって呼んでねっ」

 

 ピョンピョン跳ねて、腰に抱きついてきたりと忙しい。こうしてみると、どこにでもいる可愛らしい子供だ。……さっきの饒舌は、かなり気になるが。

 

「それじゃあリグルちゃん、って呼ばせてもらうよ。僕のことは──」

 

「記者さんは幻想郷では記者さんでいいよ。名前は言わない方が絶対いい」

 

「……分かった、そうするよ」

 

 腹に頭をグリグリ押しつけてきたリグルの動きがピタリと止まり、真剣な表情で言葉の先を奪われた。そうした方がいいのだろうと、俺は言葉を飲み込んだ。

 

「そういえば、記者さんはどこへ行こうとしていたの?」

 

「ああ、遠くに村が見えたから行こうと思ってね。取材が仕事だから」

 

「そっか、じゃあ私が案内してあげるよっ!記者さん一人じゃ悪い妖怪に魅入られちゃうかもしれないしね」

 

「ありがとうリグルちゃん。……その、悪い妖怪ってたくさんいるの?」

 

「うん、記者さん一人だったら九分九厘人里に着けないと思うよ。そうならないように、私が出待ちしていたんだけどね……博麗の巫女って放任主義だし。さておき、今日の私は強いから、ドンと任せてよっ!」

 

 表では胸を張って叩くリグルを微笑ましく眺め、その裏では九分九厘という言葉に冷や汗を流した。巨大なムカデのようなのが、ゴロゴロといるのが幻想郷なのか……。楽観的だったと、改めて気を引き締める。

 

 長い石階段を降りていき、鳥居を潜った。

 森の中に道は続いているが、確かに妖怪でも出てきそうな雰囲気であった。

 

「やっておしまい」

 

「リグルキィィーック!!」

 

「ギョエェッ!?」

 

 そしてリグル、いやリグルさんは俺のフィン・ファンネルなんじゃないか?と錯覚する勢いで、森の中で現れる妖怪妖怪をちぎっては投げを繰り返していた。

 そうこうしているうちに森を抜け、木が疎らになっていく。目の前には高い塀があり、リグルの先導に続いて外周を回り込み、門の前に出た。

 

「着いたね記者さん、ここが人間の里だよ」

 

 俺はスマートフォンを取り出して、資料用を一枚、リグルと一緒にもう一枚写真を撮った。

 

「いえーい!」

 

「そこな人間よ、何をしている……入るならさっさと入らんか」

 

 結果、門番の人に呆れられてしまったのだった。




ケントクは、白木用のワックスみたいなもの。昔は固形でした。
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