ヤンでる幻想郷奇譚   作:鴨鶴嘴

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その二

 門の側には篝火の跡があり、夜になれば火を灯すのをうかがい知れた。その燃えカスを靴の爪先で弾き、何事もなく門を潜る。ここは治安がいいのだろう。隣のリグルもそれが当たり前の顔をしていた。

 森では妖怪ばかりを見すぎて感覚がマヒしていたが、昼間のアーケードぐらいには人の姿がある。洗面台の鏡は無いが手早く身だしなみを整えて腕時計を確認する、一種のルーティンを終えると、自意識過剰とは流せない多数の値踏みするような視線が注がれていた。

 

「……見られてるよね?」

 

「うん、記者さんの格好は目立つからね」

 

 言われて辺りを見渡せば、低い木造家屋には葦簾(よしず)が立て掛けられており、柳の下の灯籠の脇で泣く赤ん坊をあやす母親がいるし、男は頭にねじり鉢巻をして木材を担ぎ、女は井戸端で姦しく洗濯をする。……上等な着物を着て、手を繋いで歩く老夫婦が横を通り過ぎた。

 これらは全て作り物の舞台とキャストではなく、生きているという実感が今まで無かったのだ。改めて、現代服に身を包んでいる男を客観的にみて、その姿はとてもこの街から浮いていた。

 

「リグルちゃんの服も、目立つことない?」

 

 リグルの格好はかぼちゃパンツに白いシャツ、黒に裏地が赤のマントを身につけ、マントの端がMに切れた燕尾服のようになっている。街の公園で見かけても気にはならないが、ここの人達はほとんどが着物姿なのだから、やはり浮いていた。なのに、視線が集まるのは俺ばかりだ。

 

「記者さんは男だからね」

 

「えぇ……」

 

 納得は出来ない、が、ふと巫女の姿を思い出して──これ以上は考えてはいけないと思った。

 

「うーーん、団子屋なら落ち着けると思うよ」

 

「なら、休憩しようか」

 

 一周回って新鮮な風景を楽しんで、ちらほらといる奇抜な格好の女性を意識外に追いやり、目的の団子屋についた。斜めに立て掛けられた簾の影に椅子があり、『美味しい団子あり(マス) 清蘭(せいらん)屋』の達筆な看板をみて感心する。

 

「美味しいお団子はいかがー?」

 

「清蘭、団子六つとお茶二つ」

 

「それだと二十四文だよ」

 

「──文っ!?」

 

「はいこれ」

 

 看板に気をとられていて、慌てて財布を出そうとしたが、円ではなく文と聞いて固まる。その横でリグルが古銭でさっと支払うのをみて、まるで紐男のようで情けなくなる。

 

「リグル、その人外来人でしょ。めずらしいね」

 

「……言いふらさないでね?」

 

「まさか」

 

「ありがと」

 

 二人が共通理解の謎の笑みを浮かべて、取り残された俺はというと、清蘭という少女の浅葱色の髪と三角巾から突き出た白くふわふわの兎耳を見ていた。

 

「兎がそんなにめずらしいぴょん?」

 

「ぴょん?」

 

「ぁ……ちょっとからかっただけです。ぁぅ……」

 

「あはは……幻想郷には、兎もいるんですね」

 

 冷静になって恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。少女の自爆に一応はフォローを入れておく。

 

「清蘭はね、人間とも友好的な月の兎なんだ」

 

「へぇ、月の兎が団子屋をやってるって、まんまですね」

 

「うん、面白みに欠けるよね」

 

「ちょっと言い過ぎじゃないかしらっ!?」

 

 兎に角、清蘭の作るシンプルな団子は美味かった。

 あと、客は俺達以外いなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

 メモには清蘭屋のレビューを残し、最後に写真を数枚撮った。

 

「長居してすみません、団子美味しかったです」

 

「またね清蘭」

 

「いつでもいらしてくださいね」

 

 団子屋小町の評判が、広まればいいなと思い。

 さっきまで、道具屋に貸本屋、花屋、服屋、寺小屋、薬屋、蕎麦屋は食べたばかりだろう!と、次はどこへ行こうか検討をしていたのだが、まとまらず、適当に歩いてみていくことになった。

 

「幻想郷は面白い?」

 

 歩きながら、後ろに下がったリグルが問いてきた。歩幅を合わせ直して、俺は横に並ぶ。

 

「ああ、忘れていた物をたくさん拾ったような気がするよ」

 

「幻想郷は楽しい?」

 

「……一人だったら、仕事に徹していたと思う。少なくとも、リグルちゃんがいて楽しかったよ」

 

 立ち止まる。

 

「じゃあさ、ずっと幻想郷にいればいいよ」

 

「それは」

 

 生活があるから無理だ。

 これはあくまで取材旅行なのだから。

 そのままの言葉を、友達になれた!とあれだけ喜んでくれた子供に言うのは流石に酷だろうと、言葉を探していると、リグルは俺の沈黙をどう受け取ったのか、泣きそうな顔で手首を強く掴んだ。

 

「どうしても駄目なことなの?私はね、記者さんといると救われるんだ。……ずっといてほしいよ」

 

「でも、帰らなきゃ」

 

「……そう」

 

 手首から手を離し、うつ向くリグルは再び歩き出した。一人には出来ないのでついていき、重たい沈黙が流れる。喧騒が遠退き、人通りも減っていた。

 

「これは、路傍の虫の独り言」

 

 リグルはなんとか聞き取れる小さな声で、話し始めた。

 

「私って虫と友達だから、暇な時は人間の畑や田んぼをみてあげてるんだー。これは大切なものだから食べないであげて、ってみんなに頼むの。そうすると人間に感謝されて、何も渡さないのは悪いからって、いつからだったかな、お金を渡されるようになって。おかげで、里でたまに贅沢が出来るようになったんだ」

 

「……」

 

「だけど、お金なんて貰うんじゃなかった。……人間って酷いよね。作物が病気で枯れてしまったら、虫のせいにするんだ。あいつが何かしたに違いない、そんなことしないのに。邪推して、対価を払っているのに、もっと欲しいのか?卑しい虫め!金を持ってあっちへいけッ!!」

 

「リグルッ……大丈夫だ。言うな。大丈夫だから」

 

 抱きしめていた。リグルは胸の中で酷く傷つけた呪いの言葉を呪文のように繰り返し呟いて、その痛々しさに涙が出てきた。

 

「私は卑しい虫畜生だ。私の声は喧しいだけ。だから話がすれ違うし、みんなは嫌な顔をする。ごめんなさい、ごめんなさい。だって、だって、そうでないのなら、この内側から突き破ろうとする恐ろしい人間への殺意を肯定してしまうということだから。人間を殺してしまえば、幻想郷の全てが敵になる……私はまだ、死にたくないよ」

 

「殺すとか、死ぬとか、言うな。辛くなることは、何も言わなくていい」

 

「記者さんはあったかいね。ほしい、欲しいなぁ……ッ、ハァ」

 

 ──ねぇ?私だけのものになってよ。

 ──記者さんに、私のぜーんぶあげるから。

 

「う゛っ」

 

 涙で妖しく輝く青い瞳に、心が吸い込まれそうになる。その表情は、悪魔的に綺麗だった。

 そして、リグルの小さな両手が、喉元から頬へと登り。──今日、二人でてんとう虫で笑いあったことを思い出した。

 

「……アホか、子供がませたことを言うな」

 

「あ痛っ!」

 

 リグルの頭に、俺の先制チョップが炸裂した。

 

「リグルは忘れたのかも知れないが、俺はもうすっかりお前の友達なんだぜ。……道を間違えそうになったらまた言えよ。地球の裏側にいようが駆けつけて、俺が何度も正してやるからさ。そういう人間の友達が、ずっと欲しかったんだろ?」

 

「……ぁ……。ッ~~!?わ、忘れてないもん!記者さんの、バカぁ!!」

 

「ぐはぁッ!?」

 

 俺の腹に、リグルの後攻正拳突きが炸裂する。

 情け容赦のない一撃に俺は地面にうずくまり、そんな俺を置いたまま、リグルはどこかへ走り去ってしまったのだった……。

 口の中が、鉄の味がする。えっ、これ内蔵破裂?俺このままだと死ぬんじゃ……。

 

「青春だねぇ……おっと出歯亀失礼」

 

 意、識が……。

 

「ん?おーい、おいっ!」

 

 

◆◇◆

 

 

 一方、日が沈む前に社に戻った霊夢は、敷地の外に出るなと言い含めた男の姿がなくてピキっていた。




アンケートをやってみたかったのでやってみた。

意識を失った男の前にいた者は一体?

  • 万能薬(茸)があるぞ! 魔法の森
  • 先生なら治せるわ! 永遠亭
  • 気の流れはよくした! 紅魔館
  • あやや! 妖怪の山
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