「すっかりよくなりましたね」
「おらさもう駄目だぁ思ってたばってん、先生の薬のおかげで助かったぁ!こりゃ、もう永遠亭に足向けて寝れねぇな!ありがてぇ、南無永遠亭南無永遠亭……」
「拝むのはやめてください。怒りますよ?」
「わ、わり」
「それでは、お大事に」
悪意は一ミリも無いのは分かるから、しょんぼりされると悪いことをしたような気持ちになる。けれど、拝むのは洒落にならない。いつもは冷静な私も、冷や汗を流した。
人の里では、人ならざるものの勢力争いが日夜起きている。それを決して忘れてはいけないよ──とは師匠の言葉だ。命を救うのは素晴らしいことだけれど、人々に感謝されている私達を、影から見定めようとするものがいることを、忘れてはいけない。人間との距離感を、間違えてはいけない。……そうですよね?師匠。
長屋から最短で門へと向かう道をはや歩きしていると、まぁ!妖怪と人間が抱き合っていた。──私は無意識に垣根の曲がり角に身を隠し、そろーりと様子を見ていた。この道を避けるとかなりの遠回りになるから、し、仕方なくよっ。いつだって私は、冷静な判断を下すと人の里でも評判だ。
まっ、大胆ねっ。
ええっ!?
青い、青すぎるわっ!
おっと、あれは痛い。
……あの人、吐血してない?
思考が切り替わり、不味い状況だと理解した私は駆け寄っていた。
◆◇◆
月は昇る軌跡を 指がなぞり消すだろう
鈍色のこの衝動は 鞘の中に隠せよ
髪をさらった 風の向こう睨んで
陽の光を背に 羽ばたく鳥は先立つ
進むしかない 望むのならば
満たされるまで 心を鉛に変えて
進むしかない 迷うのならば
取り戻すまで 渇き続ける
◆◇◆
暗い水底の微生物が枯葉や死骸などを分解して生じたガスが、気泡となって浮上するイメージは、やがて光の水面へと達し、大気と混ざる。
目が覚めて伸びをしようと、やや腹圧をかけると、痛みが走った。
「──いたたたたっ」
腹の灼熱感に、これ以上体を動かす気持ちにはなれなかった。鈍くヒリつく頭で、俺はどうしたのだろうと考えて、記憶の前後関係から思いだそうと思考が移行する。
俺は、俺は……そうだリグルに。
「何だ?これ」
強い光は感じているのに、視界がやけにぼやけていて、違和感の正体はなんだと手を添えると、柔らかい質感の、布に触れた。目にはおそらく、包帯が巻かれているようだった。
「その包帯は取ったら駄目ですよ。今、薬の副作用であなたの目は光に過敏になっているんです」
説明口調な女性の声が近くから聞こえて、今まで感じていなかった傍の希薄な存在感に驚き、身動ぎして腹が痛む。
「いたたっ、……包帯を触るのは、止しておきます。それにしても、状況がつかめないのですが」
「そうでしょうね。気を失っていたあなたを 偶然 通りがかった私が、連れてきたのですから……。ここは永遠亭です。と言っても、分かりませんよね?」
「はい、僕は外来人だそうで。幻想郷のことは、まだ知らないことの方がずっと多いですね」
「やはり。永遠亭は人の里とも友好的な薬屋のようなもの、と言えばいいのでしょうか。適当な言葉が見つかりませんが、しばらくはここで休んでいてもよいと、永遠亭の主から許可を得ましたので、目を治すことに専念してください」
「なるほど……助けていただき、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでです。あと、内蔵破裂は師匠の薬で完治していますので。腹部の痛みは錯覚で、すぐに馴染みますよ」
「それはよかった」
「それと、今日はいいですけど、明日から目が馴染むまでは、夜の労働力に期待していますね」
「……はい?」
「いやあなた、治療費払えるんですか?」
「……無理です」
「でしたら、返事は決まったようなもの。明日からお願いしますね!」
「……はい」
「うふふっ、永遠亭はいいところですよぉ……。
俺は光の中の見えない誰かを睨み、文句を言うのも筋違いだと理性では理解しているので、口を閉ざし、色々な事を諦めた。そんな俺の様子をみて、本当に、楽しそうに笑うこの女性は、サドに違いないと思うのだった。