ヤンでる幻想郷奇譚   作:鴨鶴嘴

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その二

 夜になり、包帯を解いてもらった。

 光に過敏なせいで、ジクジクと無数の針が刺さったように瞳孔が痛んだが、目を早く慣らさないといけないので我慢をして、目の前にかざした手のひらに次第に焦点が合うようになっていった。

 夜がこんなにも、明るく感じるなんて。寝具と机と竹細工の仕切りがあるだけの簡素な部屋が、射し込む蒼白い月の光の魔法で、世界の神秘を演出していた。

 この奇妙な体験を書き残したい衝動にかられるが、スマートフォンの光は当分目に入れられないだろうと、断念するしかない。……せめて、紙とペンさえあれば。本格的な取材は一度宿に戻ってからにする段取りをしていたので、まさか下見の段階でなんだかんだがあって、幻想郷に来てしまうとは思わなかった。手元には軽装なりの物しか無いのが辛いなと、ついついないものねだりをしてしまう。

 ……帰してくれると約束してくれた巫女には、とても悪いことをしてしまった。

 

「誰ですかッ」

 

 床が軋む人の気配がして、廊下に声をかけている自分に驚いた。ストレスのせいか少し、神経質になっているらしい。

 

「私は八意永琳。あなたの怪我を治した者です」

 

「!先生が、ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「いえ、あなたを助けたのは鈴仙の意思ですから。寝ているあなたの世話をしていたのも鈴仙です。まずは鈴仙に、礼を言いましたか?」

 

「……思い返せば自分のことばかりで、感謝の言葉が足りていなかったと思います。明日、改めて感謝を伝えようと思います」

 

「そうしなさい。それと、さきほどのあなたの感謝を受けとりましょう。私にとっても、貴重なサンプルが取れて有意義なものでした。前々から、外来人の内臓には興味がありましたので。あなたの内臓はうっとりするぐらい、綺麗なピンク色でしたよ。……設計図どおりの完璧な内臓と交換したのも、私からのささやかな感謝の気持ちということです」

 

 先生がとても恐ろしいことをスラスラというので、心が一時理解を拒絶して、思考がバグりそうになる。

 

「ま、待ってください。完治して、薬の副作用の話は聞いていますけど……えっ?幻想郷のファンタジーな薬の効力じゃなく、僕のお腹を開いたんですか?」

 

「はて、ファンタジーな薬とはなんですか」

 

「いざ聞かれたら答えに困りますけど、しかし、そうではなくてですね……」

 

 ・・・・・。

 

「アイスブレイク、と言うそうですね」

 

「アイスブレイクですか」

 

「そうです」

 

「……初対面同士で、緊張をほぐす?」

 

「そうです、さっきのは冗談です」

 

 ・・・・・。

 

「怒っていいですか?」

 

「ほう、あなたは許可がないと怒れないのですか。なかなかにユニークですね。怒らないでください」

 

 貧血で世界が白むような、鈍い頭痛がして、俺はこめかみを押さえる。

 IQが20離れていると会話が成立しないとは言うけれど。こちらに話を合わせようと努力している先生はとても頭がいいんだろうなと、諦めの混じった大きなため息を吐いて、自分の方から先に折れることにした。

 

「……怒りません、気力が失せました。それで、八意先生は経過を診にこられたのですか?」

 

「そうですね。明日から夜の時間は目のリハビリも兼ねて鈴仙の下で働かせてほしいと願いでた、と聞いています。感心な心構えだと思いますよ。医師として、それが可能かを見極めに来ましたが、この様子なら問題ないでしょう。明日から頑張りなさい」

 

「はい、頑張ります」

 

 話にツッコミどころが幾つがあったが、治療費が払えないという事実には変わりがないので、話の便宜上、鈴仙がそういうことにしたのだろうと納得した。

 

「それと、あなたに私から一つお願いがあるのですが」

 

「先生から?一体なんですか」

 

「しばらく、包帯で目隠しをしている昼間の時間に、世界に退屈してしまった、()る方の話し相手をしてほしいのです」

 

「?別にいいですけど」

 

 俺が二つ返事で安請け合いすると、今まで表情から感情が何一つかめなかった先生が、初めて微笑んだ。ような気がした。

 次の瞬間には、端正な顔立ちは知性を湛えて一分の隙もなく、さっきのは影の見間違いだったのではないかと、俺はすぐに忘れてしまった。

 

「それでは、お願いしますね」

 

 翌日。

 鈴仙に未明の内から起こされた。

 

「一人じゃ無理そうだから、包帯を巻きにきたわ」

 

 当人よりもよく気がつく人だなぁと思いながら、俺の関心は彼女の兎耳に注がれていた。

 

「ありがとうございます。……鈴仙さんって、初めて姿をみたんですけど、里で会った清蘭さんと同じ兎だったんですね」

 

「えっ!?なんで清蘭を知ってるのよ」

 

「里で団子屋さんをやっていたので。美味しかったですよ」

 

「ああ、団子屋にいっていたのね。……元気そうだった?」

 

「はい。僕の友達が常連客みたいで、仲がよさそうでした」

 

「……そっか」

 

「話が変わりますけど、永遠亭まで僕を運んだり、寝ている間も鈴仙さんに世話をしてもらっていたと八意先生から聞きました。重ねて、ありがとうございました」

 

「いいのよ。あなたは今日からしばらく、私の部下になるのだから。ふっふっふっ、覚悟しなさい?」

 

「あははは……頑張ります」

 

「ほら、巻けたわ。……ごめんね」

 

「?何で急に謝るんですか」

 

「それは──」

 

「鈴仙、ここにいたのね。悪いけど急ぎで頼みたいことがあるの」

 

「っ、師匠」

 

 先生がやってきて、鈴仙を連れていってしまった。

 さっき、鈴仙は何を言いかけたのだろうか。気にはなったが、先生が置いていった朝餉を食べ終えた頃には、些細なことなどすべて忘れてしまっていた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 一、正直に話をすること。

 一、相手に興味を持たないこと。

 一、目隠しを決して外さないこと。

 

 これらを先生と約束して、昼間は視界が光で何も見えない俺の手を取ってもらい、導かれるのに従って歩いていく。そして、襖の奥へと通された。

 

「永琳、そこにいるのが鈴仙が拾ったっていう、外来人かしら?」

 

 透き通っていて、女性らしい丸みを帯びた声が聞こえてきた。この人が、先生の言っていた話相手なのだろう。……最近女性としか話してないなっ!と、異性の相手ばかりで自分が疲れているのを自覚する。

 

「ええ、そうですよ」

 

「ねぇあなた、名前はなんていうの?」

 

「幻想郷では、記者さんと呼ばれています」

 

「記者さん、ね。私は名前を聞いているのに、あなたって話が通じないタイプなのかしら?ちょっと不安なんだけど」

 

「理由がありまして、幻想郷にきて出来た僕の友達の忠告を聞いて、幻想郷では役職で名乗ることにしているんです」

 

「……ふーん、その子と仲がいいのね。記者が仕事なんだ」

 

 背後で静かに、襖の閉まる音がした。

 

「いつも退屈してる人だって、八意先生が言っていました」

 

「その説明ってどうなのよ……。でも、間違ってはいないかしら。最近は外に出掛けても、特に新しいことも無いし」

 

「そうなんですね。失礼ですけど、勝手に出不精なんだろうなって思ってました」

 

「……本当に、失礼ね」

 

「でも、話を聞いて安心しました。今は燻っているだけで、行動力があるのならあとは情熱を注ぐ何かを見つけるだけですからね。僕が暇になる日も近そうです」

 

「いいこと言うじゃない。最後の一言で台無しよ」

 

「でも本当の他人事に真剣になれる人って、なかなかいないと思うんですよ」

 

「それもそうね。……これは例えばの話だけど、私は永遠亭の主だから、永琳にあなたを妖怪の山に捨ててきてと頼めばあなたは一瞬で妖怪の餌になると思うの。……どう、少しは真剣になれそう?」

 

「……人間を殺せば幻想郷のすべてが敵になる。そう聞きました。だからそんなことはしない、はず。こんな意味のない言葉遊びは、もういいでしょう」

 

「答えがつまんなーーい。……でも、平坦だった声が急に不機嫌になった、その理由を聞いてもいいかしら?」

 

「あなたの退屈しのぎ程度に話すのは嫌です」

 

「ケチな男」

 

「こっちじゃ無一文ですから。鼻血も出ませんよ。そうそう、幻想郷の通貨には驚きました。幻想郷には古い造幣局でもあるんですか?」

 

「外来人だから、そんなことすら知らないのね。幻想郷はもともと日本の一部であって、結界で区切られているだけのこと。だから、区切られるまで普及していた古銭が今もそのまま幻想郷の通貨になっているのよ……って、私があなたの知的好奇心を満たすのはおかしくない?」

 

「ケチな僕への太っ腹アピールですよね。尊敬します」

 

「……ほーんと、意味のない言葉遊びですこと」

 

「ええ、まずは僕の一勝みたいですね。造作もない。それで、次はどんな遊びをしますか?」

 

「……なるほど、あなたの腹積もりは読めました。いいでしょう。この私を挑発したこと、必ず後悔させてあげるわっ!」

 

 

 ◆◇◆

 

 

「どうでしたか?」

 

 襖を開けて、先生が戻ってきた。やっと、終了のゴングが鳴ったのだと思うと、疲れがどっと出てくる。

 

「ふっふーん、聞いてよ永琳!九勝四敗のダブルスコアで私の勝ちよっ!」

 

「ぼっこぼこに負けました。それで、そろそろ夕方ですか?」

 

「いえ、まだ正午ですよ」

 

「う、嘘ですよね?」

 

 まだ正午?つまり、勝負がまだ続くのか……。

 

「永琳、どうして彼に意地悪をするのかしら?夕食の時間だから、ここへ来たのでしょう」

 

「嘘をついてみたくなりまして。彼の目の症状からくる時間感覚のズレの有無を、医師として、試してみたくなったのです」

 

 どうやらまた先生の茶目っ気が発動したらしく、正しくは夕食の時間になっていたようだ。もう夕方なら包帯を外して、忙しそうな鈴仙の手伝いはしなくていいのだろうかと思うのだが、しかし、とても聞ける雰囲気ではなかった。

 

「彼はあなたの出した薬の副作用で、辛い思いをしているのに」

 

「いやぁー、それで夜が月明かり一つで昼間のように見えるので、昨日は驚きましたね。一記者として、ある意味貴重な体験でした。……目が馴染むまでですが、永遠亭にはしばらくお世話になります」

 

「……その目が、早く治るといいわね」

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