死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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原作二十五巻までの知識で書いています。
不定期更新。


綾里永遠
綾里永遠:オリジン(前編)


 暗い、暗い、暗いところにいた。

 

 狭くて、息苦しくて、何もない、誰もいない場所。

 ずっとずっとそこにいた。気の遠くなるくらいの時間を過ごした。

 楽しみは、ごくたまに手に入る美味しいモノ。

 一口にも満たないそれだけを支えに、ずっと生きてきた。

 

 ――いや、ただそこに在った。

 

 それでも月日は流れる。

 長い、長い、長い時を過ごして。

 前よりはずっと大きく、強く、頑丈になったある日。

 

 光を見た。

 

 これまでの世界の全てを過去にして、消し去る光。

 そうして、私は私になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

永遠(とわ)ちゃん、オムレツ一つ頂戴」

「あ、こっちお水もらえる?」

「すいません、お会計お願いします」

「はいはい、順番に対応します!」

 

 日曜日のお昼時ともなると、店はいつも満員だ。

 無地の白ブラウスにスカート、その上から制服代わりのエプロンをつけた私は忙しく、でも乱雑に見えないように気を付けながら動き回る。

 注文を取り、お冷を注ぎ、レジを打ち、空いたお皿を下げ、テーブルを拭き、新しいお客様を笑顔で出迎える。他にもアルバイトの人がいるけど、二人でフル稼働しないと追いつかない。

 家族で経営している街のレストランでは、中学三年生の女の子も当たり前のように戦力として扱われている。

 

 私は綾里(りょうり)永遠(とわ)

 このレストラン『RYORI』で、十歳から今日まで育てられてきた――いわば養子だ。

 

 だから、というわけではないけれど、お休みの日に目いっぱい「家の手伝い」をさせられるこの環境に文句はない。

 むしろ、楽しいとさえ思っている。

 子供っていうのは持てあますくらいに暇なものだし、こうやって今のうちから働いて、できることを増やしておけば将来役に立つ。

 職に困らないのは大事なことだ。

 何しろ、

 

「ネギ類が駄目なんですけど、お薦めの料理ありますか?」

「大抵のお料理はネギ抜き、タマネギ抜きできますけど――特にお薦めはシーフード系ですね。エビフライとかカニクリームコロッケとかなら最初から入ってないので美味しく食べられると思います」

「嬢ちゃん、コロッケ肉多めってできる?」

「できますけど、それだったらメンチカツがお薦めですよ?」

 

 猫耳の生えたお姉さんと犬耳の生えたお兄さんのカップル。

 

「この体型でも入れる?」

「大丈夫ですよ。背もたれのない椅子もありますから、並べて腰を下ろしてください」

 

 馬系なのか、四本足のおじさん。

 

「すっごーくつめたいデザートが食べたい!」

「おれは目いっぱい焼いたハンバーグ!」

「はい。ハンバーグは超よく焼きでお持ちしますね。デザートは……かき氷とかできますけど、いかがですか?」

 

 冷気を纏った女の子と、熱気を纏った男の子を連れたご家族。

 色んな人達が色んな要望を持ってお店にやってくる。

 

 このお店が特殊なわけじゃない。

 この世界全体がそういう風になっているのだ。

 

 ――世界総人口の八割以上が人と違う『何か』を持った世界。

 

 『何か』とは能力だったり、体質だったり、人によって様々。

 細部まで含めれば全く同じものはないと言われるほどで、そのためその『何か』、能力や体質等々はひっくるめて“個性”と呼ばれている。

 はじまりは突然。

 ある日、生まれた一人の赤ん坊からだったというけれど、今ではそれが世界の当たり前になっている。

 

 強い“個性”もあれば弱い“個性”もある。

 特別な職業を除き、公の場での“個性”使用は禁じられているけれど、中には己の力を過信したり、思い余って犯罪に出る人もいる。

 “個性”を用いた犯罪者は(ヴィラン)と呼ばれ、個性を用いて敵を捕まえる職業をヒーローという。

 

 そう、ここはヒーローが実在する世界。

 前世の記憶を持つ私にわかりやすく言えば、『僕のヒーローアカデミア』の世界なのである。

 

 こんな世界で普通にのほほんと学生生活なんかできるだろうか。いや、できない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 お昼の営業が終わると、従業員一同はほっと一息。

 

 お父さんとお母さん、雇われコックのお兄さんは午後の準備があるけれど、アルバイト及び子供組にはさすがにその仕事は回ってこない。

 まかないの昼食を平らげた後はしばらく自由時間だ。

 

浩平(こうへい)、行こ」

「おう」

 

 カレーの残りをかきこみ、グラスの水をぐっと飲みほしたのは、同い年の男の子だ。

 中肉中背。

 “個性”的な見た目も特にない、平凡な男子。最近お洒落に目覚めたのか、前髪を遊ばせ始めたのがちょっと生意気。

 綾里浩平。

 両親――店主夫妻の実子で、中学生ながら厨房を手伝っている。

 

「お父さん、お母さん。ちょっと出かけてきますね」

「日が暮れる前には戻ってくるのよ」

「浩平。永遠の傍を離れるなよ」

「俺をいつまでもガキ扱いすんなよ……」

 

 顔を顰めつつコックコートを脱ぎ捨てた浩平は、代わりにジャケットを羽織って店の入り口へ歩き出す。

 

「行こうぜ、永遠」

「うん」

 

 午後の自由時間。

 二人でふらりと街に出るのは、日曜日の恒例だ。

 友達と遊びに行くには時間が中途半端だし、ずるずる帰宅を伸ばして遅刻しかねない。その点、門限が同じ同士ならそういう心配はない。

 

「楽しみだなあ、新作パフェ」

「お前、本当食うの好きだよな」

「私の生き甲斐だもん」

 

 浩平にとっては生まれてからずっと、私にとっても五年間暮らしてきた街なので、どこに何があるかは殆ど把握している。

 街に出てから「今日はどうしようか」と相談することも多いけど、今日は最初から目的があった。

 

「浩平だって楽しみでしょ?」

「そりゃあな。うちの店じゃ、専門のパティシエなんて雇えないし」

 

 私は食べるのが好き。

 浩平は将来店を継ぐ時のために少しでも勉強したいと、色んなお店の色んな物を食べたい。

 お互いの利害は一致している。

 そのため、私達のお小遣いの殆どは二人での外出で消えていく。

 ささやかな、でも、かけがえのない幸せ。

 

「浩平はヒーローに興味ないの?」

「またその話かよ。ないって。俺はうちの店を継いで、もっと大きくするんだ」

「でも、せっかくヒーローのいる世界に生まれたのに」

「ヒーローのいない世界なんてどこにあるんだよ」

 

 私達が生まれた時にはもう、ヒーローは存在していた。

 そのせいか、この世界は前世の世界とはかなり違う歴史を辿っている。

 

 ――ヒーローと敵の戦いの歴史。

 

 軽犯罪から凶悪犯罪まで、各種犯罪の発生率はぐっと高く、ヒーローによる捕り物の結果、街が破壊されることもしばしば。

 “個性”のお陰で技術の進歩も著しいので、壊れた街は割とあっさり修復される。

 最近はヒーロー飽和時代なんて言われてるみたいだけど、子供のヒーロー志望率は変わらず高い。いわゆる「ヒーロー科」を設けている高校も多いし、能力の高い新人ヒーローは引く手あまただ。

 中三の二学期。

 ヒーロー科へ進学を志望するクラスメートなんて両手の指では数え切れないほどいる。

 

「永遠こそ、ヒーローになればいいだろ」

「なんで」

「お前の個性、結構強いじゃん。成績もいいし。雄英は無理でもどっか入れるだろ」

「私も別にヒーローとかなりたくないし」

 

 むしろ絶対なりたくない。

 だって、そんなの絶対自殺行為だ。日常パートがコメディチックだから騙されそうになるけど、この世界は絶対、ディストピアだ。

 敵連合だのヤクザだの異能解放戦線だのが次から次へと湧いてきては街を壊し、人を殺し、それがさも当然という顔をする。そして、彼らの凶行の矢面に立つのがヒーロー。

 なりたいわけない。

 今年の雄英の体育祭見たら二年生にミリオがいたのが駄目押しである。

 

「私は一生、お父さんたちのお店でウェイトレスしてればいいよ」

「そんなこと言ってると二人纏めて継がされるぞ」

「いいよ、それで。むしろ、浩平は嫌なの?」

 

 私は中三の割にかなり背が低い。

 見上げるように顔を窺うと、浩平は頬を掻いて視線を逸らした。

 

「これからもずっとお前と一緒とか、勘弁だろ」

「ふーん」

 

 何気ない会話。

 何気ない幸せ。

 こういうのがずっと続けばいいと、本気で思う。

 

 ――思っていた。

 

 私達は何気なく角を曲がった。

 話しているうちに目的のお店に近づいている。このまましばらくまっすぐ行けば到着、

 

「あぁー……!」

 

 到着、できるのに。

 

「新しい幼女だあああっ!」

 

 曲がった先には惨状が広がっていた。

 

 

 

 

 

 腰が抜けて立てない様子の若いお母さん。お父さんらしき人は殴られたのかうつ伏せで倒れている。そして、二人の子だろう、小学生くらいの女の子が()()()()()()()()()()()()地面に座り込んでいる。

 女の子の顔は何かの液体でべたべたしていて、足元には小さな水たまりがある。

 

 彼ら、彼女らの傍らには、小太りの男が一人。

 ジャージの上下。上着の前ははだけており、その中に黒のタンクトップ。身長も筋肉もそこそこあり、私から見ると威圧感が凄い。

 目は、薬でもやったのかと思う程にギラギラ輝いていて、右手の指は別の生き物のようにわしわしと蠢いている。

 極めつけは、左腕。

 ()()()別の女の子が、当たり前のように小脇に抱えられ、虚ろな目で宙を見つめている。

 

 やばい。

 やばいやばいやばい! こんなの絶対やばい!

 だから言ったんだ!

 

 この世界はおかしい。

 異常だ。犯罪者の出現が突発的かつ日常的すぎる。

 

 ――日常的に恐怖が、死がやってくる。

 

 もちろん、ヒーローによって敵が退治されるのも日常なんだけど、すぐにはヒーローが来ないことだってある。

 そういう時は、助けが来るまで自衛するしかない。

 私は反射的にスマホを取り出そうとした。

 110番をコールするだけ。でも、だけど、スマホは()()()()()()()()だ。取り出してコールするのに十秒はかかる。

 奴は。

 敵は、角を曲がった瞬間から、私達に気づいている。

 

 

 

 

 

 

「よ、お、じょ、だああああっ!」

「え、な……!?」

 

 私が、間に合わないことを理解する間に。

 浩平は、突然すぎる事態に硬直している間に。

 敵は私達に、否、()()向かって駆け出してきていた。

 

 ――繰り返すが、私の背は低い。年齢を幾つも間違われそうなくらいに。

 

 私は。

 助かるために必死に叫んでいた。

 

「私は、中学三年生だからっ!」

 

 別にふざけているわけではない。

 敵が異常な幼女愛好なのは、今までの言動だけで十分にわかる。こういう輩は自分の中の線引きにうるさい。中三とかババアじゃねえか、と、がっかりして止まってくれれば多少時間が稼げ、

 

「じゃ、じゃあ、今のうちにぺろぺろしておかないとねええええっ!」

「ギリギリセーフなのっ!?」

「ぼ、ぼくは、幼女が近くにいるほどパワーアップするんだなああああっ!」

 

 馬鹿じゃないの死ねばいいのに!

 もう、敵はすぐそこまで迫ってきている。

 

 恐怖。

 

 命の危険は感じない。ただ、この身体は確実に穢されるだろう。

 穢されるのなら。

 私が狙われるのなら、時間は稼げる。

 

「逃げてっ! みんな、早く逃げてっ!」

 

 叫んだ。

 同時に一歩前に出る。敵がにぃっと笑って加速。腕を掴まれた。

 ぞわりとする感覚を覚えながら振り返る。

 

「浩平も、早くっ!」

 

 他の人がここにいる必要はない。

 むしろ、近くのヒーローを呼んでくれる方がずっと役に立つ。敵の能力が言った通りなら、あそこでへたりこんでいる子が離れるだけで弱体化するだろうし。

 浩平に、見られたくはない。

 私がこいつにキスされて、服を脱がされて、ありとあらゆる凌辱を受けるところを。

 だから。

 

 ――なのに。

 

 敵の腕が掴まれる。

 まだ大人になりきれていない、中学生の少年の手。

 

「永遠を、離せ」

 

 浩平が、がくがくと震えながら、それでも必死に敵を睨んでいた。

 

「あぁー?」

 

 敵は意に介さない。

 私を引き寄せ、小脇に抱えながら、不思議そうに首を傾げる。

 

「なんだぁ、お前? ぼ、ぼくに勝てると思ってるのかぁ?」

「当たり前だろ……っ!」

 

 言って、浩平は空いている方の腕を振るった。

 空振り。

 敵には当たらない。外したのか。ううん、そうじゃない。ぴしゃっ、と、敵の顔が液体で濡れる。

 

「……んんー?」

「俺の“個性”だ。早く洗わないと大変なことになるぞ」

 

 震えながらも不敵に笑ってみせる浩平。

 嘘だ。

 ブラフ。はったり。彼の“個性”は、栄養のある美味しい水を出す(一日二リットルまで)というもの。あれは害のある液体じゃない。

 でも、いい判断。これで引いてくれれば――。

 

 二、三秒。

 

 お母さんが子供を抱き上げて走り出す程度の間を置いて、敵は、笑った。

 

「じゃーあ、この子を連れて逃げないとねええええっ!」

「っ!?」

 

 最悪だ。

 ここで逃げられたら、ヒーローが間に合わないかもしれない。凶行に及ぶならここでやってくれた方がまだ、マシだ。

 どうする。

 それはただの水だと言えばいいだろうか。でも、信じてくれるか? それに浩平が助かるなら、別にこのまま連れ去られても、

 

「ふ、ざ……けんなっ!」

 

 軽い衝撃。

 浩平の足が、敵の足を直撃している。

 

「このロリコン野郎っ! 俺はな、そいつの傍を離れるなって、言われてるんだよぉっ!?」

「……あ」

 

 それは。

 出がけにお父さんが言っていた、冗談めかした文句。

 わかっていた。

 あれは、浩平が頼りないから言ってたわけじゃない。逆だ。男の子なら女の子を守ってあげなさい、っていう、激励の言葉。

 もちろん、私がわかっていたんだから、実の息子の浩平だって。

 

 ああ。

 

 その瞬間、彼は――浩平は、間違いなく私のヒーローだった。

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