私は慎重に、でも急いで第二関門を突破した。
頑丈なロープが使われてたのは救いだった。
でなかったらロープを切って後続を渡らせない、なんて外道戦法が通ってしまう。飛べない私はその時点で詰みだっただろう。
綱渡りは握力と我慢強さが必要だけど、後者には自信がある。
突破した後は全力で走る。
向かった先からは爆発音。第三にして最後の関門は地雷原。そこを駆け抜けた先にゴールがある。一応、地雷が埋まってる場所はよく見るとわかるようになってるんだけど、うっかりすると踏んで爆発する。だから下手すると死ぬってばこれ。
トップ陣は轟君と、それに追いついた爆豪。既にかなりの距離を走っている。訓練と自主トレで身体能力は上がってるけど、全力疾走しても追いつけないだろう。
加えて、私の予想通りなら、
――いた、デクくん。
ロボの装甲をスコップ代わりに、地雷を掘り出して集めている。
何の情報もなく見たら「何あの子、正気?」と思うことうけあいだけど、彼がこれからすることを思うと「何あの子、正気?」としか思えない。
できれば彼が事を起こす前に追い越したかったけど、間に合わない。
デクくんは集めた地雷をわざと起爆し、スコップにしていた装甲を今度はサーフボードか何かのように使って、
文字通り爆発的なスピードで前線に追いついていくデクくん。
近くにいた他の選手は転ぶか、足を止めるしかない。
多少なりとも距離があった私は、直撃を受けなかったのをいいことに走り続ける……!
トップに追いつくのは無理。
十位以内に入るのも厳しい。それでも、一つでも上の順位に。それだけを思って、視線は前に。
「おい、地雷……!」
誰かが声をかけてくれるけど、答えない。
前へ。一歩でも、少しでも前へ。
地雷原の入り口付近はあらかた掃除されたのか、そのまま走り抜けられた。
でも、三分の一を越えた辺りで、かちっと何かを踏んだ。
爆発。
構わない。
前だけを目指していた私の身体は、地雷の爆発を受けて
うまく着地したらそのまま走る。
体操着はちょっとボロボロになるけど、これなら。
「普通に走るより多分早い……!」
そうして、私はゴールまで走り抜けた。
結果は、十六位だった。
◆ ◆ ◆
身体の回復に努めながら第二種目の説明を聞いた。
今度は騎馬戦。
第一種目の上位四十二人が出場し、二人から四人の騎馬を自由に組む。
制限時間は十五分。
各選手には前種目の順位によってポイントが設定され、騎手はメンバーの合計ポイントの書かれたハチマキを着ける。これを奪うことでその分のポイントを奪い取れる。終了時点で持ち点の多かった四チームが次の種目に進める。
ただし、ハチマキが無くなっても、騎馬が崩れてもアウトにはならない。
時間の許す限り、体力の続く限り乱戦が続くサバイバル仕様。
私の持ち点は125。
二位の轟君だと205。そして、轟君と爆豪を抜かして一位になったデクくんは――1000万!
クイズ番組の最終問題かって言いたくなる大盤振る舞い。当然、全参加者がデクくんのチームを狙うことになるけど、逆に守り抜ければトップ通過は確実。
そういうところも含めて戦略性は高い。
「それじゃ、これより十五分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」
交渉は十五分間。
もたもたしている暇はない。放っておいたらどんどん組ができあがって選択肢が減っていく。「はい二人組作ってー」的な緊張に戸惑っている子がいるうちに、私はあらかじめ決めていた相手に声をかける。
「障子君! 梅雨ちゃん! 私と組んでください!」
幸い、交渉は上手くいった。
「よろしくね、二人とも」
「ああ。一緒に勝ち上がろう」
「ケロ。綾里ちゃん、鉄砲玉期待してるわ」
障子目蔵君。“個性”は複製腕。
蛙吹梅雨ちゃん。“個性”は蛙。
私のせいで霊圧の消えた峰田君と同じチョイス。
二人に声をかけたのは、下手に他の人と組むより先が読みやすいのと、単に、二人の“個性”が私と好相性だからだ。
小柄な私は峰田君と条件が近い。
このチョイスになるのはある意味必然だった。
合計ポイントは障子君145、梅雨ちゃん150で435。
「さあ、上げてけ鬨の声!!」
騎手になるのは私、ではなく梅雨ちゃんだ。
「血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!!!」
十五分間の熱い戦いが始まった。
騎馬戦の開始と同時。
障子君は“個性”を使って身体部位を複製、上に乗った私と梅雨ちゃんを腕と皮膜を使って覆い隠した。
彼は大柄で力も強いので、小柄な私と梅雨ちゃんを運ぶくらいは問題ない。
「梅雨ちゃん、くっついちゃうけどごめんね」
「気にしないで。私こそぬるぬるするかも」
ハチマキを着けた梅雨ちゃんを完全防御。
原作でこのチームがやっていた、重戦車級の防御態勢である。
「まずは様子見か」
「そうだね。強敵に挑む必要はないと思う」
騎馬が一人しかいない分、素早くは動けない。
私達は中央を避けて移動する。
無理はしない。騎馬の数は多くて16。ハチマキがチームと同数しかない以上、他のチームから一つ奪えば8位以上はほぼ確定。三つ以上のハチマキを奪取するチームもあるはずなので、実際はもっと上に行ける。
自分達の点数を守るのが優先。その上で、高めのハチマキ一つか、低めのハチマキ二つを取ればいい。
どっちが楽かというと、
「三人組のチームと二人組のチームを狙っちゃおう……!」
B組生徒が作った少人数のチームが二つ、近くにあった。私達と同じく乱戦を避けて外周に来ている。トップ層はデクくんを狙って突撃中なので、今が狙い目。
実はB組、騎馬戦に不利な“個性”が多い。
ノックアウト目的の攻撃は禁止なので攻撃系の“個性”は使いづらい。
テクニカルな“個性”も動き回る関係上難しいし、身体の一部を切り離す“個性”とかも騎馬戦やりながらだと厳しい。
なので、
「もらうわ」
障子君が防御態勢のまま突っ込み、梅雨ちゃんが盾の隙間から舌でハチマキを奪取。
三人編成の小大チーム(160ポイント)、二人編成の鎌切チーム(70ポイント)から次々に奪い、これで665ポイント。
もう一本くらいあると盤石だけど、
「今だ! 一本、二本、いや三本寄越せ!」
「来た……!」
B組の鉄哲チームが私達に向けて迫っていた。
騎馬は骨抜君と泡瀬君、塩崎さん。男子の騎馬が二人いるからパワーがあるうえ、塩崎さんは髪がツルになっていて自在に操れるという強力な個性持ちだ。
逃げ切れないから応戦する方が無難だけど、騎手の鉄哲君もフィジカルが強いタイプ。
「ケロ」
「させるか!」
梅雨ちゃんが舌を伸ばしても、当然弾かれてしまう。
でも、それはわかってた。
舌が弾かれた時にはもう、障子君が防御の一部を解除して
「行ってこい綾里!」
「何!?」
私の利点は身体が小さいこと、体重が軽いこと、多少のダメージじゃびくともしないこと。
原作の峰田君みたいな便利さのない私が活躍するには、
文字通りの鉄砲玉。
「だが甘い!」
「くっ!」
ギリギリのところで鉄哲君がかわす。
浮遊も飛行も爆発もない私は、こうなると飛んでくしかないわけだけど――すかさず私の左腕に梅雨ちゃんの舌が巻きつく。引き戻した舌をすぐさま私に飛ばしていた。
私は引っ張られながら、鉄哲君のハチマキに手を伸ばす。
「もういっか――」
「前を失礼いたします」
「っ!」
塩崎さんのツタが私の視界を塞ぎ、手を阻む。
梅雨ちゃんの舌に引き戻された私は、はあ、と息を吐いた。
「あれは手強いよ」
「遠距離戦では分が悪いか」
「ケロ。でも、それは向こうも同じなのよ」
その通りだった。
「行くぜ!」
騎手の鉄哲君が騎馬を突っ込ませてきたのだ。
塩崎さんのツタは全てを精密操作するのは難しいし、一本一本の強度も梅雨ちゃんの舌ほどではないだろうけど、とにかく数が多い。
このチームと接近戦をするのは数倍の腕とやり合うのに等しいけど、
「取れるものなら……」
「取ってみればいいよ!」
接敵しきる前に、私は盾から出て
盾はまた閉じ、梅雨ちゃんが中から隙を狙う。トーテムポールというか、焼売の上にグリーンピースが乗ったみたいな体勢で真っ向勝負!
向こうが鉄哲君の両手と塩崎さんのツタなら、こっちは私と障子君の両手、それから梅雨ちゃんの舌だ。
伸ばしては弾かれ、弾いては伸ばす。
手数ではこっちが負けてるものの、こっちはハチマキをほぼ隠しきってる。焦れるのは向こうだけど、実は鉄哲チームのハチマキは一本で705ポイントある。どっちが有利とは言い切れない状態で、
「随分ちまちまやってるんだな」
「あ!? うるせえな!?」
あ。
横合いからかかった『声』に、焦れた鉄哲君が反応した。
途端。
がくん、と動きを止める鉄哲君。まるで糸の切れた人形のようだけど、あれは“個性”の影響だ。
やったのは
「綾里!」
「うん!」
ただし、原作知識のある私は除く。
乱戦だからこそ厄介なこの能力について、私は前もって仲間に話してあった。操られかねないから仲間以外とできるだけ会話しないように、と。
だから。
私達には心操君の“個性”は効かない。
「悪いけど奪らせてもらうよ」
「卑怯な。かの者のように正々堂々と――あ」
何やってるの塩崎さん……。
物凄く強い“個性”持ちだけど、真面目で正義感が強くて礼儀正しい塩崎さんは心操君と相性が最悪。
「ハチマキを外して俺に投げろ」
「……ああ」
ここ!
鉄哲君のハチマキが受け渡される瞬間。
梅雨ちゃんが舌を伸ばし、一拍遅れて私が飛んでく。騎馬には尻尾を持つ尾白君がいるためにブロックは可能だけど、大きく揺らせば心操君の手元が狂う。
梅雨ちゃんの舌を払うのが精一杯だった彼らは、私による二手目を防げなかった。
――心操チームのハチマキ、ゲット。
ポイントは295。
ただし、鉄哲チームの705ポイントは向こうの手に。これで手打ちにしない? と視線だけで告げると、心操君は私が「わかってる」と理解したらしく、黙って頷いた。
これで私達のポイントは955。
自分達のも含めてちまちまと重ねた感じだけど、これだけあれば四位以内はかたい。
私はハチマキを梅雨ちゃんに渡して、
「後は守り切るぞ」
「うん!」
「ケロ」
そうはいくかとばかりに、幾つものチームが襲い掛かってくるのを、私達は逃げ回り、手数で防ぎ、徹底的に守った。
途中で、まだあった二人組、鱗チームの125ポイントも奪取。
代わりに、危ない場面で70ポイントのハチマキを
「TIME UP!」
終了の合図が鳴り響いた。
◆ ◆ ◆
最終順位は次の通りだった。
一位:轟チーム
二位:蛙吹チーム(私達)
三位:爆豪チーム
四位:心操チーム
五位:緑谷チーム 以下省略
轟、爆豪、緑谷チームの動きはほぼ原作と変わらなかったらしい。
爆豪チームがB組の物間君に挑発されて時間を食っている間に轟君とデクくんが衝突。激しいぶつかり合いの末、ギリギリで轟君が勝利。
デクくんもハチマキを一つ取り返したものの、それは自チームの1000万ではなかった。
原作では緑谷チームの常闇君がもう一つハチマキを手に入れていたんだけど、私達が暴れたせいで轟チームの取り分が減っており、デクくん達は四位に入れなかった。
「くそっ!」
地面を叩くデクくん。
お茶子ちゃんは涙を流し、チームメイトの常闇君と発目さんもしょんぼりしている。
よって、
「最終種目の出場チームは上位四チーム、計十五人よ!」
轟、爆豪、心操チームの十二人。
プラス、私と障子君、梅雨ちゃんの三人。
――勝てた。
すとん、と、肩の荷が下りる。
私が入り込んだ位置は峰田君の位置。原作では彼のチームは敗退している。これは明確に流れが変わったことを意味している。
最終種目へ出るか出ないかはアピールできる機会が段違いだから、誰もがここに進もうとする。
「ありがとう。障子君。梅雨ちゃん。二人のお陰だよ」
「こちらこそ礼を言う。綾里。お前の采配は見事だった」
「ここからは恨みっこなしよ、永遠ちゃん」
もちろん、代わりに原作主人公を蹴落としたことになる。
この意味、影響は重いけど、
「ただし! 最終種目はトーナメント! 出場者は
司会進行役のミッドナイトが宣言し、
「あの…! すみません、俺辞退します」
「僕も同様の理由から棄権したい」
心操チームの尾白君、庄田君が「殆ど何もしていないから」と棄権を宣言。
三枠、出場権が開いた。
この場合、権利は一つ下――
「で、デクくん!」
「っ!!」
緑谷チームの四人のうち、サポート科の発目明はこれを辞退。
「私は決勝進出自体に拘りはありません。ただ! ただし! 売り込みの機会は逃したくない! ですので代わりにこのステッカーを貼って出場してください!」
『一年サポート科・発目明』。
『私は発目さんの発明のお陰でここまで来ました』などなど……。
なんとまあ恥ずかしいステッカーではあったけど、そんなことでいいならと、デクくん達はこれを快諾。
よって。
緑谷出久。
麗日お茶子。
常闇踏陰。
トーナメント、進出決定。