「全滅って怖いよね。ゲームでも、最後にセーブしたところからやり直しだもん」
空気のスクリーンを見上げながら永遠が言う。
「考えてみれば当然なんだけど。全員倒れたら、誰も仲間を運んで帰れないんだし」
「………」
「どう、緑谷くん。答えは出た?」
答えなければ。
出久は自分が震えているのを感じながら、ゆっくりと唇を開く。
そして、一つしかない答えを紡ごうとして、
「あれ」
永遠の呟きに顔を上げた。
──スクリーンの映像が途切れていた。
“個性”で制御されているものであればそうそう異常は起きないはずだが。
疑問の答えはすぐに少女が示してくれた。
「映像の元はマスコミの発信してる電波なんだけど」
「じゃあ、電波自体の問題ってこと、か? って、それ!?」
「うん。電波妨害だね」
永遠は手を振り、スクリーンの映像を切り替える。
再び映し出されたのは今度こそ“個性”による中継なのだろう。より鮮明で、まるで見たままを映しているかのようだ。
だから。
『エタニティ』の外周部。静かに揺れていた海の中から黒い金属の塊が浮き上がってくるのが、はっきりとわかった。
「なん、だ、あれ」
思わず呟いてしまったのは『それ』を表す言葉を持たなかったからではない。
あまりにも場にそぐわないと思ったからだ。
だが、永遠は冷静に答えた。
「
揚陸した潜水艦からは、黒づくめの武装した男達が陸へと上がり──近くにいるミルコとシンリンカムイの元へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
「あ? なんだお前ら?」
全部で二十人ほどの武装した男達。
動けないシンリンカムイには知る由もないが、この人数は上陸した人員の約半数である。残りは島の各地へと展開していった。
また、男達を吐きだした後の潜水艦は再び海へと潜っている。
「………」
彼らは答えることなく、手にした銃をミルコ、そしてシンリンカムイへと向けた。
ミルコが「はっ」と声を上げて、
『だんまりかよ。おい。答えろ。お前らは何者だ?』
当然、答えがあるわけが──。
「我々は政府直轄の特殊部隊『零』の一員である」
「!?」
「へっ」
シンリンカムイは息を呑む。
(何故答えた? メリットは皆無のはず)
だが、驚いたのは彼だけではなかった。
これにミルコが「へっ」と笑って、
「引っかかったな。今のは私が言ったんじゃねえよ。うちの盟主様の『審問』だ」
質問に対する嘘を許さず、正直に回答させる“個性”らしい。
ちなみに声質の変化と、その場にいないのに声を届けたのは別の“個性”なのだとか。
『じゃあ、続けて質問するよ』
種が割れたのでもう偽装の必要はないと、永遠の『声』が続ける。
『あなた達の目的は何?』
「……『エタニティ』の破壊、及び、八百万永遠に与したプロヒーローの抹殺だ」
答える『零』の一員。
彼の声には苦々しいものが多分に混ざっていた。正体に目的まで開示させられた。当然ながら予定になかった事態だろう。
永遠が更に問う。
『方法は?』
「我々が乗ってきた潜水艦とは別にもう一隻、潜水艦を持ってきている。それを潜らせ『エタニティ』の機関部付近で自爆させ、島を崩壊させる」
「……なんということを」
全てが海に沈んでしまえば何も残らない、というわけか。
(まさか、そこまでするとは)
政府がそこまで永遠を疎んじていたとは思わなかった。
国に敵対したとは言っても「敵になります」と宣言しただけで、何か攻撃を行ったわけではない。法の定める自衛の範疇を遥かに超えているし、倫理に則っても異常としか言いようがない。
『それじゃあ、エンデヴァー達も巻き添えになるんじゃ?』
「乗ってきた船があるだろう。上手く行けば帰還できる。上手く行かなかったら運が悪かったということだ」
『なるほどね。……でも、それ、全部言っちゃったら終わりだよね』
その通りだ。
本来であれば所属を明かしてはならない作戦である。何しろこの場はマスコミによって中継されているのだ。これでは政府が墓穴を掘っただけだ。
だが、
「心配ない。電波妨害を同時に行っている」
『なるほど。その上、装備から所属がわからないように自衛隊の正式装備なんかとは別のものを使ってるんだ。米軍あたりの仕業に見せかけるつもりだったのかな?』
装備でガチガチに固めているために肌の色もぱっと見わからない。
マスクによって声も変わっている。
ヘリやドローンではこの会話を直接拾うことはできないため、マスコミが真実を知ることはない。
「有事の際には全員自爆することになっている。残念だったな。お前達がいくら『政府の仕業』を主張しようが、証拠が残らなければ
実際の米国は『エタニティ』の独立に好意的な見解を表明、支援する意向を示していたりするのだが──だからこそ「表向きと裏向きの意図が異なる」という見方もできる。
米国で駄目ならアジアのどこかの国でもいいわけなので、そこは問題にならない。
(駄目か)
シンリンカムイは絶望する。
ここまで喋ってしまった以上、口封じのために皆殺しだろう。ヒーロー同士が戦いあった挙句、守るべき国に殺される。市民は嘆き、政府は世論を良いように操作する。
ここまで救いようのない、悪夢のような結末があるだろうか。
『……本当、馬鹿だよね』
永遠の嘆息。
『最低でも私とトガちゃんは生き残るよ。あなた達が所属を明かした時点で政府は詰み。事実の隠蔽は失敗』
「……先のことを考えるのは我々の仕事ではない。だが、おそらくお前は世界的な
日本のヒーロー事務所件数はコンビニの件数よりも多い。
世界で見ればまさに無数のヒーローが存在している。それらと戦い続けるなど、いくら不老不死だからと言っても耐えられるものなのか。
と、永遠はくすくすと笑いだした。
『馬鹿じゃないの』
心から言っているのだろう、と思えるような強烈で短い罵倒だった。
『世界中のヒーローが敵になった程度で『不老不死』が『
「だが、もう止められない」
彼らに作戦を中止する権限はない。
当初の想定から見れば失敗と言っていい結果だろうと、暗黒の未来が待っていようと実行するしかない。そうでなければ権力の犬など務まらない。
「自爆はもう秒読みに入っている。悠長に話している間に対処すれば良かったな」
終わりだ。
人工島『エタニティ』が無くなれば、大多数の人間はここで死ぬ。永遠や百が思い描いた「誰も殺さず」「面白おかしく」「世の中を変える」という目的は果たせずに終わる。
褒められたやり方ではない。
世間を騒がせたという意味では糾弾されてしかるべきだが、永遠達と政府、どちらが痛快かといえば当然前者だというのに。
こんな形で、全て無になるというのか。
『大丈夫。
「「……は?」」
『だから、電波妨害はとっくに解除したし、潜水艦も
「──いやいやいやいや」
さっきまでの絶望ムードはなんだったのか。
長々と敵に解説させておいて全部お見通し、というか対処済みとかどういうことだ。
『良かったね。あなた達の悪行は全部マスコミに伝わって、電波に乗って今頃テレビで放送されてるよ? もちろん偉い人達の企みも』
「───」
特殊部隊の隊員達が一斉に動きだす。
自爆装置を起動しようとしているのだろうが、
『透ちゃん』
「うん」
不可視の少女の手刀が、隊員の一人を叩いて気絶させる。
倒れた隊員は瞬時にふっとかき消えた。永遠が『転送』で手元に呼び寄せたのだろう。
『はい、証人確保。これで自爆する意味ないよね?』
「な。……な」
「まあ、それはそれとして制圧するんだけど」
どかばきぐしゃ。
「ええ……?」
冗談みたいな擬音と共に、ありえない速度で次々に気絶していく特殊部隊員。
透明人間が相手、しかも任務が既に失敗しているとあってやる気が萎えていたのもあるのだろうが、それにしても手際が良すぎる。
『透ちゃんには『
不確定な状態を作り出すことによって望む「結果」を導く“個性”だ。
例えば、「部屋に閉じこもる」などして所在を誰にも観測されていない状態を作ることで「実はコンビニにいた」という結果を導き、実質的な瞬間移動を行うことができる。
もちろん、コンビニに移動するには相応の時間閉じこもったまま物音も立てずにいる必要があるのだが、『透明』な葉隠のような「どこにいて何をしているのかわからない」人間が用いた場合、都合のいいタイミングで都合のいい攻撃を繰り出すことができる。
「いやあ、無双だなー。私ならまだ対処できるけど」
「いや、なんというか……」
『ちなみに散開した他の隊員は私の分身で捕まえてるから』
潜水艦が浮上し、中から出てきた八百万百が歩いてくる。
「残っていた人員は全員縛った上でシステムを停止させてきましたわ。再起動するにしてもかなりの時間がかかるでしょう」
「……見事だ」
マスクを剥がされた日本人の特殊部隊員は嘆息した。
「だが、我々の失敗が公になった以上、別の手段が取られるだろう。我々ごとミサイルか何かで攻撃を──」
『知ってる』
「「は?」」
彼らの頭上に特大の映像が現れる。
洋上。
所属がわからないようにシンボルマークや特徴的な造形を排除された艦からミサイルが放たれる。それを空中で待ち構えていた永遠(分身だろう)は片手を振って巨大な空気塊を放ち、ミサイルを誘爆させてしまう。
視点が切り替わって。
艦内と思われる場所では、
『こうして平和は守られました』
「もうそれでいいです」
なんだこれ、と、シンリンカムイは内心呟いた。
◆ ◆ ◆
茶番のような活躍ぶりを延々と見せられた出久は、ふう、と息を吐いて振り返った永遠と、再び視線を合わせた。
「ごめんね。話の腰を折っちゃって」
「……いや」
苦笑して首を振る。
「
「そう? それなら良かった」
微笑んだ永遠の表情は一転して柔らかなものに変わっていた。
いや、彼女だけじゃない。出久の心もいつの間にか落ち着いている。苦笑ではあったが自然と笑うことができたのがその証拠だ。
「永遠さん。やっぱり君はヒーローだ。
「どうかな? 私、今、割とやりたい放題やってると思うけど」
「オールマイトだって大概やりたい放題だったじゃないか」
「確かに」
頷いた永遠はくすりと笑った。
──状況は何も変わっていない。
余計な邪魔は色々と入ったが、ヒーローチームが苦境にあるのは事実だ。むしろ、敵であるはずの永遠達に助けられてしまったあたり、彼らの格は落ちたと言ってもいい。
それでも。
拳をぐっと握って、出久は真っすぐに永遠を見た。
少女の瞳がそれを見つめ返して、
「答えは、出た?」
「ああ。僕は、君を倒す」
拳を突き出す。
「逃げない。僕は今日ここで、君が無敵じゃないって証明する。それが今、ここにいる僕の使命だ」
「そっか」
永遠はこくりと頷いた。
嬉しそうに微笑みながら。
「言っとくけど、簡単には負けないよ?」
「わかってる」
普通に考えれば、むしろ永遠が負けるはずがない。さっきの光景を見てあらためて理解した。今、出久の前に立っている少女は「オール・フォー・ワンを遥かに上回る実力者」だ。
究極的に自分のこと以外考えていなかったあの男と異なり、彼女は味方と交流し、最適な“個性”を選び出して与える。
多くの『仲間』に守られ、無数の“個性”を持つ彼女は本当に、無敵に近い。
だが。
「でも、僕が勝つ」
「じゃあ、一対一でやろうか」
言って、永遠は出しっぱなしだった『剛翼』で浮かび上がる。
「永遠ちゃん」
「トガちゃん。悪いけど、やらせてくれる?」
「はい」
永遠を守るためにあれだけの攻撃を繰り出してきた少女はあっさりと頷き、微笑んだ。
「永遠ちゃんが死ぬわけありませんから、応援してます」
「ありがとう」
『転送』が発動したのか、トガの姿がかき消えた。
スクリーンを見れば、どうやら港付近に全員が集められたらしい。浮きっ放しの爆豪・飯田や、まだ迷っていた地下組、激闘の末にギガントマキアを下したエンデヴァーも一緒だ。
『発目さんとわたくしが開発した船があります。みなさんが乗ってきた客船と併せれば全員乗り切れますわ!』
呉越同舟もいいところだ。
特殊部隊『零』の面々も完全に諦めたようで素直に従っている。
これなら何も問題ないだろう。
「ついて来て」
「ああ」
タワーから飛び立つ永遠を追うように出久は床を蹴り、下へ飛び降りた。
悪堕ちルートを投稿するとしたら?
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要らない