街の小さな洋食店『RYORI』の跡継ぎ──綾里浩平は「世界が変わった」その時、テレビもスマホも全く見ていなかった。
「世界で一番大切な人」が出産を迎えていたからだ。
分娩室の前で座り込んで「その時」を待っていた彼は、ただ恋人──正確には、籍だけを先に入れ、式のタイミングを計っている『妻』が新たな命を産み落とす瞬間を待ち望んでいた。
今なお「あの少女」が戦っていること、快く病院に送り出してくれた両親、スタッフが店を続けていることを知っていても、不器用な彼にできるのはそれだけだった。
そして「その時」は日没と同時に訪れた。
「可愛い女の子ですよ」
齢二十四歳にして父親になったことをあらためて実感しながら、生身の左手と、本物同然に動く義手の右手で『娘』を抱いた途端、涙が止まらなくなった。
「どうしたの?」
妻に尋ねられた浩平は「いや」と涙声で答えて、目元を拭った。
「命ってこうやって生まれてくるんだなって思ってさ」
「当たり前でしょ? 人間は生まれて、死んでいくの」
「そうだな。……そうだよな」
頷き、あらためて娘を見下ろした浩平は、奇妙な既視感を覚えた。
赤ん坊を抱いた経験なんてほぼ無い。妻が妊娠して以来、他人の子を何度か抱かせてもらった程度なのだが。
「名前、さ」
気づけば自然と口が開いていた。
「俺が付けちゃ駄目か?」
「いいけど」
妻は瞬きを何度か繰り返した後、微笑んで、
「じゃあ、あなたは音。私は漢字でどう?」
「ああ」
二人の子は「
妻曰く、
「永遠に生きる必要なんてない。この子は普通に生きて、普通の幸せを掴んで、普通に死んでくれればいいの。そのために必要なのは、たくさんの仲間や家族、お友達。でしょ?」
とのこと。
全てバレていると知った上で、浩平は「そうだな」と頷くしかなかった。
妻は正しい。
更に優しくて聡明で、彼にはもったいない女性だ。
幸せを噛みしめながら、彼は愛する妻と、生まれてきた娘を精一杯愛そうと誓った。
そして。
彼にとっては幸いというべきか、この年、「トワ」という名前を女の子につけるのが大流行し、結果、二人の娘「綾里十和」は余計な詮索を受けることもなく、平凡な女の子としての生を送ることになる。
ただ。
十和は実の父を「こーへい」と呼びたがり、両親どころか祖父母までをも困惑させることになるのだが、まあ、それは別のお話。
◆ ◆ ◆
八百万永遠の敗北と『エタニティ』の半壊をもって、ヒーローの反乱は完全に鎮圧された。
最強のヒーローにして最強の敵・トワを倒した『平和の象徴の後継』デクこと緑谷出久は人々から賞賛をもって迎えられた。
総裁選を経て新たに選ばれた総理からの表彰を受け、次のビルボードチャートではエンデヴァーに代わってNo.1に輝いた彼は名実共に「最強のヒーロー」となり、仲間達と共に長きにわたって世界の平和を守っていくことになる。
後に妻となった麗日お茶子との間には男の子一人、女の子一人を儲けたものの、伝承可能な“個性”OFAについては自分の子供には継がせなかった。
四十を過ぎ、全盛期を終えた後になって一人の子供を後継と見定め、しっかりとした訓練を施した上で継承した。
しかし“個性”を継承した後も彼はヒーロー活動を続け、五十五歳で引退を表明するまで実に多くの人を救い、多くの敵を逮捕することになる。
これはこれまでのOFA継承者の中で最も幸福な生涯となるのだが──そのことについて、彼が多くを語ることはなかった。
◆ ◆ ◆
リーダーである八百万永遠を失った『エタニティ』メンバーについても、人々は温かく迎え入れた。
反乱の理由が政治体制・ヒーロー制度への不満にあったこと。
正々堂々と戦った上でヒーロー側が勝つという、最も好ましい結末が導かれたこと。
文句をつける立場にある権力者が相次いで立場を追われた結果、強制的な浄化が行われたことなどが、こうした結果になった理由である。
八百万百は選挙戦からやり直した上で再選、国会議員とプロヒーローの二足の草鞋を続け、三十代中盤で総理大臣に選出された。
ミルコはこれまで通り孤高のプロヒーローとして敵を蹴り倒す生活に。
轟焦凍は元同級生に先を越されながらも腐らずに己を磨き続け、数年後には父であるエンデヴァー越えを成し遂げた。
麗日お茶子はプロヒーローを続けながら緑谷出久と交際、一方で両親の建設会社を手伝い、多忙ながら幸せな人生を送った。
Mt.レディはリューキュウと共に「対・でかい
白雲朧とジェントルは再開された八百万ヒーロー事務所にて引き続き所員を務め、一部に「漫才コンビ」のように認識されながらも活躍を続けた。
ホークスは警察や公安との繋がりを一度断つと、八百万ヒーロー事務所に入所。権力からは一定の距離を置いた上で、彼なりのペースでヒーロー活動を続けた。
そして──。
◆ ◆ ◆
「永遠ちゃん、快復おめでとうございます!」
「おめでとー!!」
「おめでとうございます、永遠さん!」
トガちゃん、透ちゃん、千花ちゃんからの明るい声に、私は照れくさいものを感じながら「ありがとう」と微笑んだ。
場所は八百万ヒーロー事務所内にある私の私室。
最近物が増えてしょうがないものの、お母様からの命令でもともと広く作っていたので手狭な感じはしない。やっぱり家が大きいっていうのは便利だと思う。
「あはは。まあ、大袈裟なんだけどね。『不老不死』の私がなんで一年も休養を取ってるのか、っていう」
「その『不老不死』が機能停止しかけたんですから当然じゃないですか」
『エタニティ』での戦いが決着した時。
私の身体は信じられないくらいボロボロで、すぐに処置しなければ死んでしまいかねない有様だった。しかも、いつかの個性破壊弾の時のように『超再生』も『不老不死』も碌に機能していない状態。他の“個性”なんか完全に機能停止していた。
私を打ち破ったデクくんも全力を振り絞った後なので大した余力は残っていない。
そもそも他の人間を全員帰してしまったのでどうしようもなかった。中継を見ていたトガちゃんが白雲朧を脅し──もとい、せっついて救援に来てくれなかったら本気で危なかった。
「いやまあ、今回はどっちも二パーセントくらいは機能してたし」
「普通の人よりは回復速いけど、出血多量だと普通に死ぬからね、永遠ちゃん?」
「大丈夫だよ。死体を海に放ってくれればプランクトン食べてそのうち再生──」
「「永遠ちゃん?」」
「ごめんなさい」
土下座するくらいの気持ちで謝る。
トガちゃんと透ちゃんって変なところで息ぴったりなんだよね。二人に意気投合されると私なんか何も言えなくなってしまう。
と、千花ちゃんが息を吐いて、
「本当に心配したんですよ? 永遠さんが無事に治ってよかったです」
「ありがとう。千花ちゃんも色々手伝ってくれたよね」
トガちゃんや透ちゃんは事務所の貴重な戦力なので、この一年、謹慎状態だった私は結構、彼女のお世話になっていた。
本人は有能なんだけどアルバイトだから深いところには関わってもらえないし、真面目で良い子だから「副所長のお守り」にはぴったり、ということだったらしい。
千花ちゃんは「とんでもないです」と首を振って、
「お礼は、嫌がる私を蹂躙してくださればそれでいいですから……!」
「いや、やらないから」
「そんな。まだお預けなんですか!?」
この子の趣味も変わらないなあ、と、ついつい溜め息をついてしまう。
トガちゃんといい、変な子には慣れてるからいいけど。
「ともかく、明日からはまた頑張るよ!」
「もう少し休んでてもいいんですよぉ?」
「いや、もう十分休んだってば」
半年もする頃には“個性”もほぼ治ってたし。
後の期間は念のために完全治癒を待ちつつ経過する、という意味合いが大きかった。“個性”は個人差が大きいのでなかなか研究が進まず専門医でもできることが少ない、というのもある。
「これ以上サボってたら身体が鈍っちゃうよ」
「鈍るような身体じゃないじゃん!」
「それは言いっこなしだってば」
謹慎中と言いつつ、あちこち出かけてはご飯屋さんをハシゴしたり、屋台で買い食いしたり、コンビニスイーツを制覇したりしてたし、
「前みたいに無茶な仕事の仕方はしないから大丈夫だよ」
「本当ですよ?」
「本当だよ?」
「本当ですからね?」
「だ、大丈夫だってば」
どこまで信用ないのかと苦笑しつつ、私は三人を纏めて抱きしめようとして、三人から逆に抱きしめられた。
腕の長さと身長の差だ。
「ありがとう、みんな」
ここまでこれたのは、みんなのお陰だ。
◆ ◆ ◆
デクくんの「GLOBAL SMASH」は、私を運命から解き放った。
死による解放じゃない。
彼は「どうしようもない無敵の化け物」という私へのレッテルを
悪の象徴であるAFOを、正義の象徴であるOFAで打倒。負けた私を
勢い余って死にかけたけど、まあそれはご愛嬌。
私が破壊や死を望んでいないことは『エタニティ』上での戦いで示した。
権力にしがみついているお偉いさん達の真実も暴いた。
これだけやれば世論操作なんてできない。
八百万永遠は世界の敵になんてならないし、何かの間違いで暴走してもデクくんが止められる。
人々の認識はそんな風に変わった。
変わってくれた。
──正直、ここまで上手くいくとは思ってなかった。
でも、お陰で私はこうしていられる。
政府も公安も警察も大規模な人事があった。
ヒーロー制度についても大きな改革が検討されている。
具体的にはヒーロー免許を「二、三年ごとの更新制」にすることや、仮免試験および本試験の合格枠を大幅に増やすこと。小中学校の授業内容に「個性の制御」を盛り込むことや、いわゆるヒーロー科の学校とは異なる形のヒーロー教育機関、ヒーロー塾やヒーロー専門学校の認可などなどだ。
理想は国民の全員──まで行かなくても半分くらいはヒーローの役割を果たせる社会。力の使い方と平和を守ることの意味を誰もが知っていて、望めば誰でも『英雄』になれる社会。
そうなったら、私達みたいなプロヒーローは必要なくなるかもしれない。
私はそんな世界を実現するためにこれからの時間を使うつもりだ。
頑張りすぎて人のお仕事まで奪うのは止める。
もちろん、凶悪な敵が出た時や、私じゃないとできない仕事の時は出張るけど、普段は地域の平和を守りつつ、色んなことにチャレンジしたいと思う。
やりたいことはいっぱいある。
『巻き戻し』など“個性”を使った治療を認めてもらえるように医療関係の資格を取るとか。
先生になれるように資格を取るとか。
外国でも活動できるように言葉を勉強するとか。
それで、将来的には専門学校か塾を開いて生徒を集められたらいいな、なんて思っている。
一人にできることは限られているし、一人に頼りきりの社会も間違っている。
負傷したオールマイトが休めなかったように。
私みたいなのを延々働かせないといけなかったように。
だから、私はヒーローを育てたい。
AFOや『不老不死』を継がせる気はない。
生き残ってしまった
むしろデクくんの後継者を育てたい。
誰だか見当もつかない、下手すれば生まれてきてもいない十代目。彼(彼女?)にも「いざという時のストッパー」でいてもらわないといけない。私を倒せる人材の育成だ。私以上の適任がいるだろうか。
トガちゃんはきっとどこまでもついてきてくれる。
透ちゃんも生涯私の傍にいると言ってくれている
私の世話とヒーロー活動で恋愛する暇があるか心配だけど、将来は子供に私のお守りを継がせたいらしい。だからきっと大丈夫。
尾白君なんてどう? って聞いてみたら「なんで?」って素のトーンで聞かれたけど。いや、割と仲良かったじゃん。尾白君には強く生きて欲しい。もしかしたら照れ隠しかもしれないし。
千花ちゃんは大学を卒業したらうちの事務所に入るつもりらしい。可愛い顔で「私はまだまだ夢を諦めません!」なんて言ってた。
彼女ならみんなも大歓迎だろう。
これからも事務所は賑やかになりそうだ。
◆ ◆ ◆
そして、最後の心残り。
記憶と共に死んでしまった「綾里永遠」も、デクくんが救ってくれた。
私を救ったのは「GLOBAL SMASH」。
『奇跡を起こす』“個性”が起こした奇跡は「失われたものを取り戻す」こと。
どこにも残っていなかった私の記憶は奇跡によってサルベージされて、一つの魂として「最も幸せになれる場所」へ送られた。
それがどこかはわからない。
デクくんも知らなかったし、私も探すつもりはない。あそこだったらいいなと思うところはあるけど、彼らをこれ以上縛るのは心苦しい、とも思ったりする。
だから。
世界のどこかで「その子」が生きていてくれればいい。
私のできなかったことはその子がやってくれる。
私は、もう一人の私が平和に生きられるよう、この世界を守ればいい。
──オール・フォー・ワン。これは予想できた?
お前の思い通りになんか絶対にならない。
人は、ヒーローは、きっとそんなに弱くない。
そのことを思い知らせてやる。
もしまた復活するつもりなら、その時に驚けばいい。
そのためにも、まずは。
「ヒーロー免許取り直さないとね」
『エタニティ』組には揃って再試験が言い渡された。
新体制に移行した公安が「最低限のペナルティ」として設定したものだ。何もなしだと「道理に合わない」って言う人もいるから、これはむしろ必要な措置だ。
(お陰で前回の試験はホークスにミルコ、レディさん達がこぞって参戦し、新規受験者のハートが大変なことになったらしい。
幸い合格枠は別枠だったので強く生きて欲しい。
というか一年遅れで再取得する私のハートも辛い)
というわけで。
八百万永遠、もう一度ヒーローを目指します。
本作はこれで完結です。
お読みいただきましてありがとうございました。
(以下余談)
書いてみて「ヒロアカの二次創作は難しい」というのがよくわかりました。
・特殊な社会構造
・数が多い上に癖の強いキャラ
・原作が終わってないから未来の話は書きづらい
・過去の雄英生の話を書こうとしても行事の大半が未公開
・原作と関わらない話を書こうとすると原作登場人物が殆ど利用できない
・個性のせいでオリキャラを作るのが大変
永遠の“個性”と境遇くらいしか決めずに書き始めたので話も二転三転しましたし……。
葉隠関連とか内通者とかもうちょっと掘り下げたかったのですがネタが思いつかない&入れる隙間がないということで断念。
とはいえ、書く前に「これはやりたい」と思っていたことはほぼ書ききれたので私的には満足しました。
重ねてになりますが、最後までお読みいただいた皆様、感想・評価をくださった方、誠にありがとうございました。
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