最終種目の前には休憩とレクリエーションが挟まれる。
出てもいいし出なくてもいい。
敗退した選手も出ることができる、普通の体育祭っぽい催しだ。
原作ではここで一波乱(?)あった。
私のせいで霊圧の消えた峰田君――A組男子きっての煩悩の塊が女子を騙くらかし、チアリーディングをさせるという一幕。
ただ、ここに彼はいない。
放っておけば行わずに終わるんだけど、
『どーしたA組!!?』
せっかくなのでやってみました。
お茶子ちゃんに梅雨ちゃん、百ちゃん、透ちゃんに耳郎さん、芦戸さん、そして私。
計七人のA組女子はチア衣装で勢揃いしていた。
ノースリーブのへそ出し衣装。ソックスは膝丈なので脚もしっかり見えちゃってる。ちなみに製作は百ちゃん。学校側が呼んだ正規のチアリーダーさん達と同じデザインだ。
うん。
正規のチアリーダーさんがいるので、生徒がチアする必要はどこにもないんだけど……。
話はちょっと前に遡る。
「あのね、八百万さん。お願いがあるんだけど」
私は百ちゃんにチア衣装の作成をお願いした。
「構いませんが……どうして?」
「それはもちろん、目立ちたいからだよ!」
ドヤ顔で胸を張ったら、百ちゃんはもちろん、話を聞いていたお茶子ちゃんや梅雨ちゃんからも「何言ってるのこの子」っていう目で見られた。
でも、別にギャグで言ってるわけじゃない。
露出癖があるわけでもない。
「女の子のヒーローって愛嬌も重要でしょ? こういうのってちょうどいい機会なんだよ」
「あ」
「あ」
その発想はなかった、という顔になるみんな。
ぶっちゃけ私だって原作知らないと思いつかない発想だもん、当たり前だ。
でも、
「私は特にほら、こんな見た目でしょ? 可愛い方面で顔を売っておかないと」
「確かに。綾里さんがチアやってもエロくはないな……」
「可愛いだけだよね」
可愛いを馬鹿にしちゃいけない。
原作での百ちゃんの職場体験先はCM出演とかもしている女性ヒーロー・ウワバミだった。そして、百ちゃんが指名された理由の一つは「かわいいから」。
注目されたきっかけが峰田君主催のチアだった可能性は普通にある。
「良かったらみんなも一緒にやる? その方が目立つよ?」
「それは」
「魅力的ではありますが……」
A組女子一同、神妙な顔で相談を始めて――結果はさっき言った通り、全員参加。
「よーし! やるからには楽しんでこ!」
「透ちゃん、ノリノリ」
「永遠ちゃんこそ、すっごく楽しそうだよ!」
それはまあ。
私を性的な目で見るのなんてロリコンくらいだし、そう考えれば、可愛い衣装で踊るのって割と楽しいと思うのだ。
――お父さんやお母さん、浩平が見ると思うと恥ずかしいけど。
っていうか絶対見る。
何度でも見られるように録画するって張り切ってたし、浩平だって「応援してやるから格好わるいとこ見せるなよ」とか言ってた。
あれ、早まったんじゃないだろうか。
いやいや、これは必要なこと。
「行くよ、みんな!」
「おー!」
今になって恥ずかしくなってきた私がわざとらしく声を張り上げると、みんなも元気よく答えてくれる。
沢山来てるテレビカメラにちらちらと視線を向けつつ、私達は笑顔でチアリーディングをやりきった。
◆ ◆ ◆
最終種目は十六人によるトーナメント。
特設ステージを使用した1vs1のガチバトル。制限時間なし。場外か行動不能、降参で負けになる。ここまでは制限されてきた直接攻撃も当然OK。リカバリーガールが待機してるから後で治せばいいという太っ腹なルールだ。ただもちろん、死ぬような威力はNG。
私には都合がよく、かつ都合が悪い。
計八戦が行われる一回戦、私の出番は七番目だった。
一回戦の他の試合はというと――。
デクくんvs心操君はほぼ原作通り。
心操君の“個性”を喰らったデクくんが操り人形になるも、
無理やり洗脳を解いて勝利した。
轟君vs瀬呂君は轟君が危なげなく勝利。
梅雨ちゃんvs上鳴君。
四本足による変則機動と舌を絡めた攻撃で梅雨ちゃんが優勢に進めるも、難敵と見た上鳴君が馬鹿になりながら(“個性”の副作用だ)強烈な技を決めて勝利。
飯田君vs障子君。
機動力の飯田君と防御力の障子君によるぶつかり合い。致命打を与えられない飯田君と、攻撃をひょいひょいかわされる障子君が我慢比べを続けた末、飯田君が奥の手、レシプロバーストで競り勝った。
芦戸さんvs青山君は芦戸さんの勝ち。
常闇君vs百ちゃん。
範囲の決められたリングかつ、向かい合った状況では百ちゃんに分が悪く、常闇君が順当勝ち。
順序が逆転するけど八試合目のお茶子ちゃんvs爆豪は、お茶子ちゃんが全てを出しきって爆豪に攻勢をかけ続けるも、体力の限界がきて気絶。
爆豪がその才能と身体能力を見せつける形で勝利となった。
そして。
「悪ぃが手加減しねぇぞ、綾里!」
「うん。私も最後まで諦めないからね……!」
私はA組所属のツンツン頭、切島君との対決となった。
試合開始。
「速攻!」
切島君はすぐさま突っ込んできた。
彼の“個性”は硬化。身体を硬くするというシンプルな効果だけど、それはつまり、自分の身体自体が武器であり鎧であるということ。
殴ってもびくともしないし、逆に向こうは鉄の塊のような硬さでぶん殴ってくる。
スピードも十分。
風と切って飛んできた拳を私はじっくり見てかわし、試しに一発拳を入れてみる。
「い……たぁ……っ!?」
コンクリートの柱でも殴ったような感触。
見越して軽めに殴ったはずなのに手ごたえがないどころか、こっちの手にじんとした痛みが伝わってくる。
重量のない全身鎧を纏った格闘家が積極的にぶん殴ってくるとか、理不尽すぎる。
「悪ぃな、このルールは俺に有利すぎだぜ!」
「ほんとだよ!」
リングから外れたら場外負けである以上、隠れて隙を伺うことができない。
この状況で私が有利なのは、
――小ささ!
ラッシュをかけてくる切島君。
対し、私はとにかく回避に専念する。防御してもその上からダメージを入れてくる相手だ。身体が小さいのを活かしてちょこまかと逃げ回る。
右へ左へ後ろへ前へ。
跳んで、跳ねて、ステップして、とにかく避ける。
「消耗戦か。いいじゃねぇか……っ!」
切島君は一歩も引かない。
攻められない私の不利をわかっているのか。ううん、多分、気性的にこういうのが大好きなんだ。でも正解。
「届い、たっ!」
「くっ、うっ……!」
逃げ回ること数分。
遂に避けられない一発が来て、私はクロスした両腕で受けた。衝撃。金属の棒で思いっきり叩かれたような感じ。たまらず数歩後ろに下がる。
痛い。
骨が悲鳴を上げてる。何発も立て続けに喰らったら折れそうだ。
切島君の攻めは苛烈さを増す。
捉えられるとわかったからだ。
それでも私は避ける。それしかないからだ。観客の声が少しずつ小さくなっていくのを感じる。一方的すぎる、と思われているんだと思う。
でも。
最初に言った。私は諦めないって。
「よし、二発目……っ!」
「ん……っ!」
次に避けきれなくなった時。
私はかなりリングの際にいた。後ろに跳んだり、攻撃を防御すれば場外で負け。
拳が来る。
私は。
都合三回にわたる透ちゃんとの特訓を思い出していた。
『永遠ちゃん。自分より大きい人を倒す方法って何があると思う?』
『急所を蹴るとか?』
『正解! だけど、一発目でそれ出しちゃうかー! 他には?』
『えっと、うーん、合気道みたいな……?』
『そう! 理屈っぽく言えば「相手の力を利用する」ってこと!』
方法は色々ある。
例えば、
「待ってたよ!」
「何!?」
切島君の腕を掴み、ダンスでも踊るみたいに円運動。
エネルギーは切島君が前進のために生み出したものだ。
くるりと。
位置を入れ替えた私達。
私が内側。切島君がリングの淵ギリギリに。
勢い余った少年は、そのまま、
「っ、と、危ねえっ!」
「っ」
場外に出ることなく踏みとどまって――私をまたぶん殴ってきた!
腕をクロスして防御。
やっぱり何歩か吹き飛ばされたけど、中央付近に戻っただけでセーフ。
「端っこは注意しねえとな!」
「端っこだけじゃないけどね……っ!」
相手の動きに慣れてきたのは切島君だけじゃない。
彼の拳をギリギリのところでかわした私は、すれ違いざまに、とん、と
これも失敗……!
反転しての追撃。拳をかわしながら服を掴んで投げ飛ばす。切島君は硬くなってるだけで
だん、と。
彼が背中から叩きつけられると、会場が一瞬どよめいた。
――私だって、やられっぱなしってわけじゃない!
まあ、と言っても、
「やるじゃねぇか!」
切島君はほぼノーダメージで起き上がって来たわけですが。
でも、それでいい。
衝撃は入ってる。私が殴ったくらいじゃ微々たるものだけど、投げなら全身の体力を削れる。
後は、
「我慢比べ……!」
私は避ける。かわす。ずらす。利用して投げる。
切島君は殴る。殴る。殴る。殴る。
たまに攻撃を受けちゃうけど、その一発は距離を取るための手段として使う。
そうやってもっと、もっと、もっと粘り続ける。
「なあ、おい。あの娘」
「ああ。見かけによらずタフだな……!」
空気が、変わり始めていた。
腕が痛い。
動き続けているせいで足も悲鳴を上げている。
それでも。
「普通の奴ならとっくに倒れてっぞ……!?」
「ごめんね。私、しぶといんだ……!」
動かそうと思えば身体は動く。
腕の痛みは、避けている間に少しずつ小さくなっていく。小さくなってきたらもう一発受けても大丈夫。
息も切れてる。
でも大丈夫。朝ご飯は目いっぱい食べてきた。まだまだもつ。
辛いのは切島君も一緒。
ううん。
この戦い方なら彼の“個性”は半分以下の活躍しかできない。一方、私はしぶといのが“個性”だ。
“個性”持ち同士の戦いは得意分野の押し付け合い。
我慢比べなら、私が勝つ。
「く、そ……っ!」
何度目か。
私の投げで床に叩きつけられた切島君が、悔しそうに声を上げた。
今まで跳ね起きてきていた彼が、動かない。
私は息を切らせながら彼の様子を窺う。
立たないなら、その間は休憩できる。
そして、本当に立たないなら、
「参った」
「……っ」
「俺の負けだ。根性あるな、お前」
私は、二回戦に勝ち進んだ。
しばらくして起き上がった切島君は私と握手をした後、次は負けねえからなと笑った。
うん、と、私は笑顔で答えた。
◆ ◆ ◆
「綾里君、そのおにぎりは……?」
「お弁当。お母さんに作ってもらったの」
「昼休憩で二、三人前食べていなかったか」
「足りないもん」
飯田君、常闇君の隣に座っておにぎりをもしゃもしゃ(こんなこともあろうかと手荷物に入れておいた)していると、試合と治療を終えたお茶子ちゃんが戻ってきた。
「惜しかったね」
「ううん、完敗やよ。永遠ちゃんこそすごいやん。根性見習わんと」
「私は攻撃力が欲しいよ……」
湿っぽい話は他の人がしてくれてたので、私はあまり重くならないように努めた。
――お茶子ちゃんの健闘はきっと報われる。
原作でも武闘派のヒーローから職場体験の誘いが来ていたし、それがきっかけで戦闘能力を大きく増し、めざましい成長を遂げていた。
お茶子ちゃんは頑張れる子だ。
そういう“個性”も持ってないのに、ぼろぼろになるまで爆豪に立ち向かい続けた。それは本当に凄いことだと思う。
「爆豪が疲れててくれるといいんだけど」
「そっか、次は永遠ちゃんが当たるんやもんね。無理せんといてね?」
「粘るよ。お茶子ちゃんの根性を見習わないと」
笑って言うと、お茶子ちゃんも笑った。
「頑張れ! っていうか、そのおにぎりは……?」
「ご飯は元気の源なんだよ」
「そうだけど運動の直後にそのサイズ二個は……」
「安心しろ麗日。綾里は既に一個食べている」
「全然安心できへん!」
身体より胃袋の心配をされてる気がする。
と、言ってる間に試合が始まる。
二回戦第一試合。
トーナメントなので当たり前だけど、一回戦で勝ち抜いた者同士が当たる。前もって人数を合わせ、棄権者も出ていないのでシードはない。
デクくんvs轟君。
体育祭第一種目一位と第二種目一位の戦い。