死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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体育祭3

 綾里永遠。

 二回戦で割とあっさり敗退しました。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 話をちょっと戻して――。

 

 デクくんvs轟君の試合は、お互いが感情を剥き出しでぶつかり合った結果、轟君が今まで封印していた炎の力を振るい、勝利を収めた。

 試合後のデクくんはボロボロ。

 制御しきれていないOFA(ワン・フォー・オール)を連発、打つたびに指一本を壊しながら戦った彼の姿は「凄惨」と言うしかなかった。何度も攻撃のために自爆した結果だっていうんだから、A組の仲間でさえドン引きである。

 でも私は、苦言を呈する気になれなかった。

 

 デクくんは限界まで頑張った。

 

 頑張ったことで、轟君の心をも動かした。

 ボロボロになったけど死んでない。

 死んでさえいなければ、また立ち上がれる。

 

 

 

 上鳴君vs飯田君。

 開幕全周囲放電を狙った上鳴君より一瞬早く、飯田君の速攻が決まってKO。お互い一回戦で消耗してたけど、上鳴君の方が若干負担が大きかったのかも。

 

 芦戸さんvs常闇君は常闇君が勝った。

 彼の“個性”である黒影(ダークシャドウ)はある程度の自立行動を取る攻防自在の使い魔で、非常に強い。フラットなステージ戦だと弱点をつきにくいことも後押しだったかもしれない。

 

 

 

 

 そして、私vs爆豪。

 

「また女かよ……!」

「甘く見たら痛い目を見るかもよ」

「言うじゃねえか」

「言うよ。私、あなたのこと嫌いだもん」

 

 試合開始直後。

 私は姿勢を低くして前進した。爆豪の“個性”は汗腺から爆発性の汗を出すもの。攻撃や防御はもちろん、衝撃で浮いたり方向転換したり加速したりと便利に使える。

 ただし、切島君と違って本体の防御力は並。

 当てればダメージを入れられるんだけど――牽制の爆発をかわし、突き出した拳はあっさりと空を切った。

 

「痛い目なんか見ねえよ」

 

 お腹に爆撃。

 

「お前、一回戦の女より弱ェだろうが」

 

 うん、そうだね。

 私はお茶子ちゃんより弱い。直接戦ったら、私は何もできずに負けるだろう。

 でも。

 

「弱いから勝てないとは限らないよ……っ!」

 

 痛みを堪えて前へ。

 お茶子ちゃんだって何発も耐えたんだ、私だって耐える……!

 低い姿勢のまま飛び込んで拳を放つ。

 一回戦の切島君が乗り移ったみたいにガンガン行く。右がかわされたら左、左もかわされたら引き戻した右をもう一回。

 

 でも、爆豪は強かった。

 

 攻撃をかわすだけじゃない。

 避けた直後、私の背中に何度も、爆発や拳、蹴りを落としてくる。その度に私は床に叩きつけられて息を詰まらせた。

 それでも起き上がる。

 防戦ではなく、積極的に攻めながらの持久戦。

 私の勝ち筋は、相手に()()()()()()()()()()()()()()削り勝つこと――。

 

「あァ、そういうことかよ」

 

 爆豪が呟いたのは試合開始から数分後だっただろうか。

 何十回目かの私の攻撃を彼はバックステップでかわした。これまでより大きな動き。何かを警戒された? ううん、違う。()()()

 その証拠に、次の瞬間には振り上げるような蹴りが腹にめり込んでいた。

 肺の空気が吐き出される。

 

 まずい!

 

 背中の方が背骨の分だけ防御力が高いから――なんて、微妙な理由じゃない。()()()()()

 軽い私の身体はよく浮く。

 そして、空中には蹴るべき床が存在しない。せいぜい姿勢を変えられる程度。だからこそ、私は姿勢を低くし、足技を使わないようにしていた。

 だけど。

 

「おらぁっ!!」

「あああっ!?」

 

 浮いたところにもう一発爆発。

 衝撃で吹き飛ぶ。

 まだだ。

 浮いた場所が中央付近だったから、今の爆発じゃ場外にはならない。空中で姿勢を整えながら着地のタイミングを――。

 

「――もう一発」

 

 悪辣にして的確。

 追ってきた爆豪の拳が私を吹っ飛ばし、場外の地面へと叩きつけた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「永遠ちゃんドンマイ! 頑張ってたよ!」

「ありがとう。でも、次までに弱点克服しないとね」

 

 透ちゃんの励ましに私は笑って答えた。

 

 当たり前だけど、私が負けてもトーナメントは続いた。

 優勝は爆豪。

 轟君が飯田君を、爆豪が常闇君を制して迎えた決勝戦。轟君がデクくん戦以降、一時的な燃え尽き症候群を発症し、割とあっけなく勝負がついた。

 

 対戦相手の不甲斐なさに野獣と化した爆豪、どこか冴えない顔の轟君、三位になった常闇君が上がった表彰台はなんというかカオスというしかなかった。

 飯田君は?

 三位決定戦は行われなかったため、飯田君も同三位なんだけど――彼は()()()()()で早退、表彰台には上がらなかった。

 

 原作と、同じ展開。

 

 詳しい事情は説明されなかったけど、私にはわかる。

 飯田君のお兄さん、プロヒーロー・インゲニウムが襲われたのだ。

 犯人はヒーロー殺し・ステイン。

 

 

 

 

 後日確認したところ、校長先生達はちゃんと手を打っていた。

 

 保須市周辺のプロヒーロー及びインゲニウムへステイン出没の可能性を伝達、未確定情報として彼の“個性”を伝えていたのだ。

 十分な対応とはいえない。

 本当にヒーロー殺しが出てくるなら、ヒーローが捕まえないわけにはいかない。インゲニウムはむしろ積極的にステインを探してしまったかもしれない。

 

 ――でも、強硬に動くわけにもいかなかった。

 

 内通者の存在。

 出所を明かせない情報を理由に雄英校長が声高に対策を主張――なんて、ヒーロー側の動向を監視してる誰かさんに「怪しんでください」と言っているようなものだ。

 警戒されて動きを変えられたら元も子もない。

 確度の高い予知を利用するならここ一番、決定的なところで使うべき。それは(ヴィラン)連合、あるいは死穢八斎會の壊滅時であるべきだ。

 

 警告の成果か、発見時のインゲニウムは一刻を争うほどの怪我ではなかったらしい。

 あらかじめ“個性”にあたりをつけられたお陰だろう。完治までの期間も多少、原作より早くなるかもしれない。それは喜ぶべきことだろう。

 

 ただ、私は理解するべきだった。

 

 校長先生達が踏み切れなかった理由はそれだけじゃない。

 謎の情報の存在を明かす。

 この段階でそれをやれば、情報の出所――すなわち、()()()()()()()()()()に危害が及ぶ可能性があるからだ。

 生徒を守るのが教師の役目。

 ならば、いくら怪しくとも、雄英の生徒である間は私だって庇護対象なのだ。

 

 被害を少しでも抑えたくて情報を流したのに、流した私自身が足枷になっている。

 ままならない現実。

 私にできることは、本当に少ない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「よう、永遠。お疲れ」

 

 体育祭が終わって家に帰ると、浩平が出迎えてくれた。

 シャワーは浴びてきたけど埃っぽいかな、って、家の方に直接帰ってきたんだけど。

 

「浩平、お店は?」

「一人くらいリアルタイムで応援してやれって休まされた。まあ、俺じゃ大した手伝いできないけどさ」

 

 憮然とした表情で肩を竦める浩平。

 

「あはは。早く一人前にならないとね」

 

 二階の自室に移動して荷物を置く。

 洗濯物は……ブラウスとかハンカチだけかな。体操着はボロボロになっちゃったので、洗っても着られない。勿体ないけど捨てるしかない。

 ダメになる度に体操着買い足し。

 雄英が国立で、学費自体が超破格じゃなかったら家計に大ダメージが入るところだ。

 

「じゃあ、ずっと応援してくれてたんだ?」

「……まあな」

 

 制服を脱ぎながら顔を向けると、浩平は微妙に不機嫌そう。

 ブレザーをハンガーにかけた私は彼に歩み寄って顔を覗き込む。

 

「なに? どうかした?」

「なんでもねえよ」

 

 ぷいっと顔を背けられた。

 いや、なんでもないって、そんな態度取られたら気になる。

 じーっと見つめていると、浩平は観念したように小さい声で言った。

 

「ずっと見てたよ。お前の体操着がだんだんボロボロになるのも、ノリノリでチアしてるところも」

「なっ」

 

 今度は私が動揺する番だった。

 

「あ、あれは勝つためと、目立って職場体験を勝ち取るためで……そういうのじゃないし!」

「はいはい。勝つためなら下着見せたりとかしても平気なんだよな、お前は」

「む。……浩平、怒ってる?」

「怒ってねえよ! 俺はただ、学校で『体育祭の永遠、意外とエロかったよな』とか言われるのが嫌なだけだ!」

 

 浩平の進んだ高校には中学時代の知り合いが何人もいる。

 実際、ボロボロになった体操着は最終的にブラがちら見えしてた。それが全国放送されたことは疑いようがない。知り合いが映ってるとなれば大体の子が見てるだろう。

 でも、私の下着見てエロいとか思うのは浩平くらいだと思うんだよね……。

 

「浩平のエッチ」

「は? 俺のどこがエロいってんだよ」

 

 とぼけますかそうですか、それなら、

 

「ふーん。じゃあ、私、これから着替えるけどなんともないよね?」

 

 挑発的に言ったらみるみる顔を赤くして、

 

「ないわけあるか馬鹿!」

 

 ばたん、と、大きな音を立てて部屋のドアが閉まった。

 ふ、勝った。

 勝ち誇り、こっちまで真っ赤になった顔を誤魔化していると、ドアの向こうから声がした。

 

「……怪我、してねえよな」

「うん。どこか怪我、残ってるように見えた?」

「ねえよ」

「そう。私は全然大丈夫だよ」

 

 そんな風に、私達はいつもと同じくじゃれ合ったのだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 体育祭の後は二日間のお休み。

 透ちゃんを特訓に誘ってみたら「ごめん、せめて一日休ませて!」とのことだったので、お休み一日目は久しぶりにお店のお手伝いをした。

 なんだかんだこれも状況判断の訓練になるはず、とか自分を誤魔化しつつうきうきしていたら、お昼の開店直後から常連さんが押し寄せてきた。

 

「永遠ちゃん、格好良かったよ!」

「ベスト8とか凄いん」

「ねーちゃん、サインちょうだい」

 

 お陰でお店は大忙し。

 平日なので学校に行っている浩平が恨めしくなるくらい、閉店後はへとへとになっていた。お陰でまかないの夕食をいつもより多めに食べてしまった。

 でも、お父さんお母さんからは褒められた。

 

「永遠がヒーローになってくれたら、お店のいい宣伝かもな」

「あなたが戦うのは心配で仕方ないけど、チアリーディングは素敵だった。ああいう、みんなが笑顔になれるヒーローを目指したらどう?」

 

 私としても嬉しい誤算だ。

 こうやって宣伝になれば、私がヒーローになって稼ぐよりも早く生活が楽になるかもしれない。そうしたらもっと早く浩平の義手が買えるかもしれない。

 そうなるように、もっと頑張らないと。

 

 

 

 

 

 次の日は透ちゃんとジムで特訓。

 

「透ちゃん、体育祭で手加減してたよね?」

「わざと手を抜いてるわけじゃないんだよ! 殺人技はできるだけ使いたくないから!」

「なるほど」

 

 だから成績も凡庸なのか。

 ある意味、スパイ気質が染みついてるってことでもあるかも。透ちゃんはどうしても目立ちにくいし、そうやって奥の手を隠しておく方が敵対策になりそうだ。

 

「目立つヒーローとコンビを組んだら良さそう?」

「永遠ちゃんがフリフリの衣装着てくれれば大丈夫そうだね!」

「そ、それはさすがに恥ずかしいなあ……」

 

 二人共、体育祭の興奮が冷めてきっていないせいか、特訓にも熱が入ってしまい――時間自体は早めに切り上げたものの、身体には疲労がのしかかっていた。

 

「……帰ってご飯食べて寝よう」

 

 明日からは授業再開。

 ヒーロー学の時間には自分のヒーローネームを決めることになるはず。その後は職場体験になだれ込む。

 

 ――職場体験中にはステインが暴れ、連合が脳無を出してくる可能性が高い。

 

 しばらく、のんびりしていられなくなる。

 というか、ここからは怒涛の展開だ。

 

 原作では、デクくん達の奮闘によってステインは捕縛。

 プロヒーロー達が脳無を撃退するんだけど、この一件が切っ掛けで、敵連合には新たな戦力が続々と加入していく。

 いわば幹部級の連中。

 その中には、ずっと後の巻まで登場する人達も含まれる。

 

 トガちゃんとか、トゥワイスとか。

 

 なんとか阻止できないだろうか。

 ステインの件と脳無の件が別日になってくれれば注目度も減るだろうけど、あの件って連合がステインをスカウトした結果だから難しい。

 スカウトが起こる前にステイン発見、捕縛できれば別なんだけど。

 もしも、塚内警部が本当に内通者だとすると、脱獄からの死柄木との接触なんて可能性もある。

 

 参戦前に幹部を捕まえるのもほぼ無理。

 彼らがそれまでどこにいたのか、原作に情報がないからだ。私はその情報を齎せなかった。

 何もしなければ原作通りになるのなら、トガちゃん達は見つからない。

 

「せめて一人だけでも確保できればなあ……」

 

 とはいえ、闇雲に探して見つるものでもない。

 生徒の立場じゃ捜索自体も難しい。第一、見つけたとしてどうするのか。戦う? いや、そんなことしたら爆豪誘拐の前にスキャンダルになる。

 でも、原作通りに事件が起こっちゃうと私には止められない。

 私も職場体験中なのだ。あの街の近くにいてパトロール中とかでない限りは介入できない。体験先を選べば可能だけど、そこまでして介入しても「結果が良くなるとは限らない」。

 

 小さくため息をついたその時。

 

「……血の匂いがします」

 

 声。

 

 私は立ち止まって振り返る。

 女の子がいた。

 左右に栗みたいなお団子作った女子高生。やや小柄で萌え袖。とろんとした目つき、笑みの形に歪んだ口元は、ちょっと見ただけだとユルい感じがして可愛い。

 

 でも、危険だ。

 

 私にはわかる。

 笑顔のままゆっくり近づいてくる彼女は、「お前が言うな」と言ってやりたいくらいにはわかりやすく――甘い女の子の匂いの下に、血の匂いを漂わせている。

 

 こんなマンガみたいな出会い方をするつもりはなかったんだけど。

 

「ねえ。こんな時間まで遊んでたら悪い人に捕まっちゃいますよ?」

 

 そう言って。

 わるいひと(トガヒミコ)が私の瞳を覗き込んできた。


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