死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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口調再現は挫折しました……。
やばいやつに遭遇したけど実は永遠も……っていう回です。


トガヒミコ

「いいにおい」

 

 顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らすトガちゃん。

 

 可愛い。

 

 リアルで見てもそう思う。

 作中女子の中で屈指の人気だっただけのことはある。同性の私でさえ「何時間見てても飽きなさそうだ」と思う。

 でも、彼女は危険だ。

 動物としての本能か。それとも原作を知っているせいか。彼女の纏うやばい気配を強く感じる。

 

 ――本人の言葉を借りるなら『血の匂い』。

 

 私から血の匂いがするとすれば、それは特訓で流した私自身の血だけど。

 彼女のは、たぶん犠牲者の流した血。

 

 僅かな動きで周囲を窺う。

 道行く人が不審がる様子はない。見た目は女子中学生と女子高生のコンビだ。くっつきすぎではあるものの、トガちゃんの人懐っこい様子もあって「仲がいいんだな」としか見られないだろう。

 声を上げて助けを求める?

 もちろん、それは一つの手だ。声に反応したトガちゃんが何かの反応を起こすのと、ただの一般人が警察やヒーローに連絡するの、どちらが速いかを考慮しなければだけど。

 

「あの。どこかで会ったことありますか?」

 

 とりあえず、私は無難な対応を選ぶ。

 トガちゃんは顔を上げて首を傾げた。

 

「ううん。初対面ですよ?」

「じゃあ、なぜそんなに顔が近いんですか……?」

「いい匂いがするから」

 

 うん。

 駄目だ、まともな会話になってくれない。

 そうだろうと思ったけど、この子の思考回路はとてもシンプルにできてるっぽい。人間というよりはマスコット的なものと考えた方がいいのかも。

 

「ね、どこかでお話しようよ」

「い、いいですけど。じゃあ、ファミレスでも」

「静かなところがいいです」

 

 くいくいと袖を引かれる。

 示された方向は、トガちゃんが出てきた裏路地。それは人がいなくて静かだろうけど、殺る気満々ですよね、それ。

 私がそのまま立ち尽くしていると、トガちゃんは押せ押せとばかりに腕を引いてくる。

 駄目だ。

 さすがに路地に連れ込まれるのはまずい。

 

「あ、あああの、私、お腹空いちゃって。後、服が汚れちゃうのは嫌かなって」

「………」

 

 止まった。

 小首を傾げたままフリーズしたトガちゃんは数秒で復帰して、にかりと笑う。

 

「じゃあ、ホテル行きましょう」

「へ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 最近のラブホテルは普通っぽい見た目のところが多い。

 ついでに言うと、部屋は“個性”対策で防火ルームとか防水ルームとか防音ルームとか、用途別に分かれていたりするようだ。

 受付自体は無人だけど各種センサーがついていて、異形型が普通のベッドを使わないようにとか、そういう配慮がされている。

 その割に未成年識別をしないのは――まあ、厳密にシャットアウトしない方が売り上げに繋がるからだろう。

 

 って、この歳で知りたくもなかったけど。

 

 コンビニでご飯を買った上でやってきたのはお風呂ルーム。

 部屋に入ってすぐのところが脱衣所を模した造りになっていて、その奥はまるまる広いお風呂。防水仕様のウォーターベッドが置かれ、広い浴槽や鏡付きのシャワーとかがある。

 たぶん、体液が出る“個性”とか、水生生物系の“個性”の人が主に利用するんじゃないだろうか。

 

「さ、脱いでください」

 

 入り口のドアを閉じると、トガちゃんはあっけらかんと言った。

 

「入る前にも聞いたけど、なんでラブホテルなんですか?」

「入る前にも言いましたけど、安いからです」

 

 ああ、うん、下手なホテルより防音も効いてるしね……。

 

「建物の入り口にも廊下にも、エレベーターにも防犯カメラありますからね?」

「えっちなことはしないから心配しないでください」

 

 痛いことはする気なんですよね?

 まあ、来てしまったからには仕方ない。お父さん達にも「遅くなりそうだからご飯は食べて帰ります」ってメールしちゃったし。

 ぶっちゃけコンビニで買うより家のご飯の方がずっと美味しいんだけど――。

 

 会ったからには逃がしたくない。

 閉鎖空間に連れ込まれたからには無策というわけでもない。

 

「じゃあ、一緒に脱ぎませんか?」

「そうします」

 

 トガちゃんはあっさり頷いてセーターに手をかけ始めた。

 躊躇がない。多少、犯行に繋がりにくくなるかと思ったんだけど、この子の“個性”を考えるとあんまり関係ないのかも。

 私を殺した後、変身してこの場を去る、なんてお手のものだろう。

 

 トガヒミコ。

 原作における(ヴィラン)連合のメンバーの一人。血の匂いが好きで、好きな人と同一化したいと思っており、好きな人を殺したいとか言っちゃう危ない子。

 “個性”は変身。

 血を吸うことによって相手に変身することができる。その際、相手が着ていた服までコピーする。つまり、私を殺した上で私になってでていくことが可能。ただし、制限時間があるので継続して誰かに成り代わることはできない。

 

 二人して全裸になると、トガちゃんは不思議そうに呟く。

 

「綺麗な身体」

「ありがとう」

 

 傷はもう治ってるから血は出てない。

 

「じゃあ、ご飯食べてください」

「一緒に食べませんか?」

 

 念のため多めに買ってある。

 二種類買ったお弁当を「選んで」とばかりに差しだしてみるけど、無反応。

 

「お金は気にしないでください」

「それなら」

 

 笑って受け取ってくれる。

 最近殺れていないか、殺った人のお財布がペラペラだったらしい。箸を割って食べ始めると、満更でもないのかほくほく顔に変わった。

 そうやってると普通の女子高生なんだけど……。

 せっかくなのでトガちゃんを観察しつつ、私も夕飯を食べ進める。お弁当の他にはおにぎりと菓子パンと、デザートに板チョコを買ってある。

 

「へんなひとです」

「私の台詞なんですけど」

「じゃあ、お互い様じゃないかな」

 

 それはそうかもしれない。

 

「私は綾里永遠。雄英高校の一年生です」

 

 名乗ってみる。

 雄英の名前にピンと来たのか来てないのか、トガちゃんはぱっと見なんの反応も示さず、しばらく黙ってから言ってくる。

 

「トガ。トガヒミコ」

「じゃあ、トガちゃんって呼んでいい?」

「うん」

 

 にっこりと、笑顔が返ってきた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 お腹いっぱいになって(菓子パン一個と板チョコ半分と缶のトマトジュースを残した)浴室に移動すると、トガちゃんに押し倒された。

 

「もう我慢できません」

「だから殺すのは駄目だってば!」

 

 メスみたいな刃物(どこから取り出した)を構えた手を押さえて上下反転、トガちゃんの身体を組み敷く。

 満面の笑顔。

 

「ヒーロー学校の生徒さんが私を捕まえますか?」

「トガちゃんこそ、もっと問答無用かと思ってた」

「だって可愛かったんですもん。好みの子の血は味わって吸いたいのです」

 

 あっさり腕が振りほどかれ、お腹を蹴られる。

 押し出されて尻もちをついた私はメスが首筋に押し当てられるのを見た。

 

「永遠ちゃんの血はどんな味がするんでしょう」

 

 あらためて思う。

 この子やばい

 

「トガちゃん、殺しは良くないよ」

「どうしてですか?」

「痛くて苦しいのは嫌でしょ? 自分が嫌な事は人にしちゃ駄目なんだよ」

 

 メスを持つ手がぴくりと動く。

 首の皮が切れて血が滲む。

 痛い。

 

「でも、好きなのです」

「うん」

 

 知ってる。

 彼女は生まれつきそうなのだ。

 

「苦しいよね。辛いよね。でも、なんとか妥協点を見つけられないか……っぁ!?」

 

 刃がコンマ分だけ深く食い込む。

 かと思ったら離れて、何度も何度も閃く。私の肌が浅く、無数に、次々と切り裂かれていく。

 

「でも、そんなことしても、私は楽しくないもん!」

「ちょっとくらいなら切られてもいいって人がいるかもしれないよ」

「そんな人、どこにいるんです?」

 

 メスは止まらない。

 切られた箇所から血が滲んで、室内にだんだんと血の匂いが漂い始める。

 独特の匂い。

 いい匂いとは思わないけど、慣れてるせいか嫌だとも思わない。

 

「ここにいるよ」

「っ」

 

 刃が肌を切る。

 腕も、足も、お腹も、背中も、首も、頬も。

 あちこちが切り裂かれた。

 滲む程度の出血でも、積もれば致命傷になりかねない。ただ、最初の方につけられた傷からは、もう殆ど血が流れていない。

 

 意外なほど柔らかな手が私を押す。

 

 再び押し倒された私は、今度は抵抗しなかった。

 ただ、ゆっくり口を開いてお願いする。

 

「死なない程度ならお好きにどうぞ。ただ、先に浴槽にお湯張ってもいい? 終わったら身体洗いたいから」

 

 上下に向かい合ったまま見つめ合う。

 さあ、どうなるか。

 身体を張った説得の結果は数十秒後に出た。

 

「……大好き」

 

 同性からの、世にも恐ろしい告白だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 別に自殺志願のつもりはない。

 レズビアンというわけでもない。

 

 大人より未成年、男より女に感情移入してしまうのは仕方ない。

 同族にはどうしたって甘くなるもの。

 せっかく会ったんだから、敵連合には行かせたくなかった。罪を重ねさせる以外の方法で、彼女を肯定してあげたいと思った。

 単なる説得じゃ通じない。

 正論を唱えてもトガちゃんは納得してくれない。

 

 切るのが楽しいというのなら。

 血の匂いが好きだというのなら。

 

 ――私なら、それを提供してあげられる。

 

 説得できるかどうかは良くて五分五分だと思った。

 もしも話が通じないようなら反撃に移るつもりだったけど、トガちゃんは慣れた手つきで致命傷を()()()私を切り刻み続けた。

 痛くて痛くて、悲鳴を上げる度、トガちゃんが恍惚の笑みを浮かべる。

 溢れた血は舐められ、吸われ、たっぷりと味を確かめられた。

 

「永遠ちゃん。永遠ちゃん」

 

 何度名前を呼ばれたかわからない。

 三十分ほどトガちゃんのお楽しみタイムが続き、私はそれからしばらく苦しみながら傷が塞がるのを待った。

 結構な血を流したせいか頭がくらくらする。

 普通の人なら出血多量で死んでるところだ。

 

 室内を見回すと、案外綺麗だった。

 血の大部分をトガちゃんが吸ったせいだろう。当の彼女は片手にメスを握ったまま放心している。

 

「よく我慢できたね」

「永遠ちゃん、本当に生きてるんですね」

「私は“しぶとい”んだよ」

 

 笑って、私はシャワーに歩いていく。

 浴槽にはいい感じにお湯が溜まってる。あったまる前に身体を洗っておかないといけない。

 

「永遠ちゃん」

「うん?」

「私に監禁されません? ご飯はちゃんとあげますから」

「駄目だよ。私、ヒーローになってお金稼がないといけないんだもん」

 

 振り向きもせずに答える。

 

「トガちゃんこそ、ふらふらするの止めない?」

「捕まったら死刑じゃないですか」

「あー……」

 

 死刑まではいかないような気もするけど。

 殺した人数と精神鑑定の結果によるだろうか。まあ、かなり重い刑は免れないだろう。

 それでも、罪は償うべきだ。

 

「人を殺すのに、殺されたくないっていうのは我が儘だよ」

「だって」

「私はヒーロー志望。悪いことは悪いって言わないといけない。今はまだ一般人だけど、ヒーローになったら悪い人を捕まえないといけない。でも、できれば、わけがわからずに捕まるより納得して捕まって欲しい」

 

 正直、犯罪者は死ねって思う。

 浩平の腕をあんな風にしたあいつを同じ目に遭わせたい気持ちはある。トガちゃんが殺した人にだって家族がいただろうし、彼らだってトガちゃんを殺したいだろう。

 でも。

 もし、一歩踏みとどまって引き返せる敵がいるなら、手を差し伸べたいとも思う。

 ダブルスタンダード。

 しょうがない。心からそう思うんだから。

 

「先生に頼んでみてあげる。これ以上誰も殺さないって誓うなら、少しは刑が軽くなるんじゃないかと思う」

「そんなこと、できるんですか?」

「やってみないとわからないけどね」

 

 返答までには間があった。

 

「外に出てから電話してください。駄目だったら私は逃げます」

「ありがとう」

 

 せっかくだから二人で一緒に湯船につかった。

 ちゃんとしたお風呂は久しぶりです、なんてトガちゃんは言ってた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 残した食料とトマトジュースで失ったカロリーを補給してからホテルを出た。

 トガちゃんは私の服の裾を掴んだままついてくる。

 静かな公園のベンチに座って電話をかける。こんなこともあろうかと聞いておいた、校長先生への直通番号。一応トガちゃんには見えないように気を付けて、

 

『もしもし?』

 

 スピーカーホンにしたので、声はトガちゃんにも聞こえる。

 

「私です。トガヒミコが自首したいって言ってるんですが」

『は?』

「まだ未成年ですし、情状酌量の余地がないかと思いまして。いい弁護士さんを紹介していただくか、警察に口添えをお願いできませんか?」

『ちょっ、ちょっと待ちたまえ。さすがの私も話についていけてないよ』

 

 訓練の帰りにトガちゃんからナンパされた。

 自首を薦めたら譲歩してくれたのでこうして尋ねている。ちなみに駄目ならすぐに逃げると言っている、といったことを説明する。

 

「あ、私は無事です」

『……できる限りのことはすると約束しよう。相澤君を行かせるから合流してくれるかい?』

「わかりました」

 

 相澤先生は一人でやってきた。

 これで警察が一緒だったらトガちゃんは脱兎のごとく逃げてただろうけど、一応、私の説得を信じてくれたのだろう。

 大人しく捕縛布に手を縛られ、車に乗ってくれた。

 

「こいつを雄英に運んでからなら送るぞ」

「いえ、私は普通に帰ります」

「そうか。……明日は絶対に休むなよ」

「は、はい」

 

 絶対にお説教か尋問を喰らうだろう。

 思いつつも、私は素直に頷いた。

 

 家に帰ったらお父さんとお母さん、浩平から「遅い」って叱られた。

 ヒーローとして危険なことをするのと、高校生が遅くまで出歩くのはまた別の話らしい。ごもっとも。私はしゅんとして「ごめんなさい」を言うしかできなかった。

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