「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」
「胸ふくらむヤツきたああああ!!」
次の日。
淡々と話す相澤先生の姿はいつも通りで、どっか切られたとか腹をかっさばかれたとか、そういう様子はない。
たぶん、トガちゃん関連でトラブルは起きなかったのだろう。
ヒーロー学の授業テーマは予想通り。
ヒーロー名の考案は、これは体育祭の結果に基づく「プロからのドラフト指名」に関係している。近々ある職場体験に伴って、名前がないと不便だという話。
この段階で本決定ではないものの、プロヒーローからの心象にも繋がりかねないので結構大事。
というわけで、それぞれ自分に合ったものを考えては発表することに。
審査は雄英の教員でもあるプロヒーロー・ミッドナイト先生。
女性ヒーローの代表格ともいえる彼女の元、一人ずつ前に出て発表。講評を頂き、必要であれば修正・変更するという流れだ。
私はこういうの割と苦手なんだけど……。
一応、前もって考えてはきてある。生徒の中にも前もって案のある子がいるみたいで、すんなり決まる子は本当に早い。
良い例はお茶子ちゃんの『ウラビティ』とか、梅雨ちゃんの『FROPPY』とか。
悪い例は爆豪の『爆殺王』みたいなやつだ。
当然、爆豪のはNGを喰らって考え直しになった。
要は呼びやすく、それでいてインパクトがあり、人々から親しんでもらえる名前がベター。
表舞台に出ない相澤先生の『イレイザー・ヘッド』みたいに、本当にコードネームチックになる場合もあるけど、それは特殊な例。
でも、そう言われると結構難しい。
考えてる最中に浮かんだのは「トワイライト」とか「リョーリィ」とか。
でも、前者は何がトワイライトなのかわかんないし、後者に至っては「敵をちょいちょいと料理する」みたいなわかりにくいダジャレで寒い。
あーでもないこーでもないとノートを開いて悩んでいたら、浩平から「小学生の男子か」なんて言われてしまったりもした。
そんな苦悩の末に辿り着いた名前は、
『小さな頑張り屋さん』トワ
「シンプル!」
「いつまでも若手でいたいという気持ちを込めました」
下手にエターナルとか永遠とか言うと格好つけすぎだし、小っちゃいのをネタにしようとすると縮める系ヒーローと勘違いされそうなので、いっそストレートな方が可愛いかなと思った。
「二十年後くらいに後悔しそうね」
「やめてください!」
ミッドナイト先生はそう言いつつも、私の案を特に却下しなかった。
「ネーミングはいいと思うわ。後で後悔しなければ」
「先生、ひょっとして最近化粧のノリが……」
「おっと鞭が勝手に」
「ひいっ!?」
それ以上言ってはいけないと察した私は口を閉ざした。
◆ ◆ ◆
ヒーロー名決めが一段落した後、職場体験の詳細が話された。
指名が来ている生徒には先方のリストが、それ以外の生徒には学校側が用意した受け入れ先のリストが渡された。なので、休み時間はその話題でもちきりだった。
指名件数ぶっちぎりは決勝まで行った轟君と爆豪。
最終種目での順位がだいたいそのまま件数になってる感じ。ちなみに指名は一つの事務所につき二名までなので、指名件数が多いというのはそれだけ期待されてるということだ。
「3000件とか4000件とか、まずヒーロー事務所がいくつあるのって話だよねえ……」
「永遠ちゃんだってすごいじゃん、18件も来てるんだし!」
「うん。嬉しい限りだよね」
透ちゃんの言う通り、私も20件近い指名をもらった。
知ってる名前もあれば知らない名前もある。
後で一つずつ調べて検討してみないといけないだろうけど、
「気になるところあった?」
「Mt.レディさんのところかな」
「え? 格好いいけど、私のリストにも入ってるとこだよ?」
そう。
Mt.レディさんの事務所は学校側からオファーされた、一般生徒受け入れ可能事務所でもある。
私がもらった指名リストにも名前があるけど、そこに行くと他の生徒とかちあう可能性が高い。まあ、三年生まで含めても120名って考えると私一人の可能性もあるけど。
「私のスタイル的に美味しいかなって」
「? 真逆だと思うけど……あ、逆に?」
「そうそう。お互い引き立てあえるんじゃないかって」
Mt.レディさんの“個性”は巨大化。
ウルトラ――もとい、某あのヒーローくらい大きくなれる。サイズ調整が効かないのが困りものだけど、パワーは物凄い。そして、戦闘の際にビルとか壊す。
大きくて色々壊す彼女と、小さくて壊れにくい私。
少なくともMt.レディさんの見せ場を奪うことは絶対ないし、これ以上ないデコボコ感が受けるかもしれない。上手く役割分担ができれば、お互いの弱点を補えるかもしれない。
先方が私を指名したのも、そういう理由じゃないだろうか。
だとすれば、期待されてる役割をこなすことで、将来のサイドキック(助手みたいな立場)に繋がるかもしれない。
「へー! 色々考えてるんだね!」
「早く活躍して稼ぎたいからね」
問題があるとすれば、Mt.レディ事務所が金欠ということ。
まあでも、その辺りは今考えてもどうしようもないし……。
「私も一緒のところにしようかな。大きいのと小さいのと、見えない私! どう?」
「私と透ちゃんがまとめて踏みつぶされそう」
「死ぬときは一緒だよ、永遠ちゃん!」
がばっと抱きつかれたので、私も抱き返す。
「透ちゃん……! そこまで私のことを……! ぎゅー」
「ぎゅー!」
と、そこに吐き捨てるような声。
「仲良しごっこならよそでやれ。雑魚が」
爆豪……。
私達も本気で言ってたわけじゃないけど、もうちょっと言い方があると思う。
「爆豪君! 君は婦女子に辛辣すぎるぞ!」
「うるせえメガネ! 殺すぞ!」
何か言い返す前に飯田君が割って入ってくれたけど、それでもこの有様。
皆、爆豪が吠えただけじゃ特に反応せず普通に談笑してるけどね、もう。
「飯田君、お家の方は大丈夫だった?」
「ああ。心配かけたな。もう大丈夫だ」
眼鏡をくいっとやって去っていく彼を、私は声で追いかけた。
「無理しないでね」
「……ああ」
飯田君は振り向かずに答えた。
◆ ◆ ◆
「綾里。生徒指導室に来い」
帰りのHRの最後、相澤先生は一方的にそう告げて教室を出て行った。
「綾里さん。何かしたんですの?」
「ううん。何だろうね?」
嘘です。ばっちりやらかしました。
「生徒指導室に来い……。はっ、まさか恋!?」
「ないない」
恋愛ネタはお茶子ちゃんの専売特許だし。
私はみんなに別れを告げてから、荷物を持って生徒指導室に向かった。
中に入ると、相澤先生に早速睨まれた。
「遅い。もっと合理的に動けるようにしろ」
「すみません」
先生は軽く溜め息を吐くと、私に「来い」と言って部屋を出る。
校長室だろうか。
と思ったら、別の方向にどんどん歩いていく。どこに、と尋ねられる雰囲気でもないので黙ってついていくと、何やら電子制御のドアが。相澤先生がカードキーを通すとピピッと開く。
「お前の分だ」
放られた真新しいカードを受け取って中へ。
入った先にはもう一つドアが。今度は指紋認証式になっている。先生の管理者権限で私を登録してから先へ。
と、またドア。
「今度は何ですか?」
「声紋認証だ」
その先で網膜認証を行い、最後のドアで合言葉を唱えたら、ようやく通路が現れた。
「厳重ですね」
「姿をまるまるコピーできる奴なら、最初と最後以外クリアできるがな」
そんなの一人しか知らな……いや、二人か。トガちゃんと、限定的だけどトゥワイス。
別の手段でいいなら
そして、数少ない変身の“個性”持ちが多分、この先にいる。
しばらく通路を行ってからエレベーターで降りる。
降りた先はまた廊下。
ただし、今度は幾つものドアが見える。相澤先生が向かったのは一番奥のドアだ。
「お前のキーでも開けられるようになってる」
スライドして開いた厚いドアの先には――。
「永遠ちゃん!」
「トガちゃん!」
縄で椅子に拘束された上、手枷足枷を嵌められたトガちゃん。
背後でドアが閉まるのも構わず、私は彼女に駆け寄った。
「大丈夫? 痛いことされてない?」
「敵の心配とはいい度胸だな、ヒーロー候補生」
「っ」
一瞬、背筋がぞくっとした。
慌てて作り笑顔を浮かべて相澤先生を振り返る。
「だ、だって。トガちゃんとは友達になったので」
「はい。永遠ちゃんとはソウシソウアイなのです」
可愛い。
って、それはとりあえず置いておいて、トガちゃんの状態をチェック。怪我はない。ちゃんと制服(?)も着てる。
この格好のまま一日過ごしたとすると肩凝りが心配だけど。
「ご飯はちゃんともらえた?」
「お前は俺達を何だと思ってる。ちゃんと与えたに決まってるだろ」
「ならいいんですけど。じゃないとトガちゃん逃げちゃいますよ」
「逃げませんよう。永遠ちゃんが来てくれたから」
「もちろん。ちゃんと来るよ」
なでなでしてあげると「えへへ」と笑ってくれる。
私は高一、彼女は高二相当のはずだけど、なんだか小動物とじゃれてる気分だ。
「綾里。下手に手を出すと噛まれるぞ」
「私の血は昨日いっぱいあげちゃってるので、あんまり変わらないですよ」
すると相澤先生は溜め息。
「厄介な奴を連れてきやがって」
トガちゃんは変身時に身体をドロドロに溶かす。
その際、副作用として拘束を解けるかもしれない。
ただ、服をコピーするのに全裸にならないといけない、っていう描写もある。身体だけ変身できるかは謎。なので、拘束しておけば変身できないかも。
「そのへんどうなの、トガちゃん?」
「えへへ、それはねぇ……」
「聞くなよ。先入観ができて逆に混乱する」
相澤先生――イレイザー・ヘッドが一緒なのは、彼なら変身に対処できるからだろう。
「先生。トガちゃんはこれからどうなりますか?」
「その前に、聞きたいことが山ほどある。少し待て」
「はあ」
「じゃあ永遠ちゃん、その間に指噛んでいいですか?」
「あ、じゃあブレザー脱ぐから待って」
「脱ぐなよ」
なんて言っているうちに、室内に新たな人が訪れた。
「やあやあ! お揃いだね!」
「校長先生……? ここ、危ないですよ」
「誰のせいだ」
漫才みたいになってるけど、相澤先生は真剣だ。
事と次第によっては本気で排除するって意思が窺える。ツンデレとかじゃない。敵なら元恋人でも容赦しない、ってイメージの人だし。
校長はHAHAHA! と、私の発言を聞き流し、再び口を開いた。
「とりあえず、彼女は雄英で拘束させてもらったよ。この一日、問題らしい問題は起こしていない。大人しいものだった。……ただ一つ、君に会わせろと言って聞かなかったこと以外はね」
「永遠ちゃん以外の言うことなんて聞かないもん」
「だそうだ。綾里君、君はどうやって彼女を説得したんだい?」
「どうやって、って言われましても……」
治るのをいいことに身体を切り刻ませました。
と、そんな内容をもうちょっと順序だてて話したところ、相澤先生の表情が険しくなった。もともと仏頂面だからわかりにくいけど。
「……本人の証言と一致します」
「そうだね。すると綾里君、君はトガヒミコの殺人衝動を肯定した上で、彼女の無罪放免を望んでいるということかな?」
「いいえ。そこまでは言いません。悪いことは悪いことです。トガちゃんが捕まるのも罪に問われるのも、仕方ないことだと思います」
そこを曲げる気はない。
「ただ、トガちゃんはそうしないと生きられなかった。人と違うことに苦しんでもいた。だから、チャンスをあげて欲しいんです」
血が欲しいと、他人が傷つくのが見たいと思うのは彼女の本能。
優越感や自尊心といった感情は希薄で、彼女自身は皆と仲良くしたいと思っている。ただ、普通はこうだから、と一方的に押さえつけられるのに我慢ができなかっただけ。
力に溺れ、持ち合わせていた倫理観をぶっちぎって敵になった奴らとはちょっと違う。
「具体的には?」
「……どこまでできるのか、私には見当もつきません。例えば、監視付きで経過観察した上で、更生の余地ありと判断できれば減刑とか――そんな感じにできませんか?」
「こいつが衝動を抑えられるのか?」
「私がリハビリに付き合います」
「どうしてそこまで? 君に何のメリットがあるんだい?」
その問いには明確な答えを出せなかった。
私は少し考えてから素直に答える。
「単に乗り掛かってしまったから、だと思います。それから、トガちゃん以外が相手ならここまでしなかったとも思います」
「……わかった。私から掛け合ってみようじゃないか。どの道、ただここに置いておくわけにもいかないからね」
「ありがとうございます、校長先生」
掛け合ってみる(必ず通すとは言っていない)