「どう、うちの事務所は」
「和気あいあいとしてて楽しそうです」
挨拶して早々、皆でキタコレとは思わなかった。
「でしょう? アットホームな楽しい職場を目指してるのよ」
「ブラックな匂いがしてきました」
ここはそういうのじゃないだろうけど。
私の考えてることがわかったのか、レディさんは笑って、
「私、細かいことって苦手なのよ。だから他の人に任せて、じゃんじゃん駄目出ししてもらってるの」
「それは、気楽なのかそうじゃないのか……」
「ヒーロー事務所なんてどこもブラックよ実際」
定時に出勤退勤とはいかないだろうしなあ……。
事務スペースの一角にある応接セットで向かい合って談笑(?)する私達。
Mt.レディさんのお仕事を止めちゃってる形だけど、サイドキックの皆さんからは「レディさんが手伝ってもそんなに仕事減らないんで、生徒さんの相手してください」って言われてた。
レディさんはスタイルのいい金髪美女。
ヒーローコスチュームが身体の線が出るボディスーツなので、男性からかなり評価されている。一方、パワフルな戦いぶりから女性人気も悪くない。
「私とトワちゃんって全然タイプ違うわよね」
「そうですね。指名いただいた時はびっくりしました」
「あはは。でも来てくれたんだ?」
「タイプが違うからこそ、だと思ったので」
「………」
レディさんが一瞬、ぎらついた目で私を見た。
何気ない動作で事務所内に視線を向けて、
「私ってこの業界じゃ新人でしょ? お給料もそんなに出せないから、働きたいって来てくれる人も少なくて」
「邪な目的の応募なら山ほどありそうですけど」
「論外に決まってるじゃない」
そりゃそうだ。
「事務処理もできて、私の見せ場を奪わなくて、別方向から盛り立てられる子がいるといいんだけど」
「青田買いでもしないと難しいですよね」
「時に永遠ちゃん。卒業後はどうするつもり?」
「正直、安定収入と下積み期間が欲しいので……どこかの事務所のサイドキックになれないかと」
「そうすると地方より近場よね」
「雑用も嫌いじゃないので、小さめの事務所でいいところがあると嬉しいんですけど」
二人して見つめ合ってゲスな笑みを浮かべる。
「思った通り、結構
「あの、私、失礼な口ききすぎてませんか?」
「大丈夫。そのくらい打算的な方が話しやすいから」
Mt.レディ。
“個性”を使って巨大化すると20メートル越えの巨体となるスーパー、もといウルトラヒーロー。
23歳にして自分の事務所を立ち上げ、メディアやエロ目的の男性達まで利用して顔を売り、のし上がろうとする姿勢からかなりの野心家であることも窺える。
「さてトワちゃん。いちおー、一週間以内にひととおり説明するつもりだけど、どんなことが知りたいとかある?」
「学校では教えてくれないことを。事務所の細かな内情とかが知りたいです」
「その物怖じしない性格。イイわね。なんであなた一年生なのかしら。来年あたり新卒で入ってくる気ない?」
「雄英に飛び級はないと思います。残念ながら」
私が卒業する頃には引く手あまたになってないかが心配なくらいだ。
そう素直に告げると、レディさんは自尊心を刺激されたのかにんまりと笑みを浮かべた。
「よっし! それじゃあ、素直で良い子なトワちゃんに、お姉さんがいっちょ稽古つけてあげましょう!」
「レディさん。やりすぎて事務所壊さないでくださいね」
「大丈夫! “個性”は使わないから!」
なんて答えたレディさんに、私はトレーニングルームへ連れて行かれて――。
「おらぁ!」
「げふぅ!?」
女の子が出しちゃいけない声を思う存分出させられました。
腰ががくがくになっても、恥ずかしい声が出てもレディさんは容赦なく
お互い攻撃系の個性じゃないから素の身体能力だけ。
にもかかわらず、レディさんは驚くほどパワフル。特にその長い脚から繰り出される蹴りは重く、まともに喰らえばそれだけで意識が飛んでしまいそうになる。
殴られ蹴られ投げられ踏みつけられて。
一時間くらい粘った末に気力が尽きた私は、トレーニングルーム内の道場っぽいスペースで大の字になって呼吸を整えるだけの生き物になった。
「駄目です。手も足も出ません」
「フフフ。強がってても所詮高校生。お子ちゃまに負けるほどプロヒーローは甘くないわ」
純粋な格闘戦で負けたということ。
私は“個性”も使った上で粘り勝てなかったのだから、つまりは完敗だ。
「まあ相手が悪いけどね。私は身体を張ってナンボだし」
「巨大化前の攻撃力がちょっとでも上がれば、巨大化後はそれの差が何倍にもなりますもんね」
「そういうコト」
レディさんの売りは巨大化状態で繰り出される超攻撃力。
その威力は技のキレと身体の作り込みに依存するわけだから、そりゃあ個性なしで戦ってもやばいくらい強い。
「もっと鍛えなきゃ駄目ですね、私」
「トワちゃんだって見込みあるってば。それだけ粘り強ければ、他のヒーローが到着するまでの繋ぎになるし。私とか」
「あはは……。サイドキックにはもってこいですね」
でも、いつか独立することを考えたら、自分だけで勝てないといけない。
透ちゃんに見せてもらった技術もまだまだモノにできてない。
身体も技術も、もっともっと鍛えないと。
敵は、物語の流れは待ってくれないんだから。
◆ ◆ ◆
「……冗談」
綾里永遠が寝そべって休憩している部屋の外。
一歩出てドアを閉めただけの場所で、Mt.レディは壁に手をつき眩暈を堪えていた。
「私が、体格の劣る女の子に根負けしそうになるなんて」
他のヒーローが到着するまでの繋ぎ?
冗談じゃない。
一時間。腕っぷしが自慢のMt.レディが殴って蹴って踏みつぶしてようやく屈服させた。
倒しても倒しても起き上がってくるあの子は、敵から見ればオマケ扱いできるような存在じゃない。
もちろんまだまだ経験不足。
だけど、経験を積み、もっともっと身体を鍛えたのなら。
「イイじゃない」
にっ、と、口元に笑みが浮かぶ。
「あのコに目を付けた私、グッジョブ!」
ああいうのが下にいると張り合いも出る。
とりあえず、激励の意味も込めてたっぷり「可愛がって」やろうと心に決めるMt.レディだった。
「でもとりあえずちょっと休憩したい……」
◆ ◆ ◆
職場体験、超ハードだった。
「あぁ……うちのベッドが懐かしい……」
「一週間ぶりに帰ってきたと思ったら、ホームシックか?」
帰るなりシャワー浴びてベッドにダイブした私は浩平から見事に呆れられた。
「しょうがないでしょ。ほんとにきつかったんだから」
「プロだもんなあ」
「プロだもんね」
お手伝いやバイトと本職の差っていうのはうちのお店で十分理解してるつもりだったけど、想像以上だった。
プロ――その仕事でお金貰ってるっていうのはやっぱり凄い。
「具体的には何してきたんだよ?」
「んー……」
ベッドで無駄にごろごろしながら私は唸って、答える。
「全部?」
「全部って」
「事務所の掃除でしょ、Mt.レディさんのトレーニングの相手でしょ、パトロールにも連れて行ってもらったし、実際
「だいたい全部だな」
うん、だいたい全部。
慣れない作業が中心だったのもあり、毎日仕事終わりはくたくた。え、これから電車乗って家まで帰るの……? って絶望するような有様だったので、結局最後までホテルにお泊まりである。
レディさんは「未成年じゃなければ飲みに誘うんだけどねー」なんて言いながら、週の半分以上は事務所に泊ってた。
出勤してくるのが面倒臭いのと、夜間は活動するヒーローが減るのでかき入れ時なのだそうだ。
「敵と遭ったって、大丈夫だったのか?」
「うん、平気平気。あくまでお手伝いだし」
宣言通りパトロールに連れて行ってくれたレディさん。
近所の商店街とかでは人気者で、おじさんおばさんから「また壊すのは勘弁してくれよ」なんて冗談まじりに言われたり、小学生から「おっぱいでけー」って言われて「あぁん?」とガンを飛ばしてみたりと楽しそうだった。
都合よく(悪く?)敵が出てくると呑気な雰囲気は一変。
ひょいっと私の身体を持ち上げたかと思うと、レディさんは弾丸のように走り出した。
その時に出くわした敵は巨体でもパワータイプでもなく、そのくせ逃げ足は速い奴だった。
市街地が苦手なのを知っているのか偶然か、逃げ続ける敵を見てレディさんが取った行動は、
「飛んでけトワちゃん!」
「わわっ!」
投げ飛ばされ、真っすぐに飛んだ私がステッキを一振り。
星の飾りで思いっきりぶん殴ると、哀れ敵は盛大に転び、地面に頭を打って昏倒した。
「なかなかイイ飛び道具ね」
「私じゃなかったら大怪我になりかねませんよ!?」
「大丈夫。トワちゃん以外にはこんなことしないわ」
そういう問題かな……?
まあ、思った通りというかなんというか、私とレディさんは割と相性が良かった。巨大化しなくても長身でパワフルな彼女を小さな私が補える。
飛び道具扱いはどうかと思うけど。
「お前の写真、ネットに上がってるぜ」
「嘘!?」
「本当だって」
言って浩平はスマホを見せてくれる。
なうでおなじみのあのアプリに、レディさんのファンが投稿した写真だ。敵を逮捕した後、ご褒美と称して抱きしめられた時のものみたい。
『色々小さい後輩の子とスキンシップをするMt.レディ様キタコレ』
ついたコメントが「おい後輩そこ代われ」とかそんなんばっかりなのがさすが。
というか、色々小さいは余計じゃないかな……?
「まとめサイトとか作られないように気を付けろよ」
「う、うん。いや、でもヒーロー的には本望なような……?」
難しいところかもしれない。
うんうんと私が唸っていると、浩平がぽすっとベッドに座った。
「こうやってるとただの永遠なんだけどなあ」
「なにそれ」
「なんでもねえよ」
「変なの」
しみじみ言わなくたって私は私だよ。
と、返そうと思ったけど、私は何も言わずに目を閉じた。夜八時過ぎ。寝てしまっても問題ない。晩御飯はレディさんがラーメン奢ってくれたし。
――私は、ヒーローになる。
プロと一緒だったとはいえ、敵を相手にしても戦えた。
あのロリコン相手に何もできず竦んでいた私じゃない。あの頃の私はもういない。綾里永遠はこれまでも、これからも変わっていく。
打たれる度にタフになっていくのは身体だけじゃない。
ごめんね、と。
言いかけたその言葉も、私は飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
私が職場体験に必死な間に保須の騒動は収束した。
ヒーロー殺し・ステインの凶行と怪人・脳無の大暴れ。二本軸による騒動がほぼ原作通りに発生。脳無の数も原作通り三体。
ただし、脳無と一緒に手だらけ男――死柄木が暴れた。
USJで被害を小さく抑えた分、向こうもダメージが小さかったからだ。死柄木当人が動けるのに脳無を持ってきたのは、ヒーロー側の警戒が向こうにバレているせいだろう。
死者三名。
負傷者七十三名。
大きな被害が出た。
代わりに――と言っていいのかはわからないけど、ステインと対峙したノーマルヒーロー・マニュアル及び飯田君、救援に駆け付けたデクくんと轟君は軽傷で済んだ。
マニュアルにステインの“個性”が伝わっていたことで飯田君達と共闘、情報共有ができた結果だ。
死柄木側も、脳無が増えていた割には被害を抑えられた。
これもヒーローの警戒が強まっていたお陰。でも、脳無こそ撃退したものの、死柄木を捕まえることはできなかった。マスコミが撮影した彼の姿は「ステイン逮捕」の報や死傷者数と一緒に報道され、全国に大きく知られることになった。
これで敵連合の知名度が跳ねあがる。
死者が出たことでヒーローへの批判も強くなる。
そんな中で不幸中の幸いといえるのは、死柄木を「本名不明の敵」として広く手配できることだ。もともとUSJ襲撃の件で手配はされていたものの、ぶっちゃけ一般の人は「敵なんて数多すぎて一々覚えてない」状態。顔が知られたことで警戒は強くなる。
ステインの仁王立ちもなかった。
凄惨で、ある種の格好良さのある生き様に共感される敵は減るかもしれない。
でも、歴史が変わっていく。
ヒーローの対応は加速してるけど、一般への被害は増えた。
私のやっていることは意味があるのか。
平和な世の中のためにヒーローを目指しているのに、今起こっている事件に手を出せない。
デクくんじゃないけど、歯がゆい。
もっと、私にできることはないだろうか。