「……やられたわ」
試験終了後、ミッドナイトは苦笑と共に手を差し出した。
ぎゅっ、と。
ぎゅううう~っ、と、綾里永遠の手を握りしめて告げる。
「やるじゃない、小娘」
「生意気な口をきいてすみませんでした。後できちんと謝らせてください」
と、試験中とはうって変わって、少女はひどく申し訳なさそうに言うのだった。
◆ ◆ ◆
時は遡って――。
「くっ……!」
ミッドナイトは瀬呂のテープをかわしきれなかった。
ぐるぐると腕に巻き付く。
タイツを破くか、と、僅かに思考する間に「ぐっ!」とテープが引かれる。どうやらこの場から動かすのが目的らしいが、
「甘い!」
鞭と腕、くっついた二本のテープをまとめて引っ張り返す。
「なっ!?」
「女だからって甘くみたでしょ? 残念! 筋トレが足りないわね!」
引っ張ろうとした瀬呂を逆に引っ張り、眠り香の効果範囲に誘導。
瀬呂もコスチュームのマスクのせいで若干、“個性”の効きが悪そうだが――。
「なら実力行使で……!」
「ふんっ!」
「ぐはっ!?」
一発ぶん殴ったら悲鳴を上げて息を吐いた。反射的に深く呼吸した彼はがくん、と崩れ落ちながらも更にテープを出し、ミッドナイトの鞭を念入りに接着。
こうまでされたら鞭は使えない。
ミッドナイトは愛用の武器を放り捨てる。痛いが、こちらも片方を無力化した。
まずはタイツを破って拘束を解こうと空いた手を伸ばし、
「むぐむぐ(隙あり)!」
「おっと」
すかさず攻めてきた永遠をギリギリでかわす。
少女は口にテープを接着済み。
数十秒から一分という時間を彼女は手に入れたが、戦闘するにはあまりに短い。
「身体で教えてアゲルのもそそるじゃない!?」
蹴りを見舞えば、永遠はステップして回避。意外と素早い。だが、ゲートから遠ざけることに成功。ミッドナイトが立ち塞がっている限り、簡単には抜けさせない。
永遠はステッキの柄を捻って仕込み刃を晒して構える。
刃物は珍しいが、禁止されているわけではない。刃渡りからして殺傷目的ではなく、怪我をさせて継戦能力を奪うのが目的だろう。
「むぐーっ!」
速攻。
猫か何かのような俊敏さで飛び込んできた少女はステッキを一閃。回避はできない。ゲート前から離れられない。舌打ちしつつ腕を持ち上げる。瀬呂と繋がっている方だ。
テープを切断してくれれば。
しかし、永遠は素早く武器を引いた。かと思えば身体を捻りながら左手を閃かせてくる。いつのまにかその手に握られているのは――拘束用のカフス!
かちん。
手首にカフスが嵌まる。
でも、永遠の腕には固定されていない。嵌める暇がなかったのだろう。もう一方がぶらぶらした状態では無意味だ。
ならば、
「おらぁ!」
「む、ぐううぅっ!」
今度こそ、蹴りが決まった。
少女の軽い身体が吹っ飛ぶ。だが、永遠は右腕を振りかぶっている。
左腕。
ステッキの先、刃がタイツを破り、自由な方の腕に突き刺さる。鋭い痛み。
「こ、のっ!?」
頭に血が上る。
だが、追撃はギリギリで取りやめた。吹き飛んだ永遠が眠り香の圏外に逃れていたからだ。少女は念を入れてバックステップしながら、口のテープをばりばりと剥がす。粘着力のせいで皮膚まで剥がれているが、お構いなし。剥がれた傍から治り始めている。
呼吸が再開。
互いに距離を詰められないまま睨みあう。時間はなんだかんだで十五分過ぎ。
どう出る?
気づけば、全く気の抜けない状態に追い詰められている。腕のステッキか瀬呂のテープを排除したいが、永遠は息を整えながらも走り出せる態勢にある。
永遠が取れる手段は三つ。
突破。
カフスのもう一方に自分の腕を通す。
そして、ミッドナイトを殴り倒す。
どれがフェイントで、どれが本命になるか。
「……っ!」
来た。
唐突に、小さな身体が跳ねる。
右手は握り拳。左はスカートのファスナーを下ろし、顔に向かって投げつけてきた! 若さのアピールかむかつく、なんて言ってる場合ではなく、視界を一時的に隠された。
「ウザったい!」
腕を振って跳ねのける。
同時に足を振り上げる。狙いも碌に付けられなかったが、脇腹にヒット。それでもカフスに伸びる手。半身を下げる形で妨害。
少女の口元に笑み。何だ。もう一方の手がステッキを掴んで引き抜く。今更?
永遠は衝撃に後退しながら、身体の捻りも使ってステッキを投擲。反射的に腕で庇う。だが、狙いはミッドナイトではなかった。
刃が、瀬呂の腕に突き刺さる。
「瀬呂君! ダッシュ!」
「っ!?」
痛みが覚醒をもたらす。
起き上がろうとする瀬呂。同時に駆けてくる永遠。ミッドナイトは咄嗟に少女の迎撃に動きながら、ああ、間に合わないなと思った。
先の繰り返し。
突破と捕縛と打倒の三択を迫ってくる永遠にかまけた数秒のうちに、瀬呂がゲートにテープを伸ばし、そして、ミッドナイトにくっついたテープを剥がした。妨害が間に合わない。テープが巻きとられ、
「うおお、肩痛え……!」
逃走成功により綾里・瀬呂チーム、合格。
◆ ◆ ◆
「合格はしたけど、綱渡りだったわね。ちゃんとした講評は後で出すケド、あんたは選択肢を広く持ちすぎて逆に決定力不足。瀬呂君は最初の作戦に拘りすぎて判断を誤ったんじゃない? あたしが序盤に挑発された時点でこっそり突破できたと思う」
「仰る通りです……」
ほっとしたら眠気が来たのか、もう一回寝た瀬呂君を救急箱で治療しながらミッドナイト先生が言う。
私は色んな意味で反省しつつ、責任を持って先生の肩を消毒し、包帯を巻いた。
「まあ、何にせよおめでとう。っていうかアナタ、何で起きてるわけ? この辺、まだあたしの“個性”が効いてるわよ? 試験中はうまく呼吸をコントロールしてたケド」
「いえ、かなり眠いんですよ?」
肩に突き刺した眠気止め(ステッキ)を指して答える。
「そこまでするなら寝なさい」
「でも、せっかくなので耐性をつけておきたくて」
ミッドナイト先生の表情が変わった。
「待ちなさい。アナタ、状態異常にも強いわけ?」
「そうみたいです。今日、初めて知りました」
抗体的なものが眠り成分を端から食い止めてくれているのだろう。
お陰で今もこうしてギリギリ耐えられている。
試験中は確証がなかったので耐えられない前提で動いていた。次にこういうタイプと当たる時は取れる手段が増えそうだ。
「食えないガキね」
「本当にごめんなさい」
他に見ている人もいないので土下座して謝った。
期末試験が終わると、いよいよ夏休みと林間合宿がやってくる。
林間合宿は一週間にわたって行われる強化合宿だ。
相澤先生から配られた要綱には例年の実施内容を元に概要が書かれていた。持ち物とか、あとは合宿所の場所とか、大雑把な日程とか。
この通りに行かないのを私は知ってるけど、みんなは当然そんなことは知らない。
水着とかアウトドア用の靴とか、記載された持ち物をわいわいと声を上げ、
「じゃあさ! 明日休みだし、A組みんなで買い物行こうよ!」
透ちゃんが原作通りに買い物を提案した。
『合宿の前にみんなで遊びに行きたいよね!』
そんな話は、前もって透ちゃんからされていた。
永遠ちゃんの
原作では合宿前のショッピングで死柄木が現れている。
荒事には発展しなかったものの、デクくんを脅迫まがいに一時拘束、雄英やヒーローにプレッシャーを与えていた。
描写的には偶然の遭遇にも見える一件。
一方、何かを間違えていれば大事件になっていたかもしれない出来事。
私は透ちゃんにこう答えた。
『そうだね。お買い物とか?』
ゴーサイン。
相澤先生や校長とも相談済みだ。
偶然なら同じことが起こるとは限らないし、逆に故意ならキャンセルしても別の形で起こる。
原作で死柄木が引いたのは、話の途中でお茶子ちゃんが来たせいだった。
下手に変えて悪い結果になったら目も当てられないので、ここはできるだけなぞった方がいい。
というわけで、
「永遠ちゃんも水着買おうよ!」
「いや、私は
「大人っぽいの買ったら成長するかもしれないよ!」
「逆に?」
「逆に!」
県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端、と巷で話題の木椰区ショッピングモールにやって来ました。
馬鹿らしいと切って捨てた爆豪とか、お母さんのお見舞いに行く轟君とか不参加の子もいるけど、暇な面子は皆集まった。
モールの近くで集合して一緒に中に入ったら、欲しい物が一緒の子とか気の合う子同士で自然と散らばっていく。その後は合流したりしなかったりしながら遊ぶ感じ。
私は自然と透ちゃんと一緒になった。
ファッションフロアに向かって歩きながら、ちらりと後ろを振り返る。デクくんとお茶子ちゃんが取り残された感じで所在なさげにしていた。
「気になる?」
「うん。……青春って感じだよね」
「わかるー!」
取って付けたような理由だったが、透ちゃんは乗ってくれた。
「後つけちゃおっか?」
「いいの?」
「もちろん!」
「……ありがとう、透ちゃん」
持つべき者は友達である。
事情を知っていて相談できる誰かというのがこんなにありがたいとは。
逆に言うと、相澤先生や校長は内通者の件で窮屈な思いを強いられているんだよね……。
「あ、ごめん。その前にトイレ行ってきてもいいかな?」
「おっけー! じゃあ、先に尾行しとくから後はメールで!」
「ん、わかった」
手を振って別れ、小走りにトイレへ向かう。
もし騒ぎになっちゃうとトイレどころじゃなくなる。原作通りに死柄木が接触してくるとしても若干時間があるはずだから、ここがチャンス――。
と。
考え事をしていたら前の人とぶつかってしまった。ふらついた私をぶつかった人が支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません、ぼうっとしてて……っ」
顔を上げて、ぞくっとした。
フードを被ったやせ型の若者。髪は長くぼさぼさで、笑みを浮かべているのに瞳は妙に濁っている。
嘘。
何で私が。
――死柄木弔。
硬直した私に死柄木が囁く。
「こんなところで会うとは思わなかったよ、雄英高校。お前、黒霧に殴りかかった奴だろ?」
「……こんなところでお買い物ですか?」
表情を取り繕って尋ねると、くくっ、と低い笑い声。
「分を弁えてるじゃないか。そうだ。俺はいつでもお前を壊せる。ちょっと話をしようぜ」
「わかりました」
そう答えるしかない。
大事を取って誰か――オールマイトか相澤先生が近辺に待機しているはずだけど、死柄木は原作でこう言っていた「捕まるまでに二、三十人は殺せる」。あれはハッタリでもなんでもないはず。逃げる人達を追いかけて、片っ端から触るだけでいいんだから。
騒ぎになって困るのは私の方。
仲の良い兄妹を装うように手を繋いで歩く。
死柄木の指は不自然に一本だけ離れていたけど、それは五本全てで触れると“個性”が発動するからだ。
「ソフトクリームでも買ってやろうか?」
「子ども扱いしないでください。食べます」
「……食べるのかよ」
食べ物に罪はないもん。
甘いソフトクリームで気持ちを落ちつけながら、近くのベンチに座る。透ちゃんか、他の子でもいい。誰かが見つけてくれるのを期待。
それとも、下手に見つからない方がいいだろうか。
死柄木の意図がわからない。私に声をかけてどうするつもりなのか。原作のデクくんみたいな受け答えを期待されても困る。
それに、彼を追い詰めるとまずいのは変わっていない。
こんなところでオールマイトと
「手配書が出回ってるのに余裕ですね」
「顔が隠れてる手配書に意味なんてあるか」
ごもっとも。
出回っている手配書は例の手だらけ状態だ。
誰も死柄木の素顔を知らなかったのだから仕方ない。
今、こうして座っている彼と手配書の敵、一致させられる人間はそういないだろう。
「保須の件は知ってるだろ」
「ええ。百人近い人を傷つけてくれましたよね」
「こっちも
「お陰で手下が増えたんじゃないですか?」
うっかり「何人くらい」って教えてくれないだろうか。
トガちゃんが抜けた分、単に戦力ダウンしてるんならいいんだけど――思わぬ追加要員がいると困る。
「あぁ……。暴れたい馬鹿どもが集まってきてる。ヒーロー殺しに憧れた奴も、な」
「どっちが多いんです?」
「……お前。見かけによらず頭が回るな」
喋りすぎた、と後悔している間に、死柄木は「まぁいい」と呟いた。
「ステインにかぶれた奴の数は少ない。だが、質は良い。疑問なんだよ」
「疑問?」
「平和だの誇りだの、そんなものがどうして持て囃される? やりたいことをやればいい。たった三人の死者に民衆がどれだけ怒った? 死ぬのが嫌なら自分で敵をぶっ殺せばいいのに」
疑問の解消。
私を捕まえて話をしようとした目的は、どうやらそれらしい。