「永遠ちゃん、随分眠そうだけど何かしてたん?」
「ん……あはは、枕が変わったせいか寝付けなくて」
翌日。
昨夜遅くまで色々していたせいで私は少々寝不足気味だった。でもまあ、このあとたっぷり殴り合いをするので、そこで眠気は吹き飛ぶはず。
「今日から君らの“個性”を伸ばす」
体操着で集まった私達に相澤先生が宣言。
一学期、私達は揉まれに揉まれて成長してきた。
身体能力や技術面ではぐっと磨きがかかっているものの、“個性”自体はそれほど成長していない。そこで合宿ではそこを伸ばすとのこと。
伸ばし方はこの前、先生と話した通り非常にシンプル
『徹底的に“個性”を使いまくる』。
それがどんな絵面を生むかというと――。
「くれぐれも死なないように」
と、言われた通りの地獄絵図。
ひたすら飲み食いしながら“個性”を使い続ける百ちゃんや砂藤君。
ひたすら尻尾で殴る尾白君と殴られ続ける切島君。
ひたすら電気を浴びる上鳴君にひたすらビームを撃つ青山君etc……。
これを管理するのがプッシーキャッツの面々。
ラグドールが『サーチ』で全員の状況を把握、ピクシーボブが適切な鍛錬の場を構築、マンダレイが『テレパス』でアドバイスを送信。
そして虎が単純な増強型――脳筋達をまとめて相手にする。
「じゃあ私は虎さんのところに……」
「待て、綾里」
「へ?」
相澤先生に止められた。
「お前は自主練だ」
「……えー」
どさっと渡されたのは、昨日の夕飯の余りをおにぎりやサンドイッチにしたもの。
「食べていいんですか?」
「お前も八百万達と事情が似てるからな」
「……ありがとうございます」
食べ物もらえるのはありがたい。
リュックにずっしりと入ったそれを背負い、私はみんなから離れていく。ピクシーボブがどかどか障害物を作るせいで気に留められることもない。
――自主練って、一番効率いいのは
いいのかな? と相澤先生を見ると、何も言わずに視線を返してきたので、まあ、いいんだろうなと、私はエレベーターに乗ってトガちゃんに会いに行った。
「アレ? 永遠ちゃん? どうしたんです? 忘れ物?」
「ううん。あのね」
リュックをいったん下ろして告げる。
「トガちゃんに、私の身体をいい感じに壊しまくって欲し――」
「やったぁ!」
食い気味に喜ばれた。
◆ ◆ ◆
刺されたり折られたり噛まれたりするのを詳細に語っても仕方ないので省く。
「最近、シャワー浴びる回数が増えたなあ……」
午後三時前くらいに地下を出て地上に戻り、校舎を出て少し歩いた後、ぽつんと立つエレベーターからまた地下へ、というよくわからない移動をして。
そっと物陰から様子を窺うと、死屍累々! って感じでみんながぐったりしているのが見えた。
後三十分頑張れ、という声を聞いて、自分の姿を見下ろす。
「……このままだと怪しまれるか」
着て脱いで着ただけの体操着。
森の中で数分間ごろごろー! ってしたらいい感じに汚れがついたので、終了時刻を見計らって戻って、
「はい終了ー! みんなお疲れ様!」
「死ぬかと思ったああああーー!!」
本当に、私も死ぬかと思ったよ……。
考えてみると、一般の人は公の場で“個性”使用禁止なわけで。
限界ギリギリまで“個性”を使うっていうのはヒーローかヒーロー志望者、あるいは犯罪者でもないとやらないことだ。
鍛えることで化ける“個性”があるのに、ヒーロー科に入らないと鍛えられない。ある程度強い“個性”でないと入試に受からないっていうのはちょっと勿体ない気がする……なんてことを考えつつ、
「己で食う飯くらい己で作れ!! カレー!!」
具材と道具と薪がドン! と広場に置かれているのを私は見た。
まさかの自炊。
めっちゃ疲れてるところで料理とかほんとにしんどい。でも、一人暮らししながら働いてる人は毎日そういう状況なんだよね。いやまあ、だからスーパーとかコンビニのお弁当が重宝されるわけですが。
目の前にカレーの材料があるのに「作らずに寝る」なんて選択肢はない。
「世界一旨いカレーを作ろう!! 皆!!」
組ごとに分けられた生徒達。
私達A組は委員長・飯田君の号令の下、カレー作りに動き始めた。こういう時に音頭を取ってくれる人がいるのは本当にありがたい。
ならば、
「ここからは私の出番だね……!」
「綾里さんがいつになく燃えていますわ」
「料理屋の娘としては黙っていられないよ。下ごしらえに調理、なんでもやるよ!」
「お、じゃあ飯炊いてくれよ!」
「ごめん、飯ごうでは炊いたことない」
「使えねェ、死ね!」
「ん、喧嘩売ってるなら買うよ、爆豪」
「永遠ちゃん落ち着いて!」
女子の中で料理できる勢は私、お茶子ちゃん(自炊の方が安いから)、透ちゃん、梅雨ちゃん(弟妹達の世話で)の四人。
男子だと砂藤君とか、意外なところで爆豪とかができたので、その辺のメンバーが主導で作っていった。
轟君は着火と消化に便利。百ちゃんは便利アイテムを作成して調理を助けてくれる。飯田君はキビキビ指示を出していた。
私は男子の料理できない勢が洗い、皮を剥いた野菜を端から切った。
材料が切り揃ったら大きめの鍋で具材を炒め、お水とルーを投入して煮込む。具材や調味料の中に「使いたいなら使え」とばかりに本格的な香辛料があったので、有難く使わせてもらう。
あらかじめお父さんや浩平に「市販のルーをアレンジするなら」というアンケートを取っておいて正解だった。ちょっとしたアクセントにするだけでぐっと味が良くなる。
「できたー!!」
飯ごうで炊かれたご飯と合わせたら立派なカレーだ。
「美味ぇ! 結構いけるぞこのカレー!」
「もっと美味しいカレーが食べたかったらうちのお店に是非どうぞ」
「宣伝かよ!」
売り上げに貢献する機会は逃しませんとも。
◆ ◆ ◆
「……あの、綾里さん」
お風呂の後。
ちょっと涼もうかなと出てみたら、意外な人に呼び止められた。
デクくん。
言わずと知れた原作主人公。平和の象徴・オールマイトから“個性”
話したことは殆どないけど、彼の動向は目で追ってた。一方的に良く知っている相手。
山の方から来たところを見ると、さっきまで洸汰君と会ってたのかも。
「どうしたの、緑谷くん」
微笑んで首を傾げると、デクくんはちょっとだけ躊躇してから言ってきた。
「その、少しだけ話せないかな?」
「うん、いいよ」
特に断る理由もない。
自販機でフルーツ牛乳を買って、宿舎の裏手あたりに腰を下ろした。
座ってしばらく、デクくんは口を開かなかった。女の子と二人っきりで緊張してるってわけでもないと思うけど……。
「話って、なに?」
「あ、うん……」
頷いた彼は、なおも言葉を選ぶようにして、
「初日に森を抜けた時、一人だけ時間内にゴールした……って聞いたんだ」
「ああ」
なるほど、その話か。
「びっくりするよね。一人だけ呑気にお弁当食べてたら」
「うん、それもびっくりしたけど……。お昼ご飯の後、虎と格闘してたって」
「うん、してたよ」
嘘ついてもすぐバレるだろう。
「……っ」
「緑谷くん?」
「体力テストの時、綾里さんは最下位だった」
デクくんは私の上。
十八位の透ちゃんは手加減してたから、私と彼はダントツで低成績だったことになる。
「戦闘訓練でも機転は利いてたけど、戦いになったらやられてた。でも、体育祭では切島君に勝った。期末試験でもミッドナイトを相手に立ち向かったって」
「………」
「どうやって強くなったのか、教えてくれないかな……!?」
こっちを向いたデクくんの顔は真剣だった。
――彼も自分の無力に喘いでいる。
オールマイトの後継者に選ばれ、力を受け継いだのに使いこなせていない。
必死に努力した。
何度もブレイクスルーを経験し、その度に成長しているけど、時代の流れが、
人一倍努力しても全然足りない。
もっと早く強くなりたいのに、できることがない。
強くなる方法を求めている。
でも。
「強くなりたかったら鍛えるしかないよ」
「っ」
「私も特別なことはしてないんだよ。技術を磨いて、身体を鍛えて、“個性”を鍛えただけ」
透ちゃんやトガちゃんに教えを乞うことができたのは幸運だったし、そのお陰で修得できたものもたくさんあるけど、それは教えられない。
それに、デクくんにはもっと凄い師匠がいる。
「普通のやり方で――そんなに、強くなれるものなのか……?」
普通、か。
「“個性”持ちに『普通の訓練方法』なんてないんじゃないかな」
「え……!?」
私は立ち上がって地面に五本の指を置く。
「綾里さん」
「見てて」
手のひらはつけず、指先だけを触れさせながら逆立ちの要領で――ううん、もっと強引で乱暴に、指へ全体重を乗せて、
「っ!?」
逆立ちできたのは一瞬。
負荷をかけられた指が折れ、私の身体はどさりと倒れた。
「ちょっ、何を……!?」
「こんな風にいじめてあげるとね、私の身体はちょっと丈夫になって治るの」
もちろん痛い。
何度も何度も。治る度にすぐ同じことを繰り返していると、なんでこんなことしているのかわからなくなって、よくわからないけど怖くなって、死にそうなくらい辛くなる。
「これが私の“個性”を訓練する方法なんだけど、緑谷くんにはできないでしょ?」
笑いかけると、デクくんは化け物でも見るような目で私を見た。
私は苦笑する。
「自分で治せないのに大怪我しちゃう人も、怖いと思うよ」
「あ……」
はっとするデクくん。
「私と緑谷くんの“個性”が一緒にあったらいいんだけどね。過剰なパワーで身体を壊して、その度に治って。普通の何倍ものスピードで強くなれそう。でも、
でも、オールマイトに選ばれたのはデクくんであって私じゃない。
彼自身が証明しなくちゃいけない。
自分こそが後継者だ、って。
「……そうだね」
ぐっ、と、拳を握るデクくん。
「僕と綾里さんは違う。僕には僕の方法が必要なんだ」
「オールマイトと緑谷くんも違うよ」
「え……?」
「憧れてそうだったから。“個性”も似てるしね。でも、別のスタイルがあってもいいんだよ。もちろん、同じスタイルを目指してもいいけど、途中の道筋が違ってもいいと思う」
アプローチの仕方を一つに限定するのはまだ早い。
なんて、私は単に
「困ったら誰かに聞いてみてもいいんじゃないかな? オールマイトとか、後はそう、緑谷くんが職場体験したプロヒーローさんとか」
「聞いてみる、か……」
呟いて、デクくんは何かを考えるように星空を見上げた後、立ち上がった。
「ありがとう綾里さん。参考になったよ」
「ううん。大して役に立てなくてごめんね」
「そんなことないよ。それじゃあ、お休み」
「おやすみなさい」
私は、デクくんが戻ってから少し間を置いて宿舎に戻った。
しばらく女子のみんなと談笑して、私服のまま布団に入って、宿舎が静かになったのを見計ってトガちゃんに会いに行く。
――原作での襲撃は三日目の夜だった。
もし、合宿場所を雄英にしてもなお襲撃が防げないというのなら。
大きな流れを変えることはできない。
私に原作は変えられない、と、諦めるしかないのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「……合宿場所は雄英地下、か。随分警戒されたもんだ」
某所。
バーテンさえいない寂れたバーの中で、敵連合首魁――死柄木弔は呟くように言った。
「だが、まぁいい……。雄英の敷地内なら黒霧の“個性”で一発だ」
黒霧のワープゲートは座標指定型。
USJに出現できた通り、雄英の座標は既に記憶済みのため、単に高さ座標をいじるだけでいい。これが行ったことのない場所――例えばどこかの山中などであれば、手勢の誰かを実際に行かせ、詳しい座標を把握する必要があるが。
暗に「決行」を告げる死柄木に、黒霧が忠告する。
「死柄木弔……。今回のこれはおそらく罠かと」
「ああ……だが、危険なのは向こうも同じだ。俺達はただ、奴らの懐で暴れてやりゃあいい。それだけで雄英は滅茶苦茶になり、権威は失墜する」
壊れた設備は直せばいい。
だが、マスコミというのは厄介なもので、壊れたという事実を面白おかしく報道してくれる。人的被害がなかろうと設備を修復できようと、民衆の目には「トップ校が敵の襲撃を許した」という風に映る。
「……教師どもが手こずればオールマイトが出てくるかもしれないしな……」
「それは……その通りですが」
「大丈夫だ。目的さえ達したらずらかればいい」
彼らの目的。
今回は一人の生徒と一人のプロヒーローの拉致を目指す。小さいと思えるかもしれないが、これでもヒーローの信用を落とし、雄英の伝統に泥を塗るのに十分だ。
プロヒーローの方は死柄木の『先生』からの頼み。
そして生徒の方は死柄木個人の興味――だったのだが、どういうわけか『先生』も彼女に興味を持っている。明言はしなかったが、どっちかというとこっちを連れてきて欲しそうに見えるくらいだ。
というわけで、襲撃は必須。
死柄木が止まらないと悟った黒霧は溜め息と共に尋ねてくる。
「……狙うのはプロヒーロー・ラグドールと」
「綾里永遠。この賢しらなチビガキだ」
ひらり、と。
死柄木の投げた写真が宙を舞い、床に落ちる。
写真の中では、とても高校生には見えない幼い姿の少女が一人、笑顔を浮かべていた。