来たる合宿三日目。
今日も朝五時半に集合した私達は、昨日と同じように“個性”訓練を命じられた。
「でもでも、ムチの後にはアメも用意されてるよ」
「今日の晩御飯はバーベキューだにゃん」
「「マジか!」」
バーベキュー……? そんなイベントあったっけ?
私が首を傾げていると相澤先生が補足するように、
「当初は肝試しの予定だったんだが、迷子になられても面倒だからな」
「全然イイっす! ビバ・バーベキュー!」
なるほど、肝試し中に襲われると回収が大変だからか。
一か所に集まる分、包囲される危険と乱戦の危険があるけど、ラグドールや爆豪をこっそり誘拐されるよりはいい。
膠着状態を作れば応援を期待できる、っていうのもあると思う。
――来ないで欲しいけど。
同時に、ここで終わらせて欲しいという思いもある。
死柄木も参加しての総力戦、オールマイトが参戦し、
でも、それを望んでいいのか、悪いのか。
◆ ◆ ◆
「肉だーーー!!」
宿舎前の広場にはバーベキュー用のコンロ+鉄板or網のセットが複数設置され、カット済みの食材がどかっと用意されていた。
豚肉、鶏肉、牛肉はもちろん、エビやホタテなどの魚介類、手頃な大きさにカットされたとうもろこしや玉ねぎ、
にんじん、ピーマンなどなど食材は豊富。勝手に串に刺して焼け、という豪快な仕様だ。
「白米もある……!」
食堂のランチラッシュさんに畏敬の念を抱いているお茶子ちゃんは白いご飯に歓声を上げている。
付け加えると、ご飯だけじゃなくて焼きそばも用意されてる。至れり尽くせりだ。
「さーじゃんじゃん焼いてドンドン食べな! 食材はたっぷりあるけど売り切れ御免!」
「なら高い奴からだ!」
「はしたないですわよ皆さん。こういった催しは仲良く優雅にするべきです」
「って言いながら八百万さん、牛肉ばっかり取ってるんだけど……」
私も負けじと食材を確保する。
お肉も美味しいけど、玉ねぎとか焼きとうもろこしも美味しいんだよね……。あとシイタケは網で焼いてしょうゆを垂らすと絶品。
さっさと焼いてお腹に詰め込む。最初に用意した分がなくなったら、また串を作って焼く。自分の串が他の子に取られたりもするけど、それはもうお互い様、持ちつ持たれつな感じだ。
三度目の串を持って鉄板へ移動しようとしていた時、視界に小さな影が入った。
私が小さいと認識できるのは子供しかいない。つまり、洸汰君だ。
「食べてる?」
「……話しかけてくんなよ」
「ご飯は美味しく食べないと損だよ」
深く干渉するつもりはないけど、つい話しかけてしまった。
返って来たのは案の状、冷たい反応。
「ヘラヘラ笑いやがって。頭おかしいんじゃねぇの?」
「ヒーロー、嫌い?」
「……嫌いだよ。目立って、人の何倍も働いて、そんで死にやがって」
「人の代わりに傷つくのがヒーローだからね。私は凄いと思う。人にできないことをしてるんだもん」
「……はっ」
洸汰君は息を吐きだすと私から顔を背けた。
歩いていこうとする彼を私は見送る。
――何もなければ、そのまま別れられるはずだった。
だけどその瞬間、私達の頭の中に声が響いたのだ。
『緊急事態発生! 教員以外は全員、宿舎の中に避難して!』
マンダレイの“個性”による念話だ。
私は食材の載ったお皿を放り出すと、洸汰君の腕を掴んで引っ張った。小さな身体を抱きかかえ、宿舎に向けて走り出す。
「な、何だよ!?」
「聞こえた通りだよ!」
敵連合が攻めて来たのだ。
◆ ◆ ◆
「全員聞こえたな。バーベキューは中断。宿舎に入って待機しろ。非常時は各自判断で防衛。いいか、守りに徹しろ……!」
相澤は可能な限りの大声で告げた。
「先生! 何があったんですか……!?」
「黙れ。口論している暇はない。USJの件を忘れたのか」
そこまで言えば全員に伝わった。
特にA組は直接経験しているだけに理解が早い。綾里永遠がいち早く駆け出していることもあり、かなり迅速に避難していく。
内心で「よし」と軽く安堵する。
肝試しを中止したのは正解だった。広場から出ている者がいないので、避難は迅速に完了するだろう。
――現段階では敵が来たと決まっていない。
相澤を含めた合宿担当者は、このスペース全体に張り巡らされたセンサーから随時情報を受け取っている。
先程、マンダレイが緊急事態を宣言したのは、各種センサーのうちの一つが機能停止したからだ。単なる障害の可能性もある。
が、十中八九、敵だろうと相澤は思い、そしてその予想は正解だった。
センサーからの情報が次々に途絶える。
伝わってきた僅かな情報からわかったのは、敵が出現した方向。
北。
地上との連絡用エレベーターがある方向だ。
「イレイザー! 森の方でガスが発生してる!」
「宿舎側が高台になっている。当面は問題ない。……セメントス」
「ええ。壁を作ります」
広場の外周百八十度をカバーするように、人の身長ほどのコンクリ壁が形成。
向こうから乗り越えるのは一苦労だが、高台にあるため視界は通る。ついでに毒ガスを遮る効果も期待できるだろう。
永遠から敵構成員の予想は聞いている。
毒ガス使いの存在もわかっていたため、ある程度の対策はしてあった。
少数で多数を相手にする方策も、だ。
――敵の出現位置も幸いだった。
初手で広場を襲われていれば混乱は避けられなかっただろう。
だが、
「遠目の位置に出てきたのは本当にタダのミスか?」
「どうでしょうね。ここの地形図が入手できなかったせい、と思いたいところですが」
合宿フィールドの地形図は警察にさえ渡していない。
急ピッチかつ秘密裏の作業だったため、詳しいものを作る暇がなかった。細かいデザインをセメントスとプッシーキャッツに一任したせいもある。
侵入者を感知するセンサーもあるため、単に下調べができなかった可能性は十分あるが、
まあ、考えてもわからない。
まずは動くことにする。
「ブラド、ピクシーボブ、セメントス、しばらく任せる」
「応!」
狙われる可能性が高いラグドールの他、マンダレイ、虎と共に生徒達の背中を追いかける。
宿舎に入り、生徒の収容を確認した後、広い食堂に集めた。
「先生……」
「敵の襲撃だ。安心しろ、最悪そうなることも想定して準備はしてある。しばらく持ちこたえれば応援も来る」
ほっとした表情になる生徒達。
永遠は。洸汰を腕を抱きしめたまま室内にいた。視線をやると「わかっている」とでもいうように頷く。
「虎」
「うむ。屋内は引き受けよう」
虎を食堂に残し、三人で階段を上がる。
向かったのは屋上。
そこからなら全周囲が見渡せる。視線がキーとなる相澤やラグドールにはもってこいの場所だ。迅速な対応のため、司令塔となるマンダレイにも来てもらった。
到着して状況を確認すると――。
「……これは」
「結構まずいかも」
セメントスの作った壁が一部壊されている。
打撃で穿ったような穴からして、パワー系の“個性”持ちの仕業だろう。穴の向こうに覗く姿は隻眼の男。
「ラグドール」
「『血狂い』マスキュラーだにゃん」
「やはりか」
壁の破壊に対し、セメントスは新しい壁を立てる。
二度目の打撃。
作ったばかりの壁が壊され、マスキュラーが嗤う。だが、立てて壊しての繰り返しなら時間は稼げ――。
「上!」
ラグドールが叫んだ。
見上げる。空中。
「死刑囚ムーンフィッシュ。もう一人は知らない奴。弱点は――」
『マスキュラーは隻眼のため視界が限られる。また、パワー型のため遠距離攻撃が有効。口から剣を出す奴はムーンフィッシュ。“個性”は――」
ラグドールが“サーチ”した結果を次々と口にし、マンダレイが“テレパス”で教師陣に伝達していく。
情報は力だ。
特に“個性”持ち同士の戦いにおいては、相手が何をしてくるか知ることが勝利への近道となる。散開して各個撃破となっていたら使えなかった作戦だ。
――綾里永遠様々だな。
トカゲ、否、ヤモリの方はスピナーだろう。彼を打ち上げたのは『磁力』の“個性”を持つマグネと思われる。いずれも永遠からの情報にあった敵だ。
今のところ全くの未知の敵は現れていない。
壁を越えてくる奴が複数いるのは厄介だが、待ち時間の間にピクシーボブが
今のところ状況は優勢か。
いや、待て。
「ラグドール。
「っ。全員、大きなダメージに弱いにゃん!」
やはりか。相澤は舌打ちする。
トゥワイス――『二倍』の“個性”の産物だ。データを詳細に取る必要がある代わり、対象を“個性”まで含めてまるまる複製することができる。
作られた複製は耐久性に難がある以外、完全に複製元と同じであり、つまり、仲間をコピーする限りにおいて、トゥワイスの“個性”は無類の強さを発揮する。
『ピクシーボブ、ブラド、セメントス! そいつらは分身の可能性が高い! おそらく陽動!』
マンダレイが念話を送る間に背後を振り返る。
宿舎の裏手には山がある。
その山肌は遠目にしか見ることができないが――居た。複数の影。おそらくはこちらが本命、というか
「……挟み撃ちとはな……!」
策を弄してくるのはこちらだけではない、ということか。
ここにトガヒミコの『変身』が加わっていたと思うと恐ろしい。彼女は敵連合との接触前に拘束したため、戦力として数える必要がないが。
――いや。
待て。
あのトガヒミコが偽物だったら? 偽物でなくとも永遠の予言が一部誤っていて、既に敵連合と組んでいたら? そもそも永遠自身が敵連合の間者で、このタイミングを狙っていたとしたら?
ぞくりとした。
そんなわけがない。理性で否定しても、悪い想像は一向に、頭の端から消えてはくれなかった。
◆ ◆ ◆
トガヒミコは窓のない部屋で独り拘束されていた。
一人ではない。
部屋の中にも外にも監視が付いているし、室内の様子は全て撮影されている。
だが独りだ。
ここには彼女を肯定してくれる人間はいない。
快適ではある。
捕まる危険を冒して財布を奪わなくとも、三食ご飯が食べられる。
身動き一つ取れないが殺される心配もない。
捜査だの尋問だのが終わった後、死刑になる可能性はあるが――少なくともそれまでは、警察の方が守ってくれる。
ただ、
――永遠ちゃん、早く来ないかなあ。
彼女の今の楽しみは綾里永遠という少女だった。
出会ったのは偶然。
美味しそうな血の匂いがしたから声をかけた。ひとしきり
自分を傷つけてもいい。
代わりに他の人間を殺すなと言い、その通りにした。
刺しても切っても耐えた。
傷が癒えるのが早く、多少の怪我ではびくともしなかった。
この子なら、殺しても死なないかもしれない。
それは、トガにとって新鮮な経験だった。
――好きな人を殺したい。
友情にしろ愛情にしろ、それがトガのアイデンティティ。
好きな人を殺す時ほど興奮するが、そこには一つの矛盾がつき纏う。
殺した人はいなくなってしまう。
殺すのはその過程、相手が傷つき、命が失われていく様子が好きだからであって、永久の喪失、それ自体が望みではない。
だから。
何度も殺せる相手というのは、トガにとって、一つの究極的な宝物だった。
ちょっと注文が多いことと、普通に暮らしているせいで構ってくれる時間が少ないことが難点だが、永遠が会いに来てくれる限りは我慢できる。
来てくれなくなったら、とっととこんなところ抜け出して元の生活に戻る――いや、永遠をさらって、死ぬまで二人だけで暮らそう。
永遠が死ぬわけがない。
だから、彼女が来なくなったとしたら、きっと、それ以外の理由で来られなくなった時だ。
『トガちゃん、元気にしてた?』
あの声、笑顔が待ち遠しい。
時計が無く、太陽の光も入らない地下室では時間の感覚も乏しい。
明日も来ると言っていたので、多くとも三食食べたら会いに来てくれると思うのだが。
どさり。
「……?」
聞きなれない音に、トガは視線を向ける。
見れば、監視の警察官が倒れていた。
どうして?
具合でも悪いのだろうか。だとしたら誰か呼んだ方がいいのか。いや、監視されてるんだからすぐに誰か来るか。
というか。
倒れた警官の傍に立つ、この男は誰だろう。
「よう、トガヒミコ」
そいつは口元に笑みを浮かべて言った。
「解放してやる。代わりに暴れろ」
彼が死柄木弔という名前だと、トガは後から知ることになった。