死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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合宿5

 (ヴィラン)連合の攻撃は予想以上に激しいものだった。

 

(やはり消えないか)

 

 二倍の戦力による挟み撃ち。

 相澤は真っ先に、敵達への『抹消』を試みた。結果、視界内にいる二人のマスキュラーを含め、視ただけで消失する者はいなかった。

 予想通りの結果ではあった。

 『抹消』は相手の“個性”自体を消すわけではない。“個性”因子を一時停止して使えなくするだけなので、作成物を消すことはできない。

 作ったトゥワイス当人を視られれば違うかもしれないが。

 

(維持の必要がない“個性”ならそれも無駄だ)

 

 見える範囲にトゥワイスはいない。

 隠れているのだろう。

 のこのこ出てくるようなら真っ先に捕縛するなり気絶させるなりするのだが。

 

「ラグドール。向こうは本物か?」

「ん……うん、本物ね。隠れて量産し続けられるよりは良かったかしら」

「どうかな」

 

 コピーは耐久性に難があるらしい。

 雑魚はいくらいても雑魚、となるのを警戒したのかもしれない。

 

(あながち間違いでもないだろう)

 

 こちらとしては逆に、いかにして本体を打倒するか。

 

「視える範囲にガス使いは?」

「無し」

「コピーが潜んでる可能性も伝達しておく」

「頼む」

 

 さて。

 セメントスの壁とピクシーボブの魔獣だけで手が足りるか。

 数十はいる魔獣の半数が裏への移動を始めているが、

 

(無理だな)

 

 即座に判断し、打って出ることにする。

 

「俺は本命を迎撃する。マンダレイ、戦況が悪いと判断したら生徒達に戦闘を許可しろ。俺の名前を出していい」

「了解。気をつけて」

 

 山側に見えるのは五名。

 捕縛布をロープ代わりに下へ降りつつ、近づいてくる彼らを睨む。

 最も速いのはやはり『血狂い』マスキュラーだった。

 

 

  ◆   ◆   ◆ 

 

 

「クソうぜぇ! 敵なんざとっととぶっ殺しゃいいだろが!」

「落ち着きたまえ爆豪君! ここは先生方に任せるべきだ!」

「うるせえクソメガネ! 敵倒さねえで何がヒーローだ!」

 

 食堂内の空気はかなり悪かった。

 無理もない。みんな不安と緊張でピリピリしている。

 私が(無理やり)抱きしめている洸汰君なんか小さく震えている。

 きちんと指示を出されたことと、虎さんが腕組みして威厳を保っているお陰で騒ぎにこそなっていなかったけど――。

 

 爆豪。

 

 良い意味でも悪い意味でも怖いもの知らずの天才肌が、空気を読まずに持論をぶっぱなす。

 

「ならぬ。ここは我達に任せよ」

「突っ立ってるだけの癖に偉そうだな化け猫! ならとっとと敵の一人も殴りに行けや!」

 

 虎さんが諫めようとしてもこの有様。

 気持ちはわかる。

 わかるけど、この状況でそんなこと言いだされたら――。

 

「そうだ。USJの時だって危なかったんじゃねえか」

「手の奴とか霧の奴みたいなのが来てんなら戦力が要る」

 

 ほら。

 切島君や鉄哲君など、頭に血が上りやすい面子が同調し始めた。

 待つより動く方がえてして気楽なもの。

 三人もの生徒が危険なポジティブ思考を口にしたことで、全体の空気が弛緩。特にA組。一度経験してしまっているだけに「自分達も戦えばいい」というムードが高まっていく。

 

「どけ」

「ならぬ」

「どけ。力づくで通れってんなら通るぞ」

 

 出て行こうとした爆豪が虎に阻まれる。

 体操着だったので腕のプロテクターはないけど、手のひらを持ち上げて虎を威嚇する。

 血走った目。

 にやりと笑う口元からして、本気だ。

 

「もう一度だけ言ってやる。さっさとそこから――」

「うるさい黙れこの馬鹿」

「……あ?」

 

 止まった。

 ツンツン頭が私を振り返る。

 

「なんつった? このクソチビィ!」

「黙れって言ったんだよ」

「綾里君! 君まで喧嘩を始めてどうするんだ!」

「ごめんね、飯田君」

 

 洸汰君を離して遠ざけながら爆豪を睨み返した。

 飯田君や他の皆には本当に申し訳ない。

 でも、私だって止まれない。黙ってられない。

 

「いいからここにいてよ。じゃないと先生方の邪魔になるの」

「は?」

「私達が怪我でもしたら、先生方が怒られるの。敵を倒しても怒られるんだよ」

「怒られるのが怖いから何もできませんって? ガキかよ」

「そうだね、おかしいよね。……でも、ルールを守らないと、学校だってやっていけない。事務所の人気も落ちる。生徒も仕事もいなくなったら、雄英もヒーローも意味がなくなる」

 

 はっ、と鼻で笑われた。

 

「何もできねぇ癖に口だけは一人前かよ」

「そうだよ。私には何もできない」

 

 私は何もできない子供だ。

 トップのヒーロー校に合格したって、戦闘技術を身に着けていたって、人より頑丈な身体があったって、原作知識があったって、自己責任で戦うことさえできない。

 他の誰かが傷つくくらいなら、私が傷つく方がずっといいのに。

 

 なんで、「ヒーローが職業」なんていう社会を真面目に構築してしまったのか。

 

 現代社会でヒーローやる場合、正体不明ってことにして「細かいことはいいんだよ!」で流すのが普通。だって、そうしないとマスコミだの警察だの壊した建物の修繕費だので面倒なことになるからだ。

 そう、面倒すぎる。

 

 なんで、平和を願う人が悪と戦うのに、民衆の顔を窺わないといけないのか。

 

 でも。

 納得してないからってルール違反はできない。

 ヒーローになりたいのなら、決められたルールにのっとって資格を得るしかない。

 

「あなたが困るんじゃない。あなた以外の人が困る。……ここまで言ってわからないなら、好きにすれば。ただし、敵を倒して落ち着いたあと、退学になっても私は知らない」

「………」

 

 鋭い視線が突き刺さる。

 正面から睨み返した。

 永遠のように長い十数秒が過ぎて、

 

「……納得したわけじゃねぇぞ」

「……ありがとう」

「っるせえ! 納得してねぇって言ってんだろ殺すぞ!」

 

 猛獣のように吠えながら、爆豪は――渋々と、本気で不満そうにしながら、食堂の隅の方に座り込んだ。

 途端、あちこちから安堵の息が聞こえた。

 打って出たい子がいるように、大人しくしているべきだという子もいたのだ。私に向けられる視線は非難と感謝がだいたい半々。

 それでも、

 

「すまぬ」

「……いいえ」

 

 虎さんは小さく、でもはっきりと、私にそう言ってくれた。

 

 ――これで、釘を刺せたかな。

 

 多少でもいい。

 爆豪の無茶が収えられてくれるといい。ここで誘拐なんて本当に勘弁だ。

 でも。

 なんとか場を収められてほっとしている反面、私の胸はどうしようもない苦しさに襲われてもいた。

 

 ――本当は、誰よりも戦いたい癖に。

 

 そう。

 爆豪に言ったことは、私が私自身に言い聞かせていることだ。

 動いちゃいけない。

 動いたらみんなに迷惑がかかる。

 もし、そんなしがらみを全部、無視してしまっていいのなら。

 

 ――さっさと死柄木を殺しに行くのに。

 

 暗い気持ちを押し殺すように、私は適当なところに座って膝を抱えた。

 すると、隣に洸汰君が座って体育座りをする。

 

「………」

「なんだよ」

「ううん」

 

 首を振って微笑む。

 気分がちょっとだけ晴れた気がした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 外では戦いが続いている。

 刻一刻と変化する状況の中――雄英教師陣は『質』と『数』によってジリジリと押し込まれていた。

 

「はっはは! 多勢に無勢って感じだなあ! 先生!」

 

 正面側と裏口側。

 どちらの襲撃も、先鋒を務めたのは『血狂い』マスキュラー。

 『筋肉増強』というシンプルな“個性”を鍛えに鍛えた彼の身体は太く、硬い。利き腕である右腕などは筋繊維が増加しすぎて「筋肉の籠手」を纏っているような様相。そんな剛腕から繰り出される一撃は、オールマイトの(スマッシュ)を彷彿とさせるほどに強烈だ。

 腕を引き、思いきり殴りつける。

 たったそれだけで分厚いコンクリートの壁がいともあっさりと砕け、土くれの魔獣がただの土へと還されてしまう。

 

 過去にプロヒーローを複数殺害している強敵。

 彼の相手をすることになったのは、セメントスと相澤だった。

 セメントスはコンクリの壁でドームを作り、マスキュラーを閉じ込めにかかる。壊されれば壊された上から再度、壁を作って他の行動を起こさせない。相澤は『抹消』の“個性”を使いつつ、捕縛用の特殊な布で腕や足を絡め取ろうと狙い続ける。

 どちらも千日手、封殺と言っていい大健闘だが――ただ四肢を振るうだけのマスキュラーと、“個性”を行使し続ける相澤達。長引けば消耗するのは後者の方だ。

 マスキュラーにもそれはわかっている。

 

 加えて、敵連合の人員はマスキュラーだけではない。

 

 

「我こそはステインを継ぐ者・スピナー!」

 

 無数の刃物を寄せ集めて作った特異な剣を握るヤモリの異形型。

 武器までは複製できないのかコピーは単なる刀を握っていたが、いずれにせよ、生身の人間が喰らっていいものではない。

 若く、技術もまだまだ甘いが、勢いはある。

 ピクシーボブの魔獣――「プッシーキャッツ及び雄英教員以外で屋外にいる者を攻撃」するようプログラムされた土くれをフットワークでいなしつつ、その身体を削り取っていく。

 

 

「肉……肉……」

 

 不穏なフレーズをぶつぶつと呟く拘束衣の死刑囚・ムーンフィッシュ。

 口から生えた刃で走り、跳躍し、敵を切り裂くというホラーの怪人のような――ぶっちゃけ気持ち悪いスタイルの彼は、スピナーより更に速い。

 土くれの魔獣では追いつけず翻弄されるばかりで、逆にムーンフィッシュの刃は確実に魔獣を切り刻む。

 ピクシーボブが『土流』で牽制し、相澤が合間を見て“個性”を封じることでどうにか宿舎への移動を防ぐしかなかった。

 

 

「あら。アタシの相手もこのコたちなの? できればもっと可愛いコがいいんだけど」

 

 『磁力』使いマグネ。

 サングラスをかけた長髪の()()は、太い鉄棒を振り回して魔獣をいなしている。

 無生物かつ非金属では“個性”が働かないらしく目立った活躍はしていないが、油断なく周囲を睨み続けており、隙さえあれば横槍を入れてくることは間違いない。

 構っている暇がないが、放っておける相手でもない。

 

 

 ピクシーボブの魔獣が大活躍してくれているお陰でなんとか保っている――合宿でも生徒四十名を恐怖させた力は健在だ――ものの、苛烈な攻勢は止む気配がない。

 ひとまず手一杯になっていないB組担任・『操血』のブラドがスピナー、ムーンフィッシュのコピーを処理しようと向かうが、そこへ。

 

「凶暴なケダモノがあら不思議」

「!?」

 

 仮面を着けてシルクハットを被った道化師が、魔獣のうち一体の身体をごっそりと()()させつつ、ブラドへ迫った。

 彼の名はMr.コンプレス。

 生体だろうが物体だろうが『圧縮』して破壊、あるいは動きを封じる“個性”持ちであり、トリッキーな動きと相まって脅威度が高い。

 

 綾里永遠が相澤や校長に伝えた警戒ランクで言えば、マスキュラーとトゥワイスに並ぶレベル。

 まあ、ぶっちゃけた話をしてしまえば、合宿襲撃メンバーに「軽視していい敵」なんていうのは一人もいないのだが。

 

 合宿参加教員およびプッシーキャッツには、校長から「敵連合の予想メンバーリスト」が渡されている。

 接近されただけで腕でも足でももぎ取り放題のコンプレスを見たブラドはすぐさま前進を止め、後退しながらの射撃戦に移行する。

 警戒されていることにコンプレスは舌打ちするも――ブラドの加勢を封じた時点で、その戦果は十分すぎるものとなった。

 

 そして。

 魔獣とコンクリによるかりそめの拮抗が破れたのは、開戦から僅か数分後のことだった。

 

「作るペースより壊されるペースの方が早い……!」

 

 単純な話。

 魔獣のストックが枯渇し始めたからだ。ピクシーボブの“個性”操作は卓越しているが、それでも多数の魔獣を出しっぱなしにはしておけない。

 襲撃を感知してから開戦までの僅かな時間では十分な数が用意できなかった。

 表と裏。

 一撃で戦闘不能にしてくるような敵複数が相手ではさすがに分が悪い。

 

「あぁ……っ!」

 

 遂にスピナーが、マグネが、ムーンフィッシュが、自身に向かってくる最後の魔獣を倒した。

 形勢が、一気に傾く。

 

「いけるわ! 努力目標の方まで満たしちゃいましょう!」

「全員ぶっ殺しゃあ勝ちだ! やっちまえ! 生かしておくのは確保対象だけでいい」

 

 限界だった。

 相澤とセメントスは目いっぱいの働きをし続けている。ブラドの『操血』は応用が利く反面、使いすぎると体力をどんどん失ってしまう。ピクシーボブの『土流』は速い敵やパワフルな敵には効果が薄い。

 屋上から戦況を分析していたマンダレイが「もう無理」と判断したのは当然のことだった。

 

『一年ヒーロー科の生徒達に告ぐ! 教員の名において戦闘を許可する! 繰り返す! 戦闘を許可する!』

 

 だが。

 結果論で言えば――後一分、持ちこたえていれば、良かったのかもしれない。

 

 轟音。

 

 天井が割れ、()()()()複数の影が下りてくる。

 オールマイト以下、雄英教員達の到着だった。

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