雄英側の増援は決して遅れたわけではない。
彼らは、地下に設置したセンサーの一つが機能停止した段階ですぐに動きだした。
三日目の夜が最も危ないことは、校長が独自入手した機密情報によって判明していた。
そのため、合宿を監督していない教員達も大半が校舎に詰めていた。
彼らはすぐさま集合し、センサーが次々に沈黙している状況を把握。すぐさま救援に向かうことを決めた。
まず、移動用のエレベーターが動くかを確認。
案の定、沈黙していたため、校長は強行突入を承認。
地下のマップを元に、敵の予想侵入経路、教師陣の防衛方針から突入ルートを策定。最大のパワーを持つオールマイトが
ここまで五分もかかっていない。
もっと時間をかけていれば、より決定的な苦境が待ち受けていただろう。
むしろ、生徒が無事なうちに到着できたのだから、事前に立てたプランは十分に機能していたといえる。
誤算だったのは敵の攻撃の苛烈さ。
また、教員の多くが「本当に来るとは思っていなかった」――万全の防備に対する無意識の信頼が、ほんの僅かに行動を遅らせたのかもしれない。
結果的に、雄英側は「生徒を巻き込まない」という目標を達成できなかった。
オールマイトが穴を開けた時には生徒はもう立ち上がり、行動を開始してしまっていた。
一度火がついてしまったやんちゃ坊主に後から「やっぱナシ」と言ったところで、聞いてくれるはずがなかった。
◆ ◆ ◆
最も早く立ち上がったのは爆豪だった。
「よぉ、チビ。許可が出たなら文句ねぇよなあ?」
凄みのある笑みで聞いてくる彼に、私は「うん」と言うしかなかった。
「でも、気を付けて。私がさっき言ったことは忘れないで。あれが無くなったわけじゃない。くれぐれも怪我したり、敵に捕まったりしないように――」
「っせえ!」
「っ」
「ケンカの最中にンなこと気にしてられるか。……ただ」
爆豪は言葉を切って、言った。
「無傷で勝った方が格好いいよなぁ?」
「……ありがとう」
彼に続くようにして大勢の生徒が立ち上がった。
その中には切島君や鉄哲君、デクくんの姿もあった。
止められない。
教師名義で許可が出てしまった以上、私にはどうすることもできない。
この上、みんなを止めようとするのは利敵行為になりかねない。
――でも、これで私も戦える。
誰でもいい。
と。
思った直後、近くで落雷でもあったような轟音が、地下空間中に響き渡った。
「何だ!?」
「わかんねぇ! でも、敵がなんかしたのかも!」
「なら、とっとと先生達助けに行かねぇと!」
違う。
オールマイトが来たんだ――と、想像することができたのは、きっと私だけだったと思う。敵の構成を知っていなければ出てこない発想だから。
みんなはより勢いこんで、次々に立ち上がり、その場から飛び出していく。
虎さんも、もうみんなを止めなかった。
「各自、自己防衛を最優先にせよ」
言って、我先にと飛び出していったくらいだ。
きっと、仲間の様子が気になっていたんだと思う。
私は。
轟音に余計な思考を呼び覚まされたせいか、出遅れてしまった。
立ち上がったのは一番最後。
そして、立った途端、体操着の端を掴まれた。
洸汰君だ。
「……行くのか?」
「うん、行くよ」
微笑んで答える。
「誰かの代わりに傷つくのがヒーローだからね」
「っ。お前、自分で言ってただろ。怪我しちゃ駄目だって」
「うん。でも、私は自分で治せるから」
これもダブルスタンダードだけど。
「落ち着いた時点で無傷だったら、幾ら傷ついても平気だと思わない?」
「………」
返事は、なかった。
洸汰君は目を見開いて私を見て、掴んだままの体操着をぎゅっと引っ張ってきた。
「馬鹿じゃねえのかお前! 何で、自分から痛い目に遭いに行くんだよ!」
「私には、それくらいしかできないからだよ」
しゃがんで、ぽんぽん、と洸汰君の頭を叩く。
「君は隠れてて。台所の地下に食糧庫があるらしいから一緒に行こう。……って、ここがもう地下だけど」
「………」
洸汰君は何も言わなかった。
何も言わないまま涙を滲ませ、手を震わせていた。
私は彼を抱き上げて歩き出す。
と。
肩を誰かに叩かれた気がした。
振り返る。でも、そこには誰もいない。
なので私は独り言を言う。
「どさくさ紛れなら、敵が行動不能になったり気絶しても平気だよね」
「………」
くすりと、呼吸だけで誰かが笑った。
「なんだよ、今の」
「ん? うん、独り言だよ」
私はそう答えて、洸汰君を食糧庫に連れて行き、笑顔で手を振ってから入り口を閉ざした。
さあ。
「……行こう」
思考を戦闘用に切り替えて、一歩を踏み出し、
「永遠ちゃん」
意識の外から呼びかけられた。
反射的に飛びのきながら振り返ると、私のよく知っている子がそこにいた。
イカ饅頭みたいなお団子を左右にくっつけた、制服風コーデの美少女。
一見、小動物系のゆるふわ女子だけど、編み物でもするみたいに人の身体を刺したり、切ったりできちゃう変わった子。
「……トガちゃん?」
名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうな顔をする。
「はい」
「え。いや、はいじゃなくて……」
混乱する。
当たり前のような顔でいきなり現れて、そのくせ悪びれた様子もない。
色々気になるところはあるけど――。
「どうしてここに? 警察の人達は?」
「みんな倒れちゃったの。私は永遠ちゃんが心配だったから」
「倒れたって、応急処置とかは……してないよね」
拘束施設にも連合が行ったってこと?
あそこにトガちゃんがいるのを知ってるのは警察関係者――ってことはやっぱり塚内警部が内通者? いや、今はそんなことより誰かに知らせないと。
ただでさえ連合が来てて、教員は合宿所の方に集中してる。
こんなタイミングで校舎の方まで狙われたら。
――こんな、タイミングで?
待った。
何かが引っかかる。
連合はなんでわざわざトガちゃんを? 雄英が預かっている犯罪者が逃げれば失態にはなるけど、もっと大事な作戦中に戦力を割く必要があるだろうか。
もちろん、ないとは言い切れないけど、
敵連合。
トガヒミコ。
この二つのフレーズに、どうしても危機感を覚えてしまう。
私は顔を上げて、
「ねえ、トガちゃ――」
「良かったぁ」
胸に、鋭い痛み。
ナイフ。
刺された。誰に? トガちゃんに。全然気づかなかった。私が教えを請うた「気配を消して動く方法」の本家本元。
痛い。
苦しい。
心臓をかすめるような位置。ナイフが引き抜かれた途端、血がどばどば溢れ出す。私でも楽観はできない傷だ。
「……どう、して?」
「ごめんね、永遠ちゃん」
私は、仰向けになるようにして床に倒れる。
傷口を上にした方が出血は少なくなる。少しでも早く傷を塞いで、エネルギーの消耗を抑えないと。
本当は攻撃するべきなのかもしれないけど。
どうしても、そうする気にはなれなかった。
トガちゃんの真意を確かめるまでは。
「手の人と約束したのです」
「やくそく……?」
死柄木弔。
原作で作戦に参加していなかった彼なら手は空いている。手だけに。
「はい。永遠ちゃんには手を出さないって。もし、本当に永遠ちゃんが無事だったら、協力するって」
「協力」
「永遠ちゃんをひとりじめさせてくれるんだって」
「っ!?」
トガちゃんは。
可愛くて、綺麗で、色っぽくて、それでいてどこか恐ろしい、満面の笑顔を浮かべていた。
一般人にはできない。
常識を身に着けてしまうと邪魔されてできなくなる、心のままの表情。
「だから、ごめんね永遠ちゃん」
「トガ、ちゃん」
駄目だよ。
身を起こそうとする。彼女を拘束するために。
でも、その前に右足を刺された。
息が詰まる。思考が止まる。続けて左足。致命傷じゃない。私なら、時間さえあれば治る。
でも。
「大人しくしてられなかったの。でも、約束は破ってないよ。永遠ちゃん以外は傷つけてないのです」
「あ、あはは……」
守ってくれたのが嬉しいけど……。
まずい、意識が遠くなってきた。
「だめ。トガちゃん、だめだよ」
「? どうして駄目なんです? 永遠ちゃんが無事ならそれが一番だよ」
現在進行形で出血中なんだけど……!
って、それはまあ、トガちゃん的にはいいんだろう。私的にもなんかこう、やられ慣れた相手なのと、手際が異様にいいせいで危機感はそこまでない。
トガちゃんは私を殺さない、って信じちゃってる。
「大丈夫。永遠ちゃんは私が守ってあげる」
と。
自ら私を刺し、血を流させながら、トガちゃんは慈愛の籠もった声で言うのだった。
◆ ◆ ◆
「……派手にやられたもんだね」
地上にて。
地面に開いた――開けられた大穴を見下ろし、雄英校長の根津は呟いた。
「申し訳ありません」
一人の男が傍らに立ち、ぼそぼそと言う。
A組担任、イレイザー・ヘッドこと相澤だ。
「生徒達は?」
「全員、家に帰しました」
「そうか。ありがとう」
「……いえ」
相澤の表情は優れない。
元から顔色は悪いし、戦いの疲れもあるが、それだけが原因ではないだろう。根津とて似たような顔をしているはずだ。ネズミの表情は人には読みにくいだろうが。
――戦いは終わった。
夜は明けかけており、もうしばらくしたらマスコミが大勢押し寄せてくる。
今回の件の経緯と結末、今後の対応、諸々を含めて説明しなければならない。
今回の襲撃において、雄英側は一定の成果を挙げた。
合宿スタッフ、および応援に出た教師によって連合のメンバーは捕縛あるいは撃退。特にオールマイトの活躍は目覚ましく、敵の主力であったマスキュラーを一蹴、大量逮捕の流れを形成してくれた。
教師は何名か負傷したものの、生徒に
逃がした敵についてもプッシーキャッツの一人、ラグドールが視認しており、彼女の『サーチ』によって追跡が可能である。
トップ校およびプロヒーローとしての意地を示したといえる。
ただし、敷地に大きな穴を開け、地下を損壊。
警察の要請を受けて保護していた未成年の犯罪者一名を取り逃がした上、合宿に参加していた生徒の一人――A組所属の綾里永遠が行方不明になっている。
こちらもラグドールの『サーチ』により居場所は判明しているが、それは敵連合の逃亡メンバーと同位置。
つまり、永遠は敵によって誘拐されたものとみられる。
一人誘拐されておいて「生徒は無事です」などと言えるはずがない。
別の敵に逃げられました、では敵連合撃退を誇れるわけがない。
会見ではそのあたりを徹底的に責められるだろう。
「……敵の狙いはなんだったんだろうね」
半ば独り言だったが、返答があった。
「結果から見れば、我々への嫌がらせ、及び綾里永遠の誘拐かと」
「そうだね」
永遠が狙われることは予想外だった。
いや、可能性があることは承知していたが、このタイミングで狙われるとは思わなかった……と言った方が正確か。
確かにあの少女には価値がある。
死柄木弔が接触してきた前例もある。
だが、永遠の価値が真に理解されているとは考えづらい。
あるいは。
「我々が予言者から見放されたのかな?」
「……目を付けられたのは“個性”の方かもしれません」
弱気な発言を相澤はスルーし、別のことを言った。
「あの“個性”かい?」
確かに、オール・フォー・ワンの存在がある以上、“個性”を奪われる可能性は常に想定しなければならない。
しかし、それこそ「そこまでする価値があるか?」だ。
「彼女の“個性”は単に頑丈になるものじゃありません。私はそれを間近で見てきました」
「利用価値がある、と?」
根津にも思い当たるところはある。
ミッドナイトの眠り香に抵抗してみせたこと。入試から体育祭、トガヒミコの一件と進むにつれ、だんだんと「治癒能力が高まっている」こと。
高い耐久性能に異物耐性、更に治癒を続けることによって身体能力さえ向上していく。
オール・フォー・ワンはオールマイトに酷い手傷を負わされたという。
永遠の予言では既に『超再生』なる“個性”を手にしているというが――更なる治療に用いるつもりなのだろうか?
「……しぶとい、とはよく言ったものです」
「……なんにせよ、早急に助け出さないとね」
根津は思考を打ち切って言った。
「ええ、その通りです」
相澤もそれ以上、話を続けようとはしなかった。
少女によって振り回されて来た男達は、しばしの間、黙って大穴を見つめていた。