「……ここは」
目が覚めた途端、お酒と煙草の臭いがした。
顔を顰めつつ辺りを見回すと、どこかのバーのようだった。どことなく見覚えがあるのはコミックで見ていたせいだろう。
周りにいるのは手だらけ男に火傷男、黒い霧の男。
「永遠ちゃん、起きた?」
「トガちゃん」
私は椅子に座らされ、足をロープで拘束されている。
自分の足ごと椅子の足を折ることはできなくもなさそうだけど、最終手段にしたいところ。
後ろから覗き込んできたトガちゃんを見て、とりあえずほっとしておく。
トガちゃんがいなかったらこの空間、むさくるしすぎる。
「私、誘拐されたんですね?」
死柄木に尋ねる。
「あぁ。お前に用があったんでな」
「私、何を言われても寝返りませんよ?」
「脅し甲斐のない女だ」
くくっと低く笑い、死柄木は言った。
「とりあえずメシにしないか? ちょうど買い出しが戻ってくる頃だ」
「……食べたいですけど」
傷はもうすっかり治ってる。
代わりに、治癒に使ったエネルギーを身体が猛烈に求めている。
「でも、仲間に行かせたんですか? 一体誰に……」
「俺だよ! いや違う俺じゃない、別の奴だ!」
と、なんか無駄にハイテンションな男がバーの中に入ってきた。
似非スパイダーマンみたいな格好をした彼は――トゥワイス。悪用された場合の危険性で言えば
当人は人情味溢れる、ちょっと同情したくなる性格なんだけど、でも敵。犯罪者。自分を増やして集団犯罪とか平気でやっちゃう。
彼は両手に抱えていた幾つもの袋を、適当なテーブルにどさりと乗せ、私の前に移動させてくれる。
ハンバーガーにチキンに牛丼。
ファーストフードのオンパレード。
わざわざ色んな店を回ったのだと思うとシュール。というか、妙に量が多いけど……あれか、最初に言ったのと別のことを続けて言うせいで、全部注文として扱われたのか。
チーズバーガーセットとハンバーガー単品で五個! チキンバーガーセットとポテトLを五個! みたいな。
「ほら食え。毒なんて入ってない」
「そういう意味だとファーストフードは信用できますね」
敵の懐事情を心配してやる義理もない
適当に目についたのに手を伸ばして口に運ぶ。片手にチキン、片手にバーガーとか一回やってみたかったところだ。
うん、美味しい。
うちの店の料理にはもちろん全然敵わないけど、そうそうこの味、っていうのをどこでも食べられるのって安心するよね。
私の食べっぷりに触発されたのか、それとも単に腹ペコだったのか、死柄木やトガちゃんも手を出して食べ始める。
別にいいけど、それでも食べきれるかわからないし。
「話の続きだが」
顔に手をくっつけたままバーガーを貪る死柄木。
緊張感が無いにも程があるけど、私は思考をシリアスモードに切り替える。ただし、ご飯を食べる手は止めないまま。
「お前のことは調べさせてもらった」
「大したことは出てこなかったでしょう?」
「ああ」
またも笑う死柄木。
「異様なほど情報がなかった。五年ほど前、綾里家に拾われるまで、どこで何をしていたのかがわからない。お前が赤ん坊やガキだった頃を誰も知らなかった」
「私でさえろくに覚えてないので、それはそうじゃないですか?」
「そうだな」
やけにあっさり肯定される。
「その違和感はどうでもいいのさ。先生はむしろ、そこに注目していたが――」
「待って。そこのところ詳しく」
「俺が不思議なのはお前っていう人間なんだよ。綾里永遠」
死柄木が、食べ終わったバーガーの包みをくしゃっと潰す。
「――なあ。お前、人を殺せるやつだろう?」
「………」
何を言うかと思えばそんなことか。
くだらない。
私は鼻で笑って答える。
「人殺しなんて駄目に決まってるじゃないですか。人を殺すんですよ?」
「じゃあ、なんで人を殺しちゃ駄目なんだ?」
間髪入れずに死柄木は問い返してくる。
「……人の命は取り返しがつかないからです。償いようがないからです。自分がされたくないことを人にするべきじゃないからです」
「ふうん」
苛立ちながら答えれば、死柄木の返事は気のないもの。
「一体何が言いたいんですか?」
「可愛くない答えだなあ」
「っ!?」
「なあ、綾里永遠。こういう質問にはさ、大抵のやつはもっと可愛い答えを返すものなんだよ。例えば――可哀想だから、とか」
そこで言葉が切られて、
笑われる。
死柄木は、顔の大半が隠れていてもわかるような笑みを浮かべて、
「人を殺しちゃいけないのは、人を殺しちゃいけないからだ、とかな」
「……屁理屈です」
当たり前じゃ済まない人用に説明しただけだ。
「普通、なんで人を殺しちゃいけないか、なんて聞かれないんですよ」
「そうだな。だからお前の異常性がわからない」
「だから」
「お前は、必要なら人を殺せる。なにせ、
トガちゃんとの関係について言ってるんだろうか。
「死なないから我慢してるだけです」
「じゃあ、死なない程度なら他人も傷つけて問題ないか」
「時と場合によります」
「死ぬべき人間なら、殺してもいいってことだろ?」
「………」
話にならない。
私は死柄木を無視して食事に集中する。
美味しい。
でも、死柄木はぶつぶつと話し続ける。
「お前は『こっち側』に来られる奴だ。社会に、ヒーローに、憤りを覚えたことはないか? 絶望したことはないか? 恨みを覚えたことは?」
「うるさいなあ」
顔を上げ、怒りと悪意を叩きつける。
「私は犯罪者が嫌い。今の社会にどれだけ不満があっても、敵の方が嫌い。だから私は敵にならない。殺すとしてもあなた達だけを殺す」
「
「トガちゃんは戻って来ようとしてる。殺さないで我慢しようとしてくれてる。だから、トガちゃんのことは嫌いじゃない」
「情が移ったか」
死柄木は笑う。
楽しそうに。愉快そうに。心底どうでもよさそうに。
「なら、もっと大切なものと引き換えならどうだ?」
「……何を」
言ってるのか。
頭に思い浮かんだのは、お父さんお母さん、浩平の顔。
きっと心配してる。
私の帰りを待っててくれてる。
「家族で洋食屋を経営。兄の浩平は約一年前、敵に襲われて片腕を損傷、切断している。お前がヒーローを志したのはこの事件の後かららしいな」
「やめて」
「店の名前は『RYORI』。両親とは仲が良く、休日には今でも手伝いをすることがある。住所は――」
「やめてって言ってるでしょ!?」
叫んだ。
テーブルに手をつき、椅子ごと身体を持ち上げる。このままテーブルを下から蹴り上げれば、少しは痛い思いをさせられるはず――。
「やめないか、弔」
「っ!?」
硬直する。
腕から力が抜けて、椅子が、身体が元の位置に下りた。
いつの間にかバーにもう一人いた。
仰々しいマスクを被った男。
表情は全く見えない。
身体も筋骨隆々というわけではなく、特別な異形にも見えない。
なのに。
なのに、どうしようもなく彼が怖い。
同じ場所に居たくない。
居れば、一瞬の後に殺されるかもしれない。そんな気がする。
「……オール・フォー・ワン」
「その名前を知っているのか。やはり只者じゃないようだ。綾里、永遠君」
「先生」
「すまない、弔。彼女と話すのが待ちきれなくなってしまった。何しろ、数十年ぶりに会う“オリジン”だ」
“オリジン”。
それは原作コミックの各話タイトルにしばしば登場する単語だ。このフレーズがつけられた話では誰か一人、特定キャラクターの過去――原点が語られる。
でも。
彼が言ったのはそういう意味ではない。
「……何の話ですか?」
「ああ、すまない。“オリジン”というのは私が勝手に使っている呼称でね」
彼は。
オール・フォー・ワンは核心を告げる。
「第一世代。つまり原初の個性持ちということさ。私と同じくね」
「……私、高校一年生ですよ?」
いきなり何を言い出したのか。
私は笑って聞き流す。
「こう見えて私も“オリジン”なんだ」
「はあ」
「昔は“個性”に悩まされる人が今より多くてね。そんな人から“個性”を奪うことで救う活動をしていた」
「自分用の“個性”を選別しながら、要らないのを他の人に与えて手駒にしていたんですよね?」
「解釈の違いというやつだね」
さらっとスルーするオール・フォー・ワン。
「そんな私だから、色んな噂を聞き、色んな人と出会った。その中に、幼い娘を失った母親がいた」
「………」
「まあ、そんなのは珍しい話でもないんだが――問題は、彼女が奇妙なことを言っていたことなんだ。彼女は何て言ったと思う」
「知りません」
「『あなたと、もっと早く出会えていたら』」
幼い娘を失った母親。
もっと早くオール・フォー・ワンに出会っていたら、彼女は何を願ったというのか。
娘の喪失と関係があるとでもいうのか。
――気持ち悪い。
ご飯の味は何も変わっていないのに、それ以上、食べ進めることができなくなった。
オール・フォー・ワンは構わずに続ける。
「調べてみたところ、不審な点が見つかった。彼女の娘は死んだんじゃなく
「行方不明に見せかけて殺した、とでも言いたいんですか?」
「その通り」
淡々とした、教師然とした声の奥に、かすかな喜色があった。
「私は後日、母親を個人的に訪ねて話を聞いた。彼女は
「――何て、言ったんです?」
「娘を殺した。何をしても死んでくれないから、四肢を解体し、ぐちゃぐちゃにすり潰し、跡形もないほど殺し尽くして、庭に埋めた、と」
ああ、それは。
なんて、救われない話なんだろう。
「早くあなたに会っていれば、その子は死なずに済んだんでしょうか」
「そうだね。そして私は、得難い強力な“個性”を手に入れられていた。『超再生』。……いや」
オール・フォー・ワンの顔が私を向く。
マスク越しでも見つめられているのがわかる。
「『不老不死』」
「………」
私は答えない。
私は驚かない。
原作にはなかった物語。
でも、私の身体は知っている。
覚えている。
「おい。ちょっと待て、先生。まるでその話じゃこいつが――」
「そうだよ弔」
知らされていなかったのか。
死柄木も、他の連合メンバー達も驚愕する中、オール・フォー・ワンは言った。
「その少女の名前は『永遠』。つまり君だ、綾里永遠君」
「……何の証拠もありませんね」
「証拠ならあるさ」
「?」
「小学校、中学校の身体測定の結果。君の身長は
「最初は歳の割に発育が良かったんですけどね」
私は苦笑する。
「どういうわけか全然伸びないんですよ。この通り」
「……2ミリなんて誤差だ。測り方の差でしかねえ。しかも、上下しているだと?」
「そうだ。身長は変わっていない。自身に起こったあらゆる異常に抗い、正常に戻し、生命活動を維持する能力を持っている。彼女の身体は成長しない。できるのは進化と再構築だけだ」
「死ななかったってのか。すり潰されて、地面に埋められて」
「ああ。残念ながら、再構成するためのエネルギーがなかったせいだろう。
オール・フォー・ワンの推測は正しい。
そこまで真実に迫られていてはとぼけることもできない。
――まさか、私より私に詳しい人がいるとは。
この男がそうだったのは、ある意味、当たり前といえば当たり前なんだけど。
死柄木が溜息をついて頭を抱える。
「ちょっと待て。“オリジン”だと? 個性ってのは代ごとに強くなってるんじゃなかったのか?」
「基本的にはそうさ。ただ、個体単位ではそうとも限らない。
「あなたの“個性”のことですか? オール・フォー・ワン」
「君の“個性”のことさ。綾里永遠」
私達は見つめ合う。
「そんなに私の“個性”にご執心なら、奪ってしまえばいいのでは?」
「もうとっくに試したさ」
「え」
それは、なんだ、意外だった。
私は初めて目を丸くする。
――だって、身体には何の異常もなかったから。
念のため、歯で舌を噛み血を流してみても、ほんの数秒で傷が塞がる。トガちゃんがキスしてきそうになったので、さすがに今は止めてもらった。
“個性”はある。
「君の“個性”『不老不死』は何がなんでも現状を維持するものらしい。試しに奪ってみたら、私の肉体と精神を支配し、侵食し、
なるほど。
私の“個性”は所有者を不老不死にするものじゃない。
私を、綾里永遠を、何がなんでも永続させる“個性”。“個性”と肉体情報と精神情報、全てが揃って綾里永遠なので、“個性”が移譲されれば元の肉体は廃棄され、移譲先の肉体と精神が上書きされる。
――だとすると、個性破壊弾も私には効かないかも。
壊理ちゃんの“個性”を喰らって初めて死ねるかどうか。
たぶん、逆行しようが何しようが復元が働くだろうけど……その速度が逆行速度より下回っていれば、私は跡形もなく消滅する。
逆に言うと、それが唯一、私が死ねる方法かもしれない。
死にたくないとは思ってたけど。
「……気の滅入る話ですね」
考えないようにしていた過去と直面させられ、私は途方に暮れる。
そこにオール・フォー・ワンが言う。
「そこで勧誘の続きだ。綾里永遠君。君は社会の、常識の枠から外れた存在。世界で唯一と言ってもいい、真の意味での私の同族だ」
「―――」
「どうだい? 私達に協力しないか? うん、と頷いてくれさえすれば、私達は君の『家族』にひどい事をしないで済む」
「それは、優しいですね」
私は、心の底からオール・フォー・ワンを侮蔑しながら、冷たい笑みを浮かべた。