オール・フォー・ワンが動いた。
思った次の瞬間には、オールマイトが吹き飛んでいた。
たしか、空気を押し出す“個性”に幾つもの“個性”を重ねてるんだったはず。
圧縮して押し出された空気の塊は、見えない鈍器みたいなもの。
数人分の“個性”による超パワーで殴られたら、いくらNo.1ヒーローでもひとたまりもない。
碌に姿勢も変えられずに飛ばされていく。
と。
そのままならビルに激突、突き破っただろう。
でも、激突の寸前、オールマイトを受け止めるように地面からせり出してくるものがあった。
複数枚のコンクリートの壁。
道路などにも使われる硬い素材が、衝撃を受け止めきれずに次々と砕ける。でも、一枚がぶつかり、砕けるたび、勢いは確実に減っていく。
そして、全てのコンクリを突き破り、ビルの外壁にぶつかったオールマイトは――そこで止まった。
「コンクリヒーロー、セメントスか」
来てたんだ。
そういえば、さっきオールマイトが言ってた。既に避難誘導が始まってるって。
原作でもプロヒーローが大勢であたってたはずけど、それにしても対応が早い。きっと、廃病院を攻撃すると同時に避難勧告・誘導を始めてたんだ。
被害軽減要員としてセメントスも待機してた。
合宿襲撃を阻止できず、アジトを攻めざるをえなかった校長達の苦肉の策。
「厄介だな。先に始末するか」
「貴様の相手は、私だ!!」
オールマイトが吠える。
再び放たれた空気の弾を突き破り、オール・フォー・ワンに肉薄。激しい衝撃と共にぶつかり合う。
互角……?
思った私は、ぞくりと寒気を感じた。
頭を誰かの手が掴んでいる。誰の手かは、続く声でわかった。
「先生は“個性”が減ってるが、オールマイトも昨日の件で疲れてる。万全じゃないのはお互い様か」
「……こんなところにいないで、さっさと逃げなきゃ危ないですよ?」
どんなヒーローが来てるかわかったもんじゃない。
エッジショットさんとかが細くなって忍び寄ってる可能性も否定できない。
「お前を人質にしてりゃ安全だろ」
「ごもっとも」
たぶん、監視の意味もあるんだろう。
抵抗も妨害もしないと約束したけど、私が約束を守る保証はない。
保険をかけておくにこしたことはない。
「いや弔。ここは永遠君を連れて逃げるんだ」
「先生。あんたはどうするんだ?」
オール・フォー・ワンは答えなかった。
「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できる」
それは遺言のようだった。
闇の師弟関係。
あのマスク男は、その終わりを暗に示唆しているように見えた。
――負けるつもりだったのかな?
原作を見る限り、手を抜いているようには見えなかった。
どっちでも良かったのか。
勝つつもりで戦いはするけど、オールマイトならそれを打ち破ってくると予想もしていた。その上で、脱獄または獄中から影響を及ぼす術を確保していた。
彼とオールマイト。
双方の消耗率が同等と考えれば、黙ってても大丈夫なはずだけど。
「死柄木」
「……なんだ」
「オール・フォー・ワンは
返答には間があった。
「……連合は俺の組織だ。先生は構成員じゃない」
「そう」
正直なことだ。
私の意図がわかっていても、嘘をつくのが癪だったのか。
「なら、彼に攻撃するのは約束違反じゃないよね?」
「殺すぞ」
「どうぞ」
一度死んだ事実を確定されてしまった以上は開き直る。
「残念ながら死んでも生き返るから、私」
「死にたくはねえだろ」
もちろん。
でも、必要なら死ねるっていうのは私だけのアドバンテージだ。
「離して」
「脅しじゃねえ。大人しくしてろ」
私をダシにしてオール・フォー・ワンを助けるつもりか。
人質の存在がネックになってるのは確か。
ならいっそ、私がいなくなってしまった方が、ヒーロー達は動きやすい。
「離して!」
「……警告したぞ」
裏拳の如く殴りつけようとした腕を掴まれた。
不思議と痛くはない。
ただ、
認識が、理解が後から追いついてきて、猛烈な喪失感と激痛が湧きあがってくる。
「――ッ!」
叫び出しそうになるのを、歯を食いしばって堪え、もう一方の腕を振るおうとして。
「……が」
「え」
声。
死柄木の、苦悶の声。
頭を掴んでいた手が離れる。
解放された私は一歩、離れてから振り返った。
青年の後ろ。
ちょうど心臓の位置にナイフを突き立てている少女が一人。
「トガちゃん」
「永遠ちゃんを傷つけないって約束したよね」
「……トガ、ヒミコ」
「嘘つき。あなたも、あのマスクも、永遠ちゃんを傷つけた。そういうのはもう嫌なのです。永遠ちゃんは、私に、一度も嘘つかなかった」
ぐらりと。
死柄木が倒れる。
「弔!」
オール・フォー・ワンの声。
彼の指が変形し、伸長し、節を持った刃、もしくは槍のようになる。
それは死柄木に、他の敵連合メンバー達に次々と刺さっていく。
アジトの一件で気絶している黒霧が最後。
私達にもついでのように伸びてきたけど、私とトガちゃんは飛びのいてそれをかわした。
――死柄木の逃走は邪魔できない。
『個性強制発動』。
黒霧の“個性”が無理やり発動するのを私はただ黙って見つめた。
あの指から逃れたのは約束違反になるかどうか。
知ってなかったら普通避けると思うし、オール・フォー・ワンが対象外ならセーフだと思うけど。
「死柄木弔」
ワープゲートで消えようとしている、倒れたままの彼に告げる。
「お父さんやお母さん、浩平に手を出したら許さない。ヒーローの矜持とかどうでもいい。……殺してやる」
「―――」
「どんな手を使ってでも、何年かかってでも、絶対に殺す。死なない私に一生つき纏われるのが嫌だったら、絶対に、私の家族に手を出さないで」
返事は、なかった。
死柄木達が消える。
オールマイトが攻勢に出て、オール・フォー・ワンを私達から引き離す。
「トワちゃん!」
レディさんの声。
彼女をはじめ、廃病院襲撃組のヒーロー達が大きく動きだしていた。
避難誘導や瓦礫撤去に回った人もいるだろうけど、戦闘要員は
そう考えると、勢いでオール・フォー・ワンをぶん殴ってたオールマイトは綱渡りだけど。
――加勢する?
二人は今なおぶつかり合っている。
それを見て、駄目だと思った。
私じゃ、あの戦いについていけない。オールマイトの盾にでもなれればいいけど、下手に動いたら逆に邪魔になってしまう。
それなら、
「永遠ちゃん!」
「トガちゃん!」
トガちゃんと合流。
抱きついてくる彼女の身体を、無事な方の腕で抱きしめる。
「守ってくれてありがとう」
「ううん……っ。腕、大丈夫なのですか?」
「うん。痛いけど、そのうち治るよ」
出血はもうほぼ止まってる。
我ながら便利な身体だ。エネルギー補給が大変だから出血は勘弁して欲しいけど。
「行こう、トガちゃん」
「やっぱり、戻るですか? 永遠ちゃん」
「うん。現代じゃ、潜んで生きるなんて無理だよ」
「それは、そうですけど」
手を引いても、トガちゃんは迷うように立ち止まったまま。
「……逃げてもいいよ、トガちゃん」
「え……?」
「私を刺して、その隙に逃げちゃいなよ。今ならヒーローも手一杯だろうし逃げられるよ。捕まったら今度こそ死刑かもしれないし」
「永遠ちゃん」
手を離す。
トガちゃんは、繋がれていた手と、もう一方の手にあるナイフ。それぞれを見つめた。
時間はない。
レディさんはもう近くまで走ってきてる。
――行ってよ、トガちゃん。
私がこんなこと言うのは、たぶん、これが最初で最後だよ。
私を助けてくれた子に、死んでほしくないんだよ。
「いやです」
でも。
トガちゃんはナイフを放り捨てて、私の手を両手で握った。
「一緒に行きます」
「でも」
「駄目です。……放っておいたら永遠ちゃん、消えちゃいそうな顔してます」
「そんなこと」
できるわけない。
そう言いたかったけど、確かに、今の私の心はぐちゃぐちゃだ。過去のことに現在のこと、未来のこと。“個性”のこと。腕の痛み。
今なら消滅することくらいできちゃうかもしれない。
でも。
トガちゃんの温もりが、私の心をじわじわと癒してくれる。
「トワちゃん! その子から離れなさい!」
レディさんが追いついてきた。
「大丈夫です、レディさん。トガちゃんも人質だったんです」
「……降参しますから手錠かけてよ、ヒーローさん」
「……どういうことなのかよくわからないけど、まァいいわ」
しばらく沈黙したレディさんだけど、仕事が楽な分にはいいと割り切ったのか、さっさとトガちゃんに手錠をかけた。
こういう割り切りは本当、凄いと思う。
「警察に引き渡すわ。落ち着いて、事情聴取が終わったらお家に帰れるから」
「ありがとうございます」
うちに帰りたい。
うちのご飯が食べたい。
――帰れるのかな、私。
余計な考えを今は振り払って歩く。
と。
背後に視線を感じて振り返る。
未だ戦い続ける工業地帯マスク。こっちなんて見てもいない。でも、ちょっとだけ押されてる?
「さよなら。オール・フォー・ワン」
呟いた直後。
一瞬、動きが止まってオールマイトに殴られたのは、単なる偶然だったかもしれない。
でも。
戦いに勝利したのはオールマイトで、敗北したのはオール・フォー・ワンだった。
激闘を終えたNo.1ヒーローは真の姿を全世界に晒し、彼の時代の終わりを印象付けた。
“個性”黎明期から暗躍し続けた大犯罪者は捕縛され、彼を知るごく一部の者達に衝撃を与えた。
保護され乗せられたパトカーの中で、警察の人が貸してくれたスマホを通してそれを見た。
新たな時代の到来。
原作よりはずっと被害は減った。初動の速さと、セメントスなどの防衛、レディさんなど数名のヒーローがオールマイトに加勢したことによる戦闘の早期終結。
それでも、世界が混乱の時代へと突入したことは、紛れもない事実だった。
◆ ◆ ◆
「御足労いただいて申し訳ありません。根津校長」
「こちらこそ、我々の力不足でご迷惑をおかけして申し訳ない」
警察署長と対面した根津はぺこぺこと頭を下げ合い、互いの迷惑について詫び合った。
騒動から数時間。
夜明けが訪れた直後のことである。件の謝罪会見から一夜、合宿襲撃からでも二夜明けただけの忙しい中、彼が招かれたのは警察側の要請によるものだった。
「それで……綾里君が事情聴取を渋っている、と?」
「ええ。黙秘している、というのとは少し違うのですが……」
要請の理由は根津としても意外なものだった。
敵連合に拉致されていた雄英生徒、綾里永遠。無事に保護され警察に移送された彼女が、事情聴取に非協力的な態度を取っているというのだ。
「というと?」
「はい。広まるとまずい情報が多すぎて、どこまで話していいかわからないので、何を聞かされても問題ない人を呼んでくれ……と」
「ふむ」
ほぼ原文ままであろう署長の証言に、根津は唸る。
幼い外見の割にしっかりした物言いをする少女だ。
話す気はあるし、あなた方を信頼していないわけでもないが、ぺらぺら話すにはリスクが大きすぎる……と主張されれば、警察としても無碍にはできない。
何しろ、犯罪者以外で唯一、敵連合やオール・フォー・ワンと接触した人物でもあるのだ。
そんな少女との対話に根津が呼ばれたのはある意味、当然のことだろう。
「事情聴取には他に誰が?」
「私が。それからプロヒーローのセンスライにも来ていただきました。聴取の様子はマジックミラーと、音声を拾わないカメラを使って常時監視します」
「扇君か。適任だね」
センスライの本名は
ヒーローネームの通り『嘘発見』の“個性”を持つヒーローだ。街に出て敵を退治するよりは、こうして警察に招かれて事情聴取に協力することが多い。
「センスライも既に到着されています。先に打ち合わせを?」
「いや。話がどれだけ長くなるかもわからないからね。工作を疑われたくもないし、すぐに事情聴取を始めませんか?」
「承知しました」
実直なタイプらしい署長はすぐに頷き、部下にセンスライを呼ぶよう伝えた。
「……ああ。校長先生、久しぶり」
「やあ扇君。よろしく頼むよ」
「……ええ。今回、私はあなたの監視も兼ねているから」
「だろうね」
肩を竦め、取調室に入る。
「お久しぶりです、校長先生」
「やあ、久しぶり。……っていうほどでもないんだけどね」
綾里永遠は意外にいつも通りだった。
肌の張りや艶は子供の肌のようで、出血があった割に顔色もいい(聞けば、エネルギー補給と称して三人前近い食事を既に平らげたらしい)。
「……小さい子。高校生?」
「一応、高校一年生です」
永遠の返答にセンスライが頷く。
嘘はなかったようだ。
追加で用意されたパイプ椅子に並んで座り(狭苦しいことこの上ない)、根津はさっそく口火を切った。
「じゃあ、聞かせて貰おうか。君が何を見て、何を耳にしてきたのか」
根津は十分もしないうちに驚愕し、絶句し、耳を疑うことになる。
綾里永遠が話すのを躊躇った理由。
それが十分すぎるほどに理解できてしまい――同時に、彼は珍しいことに、聞いたことを若干後悔さえしてしまった。
センスライはオリキャラです。
多分、ちゃんと整えたら美人な目隠れ系成人女子。
嘘発見のできるヒーローが欲しかったので出しましたが、今後出番があるかは微妙なので覚えなくて大丈夫です(