死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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※一応、ストレス展開注意です。


離別

 綾里浩平にとって、その数日は永遠のように長かった。

 

 夏休みの宿題は例年以上に手につかない。

 マンガやゲームで気を紛らわそうとしても落ち着かない。

 店の手伝いなんてしようものならミスを連発して父親からどやされる。

 誰かを誘って外に行く、なんて気にもなれない。

 

 まともにできたのは待つことだけ。

 

 結局、合宿中に永遠が誘拐されてから一週間近く、綾里家一同は待たされた。

 とっくに救出されているはずなのに面会は断られるばかり。

 

「なんでだよ!? 本当はまだ誘拐されてるんじゃないだろうな」

「誘拐されていたんだ。落ち着くまで色々あるんだろう」

「待ちましょう。無事だったならそれでいいじゃない」

 

 両親の言うこともわかったが、それでも焦燥は募った。

 

 浩平にとってはたった一人の妹。

 血が繋がっていなくても、大事な家族だと思っていた。

 血が繋がっていないからこその想いも、なかったとは言わない。

 

(無事なんだろ、永遠?)

 

 ふてぶてしいほど頑丈な少女だ。

 ()()()()()()どうにかなるわけがない、と言い聞かせ続けて。

 

「永遠!」

 

 とうとう、警察から面会許可が下りた。

 一人でも会いに行くつもりだったが、両親は迷わず店を臨時休業にした。娘を迎えに行くのに息子一人で行かせられるか、と。

 普段通りに店をやっていたから見誤っていた。

 両親も浩平と同じかそれ以上に、永遠のことを心配していたのだ。

 

 ――指定されたのは警察署ではなく病院だった。

 

 しかも個室。

 やはりどこか怪我をしたのか。

 はやる気持ちを抑えて病室へ向かい、扉を開けると――そこには五体満足で、雄英の制服を着た妹が、ベッドではなく椅子に座っていた。

 血色もいい。

 相変わらず小さくて中学生みたいだが、それでこそ永遠だと思った。

 

(なんだ、やっぱ元気じゃねえか)

 

 ほっとしつつ駆け寄り、肩を叩こうとして、

 

「っ」

 

 びくり、と、永遠が身を震わせた。

 手が止まった。

 後一歩という距離から少女の瞳を見つめる。相手を見定めようとするような、記憶の中から該当する者を探っているような、そんな目だった。

 

(なんでだよ)

 

 どうしてそんな目をするのか。

 

「久しぶり」

 

 湧きあがる恐怖を抑え、口を開く。

 

「ちゃんと飯食ってたか? お前のことだから、食いすぎて迷惑――」

「あの」

「っ」

 

 言わないでくれ。

 浩平は心の底からそう思ったが、永遠の言葉は止まらなかった。

 

「……すみません、どちら様ですか?」

 

 少女は、記憶喪失になっていた。

 

 

 

 

 

 

「詳しい説明をさせていただきたい」

 

 声をかけられるまで気づかなかったが、病室には他にも人がいた。

 雄英校長のネズミ、髪で目を隠した女、警察署長に、病院の院長。

 大事な話なのは明らかだった。

 

「娘さんは――永遠さんは、あなた方、家族に関する記憶を失っています」

 

 話の間、永遠はどこか申し訳なさそうに座っていた。

 

「発見時は酷い状態でした。目立った外傷は右腕だけでしたが、その、肘から先が完全に破壊されていました」

 

 今はもう完治している。

 当人の“個性”故、大事には至らなかったものの――だからこそ、もっと多くの傷を負っていた可能性がある。

 虐待。

 拷問。

 家族のことを忘れてしまうほどの責め苦を与えられたか、あるいは、頭の中を直接弄り回されたか。

 

 通常の記憶喪失というのは、記憶の『消失』ではない。

 記憶へのアクセスができなくなっただけで、記憶自体は残っているので、アクセスする道筋を確立することができれば治る。

 ただ、永遠の場合は記憶自体が破壊されている可能性があるという。

 “個性”を用いられれば、そんなことも簡単にできてしまう。

 

「つまり、娘の記憶はもう戻らないと?」

「残念ですが、その可能性が高いかと……」

「っざけんなよっ!?」

 

 浩平は叫んだ。

 

「お前らのせいだろ!? 学校が、ヒーローが、ちゃんとしてなかったから永遠がこうなったんだろ!? 治せよ、いいから永遠を治せよ!」

「浩平」

「親父はいいのかよ!? 永遠は家族だろ!? 血が繋がってなくたって――」

「浩平!」

「っ!」

 

 父親の一喝で我に返る。

 父は、見たことがないほど硬い表情をしていた。

 

(俺の腕がなくなった時も、こんな顔してたのか?)

 

 息子である自分には見せなかったが。

 永遠は娘だ。女の子だ。兄が、父親が、守ってやらなきゃいけない。

 守ってやらなきゃいけなかった。

 

「……身体は、大丈夫なんですよね?」

「はい。身体の方はいたって健康です」

 

 単に治っただけの話だが。

 そうわかっているからか、大人達の表情も沈痛なものだった。

 

「でしたら、もうそれで結構です。永遠が生きて帰ってきてくれたなら、それで」

「……お袋」

 

 そうだ。

 生きているならやり直せる。

 五年前に会った時は赤の他人だったのだ。

 もう一度、最初から家族をやり直すだけだ。

 

(なんだ、簡単じゃねえか)

 

 (ヴィラン)が何故、永遠の記憶を奪ったのか知らないが、そんなことで自分達はへこたれたりしない――。

 

「それなのですが――永遠さんを養子に出していただけませんか?」

「……なんでだよ」

 

 一緒に家に帰る。

 浩平達にはそれさえ許されなかった。

 

「敵の狙いがご家族と引き離すことにある、その可能性が高いからです」

「……ならば猶更、敵の言う通りにしてはまずいのでは?」

「確かに。ですが、そうして頑なな姿勢を取られた場合、敵は強硬手段に出てくるでしょう」

 

 強硬手段。

 永遠をより確実に家族と引き離す方法。

 簡単だ。

 消せばいい。永遠の家族を、全員。

 

「犯人は捕まったんですよね?」

「……いいえ。敵連合を名乗る集団、そのバックにいた男は捕らえましたが、構成員およびリーダーは未だ逃走を続けています」

 

 ニュースでもそう報じられている。

 オールマイトが大立ち回り演じて強敵を捕らえたが、危機はまだ去っていないのだ。

 

「どうして永遠が狙われるんだよ?」

「彼女の“個性”が原因かもしれません」

「単にしぶといだけの個性なんていくらでもいるだろ?」

「『傷が治る』というのが問題なのです。件の敵はマスクで顔を隠さなければならないほど酷い怪我を負っており、治療できない状態にありますので……」

 

 そう言われてしまうとどうしようもない。

 自分達が狙われるのはいい。「かもしれない」で家族を放り出すことなどできない。

 義憤にかられて恐怖を忘れることはできるだろう。

 だが、永遠がもう一度狙われるとすれば別だ。

 

(俺達じゃ永遠を守れない)

 

 ヒーロー学園である雄英でさえ守り切れなかったのだ。

 家にいる時に敵が押し入ってきたら――現実問題として一家全員殺され、永遠だけが攫われるだろう。

 

(どうしようもないのかよ)

 

 やっと会えた妹。

 彼女は自分達のことを忘れていて、しかも、家族の縁さえ切れてしまう。

 こんな酷い話があっていいのだろうか。

 

「……なあ永遠。お前はそれでいいのか?」

 

 何も覚えていない妹に、浩平は思わず問いかけた。

 永遠は意外だったのか目を丸くした後、こくりと頷いて答えた。

 

「はい。……私はヒーローになりたい。そのために、一番いい方法を取りたいです」

「……そうか」

 

 こんな目にあってもヒーローを目指すのか。

 自分達のことを忘れても変わらないほど、大きな目標なのか。

 変わらない。

 記憶を失っても、永遠は小さくて一生懸命で、ふてぶてしいほど健康で、妬ましいほど真っすぐだ。

 

(畜生)

 

 なら、笑って送り出してやらないといけない。

 

(約束したじゃねえか。一緒に店を継ぐって)

 

 ヒーローになるのなら、彼女の元気な姿はテレビやネットできっと、見られるだろう。

 それで十分じゃないか。

 

(ずっと一緒の腐れ縁だろ、俺達は!)

 

 内心を押し殺して、浩平は無理やり笑顔を作った。

 

「なら、頑張れよ」

「……ありがとう」

 

 永遠は顔をくしゃっと歪めて、小さく礼を言った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……記憶の方はどうだい?」

「はい、戻りませんでした。時々違和感はありましたけど、都度すぐに収まりました」

「そうか……。君の“個性”がバグを修正したのかな」

「たぶん、そうだと思います」

 

 私は、私の家族だという人達との面会を終えた。

 私のおかれた事情を説明し、引き続き雄英で学ぶことや養子縁組で戸籍を移すことを了承してもらった。記憶にないとはいえ、私のことを知っている人達が辛そうな顔をするのは心苦しかった。

 特に同い年の兄。

 彼とはかなり距離が近かったらしい。兄妹としてか男女としてかはわからないけど。

 

 面会中に何度かあった違和感はもうなくなっている。

 物凄く強引に行った記憶操作の微調整が完了しつつあるんだろう。

 

「これで良かったんだね?」

「……はい。たぶん、これしかないと思います」

 

 私の記憶喪失は演技じゃない。

 私は本当に、家族だった人達のことを綺麗さっぱり忘れている。

 でも、嘘もある。

 家族以外のことは全部、私の記憶に残っている。

 

 

 

 

 

 

 オリジンのこと。

 私の“個性”のこと。

 オール・フォー・ワンとの因縁のこと。

 移譲された“個性”のこと。

 死柄木が私に興味を持っていること。

 死柄木と交わした約束のこと。

 

 話を聞いた校長先生は絶句していた。

 

「……つまり、君の家族が狙われるかもしれないと?」

「はい。可能性は高いと思います」

 

 死柄木は混沌を望んでる。

 雄英の生徒が法を犯す(おちる)のを期待してる。別に敵連合に入らなくてもいい。ぶっちゃけ敵同士でも構わないはず。

 だとしたら、私なら殺す。

 私を怒らせて復讐に走らせる。そうすれば規則や法律なんて簡単に破る。

 

 死柄木に言った「殺す」は完全に悪手だった。

 でも、あの時は頭に血が上ってた。

 あれは紛れもない本心だし、もしかしたら怖がってくれるかもしれない。

 少なくとも傷の治療が終わるまで動かないとは思うんだけど。

 

「わかった。なら、警察やヒーローに手配して君の家を守るように……」

「やめてください」

「……どうしてだい?」

「無駄だからです。……いえ、言い方が良くないですね。費用対効果が悪いからです」

 

 この際だからぶっちゃける。

 

「私はプロヒーローを信用していません」

「………」

「駄目だって言ってるんじゃありません。皆さんが必死に頑張ってるのは知っています。ただ、社会のルール的に、敵が圧倒的に有利なんです。向こうはこっちを簡単に出し抜けるんです」

 

 だから、無駄。

 本気で秩序を守りたいなら、人数か質、どっちかを格段に上げないといけない。

 質をこれ以上高めるなんて無理だし、人数だって急に増やせるものじゃない。

 

 校長は黙った。それから重苦しい声で言ってくる。

 

「じゃあ、どうするんだい? 他に方法は――」

「私なりに考えてみました。……私が記憶喪失になります」

 

 お父さんお母さん、浩平のことを忘れてしまえばいい。

 私の、みんなへの想いが他の一般人と同等になれば、そもそも殺す意味がなくなる。

 脅しは無意味になる。

 問題は、記憶喪失の振りじゃ駄目だってこと。どこかで絶対に見抜かれる。それに、第二第三の死柄木が出てこないとも限らない。

 だから、やるなら本当に記憶を失うこと。

 

「どうやって? 記憶操作を行う“個性”持ちもいないわけではないが……」

「脳を潰します」

「は?」

 

 大人達の目が点になった。

 

「私の“個性”は壊れた部分を進化・調整して修復します。なので、脳を潰せば、要らなくなった記憶を飛ばして修復してくれると」

「ま、待ちたまえ! それは自分で自分の脳を潰すってことかい!?」

「まあ、人に頼めないので」

「そんなことが許可できるわけないだろう!?」

 

 何言ってるんだこいつ、っていう目で見られた。

 

「でも、手っ取り早いと思うんです」

「復活できる確証もないんだろう!?」

「私が土の中で生きてたのは間違いなく事実ですよ?」

「……もし記憶を消せたとして、その後はどうするんだい?」

 

 校長が遠い目になって話を逸らした。

 いや、それも重要なことなんだけど。

 

「……戸籍がそのままだと、やっぱり家族が狙われる気がするんです」

「養子縁組か。妥当な線ではあるね。……君の“個性”を公表すれば、欲しがる輩は無数にいる」

 

 相手は敵に限らない。

 当たり前の顔して暮らしている人々の中からも出てくるだろう。研究者、資産家、後は他国の諜報機関とか? なにせ不老不死だ。どうにかしておこぼれに預かりたいって人はいるだろう。あとは昔のエンデヴァーみたいな個性婚とか。

 ある程度、力を持った人の戸籍に入れれば、そういった輩から身を守れる。

 

「私が言うのもアレなんですが、どなたかにお願いできませんか?」

「どなたか……か」

「どなたか……ね」

 

 同席している署長さんと、プロヒーローの女性が校長を見る。

 

「ネズミの養女はいろいろ問題があるだろう!?」

 

 ごもっとも。

 

 私達はそうやって、相澤先生とか、オールマイトとか、サーとか、それこそエンデヴァーとか、お願いできそうな人の候補を全員で挙げた。

 結果、最有力候補として挙がったのは、意外といえば意外、でも考えてみると順当かもしれない、そんな人物だった。




次回、とあるキャラの家に行きます。
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