養子の打診
「……お前は面倒事ばかり持ち込みやがって」
「……本当にすみません」
「まぁまぁ、相澤君。説教は程々にね」
両親との面会を終えた翌日。
私はオールマイト、相澤先生と一緒に車に乗っていた。
今年度に入ってから起こった一連の騒動を受け、雄英は全寮制への移行を決めた。
先生方は制度移行に伴う説明のため、各家庭を訪問中。
なら、ついでじゃないけど養子の件も済ませてしまえ、ということで、候補者のお家に私も同行させてもらうことになったのだ。
既にデクくん含め、だいたいのご家庭からは了承をもらったらしい。
そのせいか、オールマイトと相澤先生の距離が若干縮まっている。
「先生。私を除籍にしますか?」
「……自分の身を顧みない愚か者はそうした方がいいんだろうが」
先生は溜め息をついて言った。
「お前、除籍されたらどうする?」
「他校のヒーロー科に転入するか、警察を目指すか、いっそ自警団にでもなりましょうか」
自警団。
自主的に敵と戦っている一般人の総称だ。もちろん、法的には認可されてないので、“個性”不正行使で捕まりかねない。肉体と武器だけで戦っても暴力行為で最悪捕まる。
敵としか戦わないから一定の支持を集めてるけど、ぶっちゃけチンピラと変わらない。
「……それも駄目なら『
「おいおい。洒落になってないぞ」
ガイコツ姿のオールマイトが渇いた笑いを漏らす。
でも、雄英の教員は続けるとのこと。
デクくんへの指導もあるし、彼が培ってきた経験は何にも代えがたい。力がなくなっても心構えの講義や警察関係者、プロヒーローへのアドバイスなどでまだまだ貢献できるのだ。
駄目かなあ、敵殺し。
オンラインゲームのPKKみたいでネーミングは格好いいと思うんだけど。
あ。相澤先生にじろりと睨まれた。
「お前は絶対にヒーローにしてやる。ありがたく思え」
「心なしか『死ね』っていうトーンなんですが……」
「馬鹿を言うな。……単に、お前は絶対に除籍しない。嫌だと言おうが泣きわめこうがヒーローの心得を叩きこんで合格させてやる。それだけだ」
「……ありがとうございます」
深く頭を下げると、先生はふん、と鼻を鳴らして答えた。
◆ ◆ ◆
「お待ちしておりました、先生方。それから、綾里さんも」
庶民の私としては「でかい」としか言いようのない大豪邸。
正門から使用人の方に案内されて(案内が必要なのだ)辿り着いた正面玄関では、私の学友でもある女の子が待っていた。
黒髪黒目で長身、かつスタイルのいい美人。
並外れたお金持ちでもある、我がクラスの副委員長――八百万百ちゃんだ。
自宅だからか今日はドレス姿。
いや、自宅で普通にドレス着てるっていうのも凄い話だけど。
「両親は既に応接間で待機しております。どうぞこちらへ」
優雅な微笑みを浮かべて、自ら私達を案内してくれる。
あ、オールマイトと相澤先生が気遅れして「帰りたい」って顔してる。二人は終わったら帰れるんだからいいと思う。
私はうまくいった場合、この家の娘になるのだ。
「どちらの件も了承致しました。よろしくお願いいたします」
早っ!?
あらためて事情説明ということで話をして、じゃあ詳しい相談を、という段でいきなりだった。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「ええ」
「あらかじめ書類やお電話で話は窺っておりましたし、百からも雄英での話は聞かされております」
揃って頷く八百万夫妻。
百ちゃんのご両親だけあって品が良く、一見穏やかな感じの人達だ。
でも、これだけの財産を持っていて、しかも維持できているんだから、見た目通りにのほほん、としているだけの方々ではないはず。
十分に検討を重ねてくれているとは思うんだけど、
こほん。
オールマイトが咳ばらいをして仕切り直す。
「それは、全寮制の件と綾里永遠君の養子縁組の件、どちらもご了承いただけるということでしょうか……?」
「はい」
「よろしくお願いしますね、永遠さん」
「は、はい」
まじですか。
未だ半信半疑でぽかんとする私達を見て、百ちゃんのお父さんは微笑み、
「ヒーローになりたい、と娘が言いだした時から、危険は承知しております。雄英がこの国で一番のヒーロー校であることも、全寮制への移行が生徒のためであることにも疑いはありません」
「………」
先生方が言葉に詰まった。
心なしか涙ぐみそうになっている気もする。
と、百ちゃんのお母さんが、
「永遠さんには百も良くして頂いているとか。真面目で礼儀正しい娘さんのようですし、当家としては大歓迎ですわ。それに、小さくて可愛らしいですし。百はすぐに大きくなってしまったので、着せてあげられなかった服がたくさん――」
「お、お母様!」
百ちゃんが真っ赤になってる。可愛い。
「あの、八百万さんもいいの? 私が妹になっても」
尋ねると、彼女はきょとんとした顔をした。
「何か問題がありまして?」
「え、いや、友達と姉妹だとやっぱり色々違うでしょ? 距離感とか、遺産相続の問題とか……」
「そこで遺産の話を持ち出すのもどうかと思うが」
相澤先生のツッコミは無視。
「構いませんわ」
くすっ、と、百ちゃんは微笑んで、
「この件についてはわたくしも同意しております。綾里さんでしたら大丈夫ですわ。わたくし達、きっといい姉妹になれると思います。ただ……」
「ただ?」
「これからは『永遠さん』とお呼びしなければなりませんわね」
「―――」
私は、その時、彼女の笑顔に見惚れてしまった。
何か言わないといけないのに出てこなくて、ぱくぱくと口を動かして、
「……私は、なんて呼んだらいいかな?」
「お好きなように。百、と呼んでくださってもいいですし――姉と呼んでくださるのでしたら、それも楽しそうですわ」
「じゃあ、お姉ちゃん……とか?」
「まあ、素敵。わたくし、妹が欲しかったんですの」
手を合わせて嬉しそうにしてくれる百ちゃん。
どうしよう。
つられて私の顔も綻んじゃってる。
「……早速馴染みやがって」
相澤先生の呟きは無視。
でも、的を射てる。
――たぶん、私は環境に順応するようにできてる。
私の『不老不死』はどんな状況でも生きられる能力。
綾里家に拾われて娘になったように、きっと、新しい生活にも馴染めるだろう。
八百万の人達は、もし敵に狙われてもそう簡単にはやられない。
単純に「狙うリスク」が段違いだからだ。門から家屋までの距離、セキュリティの厳重さ、家人以外の使用人の存在、殺害に成功した場合の世間の反応。総合的に見て「分が悪い」と判断される。
だから、この人達なら頼っても大丈夫。
――だからって、綾里家より八百万家が優れている、ということにならないけど。
私は記憶している。
家族自体への想いや思い出は綺麗さっぱり消えているけど、記憶を消す前、私がどれだけ悲しんだかは記憶に残っている。
『無くしたくない! 忘れたくないよぉ……っ! お父さんお母さん、浩平、お家に帰りたいっ! みんなと一緒にご飯食べて、お店をやりたいよぉ……っ!』
『でも、忘れないとみんなが困る……っ! 忘れないと、忘れないとっ!』
苦しんでいる顔を、私は誰にも見せなかった。
校長にも、署長にも、あのプロヒーローにも、病院の医師やナースにも。
一人きりの病室で枕に顔を埋め、誰にも聞かれないように嗚咽し、泣き叫び、それから、血や肉片が飛び散ってもいいよう部屋に処置を施して――。
だから。
覚えているのは私だけ。
前の私の想いは、きっと私が受け継いでみせる。
「永遠さん。我が家へ来るのはいつがいいかしら?」
「ええと、皆さんの都合はいかがでしょうか……? 私としてはいつでも。その、今のところ行くところがないもので……」
「でしたら、このままうちにいらして。実はもう、お部屋を整えてあるの」
「ごめんなさい、永遠さん。お母様ったら気が早くて……」
「いいえ、助かります。ありがとうございます。えっと、お母様?」
百ちゃんのお母さん――お母様が感激した様子で手を口元に当てる。
百ちゃんは若干呆れた様子だけど、お父様は微笑むばかりだ。
「永遠さん。引っ越しにあたって、何か欲しい物はあるかな?」
「いえ。もともと庶民だったので、特別、ないと困るものは……。その、代わりに、もし可能だったらでいいんですが……」
「ああ。事前に聞いていた件だね。もちろん構わないとも」
まじですか。
決して安いものじゃないはずなんだけど。
私が希望したもの――料理をするのにも支障がないような高性能の義手って。
「ありがとうございますっ。働けるようになったら必ずお返ししますので」
「その必要はないよ。『不老不死』の“個性”を――いや、黒い話は抜きにしても、我が家に二人目の娘が来てくれるというのなら、そのくらいは安いものさ」
「そうね。全寮制となってしまうと、永遠さんに新しいお洋服を仕立てる時間もないもの。でも、百の着なかったお洋服がたくさんあるから、良かったら好きなのを持っていってね」
「あ、あはは。ありがとうございます」
私は涙ぐみながら頭を下げた。
何から何まで感謝するしかない。
「なら、綾里。帰りの送迎は必要ないな」
「はい。……あ、でも私、綾里じゃなくなるんですよね?」
「……二学期からは八百万が二人か。面倒だな。片方B組とトレードするか」
「あら、相澤先生。推薦入学のわたくしを手放すおつもりですの?」
「先生? 卒業まで面倒見てくれるって言いましたよね?」
「うるさい。ただの独り言に反応するんじゃない」
オールマイトと相澤先生は、八百万夫妻にあらためてお礼を言い、必要書類などの説明をしてから去っていった。
残る家庭訪問は一件らしい。
大体の家庭は八百万家同様、襲撃があったとはいえ雄英を信用する、危険は元より承知の上、というところが多かったそうだ。原作と違って私以外負傷しなかったので、その辺の事情もあると思う。
既に済んだ中で一番反発が強かったのはデクくんのところ。
合宿での大怪我と神野の一件がなくなったので大丈夫かとも思ったけど、結局、オールマイトがお母さんに直談判したっぽい。敵が襲撃してきたのは事実だし仕方ないか。
で。
「問題は残る一件だ」
相澤先生はいつも以上にしかめっ面を浮かべて言った。
「もしかしたらあいつは自主退学になるかもしれん」
「それって、誰なんですか?」
「葉隠だ」
「透ちゃん……」
原作でも揉めてたっぽかったけど、そういえば雄英入学自体、ご家族は反対だったって言ってた。
忍者――スパイの家系。
プロヒーロー目指すなんて、足軽から戦国武将目指します、って言ってるくらいの暴挙だもんね。素直に忍者になってくれた方がご両親も安心なのかも。
「もう訪問はしたんですか?」
「した。だが、当人と親が喧嘩を始めたので出直すことになった」
「それはまた……」
「次に行っても意見が纏まらないようなら諦めろ、とは言ってきたがな」
相澤先生らしい合理的な判断。
学校としても、親が反対している生徒を無理矢理教えることはできないだろう。
でも。
透ちゃんがいなくなったら、ちょっと、ううん、かなり寂しい。
「……お前のところにも泣き言が届いてるかもな」
「え?」
「これだけ先に返しておいてやる。念のために持ってきて正解だったな」
ぽん、と、投げ渡されたのは私のスマホ。
合宿で誘拐された時は持ってなかったから、ほぼ一週間ぶりに手にした。
充電しておいてくれたのかバッテリーは十分。
おお、電源入れた途端、ラインの通知が次から次へと届く。未読件数がこんなになったのって初めてな気がする。
殆どはA組のみんなから。
中には中学時代の友達からのものもある。
そして、
「……透ちゃん」
何通も来てる。
一番古いものは絵文字やスタンプをふんだんに使った可愛いものだけど、新しいものになるにつれて簡素で、切実なものになってる。
最後のはただ『会いたいよ』とだけ書かれていた。
「綾里。葉隠の面談、来るか?」
「行きます」
相澤先生は本当にツンデレだ。
淡々としているようで、私達のことを本当に考えてくれている。
だから、綾里って呼ばないでください、とは言わないでおいた。
透ちゃんの家には早速明日、向かうことになった。