死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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契約

 おっきな日本屋敷が目の前にあった。

 表札を見ると「葉隠」って書いてある。

 

「……ここが透ちゃんのお家なんですか?」

 

 規模とベクトルが違うものの、透ちゃんも結構なお嬢様なのでは?

 

「いや。前回行ったあいつの家は一般住宅だった」

「じゃあ、どうしてここに……?」

「お前のせい以外に何かあるか?」

「ひどい」

 

 自分でもそうかなあ、とは思うけども。

 

「……私、帰ってもいいかな?」

「職務放棄として校長に報告しますよ」

「オールマイト先生の裏切り者」

「君たち、こういう時だけ息ぴったりだよね……?」

 

 呼び鈴を鳴らしてしばらく待っていると、着物を着た女中さん二人現れた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

「あの……こちらに葉隠、透さんが?」

「はい。ここは葉隠の本家でございますので」

 

 本家か。

 忍者っていう割には堂々としてるけど……まあ、この家がスパイの家だって知ってる人自体が殆どいないだろうから、特に問題ないんだろう。

 門の奥に通され、日本式の庭園を通って家に上がらせてもらう。

 

 と、女中さんの片方が口を開いて、

 

「綾里永遠様のみ、私と一緒にお進みください」

 

 もう一人の女中さんが続けて、

 

「先生方は私の後に続いてくださいませ」

「何故、別々に?」

「ただ今、一族による会合が行われております」

「会合にお通しすることが許されているのは、永遠様のみとなっております」

「……ほら見ろ」

 

 やっぱりお前のせいだったじゃないか、という視線。

 いや、そういう場合じゃないですよね……?

 相澤先生は真剣な表情に戻ると女中さんに言った。

 

「我々には生徒を守る義務があります」

「もちろん、責任をもってお預かりいたします」

 

 生徒に手を出したら承知しないという宣告に、そういうつもりではない、と返答があった形だ。

 

「さっさと済ませろよ」

「それを私に言われても……」

 

 別室で待たされることになった先生方を見送ってから、私も女中さんの先導で奥へと進む。

 日本家屋の廊下ってなんか落ち着かない気分になるよね……。

 普段歩きなれてないせいか、妖怪とか落ち武者が出てくるんじゃないか、って妙な妄想さえしてしまう。って、忍者の巣窟なんだからあながち間違ってないのか。

 

「あの、禊とか必要ですか?」

「いいえ、そこまでは。お召し物も素敵ですので、そのままで」

「ありがとうございます」

 

 今日の私服は百ちゃんのお古だ。

 お古と言っても一回も着てないやつだし、高級ブランドのティーンズファッションだから結構上等である。

 

「こちらです」

「わ」

 

 かなり奥まった場所のとある襖を女中さんが開く。

 中には、案内役の女中さんと同じ着物を纏った女性が数人、待機していた。

 

「この奥の奥が会合の場となっております」

「最後の襖はご自分で開いてお進みください」

「わ、わかりました」

 

 本格的すぎて緊張するんですが……。

 二つ目の襖の奥に進むと、背後で音もなく退路が断たれる。

 最後の襖。

 特別、音は聞こえないけど、人の気配はなんとなく感じる。

 

 ――行くしかない、か。

 

 深呼吸をしてから襖に手をかけ、開く。

 

「……っ」

 

 途端、濃密なプレッシャーを感じた。

 人。

 十人近い男女が部屋にいて、左右に座っている。中央側を向いている彼らが一斉に私を見ている。

 ううん。

 この場にいる人は、もっと多い。多分、全体の人数は倍近い。

 気配があるのに姿が見えない。

 そのからくりは、ちょっと考えればすぐにわかった。

 

 ――中に入って襖を閉じる。

 

 作法なんて知らないので、両手でゆっくり閉めただけだけど。

 完全に閉じたのが合図になったのか、一つの声がした。

 

「来てくれてありがとう、永遠ちゃん」

「透ちゃん」

 

 声は正面、部屋の真ん中辺りから聞こえた。

 

「来るよ。友達に呼ばれたんだもん」

「……うん」

 

 噛みしめるような声。

 と、あちこちから声がした。

 

「友達」

「友達か」

「それよりも、あの娘が」

「例の」

「不老不死」

 

 どこから聞きつけてきたのか、私のことはもう知っているらしい。

 

「凄い情報網ですね」

 

 なんとなく、部屋の奥に向かって言えば、厳かな声が返ってきた。

 

「我らにとってはこの程度、造作もない」

「当主様でしょうか? お初にお目にかかります。綾里永遠と申します。間もなく、名は八百万永遠と変わる予定ですが」

「知っている」

 

 はったりをきかせてみたのに、いともあっさり流されてしまった。

 仕方ないので前に進んで、透ちゃんの傍かな? っていうあたりで立ち止まる。

 ぎゅっ、と、私の右手が握られた。

 

「大変だったんだね、永遠ちゃん」

「ありがとう、透ちゃん」

 

 さすがにこの場では透ちゃんも声を張り上げない。

 というか、どこか凛とした、忍者モードの声音になっている。

 

「この場にあって、堂々としたものだな。娘よ」

「……もっと怖い人に会って、まだ間もないもので」

「不老不死の八百万永遠、か」

「ちょっと凄い字面ですよね」

 

 不老不死で八百万で永遠(えいえん)とか、神様か妖怪かって感じだ。

 殺されても死なない以上は似たようなものかもしれないけど。

 

「其方は何用で呼ばれたのか承知しているのか?」

「いいえ。ですが、ただならぬ用件だというのはなんとなくわかります」

「左様」

「……永遠ちゃん」

 

 透ちゃんの手の力が強くなる。

 

「葉隠透は我が一族の分家の娘である。両親同様、透明の“個性”を持ち合わせていた故、一族の掟に従う義務が与えられている」

「義務」

「忍びとして生き、忍びとして死ぬ。それが我が一族の義務」

「主人を決め、その人に仕えると聞きましたが」

「左様。それが忍びとしての生き様よ」

 

 透ちゃんは生まれた時から家に縛られているわけだ。

 

「ヒーローになると義務が果たせない、と?」

「ヒーローになること自体は問題ではない。だが、世相や混乱の表に立つことは、闇に生きる者として不都合が多すぎる」

(ヴィラン)を止めたいだけなら、誰にも知られずに()()をする道もある」

「わかっているではないか」

「でも、彼女はヒーローになることを希望しています。今更、反対するくらいなら、入学前に止めるべきではありませんか?」

「事情が変わったのだ」

 

 それは、そうなんだろう。

 今は雄英があまりにも狙われすぎてる。在学中に敵に狙われて死亡、なんて可能性が普通にある。

 飽和時代の今、卒業してヒーローになってしまいさえすえば、他のヒーローに紛れて裏のお仕事もできるんだろうけど。

 

「故に透には条件を提示した」

「条件?」

「左様」

 

 詳しい条件については、隣にいる透ちゃんが教えてくれた。

 

「すぐに主を決めなさいって。主がヒーローになれって命じるなら、雄英に通っていいって」

「……なるほど」

 

 葉隠家の者は主の利益と家の利益を考えるっぽい。

 家と真っ向から逆らわない限りは主の利益が最優先なんだろう。だから、主が命令すれば「透が決めた主の意向だから」で一族としても納得できる。

 

「一生に一度のことですし、なかなか難しいと思いますけど……」

「無論。我らの主となる者には相応の格も求められる。一時の夢を追うために凡俗を主にするなど言語道断」

「じゃあ、この会合は」

「大きな目的がなければ一族を集めはせぬ。代表的なものでいえば――主従決定の儀」

「そう、ですか」

 

 そこまで聞けば話はわかる。

 

 どうして透ちゃんが私を呼んだのか。

 どうして私だけここに通されたのか。

 どうして私の情報が調べられているのか。

 

「私が、透ちゃんの主に?」

「其方であれば条件は満たしている」

「養子とはいえ、八百万の家の娘。その“個性”。大罪人と遭い、その上で生き残った天運。……家柄の件は、透とて予想外であったようだがな」

 

 そっか。

 偶然だけど、百ちゃんちの子になることが決まったことで、ネックだった家格と財力が埋まっちゃったんだ。

 今現在の私はただのヒーロー候補生なわけだけど、将来性も見込んでくれたのだろう。

 

「不老不死のお姫様を守る忍者、なんてちょっと格好よくない?」

「透ちゃんは私でいいの? 一生に一度のことなんだよね?」

 

 私は、本当によほどのことがない限り死なない。

 私が主になったら、透ちゃんは本当に死ぬまで、私から解放されることができなくなる。

 

「いいよ。永遠ちゃんなら」

「本当?」

「うん。私の秘密を知っても普通に接してくれてるし、同じヒーロー志望だし。永遠ちゃんなら、私を変なふうに使ったりしないでしょ?」

「……うん。それは、もちろん」

 

 主になったからって不当にこき使うとかできるわけない。

 普段はこれまで通りの友達関係になると思う。

 女の子同士だから、透ちゃんに身の危険を感じさせることもない。いやまあ、えっちな命令にさえ逆らえないのかどうかは知らないけど。

 

「他にアテもないんだよ」

「お姉ちゃん――八百万さんの方とかは?」

「ううん。現時点の百ちゃんだと実力が足りないの。ヒーロー志望だから、大成する前に死んじゃうかもしれないし」

 

 私なら死なない。

 死なないという“個性”が私の実力を埋めている。

 

「雄英を辞めれば、ゆっくり選べるんだよね?」

「うん。でも、私はヒーローになりたいんだ」

 

 透ちゃんにとっても、それは譲れないことなんだ。

 

「それに、永遠ちゃんはほっとけないからね! ちょっと目を離すとすぐどっか行っちゃうし!」

 

 ショッピングモールの件とか、合宿の件とかか。

 あれは基本的に不可抗力なんだけど……。

 

「永遠ちゃんなら平気。……ううん、永遠ちゃんがいい。だから、私の主になってくれないかな?」

「ふふっ。……わかった。私で良かったら、透ちゃんのご主人様にしてください」

「うんっ。……ありがとう、永遠ちゃん」

 

 私達はぎゅっと手を握り合ったまま、葉隠家現当主に向き直った。

 

「何をすればいいんですか?」

「この場で宣誓の後、血判を。その後、別室にて互いのみで己の全てを晒してもらう」

「は、裸になるんですか……?」

「私はもう裸だけどね」

 

 透ちゃんは見えないじゃないですか……。

 女の子同士で良かった、とあらためて思った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

『私、綾里永遠――八百万永遠は、葉隠透を生涯の友とし、その期待と信頼に応え続けることを誓います』

『私、葉隠透は、永遠ちゃんを生涯の主とし、彼女の望みを叶えるために全力を尽くすことを誓います』

 

 私達は誓いあい、和紙で作られた誓約書に血判を押した。

 葉隠家の人にとっては本人証明の他、主のために血を流す覚悟を証明する意味があるらしい。

 

 それから別室に移って透ちゃんに肌を見せた。

 ただ恥ずかしいだけなんじゃないかって思わなくもなかったけど、これも「守ってもらうという誓い」なんだとか。

 とはいえ、若いうえに同性の私達は「恥ずかしいね」とか笑いあいながら儀式を終えた。

 

 透ちゃんも面談があるので、一緒に服を着ながらこれからのことを話した。

 

「えっと、私達の関係はみんなに秘密なんだよね?」

「うん。二人っきりの時以外は普通にしてないとダメなんだ」

「良かった。むしろその方が気楽だよ」

「あはは、私もそうかも!」

 

 透ちゃんはそう言って笑ったあと、真面目なトーンになって言う。

 

「でも、困ったことがあったらいつでも言ってね? 私は永遠ちゃんの忍なんだから」

「ありがとう。でも、そんなことそうそう起こらないと思うなあ」

「本当? 個性破壊弾とか異能解放軍とかトガヒミコちゃんとか大丈夫?」

「う」

「特にトガヒミコちゃんの件とか、私、詳しく聞いてないんだけど?

「と、透ちゃん、浮気を問い詰めるみたいになってるから」

 

 身の危険を感じつつ微笑んで言う。

 

「嬉しいけど、大丈夫だよ。さすがに透ちゃんでも警察とかヤクザを一人でどうにかするのは無理でしょ?」

「うん、無理!」

「さっぱり言われたなあ」

 

 でも、そうだと思う。

 

 トガちゃんは私とは別個で警察に連れて行かれ、今度はちゃんとした形で拘束されてる。

 今のところ会うことはできてない。

 敵連合のことはもちろん、これまで犯してきた殺人についても全部取り調べを受けているはず。罪状的に有罪は免れないだろうし、逮捕期間も結構長くなるはず。

 こればかりは新しい両親にお願いするわけにもいかない。

 罪は罪だから、脱獄を手伝ったりもできない。敵連合の件についてはトガちゃんが助けてくれたこと、嘘発見付きで証言したから、それで少しは罪が軽くなることを願うしかない。

 

「とにかく、まずはヒーローになれるように頑張ろう」

「うん! 友達として仲良くなるのは問題ないし、協力するのも問題ないからね!」

「寮が同じになったら色々協力しあえることもありそうだよね」

 

 百ちゃんとも仲良くなったし、寮でもうまくやっていけそうだ。

 

 それから二人で先生方のところへ移動して、遅いとか言われた挙句に家庭訪問の話になり、一族の総意が出たことで透ちゃんの両親(二人とも透明人間)もあっさりと全寮制への移行を了承した。

 話が始まってから終わるまで五分もかからなかった。

 

「……これなら電話で済んだんじゃないのか。非合理的だ」

「相澤先生。こういうことは顔を合わせないと意味ないんですよ」

「知っている。だが、それが非合理的だと言っている」

 

 それについては「ごもっとも」としか言えなかった。

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