死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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仮免試験1

「恋、かあ」

 

 寮生活は賑やかだ。

 食事は基本的に食堂だし、夜の暇な時間には一階の談話室(男女ごとに用意されてる)でお話したりすることもある。

 その日は珍しく恋バナに。

 「最近落ち着かないことが多い」とお茶子ちゃんがこぼしたところ、芦戸さんが「恋だ」と言い出した。

 

「知らん知らん。チャウワチャウワ!!」

 

 違うなら落ち着いてればいいのに、妙に取り乱すお茶子ちゃん。

 脈ありですな、と、俄然張り切りだす女子達(主に芦戸さんと透ちゃん)。

 激しい追及に真っ赤になったお茶子ちゃんはふよふよ浮いて上に逃げたんだけど、窓の外に誰か――意中の人が見えたんだろう。

 彼女の表情は、恋する乙女そのものだった。

 

「無理に詮索するのはよくないわ」

「ええ」

 

 冷静な梅雨ちゃんや百ちゃんはそう言うんだけど、

 

「でも、いいと思うな。私はそういうのないからちょっと羨ましい」

「……永遠さん」

「あれー、でも永遠ちゃんもお相手いなかったけ? ほら、同い年の男の子と一緒に住んでたんでしょ?」

「あ、うん。……でも私、その子のこともう何も覚えてないんだ」

「え――?」

 

 一瞬、凍り付くみんな。

 お茶子ちゃんでさえ浮いたまま私の方を見てる。

 百ちゃんが溜息をついて、

 

「永遠さんは記憶喪失なのですわ。事件の後遺症で、ご家族の記憶を失くされているのです。……養子の話が出たのはそれが理由でもあります」

「……じゃあ、恋も……?」

「うん。今のところそういう人はいないかな。あ、記憶喪失って言っても生活に支障はないんだよ? この通り、他のことは全部覚えてるし」

「~~~っ!」

「わ、お、お茶子ちゃん?」

 

 あんまりシリアスモードを続けたくなかったので誤魔化すように笑うと、落ちてきたお茶子ちゃんがぎゅっと抱きついてきた。

 触れあったところから体温が伝わってきてあったかい。

 

「うー」

「あはは。本当に、私は全然平気なんだよ」

 

 涙は全部、忘れる前の私が流したし。

 本当に辛いのは置いて行かれた綾里家の人達の方だ。

 

「でも、そんな感じだから、もし好きな人がいるならちょっと羨ましいんだ」

「……永遠ちゃん」

「ヒーローなんて目指してると、どっちかが死んじゃったり大怪我したりとかもあるかもしれないし。もし本当に好きなら、今のうちに恋を楽しんじゃってもいいんじゃないかなー、なんて」

「どわぢゃああああああんっ!」

「お、お茶子ちゃん? なんでそんなに泣いてるの!?」

 

 身長的に、抱きつかれた私が抱きしめられてるんですが。

 

「どうやらツボに入ったようですわね」

「あーあー、永遠ちゃんが泣かしたー」

「責任をもって部屋まで送ってあげた方がいいんじゃないかな!」

「あ、みんな他人事だと思って!」

 

 頬を膨らませて睨むと、みんなから明るい笑い声が漏れた。

 良かった。ちゃんと空気は戻ったっぽい。

 

 私は抱きしめられたまま、お茶子ちゃんに付き添って部屋まで行って、お休みを言った。

 翌朝、お茶子ちゃんに謝られたので「むしろ可愛かった」って言ったら怒られた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 仮免試験が開かれたのは、訓練期間が終わってすぐのある日だった。

 

 国立多古場競技場。

 到着した私達は、雄英に匹敵する西の難関校「士傑高校」や、相澤先生の知り合いが先生をしている「傑物高校」などと出会った。

 仮免試験は同時に複数の会場で開かれており、合格者は会場ごとに選抜される。なので、どこの学校も大体、生徒を分けて投入している。うちもA組とB組は別会場だ。

 そんな中、士傑のメンバーには雄英の推薦試験で一位の成績を取りながら入学しなかった男、夜嵐イナサなどが含まれていた。

 

 

 

 

「ずばり、この場にいる受験者1540人一斉に勝ち抜けの演習を行ってもらいます」

 

 机と椅子を取っ払った大会議室のような場所にすし詰めにされた私達は、ヒーロー公安委員会の目良さんという人から仮免試験・第一次選考の説明を受けた。

 例年は筆記試験とかがあるみたいなんだけど、今年は都合により廃止。

 

「試されるのはスピード。よって条件達成者先着100名を通過とします」

 

 五割程度のはずの合格率が、今年は一割弱。

 たぶん、例年は定員制じゃないんだと思う。

 一定ライン以上の受験者全てを合格にしていたところ、今回は上澄みだけを掬い上げることにした。

 

 ヒーローが必要な時に逆を行ってる気もするけど、この状況で有象無象の新人を鍛えていられない、っていう判断なんだろう。

 即戦力だけ拾い上げて使う。

 仮免の人数が減ればインターンの人数も減り、その分、ヒーロー事務所が敵の対処に集中できる。

 

 ルールは的当て。

 各自、野球ボール大の軟球を六つと、ボールと同サイズのターゲット三つが配られる。

 ターゲットは身体の見える箇所に装着する。ボールが当たると発光する仕組みで、つけたターゲットが三つとも光ったらゲームオーバー。

 逆に、クリア条件は二人を倒す――ゲームオーバーにすること。

 同じ人が三つのターゲットに全て当てる必要はない。三つ目に当てれば「倒した」ことになる。

 

 “個性”での攻撃は可。

 

 原作でもそうだったけど、この試験、律義にボール投げする必要はなかったりする。

 ボールが六つしかない上、動く的になんてそうそう当たらない。防御することだって許されている。

 なので、原作のトガちゃんが言っていたように「ボールでぶん殴った方が早い」。もしくは相手を気絶させてからゆっくりボールを押し当てるか。

 

「えー……じゃ展開後ターゲットとボール配るんで、全員に行き渡ってから一分後にスタートとします」

 

 すると、ぎゅうぎゅうだった大会議室の天井と床が()()()、外のフィールドが露わになった。

 

 雄英の訓練施設を大規模にしたようなフィールド。

 山あり、ビルあり、街あり、滝あり、建設現場あり。様々な地形・環境が存在する特設ステージだ。

 

「このルール、透ちゃんに不利だよねえ……」

「どうやってもターゲットだけ見えちゃうからね」

 

 運も実力のうち。

 ルール上の不利をどうやって打ち破るかも腕の見せ所、ってことなんだろうけど、ちょっと厄介。

 

「……でも、予想通りだね!」

「そうだね」

 

 耳元で囁いてきた透ちゃんに微笑みを返す。

 彼女には私の原作知識がバレてる。主従関係になった今、隠す意味もないので、私の部屋でこっそり作戦会議をしてあった。

 だからちょっとだけ有利。

 といっても、透ちゃんに厄介なのは変わらない。ターゲットが登録制だったら私が六個受け持って奇襲してもらうんだけど、つけてないと反則なのでその手も使えないし。

 

「お姉ちゃん。一緒に行動しない?」

「ええ、構いませんが……どうするつもりです?」

 

 せっかくなので、仲のいい百ちゃんにも声をかける。

 ルールを吟味して思案中といった感じの彼女に私は悪い笑みを返した。

 

「ゲリラ戦だよ」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 チーム戦に徹しないかというデクくんの申し出を丁重にお断りして、試験開始前にできる限り外周へ移動した。

 といっても、雄英は体育祭のせいで顔が割れているので、行く先行く先で注目されちゃってたけど――真ん中にいるよりはいくらかマシだ。

 

「START!!」

「行きますわよ!」

 

 開始の合図と同時、百ちゃんが小さなモノを投擲する。

 フラッシュグレネード。

 もちろん、三人分のサングラスは用意してある。

 

「うお、まぶしっ!」

 

 いきなりの閃光で周囲が混乱しているうちに、その場からダッシュで離脱。

 

「どちらに!?」

「市街地! 建物の中!」

 

 背後では閃光が止み、目が慣れた人から我に返り始めている。

 元の位置に私達がいないことを知った彼らは一瞬、呆然として――多くは同士討ちを始めた。

 

「隙あり!」

「そっちこそ!」

 

 こっちにも散発的にボールが飛んでくるけど、それは百ちゃんが自作のシールドをかざして防ぐ。私もステッキを振るって叩き落としていく。

 今日のステッキは新しく作ってもらったロングアタッチメントを装着した「ウイングスピア仕様」だ。

 柄が延長されたことで振り回しやすくなっている上、大きな羽のオプションパーツが付いたことで空気を巻き込みやすくなってる。

 

 そうやってどさくさ紛れに最短で市街地へ。

 よし、まだ本格的な戦闘は始まってない。今のうちに手頃なビルの中へ――。

 

「いたぞ、雄英だ!」

「二人は遠距離攻撃なしじゃん! ラッキー!」

 

 二人の受験者がこっちに気づいて追いかけてくる。

 

「永遠さん、どうしますの!?」

 

 百ちゃん、そう言いながら不敵な笑みが浮かんでるよ?

 私も似たような顔になっているだろうな、と思いつつ答える。

 

「このまま入るしかない!」

「待てぇ!」

 

 そう言われて待つわけがない。

 入ったビルは普通のオフィスビル風で、一階はロビーと受付になっていた。

 ()()()()()()は全速でロビーを駆け抜けて階段の方に向かい――。

 

「わざわざ狭い所に入ってくれるなんてな!」

「こいつら馬鹿なんじゃ――あっ」

「どうした? ……え、ぐわっ!?」

 

 透ちゃんを見失った受験者二人は、背後からの奇襲を受けてあえなく気絶した。

 胸の大きな美女+フリフリの魔法少女の組み合わせが目立つ上、透ちゃんを「なんか透明なの」って認識してると、咄嗟にいるかいないか判断を見誤るよね。

 透ちゃんも目にもとまらぬ手刀、お見事。

 

「二人とも、一人ずつどうぞ」

「いいんですの?」

「うん。次の人を私にくれればいいから」

「……わかりました。そういうことなら」

「そうなると、次は四人いっぺんに釣りたいね!」

 

 二人はそう言って迅速に一人目を「倒した」

 と。

 

「こんなところに誰かいるぞ!」

 

 入り口から声。

 見れば、五つ分の人影があった。

 私達は顔を見合わせて微笑み合い、一目散に階段へ向かった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 二階以降は幾つかの部屋と通路で構成されていて、初めて来る人にとってはちょっとしたダンジョンだった。

 私達は三階で止まると適当な通路に入り、ロッカールームを見つけてそこに隠れた。

 

「見つけてくれるかな?」

「距離はそれほど取れませんでしたので、追いかけてくるとは思いますが……」

「一人ずつ来てくれると最高だね」

 

 ひそひそと囁きあううち、一人分の足音が聞こえてくる。

 足音が一人分だからって一人とは限らないのがこの世界の怖いところだけど。

 

「私に任せてくれないかな?」

「一斉にかかった方が確実ではありませんこと?」

「範囲攻撃が怖いし、ちょっと試してみたいことがあって」

「わかった! でも、危なくなったら援護するからね!」

「ありがとう」

 

 二人に隠れてもらったまま、一人で出る。

 位置まではバレてないはずなので静かに。

 

 少しくらい活躍しないと、おんぶに抱っこになっちゃうし。

 

「どこだ、隠れてないで出てこい雄英!」

「………」

 

 挑発は無視。

 来たのは男子らしい。入り口の脇に待機して待つと、しばらくしてガチャリと開き、

 

「隙あり」

「ぐはっ!」

 

 突き出したステッキの飾りが側頭部を直撃。

 揺れた頭がドアに当たってがん! と音を立てる。すごく痛そう。必殺技を試す前に気絶しちゃうんじゃないだろうか。

 と、思ったら、意外と頑丈だった彼は笑顔を浮かべて、

 

「ふ、ふははは! 残念だったな! 俺の“個性”は――」

「足りなかったかー」

「いた! 痛い! やめて! 喋らせ、あ痛ー!?」

 

 ガン! ゴン!

 もう二発くらい殴ってみたけどなかなか倒れてくれない。ちょっとパワーを抑え過ぎたかな? 星がトゲトゲしてて痛いはずなんだけど。

 

「馬鹿め! 俺の“個性”は、痛めつけられれば痛めつけられるほどパワーアップするもの! 今のダメージで俺のスペックは格段に上がったぁ!」

「む」

 

 反射的に距離を取ると、さっきまで私がいた位置を蹴りが通過した。

 速い。

 どうやら言葉通り、なかなか手強い“個性”持ちらしい。蓄積できるダメージ量、制限時間にもよるけど、鍛えたら化けそうだ。

 端的に名付けると『ドM』になっちゃいそうだけど。

 

「ほらほら、どうする!? お仲間は一緒じゃないのか!?」

「そっちこそ! 一人で大丈夫なんですか!?」

「はっはっは! 俺が騒いでるのはなんでだと思う!?」

 

 そういうことですか。

 でも、バラバラに探索してるなら多少時間はあるはず。

 なら、対処方法は――。

 

 私はドMさん(仮称)に正対すると、身体から無駄な力を抜く。

 

「観念したか!? ならば!」

 

 向こうもノックアウト作戦なのか、ボールは手に持っていない。

 大振りのストレートの予兆に、回避、それから迂回の挙動を身体へ入力。即座に()()()()()()。五感も、今日の晩御飯も何もかも頭から外して「無」を作る。

 

 ――思えば、思考を手放すのは割と得意なのだ。

 

 暗い地中で何年も何年も、何もできずに過ごしてきた。

 脳まで再生してからの時間は、最後の一割にも満たないとはいえ、普通の人がなかなかしない経験だ。

 だから、私にはある程度の素質があった。

 

「な、にっ!?」

 

 意識が戻った時、私はストレートを避けて側面に回っていた。

 ドMさんは一瞬動揺し、私の姿を探してしまう。自意識すら消すことで気配が消え、相手には姿が消えたように錯覚させるらしい。

 トガちゃんが裏社会での生活中に身につけた絶技。その劣化コピーに、透ちゃんから教わった歩き方を組み合わせることで、自分なりに形にしたもの。

 

「悪く思わないでね……っ!」

 

 ステッキを手放し、拳を握った私は強烈な右ストレートを繰り出す。

 まともに喰らったドMさんは吹っ飛び、正面の壁に叩きつけられて――ぐったりと、起き上がることなく身を横たえた。

 

 接近し、彼が息をしていることを確認した私は、さっさとボールをターゲットにくっつけたのだった。

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