超音波による麻痺攻撃。
情報としては知ってたけど、実際に喰らってみると全然違った。
――無。
目は見える。耳も聞こえる。
でも、身体が動かない。
首から下が一瞬で吹き飛んでしまったみたいに感覚が無い。
ああ。
ゲームで麻痺攻撃が致命的な理由がよくわかった。
「さて」
ぐらり、と、身体が後ろに倒れていく中。
ギャングオルカが私に背を向けるのが視界に入った。
もう一発、透ちゃんに向けて放つつもりだ。
「―――」
させちゃ駄目だ。
近くにいた轟君やイナサもまとめて痺れてる。
このまま形勢を傾けられたら立て直せなくなる。
動け。
動け、私の身体……っ!
意識の全てを無事な方の腕に集中。
感覚のない腕が「あるものとして」運動命令を何度も何度も送り付ける。
何度、繰り返した時だろう。
時間にすれば数秒。
ぴくりと、腕が動いた。
麻痺だって、言ってしまえば状態異常。
私の身体は一生懸命それを修復しようとする。人より回復はずっと早い。その回復を一点に向ければ、
「っ」
腕を回し、倒れる身体を受け止める。
バネの要領で身体を起こすと拳を握り、
「――何!?」
筋肉がぶちぶち千切れるのを感じながら、ギャングオルカの横っ腹を思いっきり叩いた。
◆ ◆ ◆
「永遠ちゃん、腕は大丈夫?」
「うん。もう殆ど塞がったから」
二次選考終了後。
私達は会場の一角に集められて結果を待つことになった。
ギャングオルカ戦の顛末は原作と大きくは変わらない。
轟君、イナサ、真堂君、デクくん達と一緒に必死に抵抗し、相手をギリギリで食い止めた。
他のみんなも次々と加勢に来てくれて、互角かちょい優勢くらいでさあ真っ向勝負、っていうところで終了の合図があった。
『皆さん、長いことおつかれ様でした』
採点方式の説明があった後、合格者の掲示があった。
『綾里永遠』
法的な手続きはまだなので旧姓で、私の名前もあった。
『葉隠透』
『八百万百』
透ちゃんや百ちゃんの名前も。
「やったぁ! 合格だよ、永遠ちゃん!」
「揃って合格とお父様お母様に報告できますわ!」
「うん! やったね、透ちゃん、お姉ちゃん!」
他のA組のみんなの名前もたくさんある。
減点方式――ヒーローとして、救助者として相応しくない行動を取ることで点が減るシステムだったので、真っ当に頑張っていればそうそう落ちない。
わかった範囲で落ちたのは、喧嘩してしまった轟君とイナサ。それと爆豪。
止められたかもしれないけど、私はそうしなかった。
止めることで彼らが良い方向に向かうかわからなかったし、それにこの試験は落ちても救済措置がある。
『不合格となってしまった方々。君たちにもまだチャンスは残っています』
三か月の特別講習とテストを経ることで仮免を発行する。
飛び級的に受験している私達にとっては、むしろ正規のルートかもしれない。
でも、私は早く仮免が欲しかった。
『ヒーロー活動許可仮免許証 綾里永遠』
仮免許証はその日に発行された。
なんだかんだで、終わった時には夕方になってたけど、ぴかぴかの仮免許証が何よりも嬉しかった。
今、これを一番見せたいのは――。
「相澤先生!」
先生はすぐに見つかった。
傑物高校の先生――Ms.ジョークとの話が終わったところだったのか、彼女と別れて歩いてきた先生に仮免を見せ、告げる。
「インターンがしたいです!」
「早えよ」
せめてみんなに説明するまで待てと怒られました。
◆ ◆ ◆
「あー疲れたー、書類仕事やだー。ねーパトロール行ってきていいー?」
「レディさん仕事してください」
「せめてトレーニング」
「レディさん仕事してください」
「だって面倒臭いんだもん……お?」
ぴろん、と、スマホに着信。
地味な仕事に辟易していたMt.レディは天の助けとばかりに飛びつき、確認する。
グループチャット。
送られてきた写真と送ってきた相手を確認し、にんまりと笑う。
「雄英が仮免取得を早めたとは聞いてたけど……なんだ、思ってたよりずっと早かったじゃない」
インターンはよ、と返信して、がたりと席を立つ。
「みんな! トワちゃんが仮免取ったそうよ!」
「まともな事務戦力キタコレ」
「それはそうとレディさん仕事してください」
「……はーい」
とりあえず、永遠にはもう一回「はよ」と送っておいた。
◆ ◆ ◆
「何を企んでいる、オール・フォー・ワン」
「何を、とは?」
緑谷出久達が仮免試験で奮闘している頃、オールマイトは仇敵と相対していた。
最新鋭の設備を備えた最高峰の刑務所“タルタロス”。
収監されたオール・フォー・ワンは四肢を封じられたまま、常にバイタルや脳波をチェックされ、身じろぎしただけ、“個性”を使おうと
だが、彼の声音、口調は決戦時と何ら変わっていなかった。
既に、問答は終盤へ差し掛かっている。
オールマイトが問い、オール・フォー・ワンがはぐらかす。
オール・フォー・ワンが挑発し、オールマイトが必死に己を抑える。
収穫のない会話。
楽しんでいるようでさえあった悪の支配者は、ここにきて、ようやく違う表情を見せた。
「その気になれば出られるんだろう、ここから」
『オールマイト。何を――』
「どうして、そう思うんだい?」
カメラで監視している所員が声を上げるが、オールマイトもオール・フォー・ワンも構わなかった。
「君が神野で見せた黒い泥。呼び寄せか転送しかできないそうだが――自分を転送することは本当にできないのか? できないとしても、手勢を呼び寄せることはできるんだろう?」
「……何を言うかと思えば。僕が“個性”を使えばたちまち銃弾に襲われるんだよ?」
「肉体の強度を上げ、『超再生』を持つお前を殺しきることなどできないさ。僅かな間さえあれば、それでもう十分な隙を作ることができる」
オール・フォー・ワン脱走の可能性。
誰もが恐れているそれが現実として存在すると、オールマイトは指摘する。
机上の空論だ。
もし、本当に可能なのだとすれば、支配者を収監しておける施設など存在しない。
実際、そう叫ぶ者もいるが、日本の現行法では即座の死刑は不可能。
「随分賢そうなことを言うね。誰かの入れ知恵かな」
「……本来は『サーチ』を奪うはずだったらしいな。
オール・フォー・ワンは答えない。
「この状況はイレギュラーなのさ。存在するはずのなかった因子が混じっている」
「………」
今度はオールマイトが沈黙する。
イレギュラー、不確定因子が誰かは明白だ。
ラグドールの『サーチ』で連合の構成員達は居場所が割れる。
肝心の死柄木と黒霧がノーマークだが、他の者は警察に日々追いかけまわされており、仲間と連絡を取り合うどころか一か所に潜伏することさえ難しい。
首魁の死柄木も深い傷を負っており、連合は四肢と牙をもがれた状態にある。
「だが、あれはあくまでイレギュラーだ。君達の切り札ではない」
「………」
「場に残り続ける鬼札が、思いもよらない役を作り出さないよう、気を付けることだ」
オールマイトは何も答えなかった。
所員が時間オーバーを告げ、オール・フォー・ワンとの面会は終わりを告げた。
まだ終わっていない。
悪との戦いに終わりがないことを痛感したオールマイトは帰路につく途中、後継者からの仮免合格の報を受け取った。
◆ ◆ ◆
仮免を取れたのは本当に嬉しかった。
今なら何でもできそう、みたいな気分はまだ胸の中にあるんだけど、寮に帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入ってさっぱりしたあたりで素に戻り始めた。
「明日から普通に授業かあ……」
「それ普通に過酷だよねえ……」
談話室でぐでっとしながら透ちゃんと言う。
時間の感覚がおかしい。
夏休みってなんだっけ。合宿の後は神野事件があって、その後は家庭訪問で、かと思ったら特訓。羽を伸ばしてる暇はどこに行ったのか。
寮はエアコン効いてるから余計に季節感がない。
とりあえず今日は寝るだけなんだけど……。
――今日って、デクくんと爆豪が喧嘩する日じゃなかったっけ?
記憶を探る限り今日だった気がする。
でも、起きるのかな?
あれはラグドールの誘拐とか、オール・フォー・ワンの情報とか諸々あって爆豪が「気づいた」のが発端だ。あのあたりの事情がごっそりなくなってるから、たぶん、気づくには情報が足りない。
大丈夫、だと思う。
デクくんとオールマイトの関係については基本、干渉してない。
私が知っていることを知っているオールマイトならともかく、デクくんにはあんまり思わせぶりな素振りを見せられない……。
「り、綾里さん」
「え」
突然声をかけられて、びくっとしてしまった。
でも、びくっとしたのはそれだけが理由じゃなくて、声をかけてきたのが想っていた人だったから、でもある。
「あ、いや、もう八百万さんなんだっけ……。でも、妹さんって呼ぶのもなんか違うし……」
声をかけてきたと思ったら、気遅れしたのかブツブツ言い始めるデクくん。
周りに他の女子もいるから、その、ちょっと挙動不審なんだけど。
「ど、どうしたの、緑谷くん?」
仕方ないのでこっちから尋ねると、デクくんは表情を引き締めて頷いた。
「う、うん。その……ちょっと、聞きたいことがあって」
「え」
「どこかで、二人だけで話せないかな?」
「ええ……!?」
ざわっ。
デクくんの一言で周囲がざわつく。
ちょっと待って、その言い方だと……!?
「おいおい、告るのか緑谷!?」
「そーゆーの興味ないフリして大胆だなおい……!」
やっぱり。
男子が女子に「二人っきりになりたい」なんて言ったらこうなるよね。
デクくんも言ってから気づいたみたいで、目を丸くして両手を広げる。
「そ、そういうのじゃないんだ! 全然! これっぽっちも!」
まあ、そうだよね。
そういう言い方をされると若干傷つくけど……。
デクくんの用件はなんとなくわかる。
真面目な彼が告白してくるわけがないし、爆豪じゃないんだから決闘とかでもないはず。
なら、
「永遠ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
事情を知ってる(というか、盗み聞きしてた)透ちゃんが確認してくるけど、微笑んで頷く。
「緑谷くん、“個性”の相談だよね?」
「あ……う、うん! そう!」
とりあえず、それっぽい単語で誤魔化す。
デクくんも慌てて頷く。
それを確認したみんなはあからさまにがっかりした顔になった。
「なーんだ」
「つまんねー」
つまんなくていいんだよ!
こんなことでお茶子ちゃんに恋敵と勘違いされるとか笑えないんだから……!
再びぐでっとしたみんなに見送られ、私達はその場を離れた。
下手に外に行くと指導対象になりかねないので、考えられるプランは二つ。私の部屋に招くorデクくんの部屋に行く。
こういう場合ってどっちがセーフなんだろう……? と、しばし悩んだ末、同じ階に住人のいない私の部屋に行くことにした。
「永遠ちゃん、変なことされたら大声出してね!」
「ありがとう、透ちゃん。たぶん大丈夫だよ」
「多分じゃないから!」
念のためと廊下で待機してくれるという透ちゃんにお礼を言って、デクくんを部屋に招き入れた。
「適当に座って。お茶でも淹れるね」
「あ、お、お構いなく……」
「そういうわけにもいかないよ」
デクくんはガチガチに緊張してる。
女子の部屋が初めてってわけでもないだろうに。いや、初めてなのかな……? 私はそんなに緊張してない。たぶん、綾里家の男の子と部屋を行き来していたんだろう。覚えてないけど。
本当に緑茶を淹れて二人分置く。
「お茶請けは何がいいかな? パンかポテチかカップ麺ならあるけど」
「い、いや、晩御飯食べたし……!」
「そう? じゃあ私は天ぷらそばでも食べようかな」
せっかく緑茶だし、和食の方が合うよね。
「……変わってるね」
「食べられる時に食べておかないと、飢え死にしちゃうかもしれないからね」
「はは……」
変な生き物を見るような目で見られた。
でも、それでちょっとは気が紛れたのか、デクくんは落ち着いた表情になった。
「それで、その。“個性”の話なんだけど……」
「うん」
あ、本当に“個性”の話だったんだ。
でも、なんで私に?
「――君も、誰かから“個性”を授かったのか!?」
「え」
ちょっと予想外の問いかけだった。