死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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インターン

「……久しぶりだなあ」

 

 Mt.レディ事務所が入ったビル。

 一学期の職場体験以来だ。

 

 インターンが解禁された週の土曜日。

 ヒーローコスチュームとその他の荷物を抱えた私は、いざ事務所のドアを叩いた。

 

「失礼します!」

 

 ここの雰囲気は把握してる。

 体育会系とオタク気質が合わさった独特の空気。

 明るく元気よく、それでいて愛嬌がある感じで挨拶して踏み込むと、

 

「……トワちゃんだ」

「……トワちゃんが来たぞ」

「あれ?」

 

 暗い。

 サイドキックの人達がどんよりした目で見つめてくる。

 まるでゾンビか何かのそれ。

 あれ、もしかして私、歓迎されてない?

 レディさんからは「はよ」って急かされるくらいだったんだけど……。

 

「お久しぶりですっ。雄英高等学校からインターンで来ました、ヒーロー名:トワです。よろしくお願いしますっ」

「おー」

「あー」

 

 ぱちぱちぱち……。

 気のない返事と共にまばらな拍手が返ってくる。

 あれー、キタコレはどこに?

 あれかな、インターンで来たからには職場体験の時と違ってビシバシ行くから的な?

 

「いらっしゃいトワちゃん!」

「ひあっ!?」

 

 いきなり後ろからぎゅーってされて、思わず変な声が出た。

 この声と感触は間違いない、レディさん。

 

「お久しぶりです。その節は本当にお世話に――」

「あー、いいのいいの。私とトワちゃんの仲じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 

 あれ、レディさんはいつも通りだ。

 すると皆さんのテンションは一体何故?

 

「レディさん仕事してください」

「レディさん仕事してください」

 

 今度は仕事してくださいマシンと化していらっしゃる。

 

「あれ、もしかしてお忙しい感じですか……?」

「あー、うん。トワちゃんが大口のお仕事持ってきてくれたからねー」

「……そのせいでレディさんがはしゃいで書類仕事しないんだよ」

「……そのせいでレディさんがはしゃいで街を壊すんだよ」

「本当にごめんなさい」

 

 土下座して謝った。

 まさかそんなところに影響があるとは……。

 と、レディさんはひらひら手を振って、

 

「気にしなくていいわよ。それよりトワちゃん、早速トレーニングに付き合ってくれない?」

「私からもお願いしたいくらいですけど……お仕事の方は?」

「私が手伝っても大して変わらないし」

「……仕事の規模考えるとトレーニングは必要ですけど」

「……トワちゃんが来たら手伝ってもらえると思ったのに」

 

 本当にごめんなさい!?

 一段落したら絶対にお手伝いしようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 ぱぱっとヒーローコスチュームに着替え、道場でレディさんと向かい合う。

 

「さて。どれくらい成長したか見せてもらいましょうか」

「よろしくお願いします」

「“個性”なしの私を倒せるくらい強くなっててくれると嬉しいんだケド」

「あはは。さすがにそれは難しそうですね」

 

 レディさんは女性としては体格がいいし、武闘派だし。

 と思ったら、鋭い視線が返ってくる。

 

「……ナンだ。そんな覚悟だったの?」

「え?」

「プロの強さを実感して、(ヴィラン)に誘拐されるなんて醜態も晒して、仮免も取ったのに、“個性”なしの私にさえ勝つ気がないなんて、がっかりよ、トワちゃん」

「―――」

 

 そう来たか。

 あの空気の中、レディさんだけはフレンドリーだったから、ちょっと気を抜いてしまっていた。

 そうだ。

 この人はそういう人だった。

 どうでもいいお世辞なんかより、野心的な挑戦を求める人。

 

「……すみません。ちょっと調子に乗ってました」

 

 私は首を振って意識を切り替える。

 

「ぶっ倒します!」

「よく言ったわ! 来なさいトワちゃん、返り討ちにしてあげる!」

 

 レディさんは嬉しそうに笑って、私に向かって突っ込んできた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

(倒す気で来なさいとは言ったケド――)

 

 組み手の開始から約二分後。

 Mt.レディは内心で舌を巻いていた。

 

(トワちゃん、ちょっと強くなりすぎじゃない!?)

 

 本当に負ける気はなかった。

 日々、精進しているのはMt.レディだって変わらない。永遠の職場体験、それから神野の一件を経て、まだまだ強くならないといけないと今なお自分を鍛え続けている。

 前に戦った時より強くなっている自信がある。

 だというのに、永遠の成長速度はMt.レディのそれを遥かに超えていた。

 

「どっせい!」

「―――」

 

 何度目だろうか。

 Mt.レディが繰り出した渾身の一撃はことごとくをかわされていた。

 ひらり、ひらりと。

 まるで柳のような回避行動。幽霊に例えられる特徴そのままに、ちょっとでも気を抜くとすぐに『気配がかき消える』。

 別に透明になっているわけじゃない。

 そのはずなのに、完全に気配がなくなると一瞬、姿さえ消えたように錯覚してしまう。

 

(職場体験の時は耐えるだけの子だったのに……!)

 

 当たらない。

 速さが特別優れているわけじゃないのに。

 

 加えて、彼女は耐久力もある。

 

 Mt.レディの攻めに一時間耐えたタフさも健在なはず。

 避ける上に硬いとか、ゲームのキャラクターだったら強すぎるとクレームになるだろう。

 

(でも、こっちだってただ空ぶってるわけじゃないわよ!)

 

 気配を捉えられない時間がほんの少しずつ減っている。

 感覚が慣れてきているのだ。

 永遠は異形型じゃない。基本の四肢しか持たない以上、上や下にはそうそう逃げられない。パターンを蓄積していくことで、僅かな挙動の差を五感が察知し、どっちに避けたか本能的に判断できるようになる。

 さあ、どこまで避け続けられるか、

 

「勝――っ!?」

 

 勝負、と言おうとしたMt.レディは、言いようのない寒気を覚えた。

 見れば。

 永遠の口元に不敵な笑みが浮かんでいる。

 息を吐く。

 深くえぐり込むような右ストレートを打ち込んだ体勢から、無理やり身体の勢いを引き留め、戻して、

 

「やああああああっ!」

「ぐうううう……っ!?」

 

 ()()()()()()()()()永遠が繰り出してきた重い一撃が、身長と体重で勝るMt.レディの身体を大きく吹き飛ばした。

 重い。

 威力も、精度も、出のスピードも、何もかもが前の時より洗練された、悔しくなるような一撃だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「フ、フハハハハハッ! 勝った、勝ったわっ!」

「い、痛い痛い! 痛いですレディさんっ!」

 

 戦闘開始から約三十分後。

 私は、やたらめったら打ち込まれてボロボロの状態(良いのか悪いのか、打撃のダメージなのでコスチュームはほぼ無傷)で、レディさんに組み敷かれていた。

 ちなみにレディさんもボロボロ。

 結構いいやつを何発も入れたのに、入れる度に底力を発揮して襲い掛かってきた。

 

 気配遮断と捨て身のカウンターを使い分ける必殺戦法を野生の勘で見切られ、最終的に乱打戦になった挙句、この有様。

 

「うう、もうちょっとだったんですけど……」

「馬鹿じゃないの? 本当に勝たせるわけないじゃない」

「もうちょっとだったんですけど……」

「あ?」

「ごめんなさい調子に乗りました」

 

 そこでようやく解放され、二人してぜーはーぜーはー呼吸を整える。

 

「っていうか、今回くらい勝たせなさいよ。次やったらあんたが勝つでしょ?」

「あー。まあ、多分」

「否定しろよ」

「あいたっ」

 

 殴られた。

 いや、でも、肉体的にも精神的にもレディさんの動きに慣れちゃうから……。

 というか、殺し合いなら私が勝ってたかもしれない。

 こうしてる間も身体のダメージは治ってるし、とどめを刺しきれなかったら不利になるのはレディさんの方だ。なんて、“個性”なしvsありじゃ威張れないけど。

 

「……あの。そういえば、例の件は参加させてもらえるんですか?」

「ん? ああ、あの件でしょ? うちからは私とトワちゃんで行くわよ」

「ありがとうございます」

「むしろこっちがお礼言いたいくらいよ。でかいヤマに参加できれば知名度が上がるしね」

「そのお陰で皆さん死にそうですけど……」

「トワちゃんだって大変よ。授業受けながらあっちこっち行くんだから」

 

 明日の日曜日は顔合わせ。

 来週の土曜日はトガちゃんのいる警察関係の施設で特訓。終わったら最終ミーティングに参加して、日曜日に強制捜査。

 もちろん平日には普通に授業がある。

 授業も普通の学科を消化しつつ(詰め込み式なのでどんどん進む)、戦闘訓練やらヒーロー学やらをきちんとこなさないといけない。

 

「……馬鹿みたいなスケジュールですね」

「だからそう言ってるでしょ。ちなみにそれが卒業するまで――大学行かずに就職するなら卒業しても続くから」

「何言ってるのかわかりません」

「そんなもんよ」

 

 さすがヒーロー、労働条件がブラック……!

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 休憩の後は通常業務をお手伝いしている間に一日が終わった。

 皆さんは本当に忙しかったみたいで、私が電話応対したり、誰でもできる書類整理とかをするだけで泣いて喜んでくれた。

 明日もそのままインターンだから問題ないよね! とばかりに残業をしてから、翌日の顔合わせのためにレディさんと一緒に事務所を出た。

 

 サイドキックの人の車で駅まで送ってもらって(経費節約)、電車で移動してから、牛丼屋さんでご飯を食べた(経費で落ちないので個人資産の節約)。

 金髪美女と見た目幼女の二人が大盛りやら特盛りやらをかきこむ姿はきっと異様だっただろうけど、安くて美味しいんだから仕方ない。

 

 それから、その後はビジネスホテルに二人一部屋で宿泊(経費節約)。

 

「部屋が広く感じるわー」

「それは私が小さいってことでしょうか……?」

「わかってるじゃない」

 

 抱き寄せられて、ぬいぐるみのごとく抱きしめられる。

 

「シャワー浴びてからにしませんか?」

「シャワー浴びたらしてもいいんだ。じゃあいっそ、お姉さんと一緒に寝る?」

「もうちょっと寒い時期なら喜んでお願いするんですけど」

 

 この時期だとぶっちゃけ暑い。

 レディさんは「やっぱりトワちゃん面白いわー」とけらけら笑った。いや、だって女同士ですし。

 でも、ヒーローコスチュームじゃないレディさんはちょっと新鮮。

 あのコスプレっぽい衣装じゃないと、ぶっちゃけただの金髪美女だ。

 

「レディさんは彼氏いないんですか?」

「どっちだと思う?」

 

 一緒にシャワーを浴びながら尋ねてみると、にやりと笑って頬を撫でられる。

 

「いないと思います」

「こいつめ」

「ひはひひはひ(痛い痛い)」

 

 つねられた。

 赤くなった頬をさすっているうちに、その話は有耶無耶になった。

 

 シャワーが終わったら、明日に備えてさっさと寝なくちゃいけない。

 ツインのベッドに分かれて横になって、目を閉じてぼうっとしていると。

 

「ねえ、トワちゃん」

 

 レディさんのぼんやりした声がした。

 

「なんですか?」

「怖くないの? 戦い……ううん、殺し合い。痛くて怖くて、血の匂いで満ちてる。ヒーローの現場はそういうものよ。それでも、戦うの?」

「はい。戦います」

「どうして?」

「いろいろ、です」

 

 平和が欲しいから。

 自分の身を守るため。

 原作の流れを壊したいから。

 そして、『綾里永遠』と家族との約束だから。

 

「トワちゃんにも色々あるのねえ」

「レディさんは、どうしてヒーローになろうと思ったんですか?」

「目立ちたいから。お金が欲しいから。モテたいから」

「素敵な野望ですね」

「でしょ?」

 

 私達はくすくすと笑った。

 もちろん、レディさんの志望動機が言われた通りだとは思わない。いや、言われた通りだったとしても幻滅するとかそういうのはないんだけど。

 誰にだって理由はある。

 そのために命をかけられるなら、それは尊い理由だ。

 

「死んじゃダメよ、トワちゃん。私が怒られるんだから」

「はい。怒られるレディさんを見られないんじゃ、つまらないですからね」

「そっち行って絞め殺してあげましょうか」

「きゃー、プロヒーローに襲われるー」

 

 オフのレディさんは明るいお姉さんっていう感じだった。

 私達は明日も早いっていうのにしばらくどうでもいい話をして、はしゃいでから眠りについた。

 原作を読んでいた時に感じていたMt.レディの印象と、今のレディさんの印象。それがだんだんと、重ならなくなっていた。

 

 当たり前だ。

 みんな生きている人間なんだから。

 泣いたり笑ったりして生きている。

 死んでいいはずがない。

 

 全員救えるなんて思い上がることはできないけど、手を伸ばせる範囲には必ず伸ばす。

 もちろん、壊理ちゃんにも。

 私は、あらためてそう思った。

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