翌週の土曜日。
私は、待ちに待った時を迎えていた。
窓に格子のはまった、物のない部屋。
あるのは天井の監視カメラと一脚の椅子だけ。
そして彼女は、その椅子に鉄の拘束具で繋がれていた。
「……永遠ちゃん?」
「トガちゃん!」
トガちゃんは少しやつれたように見えた。
見慣れた制服風コーデじゃなくて無地のさっぱりした服を着せられて、トレードマークの髪形もただ垂らしただけのセミロングになっている。
特に、目が違う。
ギラギラに近いキラキラだった目には隠しようのない疲れが見える。
駆け寄ると、トガちゃんはゆっくりと顔を上げて私を見た。
「永遠ちゃん? 本当に永遠ちゃんなの? 誰かの変身とかじゃないよね?」
「そっくりに変身できる“個性”なんてトガちゃんくらいだよ」
拘束具の鍵は借りている。
私は手を伸ばしてトガちゃんの拘束を解いた。
「なかなか会いに来れなくてごめんね」
「ううん」
静かに腕を回すと、トガちゃんも抱きついてきてくれた。
「会いに来てくれてありがとう。……会いたかったのです」
「私も、トガちゃんに会いたかったよ」
「永遠ちゃん。永遠ちゃん永遠ちゃん、永遠ちゃん」
私の小さな胸に顔を押し付けて、呻くように言うトガちゃん。
寂しかっただろう。
周りにたくさんの人がいて、することもたくさんあって、目まぐるしく日々が過ぎていく私と違って、拘束されたトガちゃんの日々は灰色だ。
楽しくない。
好きなこともできない。
そんな日々は、きっと長くて辛くて退屈だったはずだ。
「永遠ちゃん。いつまでいられるの?」
「えっとね、五時間……六時間くらいかな」
「……それだけ?」
「ごめんね。前と違って、ここには簡単に来させてもらえないんだよ」
大事件の重要参考人。
それでなくても複数人を殺している凶悪犯だ。
一介の高校生が会いたいと言って会えるものじゃない。
「今日もね、ただ遊びに来られたわけじゃないの」
「……どういうこと?」
「トガちゃん、警察に協力することになったんでしょ?」
「うん。協力すれば、刑が軽くなるって言われたのです」
「それでね、協力してもらうにあたって、暴れられたら困るからストレス解消をさせようって話になったの」
意見協力なら拘束は外さなくていいけど、アメをあげずにムチばかりじゃ素直に協力してもらえなくなる。
『変身』しての囮捜査なら猶更。
協力していればいいことがある、と思わせるのも大事――という、校長の方便。
「あと、ついでに私の特訓に付き合ってもらおうかなって」
「……どうすればいいの?」
「帰る時間まで……ううん、シャワーの時間があるからギリギリまでだと困るけど、私を実戦形式で殺してくれないかな」
「っ」
ぴくっと、トガちゃんが震えた。
無意識か、背中に回された手に力が入って、爪が服越しに食い込んでくる。
「いい、の?」
「もちろん。……リハビリは必要だよ。いきなり禁止されたら、気が狂っちゃうでしょ?」
私だって、もし食事の必要がない身体になったとして、じゃあ明日から何も食べないでくださいって言われたら「ちょっと待って」って言う。
せめて最後の晩餐だけでも、ううん、一か月くらいかけて移行期間を設けてくれないかなってなる。
「だから、いいよ。好きなだけ殺して」
ご飯もいっぱい食べてきたし、持ってきた。
トガちゃんと一緒に食べられるように検査もしてもらった。
「……永遠ちゃんは、やっぱり永遠ちゃんなのです」
噛みしめるような声だった。
「もちろん。私は私だよ」
すぐに始める? と尋ねると、意外なことにトガちゃんは「ううん」と首を振った。
「もうちょっと、こうしててもいい?」
「もちろん」
私達はしばらくの間、そのまま、お互いの体温を感じ合った。
◆ ◆ ◆
数時間後。
疲労困憊になった私は、ウェットティッシュとか濡れタオルとかを使って身体の汚れに応急処置を施しながら、部屋の状態をあらためて見回した。
来た時は綺麗だった部屋は見事なまでに汚れていた。
私の血。
実戦形式だったため、大部分が飲まれずに飛び散った結果がこれだ。掃除はさぞかし大変だと思う。っていうか、まるで殺人事件の跡地だから、潔癖な人なら部屋に入っただけで吐いてしまうかもしれない。
特訓の間、スピーカーから「うわあ……」とか声が聞こえてきたような気がしたけど、まあ、もはや気にしても仕方ないよね。
「うん、結構良くなったよ」
「本当?」
「永遠ちゃんは飲み込みが早いのです」
本家本元に褒められた。
「ありがとう。トガちゃん相手じゃなかったらこうはいかなかったよ」
トガちゃんの特訓はスパルタだった。
ルール自体は簡単。
トガちゃんにはナイフを渡し、私の方は両手にふわふわしたグローブをはめる。こっちの攻撃は当たってもダメージにならないけど、向こうの攻撃は必殺。
後は真剣勝負をするだけ。
なんだけど、まず攻撃が当たらない。なのに向こうの攻撃はさくさく当たる。
こっちもちゃんと気配を消してるはずなのに、トガちゃんは本当に消えたみたいに私の視線を避け、私の気配なんて簡単にわかるとばかりにナイフを走らせてくる。
『まだまだ気配の消し方が甘いのです』
と、トガちゃんは軽く言う。
『身体に命令してから頭を空っぽにするのもいいけど、それじゃほんの少ししか消えられないし、咄嗟に対応しにくいよ。それより、動きを全部身体に覚えさせて、何も考えなくても攻撃できるようにした方がいいのです』
本当に軽く言う。
いやいや、そんな達人みたいなことそうそうできない。
透ちゃんだったらある程度再現できるかもだけど。彼女は逆に、頭を空っぽにするのが無理だって言ってた。気配を希薄にしながら頭をフル回転させる術を身に着けて来たので、それと考え方が相反するらしい。
『永遠ちゃんは素手だから余計に大変なんだよ』
格闘だと、手や足を相手に叩きつけないといけない。
力を込めると、どうしてもそこに意志が乗っちゃうから気配を読まれやすくなる。
ナイフなら腕を滑らせるだけで相手が勝手に傷ついてくれる。そこに余計な力はいらない。
『というわけで特訓なのです。考えなくても相手をぶっとばせるように』
『物騒な特訓だなあ……』
なお、一回ミスするごとに身体の部位がランダムに切り裂かれたり、刺されたりする。
腕や足ならまだいい。我慢して動くのは難しくない。
でも、肩とか胸とかお腹とかになってくると、長い時間我慢するのはほぼ無理だ。
動けなくなって倒れたらお楽しみタイム(注:トガちゃんにとっては)。
『えへへ。永遠ちゃん。永遠ちゃん。カァイイよう……』
ざくざく。ぐさぐさ。ちうちう。
復活するとわかったので、トガちゃんは更に遠慮がなくなった。
私はさくっと息の根を止められた挙句に解体され、新鮮な血をたっぷり吸われた。手際が良く、余計な損傷がないお陰で治りが早かったのが救いだ。
血が出るとやっぱりエネルギーをたくさん消費する。
復活する度に水分補給と食事を取って、また特訓。
何気に、土の中から出てきてから明確に『死んだ』のは一回だけだった。
死んで生き返る度、私は自分の中の「死への恐怖」が薄れていくのがわかった。
積極的に死にたいわけじゃない。
痛いのも苦しいのも嫌だけど、なんていうんだろう。戦いや死に対する余計な気構え、硬さのようなものがなくなっていった。
敵と相対していても、自室で横になっている時と同じように「無」を作れるようになっていった。
『不老不死』の最適化も関係してるんだろうけど。
お陰で、私の体術はかなり進歩した。
「永遠ちゃん。次はいつ頃会えるかな?」
「わからない。私がプロになって活躍すれば、もうちょっと楽に面会できると思うんだけど」
「本当? いつ頃プロになれるの?」
「うーん……早くても二年以上先かなあ」
「長すぎるのです」
長いよねえ……。
「トガちゃんが自由の身になればいつでも会えるようになるよ」
「それも結構時間がかかると思うの」
「そっか、そうだよねえ」
しみじみと、私達はままならなさを実感する。
「でも、絶対また来るから」
「うん。待ってる」
服を着た私達は、最後にもう一度ぎゅーっとしてから、別れた。
心なしか警察の人達が引きつってたような気もしたけど。
私は深く頭を下げてお礼を言って、施設を後にした。
◆ ◆ ◆
ホテルでしっかりシャワーを浴びて、ご飯をお腹いっぱい食べて、ぐっすり寝て(この日は一人部屋だった)、翌日。
私は他のヒーローやインターン、武装した警察官と一緒に、死穢八斎會の本拠地前にいた。
本拠地は高い壁に囲まれた日本屋敷。
葉隠の本家と比べるといかついというかごついというか、風流さより近寄りがたさを感じるあたりが「いかにも」だ。
集まっている人数は会議の時の数+警察数十名なので物凄い。
殆どの人がプロなのでわいわい騒いだりはしてないけど、明らかに物々しい雰囲気。
ぶっちゃけ、これから強制捜査ですよー、っていうのは見ればわかる状態。
――原作ではチャイムを鳴らした途端に攻撃されてた。
味方側は「気づかれたのか!?」みたいな反応だったけど、いや、これは気づくよと言いたい。
まあ、だからって八斎會側から攻撃するのは早計な気もするけど。
「始まるぞ」
警察の人が、門の横にあるチャイムを鳴らそうとして、
途端。
「何なんですかァ!? 朝から大人数でぇ……!?」
木製の大きいな戸をぶち破り、巨大化した何者かが突撃してきた。
――原作通り。
疑われていることには気づいていたんだろう。
先制攻撃に、警察官二人が跳ね飛ばされて宙を舞う。捕縛布を伸ばした相澤先生が一人を、ジャンプした私がもう一人を助けているうちに、ドラグーンヒーロー・リューキュウがドラゴンに変化して巨人を止めた。
波動ねじれ先輩を含めたリューキュウ事務所の面々がすぐさまサポートに入る。
「突入!」
こうなる可能性も前もって話し合われていた。
訪問してきた警官がまだ何もしてないうちからいきなり暴行。これはもう十分に「悪いこと」だ。
遠慮する必要はなくなった。
「ヒーローと警察だ! 違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出てる!」
一応、宣言だけはしてから一気に突入。
妨害に出てきた組員を勢いで蹴散らし、拘束は警察の人に任せて屋内に侵入。
通路の一角に仕掛けられた隠し通路を開き、飛び出してきた組員を即座に拘束。
地下に下りれば――行き止まり。
「俺、見てきます!」
「要らん」
壁をすり抜けられるミリオが言うけど、相澤先生はそれを止めて、
「八百万妹」
「はいっ!」
『膂力増強』フルパワー。
骨の損傷を度外視して放った正拳が壁に突き刺さり、放射状に罅を走らせたかと思えば、がらがらと音を立てて崩していく。
ダルマみたいな体型のヒーロー、ファットガムがひゅう、と口笛を吹いた。
「でかした」
「行くでぇ!」
再び駆け出した私達は、また新たな障害に阻まれる。
道が、うねる。
地震どころの話じゃない。通路そのものが生きてるみたいに動き、更には壁が移動して道を塞ぎにかかってくる。本部長の入中という人物の“個性”『擬態』の効果だ。
物体に入り込んで操ることができる。
「先に向かってます!」
今度こそその能力を発揮したミリオが壁をすり抜けて強行突破。
入中の“個性”ではミリオを止めることはできない。
ただ、このままじゃ私達が通れないのは変わらない。原作だとこの入中に苦しめられることになるんだけど、
「レディさん、出番です!
「もち! さっきはリューキュウに出番を取られちゃったしね!」
ここにはMt.レディがいる。
『巨大化』の“個性”が発動。
屋内で使えば天井を突き破って破壊するその力はこの地下でも遺憾なく発揮され――地表までの大穴を開けた挙句、入中の支配する通路を強制的に破壊!
「ぐわああああ!?」
大ダメージを受けた入中は、悲鳴を上げながらも通路の床を消し、下の部屋へと私達を誘導。
落下のダメージはなかったものの、落ちた先には三名の、いかにも「アウトローです」という感じの男が三人、待ち構えていた。
原作通りなら、それぞれかなり厄介な“個性”の持ち主なんだけど、
「邪魔だ」
「っ」
相澤先生がひと睨みしただけで彼らは“個性”の発動を封じられる。
慌てて銃やナイフを引き抜くけど、その次の瞬間には、
「はいはい。お疲れ様」
巨大化したままのレディさんの足が三人まとめて蹴っ飛ばし、壁に叩きつけて気絶させていた。
「これは……ミもフタもあらへんな」
「この方が合理的です」
「よっし、勝利! 皆さん、この勝利はこのワタシ、Mt.レディのお陰! よく覚えておいてくださいね!」
レディさんの声は非常時なので無視されたけど、彼女の功績は間違いなくとても大きいものだった。