「Mt.レディ。もうニ、三発、壁にぶち込め」
「ラジャ!」
轟音を立てて壁が蹴っ飛ばされ、崩れていく。
地下全体が崩落しないか心配になってくるほどだけど、構造がしっかりしているのか、幸いそういったことはなかった。
地下空間に『擬態』していた本部長・入中は耐え切れずに気絶。
レディさんが巨大化を解除した後、私達は追跡を再開した。
――ここまで、タイムロスは二、三分。
ほぼ足止めは喰らってないと言っていい。
ワープじみた速度で移動できるミリオは相当先に行ってるだろうけど、いいペースで動けてると思う。
この世界では八斎會と敵連合の接触も起こってない。
なので、原作であったトゥワイス、トガちゃんの妨害はない。
となると、次なる足止めは。
「突然ですまぬが、止まってもらえるか」
「ここを通りたきゃ俺達を倒してからにしな」
通路の前方にちぐはぐな姿の男が二人。
名前までは憶えてなかったけど、こっちの世界に来てから調べ直したところによると――『バリア』の天蓋壁慈と『強肩』の乱波肩動。
順番と組み合わせまで同じなのは有難い。
彼らの基本防衛プランだから変えようがないだけだろうけど、
「悪いが、構っている暇はない」
「む」
「ちぃっ!?」
馬鹿の一つ覚えと言われようが構わない。
ロマンとか戦闘の快感とか、そういうのとは無縁な相澤先生が睨むと、彼らもまた“個性”を封じられた。
だけど。
さっきの三人組と違い、心構えをするだけの時間があったせいか、単に「何もできずにお手上げになりました」とはいかなかった。
「無粋ではあるが仕方あるまい」
「ケッ。男なら正々堂々勝負しやがれ!」
天蓋と乱波が取り出したのは、黒光りする殺傷用武器――拳銃。
二人共、銃が似合うタイプじゃないけど、一応練習はしてたんだろう。取り出した勢いのまま、同じ目標に狙いをつけ、すぐさま引き金が引かれた。
当然、狙われたのは相澤先生。
私は、先生を庇って前に出てからそれを確認した。
胸の二箇所に激痛。
残念そうに顔を歪め、二射目を放とうとする天蓋達だけど、さすがにそれは許してあげられない。
「……捕縛します」
「何ぃっ!?」
天喰先輩が『再現』の“個性”で腕をアサリに変え、二人の銃を絡め取って。
「オラァ! 歯ァ食いしばらんかい!」
「ウルシ鎖牢!」
「ごは……っ!?」
突撃したファットガムと、蔦を伸ばしたシンリンカムイが、あっという間に二人を無力化した。
相澤先生、便利すぎ。
胸の傷を押さえながら、私はほっと息を吐いた。
「でかした、妹。……傷の具合はどうだ?」
「ちょっと治りが遅いです。多分、劣化品の個性破壊弾だったんじゃないかと」
まあ、それでも出血は止まりつつあるけど。
弾がうにうに押し出されてくる感覚は、その、控えめに言っても超痛い。
「馬鹿な。“個性”を封じる弾を喰らって、何故傷が治っている……!?」
「生憎ですけど、私の“個性”はしぶといんです」
「なんという……!?」
天蓋と乱波は気絶させた上で警察の人に後をお願いした。
「走れるか?」
「後一分欲しいです。先に行ってください」
「わかった」
「いいのかイレイザー?」
「必要なら置いていけと言ったのはこいつ自身です」
「トワちゃん、ちゃんと後から追いつくのよ?」
「はい、大丈夫です!」
うん。
今は一分一秒を争う時。
私は走り去っていく他のみんなを見送ると、脇に寄って回復を待つ。その間、天蓋達を拘束して運搬していく警察の人が私に視線を送ってきた。
「君、本当に大丈夫なのかい?」
「はい。……ほら、もう治ります」
傷口から押し出された弾丸がぽろりと落ちて、床に転がった。
でも、劣化品の割に結構効果があるなあ。
傷口付近の修復機能がエラーを起こすせいだ。修復機能を修復してから傷の修復に入るからワンテンポ遅れる。
この分なら完成品を喰らっても『不老不死』が死ぬことはなさそうだけど、弾自体の殺傷能力を高くすれば出血多量で殺される可能性はあるかもしれない。
あと、身体に埋まった弾を押し出すせいで痛いのは、完全に“個性”の弊害だ。
「よしっ」
ポーチに入れてあったチョコレートをひとかけ口に放り込んで、回復完了。
「す、凄いんだな……」
声をかけてくれた人は呆然と言った上で「気を付けて」と念を押してくれた。
駆け出した私は、相澤先生達が通った道を一人で進む。
地図は頭に入ってる。
ちゃんと進める自信はあったけど、先行部隊が分かれ道にマーカーを落としてくれていた。お陰で迷わずに進んでいけた。
一人だと足音がクリアに聞こえる。
どれくらい走っただろう。二、三分? もっとかな? 景色の変わらないところを走ってると感覚が狂う。そろそろ追いついてもいい頃――。
「……待て」
声が私を呼び止めた。
声の主は脇の壁に背を預けた一人の男だった。よく見ると、その場にはもう一人男が倒れている。そっちは完全に気を失ってる。
二人共、鳥の顔だか悪魔の顔だかを模したような仮面を着けてる。
誰だろう。八斎會の幹部だとすると、音本真と酒木泥泥だろうか。本音を喋らせる“個性”と酔わせて平衡感覚を奪う“個性”。
どうしてここに?
先生達と戦ったにしては戦闘音が聞こえなかった。ミリオに叩きのめされて意識を失った後、相澤先生達が通った直後に目覚めた――というところだろうか。
スルーしたいところだけど、目覚めてるのを確認してしまった以上、無視できない。
「………」
話す必要はないので無言で近づいていくと、
「少女よ。君の名前は?」
「永遠」
口が勝手に動いた。
ということは、こいつは音本の方。尋ねられて答えるという短いプロセスの上、直接的な害がないから私の“個性”でも無効化できない。
さっさと気絶させてしまうしか、
「“個性”は何かな?」
「『不老不死』と『膂力増強』『瞬発力』」
「何だと。複数の“個性”持ちとは。是非とも若の研究対象に――ぐわっ!?」
「黙って」
やばい。
こいつは思ったよりやばい。
一発、重いのを入れたからこれで気絶――。
「その“個性”を疎ましいと思ったことはないかな?」
手が、止まった。
音本の“個性”は戦闘向きじゃないと思ってた。
元詐欺師だっていうんだから当然だけど、でも、それは認識が甘かった。
――胸の奥から感情が湧きあがってくる。
抑えられない。
普段は押し殺している思いが私自身の邪魔をする。
本音を言わせるっていうのは、単に口を動かさせるわけじゃないんだ。
心の底からその言葉を口にさせる。
言葉を選ぶ必要があるけど、チョイスさえ間違えなければ簡単に、個人の戦意を削いでしまえる。
ミリオ相手にはチョイスを間違った。
私相手に「効く」質問を見つけるのは、きっとずっと楽だっただろう。
「辛いに、決まってるでしょ……!?」
手を止めたまま、私は叫んだ。
「私は死なない! 死ねない! こんな“個性”いらなかった! 死にたくないっていうのはそういう意味じゃない! ただ平和な世界で平和に暮らしたかっただけ!」
「“個性”が憎いのですね」
音本は必死に呼吸を整えながら問いを重ねてくる。
黒い感情が後から後から湧いてくる。
「憎いに決まってる……! “個性”なんて、人を幸せにする力じゃない! どうして、こんなどうでもいい力のために、私が苦しまなくちゃいけないの……っ!」
言っちゃいけない。
叫んじゃ駄目だ。
先に行ったプロヒーローや、後ろにいるはずの警察官達にも聞こえてしまうかもしれない。
こんなセリフが聞こえたら士気に関わる。
でも、止められない。
私は、ヒーローになんてなりたくなかった。
こんな世界に来たくなかった。
私の“個性”が欲しいなんて人がいたら言ってあげたい。漫画でも小説でもいい、不死者の末路を見たことがあってそう言ってるのかと。
生まれて一年も経たず、実の母に殺された。
せっかくできた大切な家族とは離れなくちゃいけなかった。
透ちゃん、百ちゃん、みんなとだって、百年もしないうちにお別れしないといけない。
でも、私は生き続ける。
生き続けなくちゃいけない。
知ってる人のいなくなった世界で、永遠に。
「ならば、ヒーローなど止めてしまえばいい」
声が染みこむ。
私の心を折ろうとしてくる。
「我らは“個性”を消す去る手段を開発中です。それさえあれば、あなたの望みも叶う」
「―――」
「どうです、こちら側に来ませんか? 有能な人材であれば大歓迎ですよ」
ああ。
なるほど、彼は元詐欺師だ。
――元、というのがよくわかる。
詰めが、甘い。
ぐちゃぐちゃだった心が怒りに塗りつぶされる。
「誰が、ヤクザなんかに」
「ぐっ……!?」
腹部に一撃。
今度こそ、音本は気を失い、完全に沈黙した。
でも、もう一回起きるかもしれない。後を追われたりするのは勘弁なので、二人の服を脱がせて即席のロープにすると、腕や足を縛り上げた。
「……これで、大丈夫」
でも、時間を食ってしまった。
私は全速力で奥へと走りだした。
◆ ◆ ◆
約一か月。
八斎會への突入はそれだけの期間、原作より早まった。
結果。
一か月かけて精製されるはずだった、個性破壊弾の完成品五発はまだこの世に存在しない。
若頭補佐の玄野――相手を遅くする“個性”の脅威、オーバーホール――治崎が治す可能性が入念に伝えられていたため、奇襲は封じることができた。
私が音本達と接触して足止めを喰らったことで、決戦の場に音本が到達することはなく、治崎は彼と合体できなかった。
音本の“個性”で壊理ちゃんが揺さぶられることもなかったし、トガちゃん達が不在のため、リューキュウ達が誘導されて逃げ道を作ることもなかった。
早期突入と事前情報のお陰で良い方向に進んだと言っていい。
でも、良いことばかりじゃなかった。
先鋒となったミリオには一か月分の経験と、壊理ちゃんへの想いが欠けていた。
一年生を圧倒できるだけの実力と、伝聞による「可愛そうな少女」への義務感。十分といえば十分だけど、勝負を分けるのは鍛錬や想いの、ほんのちょっとの差。
後続が追いつくのが早かったのもあって、ミリオは壊理ちゃんを守り切ったけど、その時にはもうボロボロになっていた。
そこへ相澤先生達の応援が到着。
壊理ちゃんを抱えたミリオを退却させつつ、相澤先生が治崎の『個性』を消去。
多数のヒーローが散開して取り囲み、透明な透ちゃんが気絶している玄野を運んで治崎から遠ざけた。
詰みだと多くが思っただろう。
結果論だけど、透ちゃんに玄野の運搬を任せたのは失敗だったかもしれない。学生にはできるだけ安全な仕事を、という配慮だったんだろうけど――麻酔銃か何かを治崎に打ち込ませていれば、それで終わっていた可能性は高い。
治崎はたった一人で、イレイザーを含むヒーローを相手に粘った。
懐から銃を取り出して相澤先生へ向ける。
未完成品とはいえ個性破壊弾を喰らうわけにはいかない。相澤先生は当然避ける。それで良かった。ヒーロー達に緊張を与え、僅かな時間を稼ぐのが目的だったから。
瞬き。
視線が切れた瞬間に『個性』が戻ることを、治崎は僅かな情報から推測し、確実に突いて見せた。
地面から土壁がせり上がり、治崎の姿を隠す。
当然、ヒーロー達は追い縋ろうとしたけど、そこを、地面から飛び出した無数のトゲトゲが襲った。治崎の『個性』はあらゆるものの分解、再構築ができる。百ちゃんと同じく知識が必要なのがネックだけど、やろうと思えば大抵のことができてしまう。
多数で追い詰めたのが仇になった。
初動が見えなかったこともあり、ヒーロー達はトゲトゲをかわすので精いっぱい。苛立ったレディさんが巨大化してトゲトゲを文字通り蹴散らしたので、治崎もその隙に逃亡とまではいかなかったけど、トゲトゲ第二弾を放ちつつ、レディさんの影に隠れるように移動。
「どけ、Mt.レディ!」
「ちょっ、イレイザーさん何やってるんスか!?」
相澤先生の視線を受けたレディさんは巨大化を強制解除。
学者肌かと思いきやちょこまか動き回る治崎をシンリンカムイ、天喰先輩が捕縛しようとすれば、不完全な個性破壊弾で牽制。
また、誰かが治崎を追えば追うだけ死角ができる。そこを治崎は的確に突いてきた。
膠着状態。
えんえん続けていれば、体力が切れるのは治崎の方だろうけど、ヒーロー達にとっても好ましい状態とはいえない。
そんな中――。
みんなを追いかける私は、前方から移動してくる二人の人物を見た。
「永遠ちゃん!」
「トワさん、無事だったんだな!」
全裸で玄野を引きずる透ちゃんと、壊理ちゃんを抱いたミリオ。
「二人とも、良かった。先生達は、この先?」
「うん! 大丈夫だと思うけど、大きな音もしてたから――」
「可能なら加勢に向かった方がいいかもしれない」
「わかった」
私は頷いて、ミリオに抱かれた壊理ちゃんを見上げる。
思った通り可愛い……じゃなくて。
怯えてる。
突然のことで何がなんだかわからないだろう。でも、ミリオのしっかりとした腕に抱かれて、僅かな期待を抱いているようにも見える。
「大丈夫だよ」
私は彼女に微笑みかけた。
比較的、年恰好が近く見える私の言葉なら、多少は届きやすいんじゃないだろうか。
「みんなが助けてくれるから。……ヒーローはなんでもできるわけじゃないけど、悪い人をやっつけて、困ってる人を助けてくれる、正義の味方なの」
そう。
だから、この子はちゃんと救われないといけないんだ。