ホールのような場所に飛び込むと、そこは惨憺たる有様だった。
地面のあちこちが隆起、あるいは陥没し、土塊や石片が散乱。
平らな地面なんて見当たらないような状態の中、ヒーロー達は疲労からか息を荒くしながら散開している。
殆どの人が腕や足を怪我している。
唯一、相澤先生には目立った傷が見られないけど、それはきっと、他のヒーローが庇ったからだ。イレイザーが負傷して倒れれば、ここからでも逆転されるかもしれない。
「追いつきました!」
「トワちゃん!」
レディさんが振り返ってくれる。
巨大化はしていない。でも、天井にはぶつけてできた痕があり、青空がかすかに覗いている。連合が介入しなくても結局壊れちゃってるし……!
逃げられなくて良かった。外に出られて、集団に紛れられたら最悪だ。
「……来たのか。来なくても良かったんだが、邪魔だけはするなよ」
相澤先生が振り向かずに言った直後。
「増援か。だが、ガキが一人とはな」
突起の影から治崎が飛び出してきた。
片手は開け、もう一方の手には銃。疲労の色を浮かべながらも眼光は鋭く、“個性”を使う機を窺いながら、機敏な動きで戦場を駆ける。
黒く硬い武器の先端が向けられた先は――私。
経験値が少なく、状況も把握しきれていない私を狙い、動揺を誘う。ごく短い時間でそこまで判断してくるなんて恐ろしい。インターンが狙われれば大人組は動かずにはいられないし、個性破壊弾を喰らわせれば場に役立たずを出現させられる。
でも、私は知っている。
個性破壊弾のことも、治崎のことも、単なる知識としてではなく、一定の情景情報まで込みで把握している。
治崎を追って真っすぐに走り出す。
「……馬鹿が」
銃声。
私は銃口からの直線状に左の手のひらを置き、弾を防いだ。鋭い痛みと共に左腕が重くなる感覚。“個性”が消えたのは広くて腕一本といったところ。
別にそれくらい構わない。
足は止めない。増強系“個性”を併用した私のスピードはプロに匹敵する。いくら治崎がすばしっこくても逃げきることはできない。
「どうやら死にに来たらしいな」
「負けるつもりはないけどねっ!」
治崎は距離を取るのを諦めて逆に接近してくる。
チャンス。
と、私が考えるのを期待しているんだろう。でも、彼はさりげなく、自分と相澤先生との間に私を置いている。生徒を遮蔽にすることで消去を防ぐ気なんだ。
プロが攻めあぐねてるのもそれが理由。
触れられただけで即死、と事前情報があるので迂闊に近づけない。イレイザーがいるから平気、と肉弾戦を挑んだ結果、自分が遮蔽になって死亡とか笑えなさすぎる。
近づくなら、一発も当たらない自信があるか、当たっても平気な自信があるか。
急速に距離が詰まるのを見て、私は意識のモードを切り替える。
主観から俯瞰に。
自分を殺し、ゲームキャラを冷徹にコントロールするように、思考と肉体を切り離す。
「……な、に!?」
治崎には、私が消えたように見えただろう。
私は直線上から外れ、僅かに回り込みながら接近、脇腹に拳を叩きこむ。
「ぐっ!?」
呻き、よろめく治崎。
首を巡らせ、腕を振り、対処しようとする彼に、回り込んで更に一撃。それでも踏みとどまってくるので、もう一撃。
気配遮断モードだと気合いが乗せられないのが難点。
ついでにいうと、追加された二つの“個性”も未使用の方が制御がしやすいので、一発一発が軽くなる。トガちゃんが「刃物を使え」と言っていた理由がよくわかるけど、着実にダメージを蓄積していけばいつかは――。
そうして、何発目かの攻撃で、
「え」
腕を、掴まれた。
「捕まえたぞ」
冷えた声、男の指の感触にぞくりとする。
不測の事態に硬直し、俯瞰モードを切ってしまったのは、確かに経験不足のせいだろう。
軽い身体を持ち上げられて振り回される。
苦しくて目が回る。でも、治崎の狙いはそこじゃなくて、今度こそ私を遮蔽にすること。
消去が途切れる。
「綾里!」
相澤先生の声が聞こえた直後。
「終わりだ」
「あ」
痛みも何もなく、右腕が消失した。
本当に一瞬。
支えを失った身体が、どさ、と、あっけなく落ちる。何が起こったのかわからない。普通の人なら今ので全身バラバラ、理解する間もなく死んでいるんだから、本気でチートだ。
痛みはない。
時間を置いたら幻肢痛とかが襲ってくるのかもしれないけど、まるで、腕が一本、
死柄木に崩された時と違うのはそこだ……って、今はどうでもいいけど。
あまりに一瞬で受け身も取れなかった。
身体のバランスが変わったせいで立ち上がるのが難しい。
でも、予想外だったのは向こうも同じで、
「何故、生きている……!?」
やった側の治崎はひどく狼狽し、棒立ちしたまま叫び声を上げた。
「俺は確かに分解したはずだ! なのに何故!?」
多分、単純なことだ。
一瞬にして全身分解すると言っても、実際は触れた箇所から“個性”を伝達している。その崩壊命令が私の“個性”因子に触れた瞬間、因子は異常を察知して抵抗を始めた。
分解する端からの再生。といっても、コンマ秒が二倍か三倍か、それくらいになるだけだっただかもしれないけど、その間に身体は次の行動を起こした。
分解されていく腕を自分から切り離した。そう、まるでトカゲの尻尾切りのように。
どうせ無くなっても生えてくるんだから問題ないし。『不老不死』にとっては私という個体を保全する方が大切なんだから。
ともあれ、これで動きは止まった。
「上出来だ」
相澤先生が捕縛布を伸ばす。
四肢に絡みついていこうとするそれを、治崎は銃を手放し、慌てて分解していこうとする。でも、イレイザーが自分の武器で視界を塞ぐわけがない。
動きを止めたこと、思考を止めたことが彼の敗因。
「ふざけるな……っ! こんなところで終わりにできるか! 壊理を取り返して、組を、八斎會を――」
治崎は暴れた。
声を上げ、四肢を振るおうと必死にもがいた。
猛獣を連想させるほど、科学者としての一面からは信じられないほど、激しく、荒々しく。
野望の第一歩が成ろうという矢先だ。受け入れられないだろう。
でも、私達ヒーローは、混乱が起きるのを見過ごせない。
「エッジショット」
「応」
「組、を……っ」
細くなって忍び寄っていたエッジショットが首筋を一突きすると、治崎はがくん、と気絶した。
倒れた彼を捕縛布がぐるぐる巻きにする。
後でちゃんと拘束するけど、とりあえずの応急処置。
「アホか。恩義を感じ、組織に尽くそうっちゅう気概は買うで。でもな、人様にメーワクかけてまでそれをするのは違うやろ」
「その通りだ」
ファットガムが呟き、ナイトアイが眼鏡に手をやり答える。
「被害者の少女、および組織の実質的リーダー、治崎を確保。家宅捜索も継続している。人体を用いた個性破壊弾の製造・密売。その他容疑の証拠がどれだけ出てくるか」
「長く続いた
「若頭の独断の結果がこれじゃあ、組長も浮かばれんやろうな……」
もっと真っ当な方法なら組を続けられたかもしれない。
どんなに秘密裏に進めても完全には隠せない。
原作でもほんの一か月後には企みが露見して、壊滅させられているのだ。
「悪いことなんて、しちゃいけないんだよ」
「……そうだな」
と、頭上に相澤先生の顔があった。
目が合う。
睨まれた。
「無茶しすぎだ。俺の言ったことをもう忘れたのか?」
「い、いえ、ほら。死んでませんし」
「常人なら二回は死んでいる。いいから掴まれ」
手が差し出される。
右手だ。
私は、残っている左腕を持ち上げる。こっちも銃創が治癒してなくて痛いんだけど。
「でもお手柄よトワちゃん。お陰で被害が少なかったわ」
「治崎がギリギリまで銃を使わなかったからな」
「あれ、そうなんですか? 私はてっきり、未完成の個性破壊弾でばんばん牽制を――」
身体が引き上げられ、足で地面を踏みしめようとした直前。
「――へ?」
ぼとり、と。
左腕が根元から落ちた。
「え?」
「トワちゃん!?」
「綾里!?」
再び身体が落ちて、それと同時に、私の意識は急速に遠のいていった。
◆ ◆ ◆
気がつくと、私はベッドに寝かされていた。
白い天井。
どこかの病院にいるらしい。起き上がるために腕を動かそうとして――身体が反応しないことに気づく。
そっか。腕、両方やられたんだっけ。
と。
「目が覚めましたか?」
「あ……」
首を動かすと、看護師さんの姿。
個室に入れられたようで、室内にはベッドが一つしかない。
「あの、ここは?」
「ここは〇〇記念病院です。あなたは、大怪我をしてここに運び込まれたんです」
「私、どれくらい眠ってましたか?」
「そうですね……三時間くらいでしょうか?」
三時間。
とっくに生え変わっていていい頃だけど……。
私はさっぱりした服に着替えさせられていた。腕はやっぱり両方とも欠けている。
「ヒーローさん、なんですよね? 他の人達は事後処理に追われているみたいで、落ち着いたら顔を出すそうです」
「なるほど……」
「それと、傷なんですけど……本当に大丈夫なんですよね? 処置はもうしてあるから大丈夫、とは言われてますし、実際、血は出てないんですけど」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
微笑んで答えると、彼女はほっとした様子で笑みを浮かべた。
「念のため診察をしますので、先生を呼んできますね」
「はい、お願いします」
診察を受ける間、私はぼんやりと考えていた。
私、どうなったんだろう。
答えは出ない。身体に意識を集中すると、かすかに「ぞわぞわ」する感覚はあるんだけど、それがどういう意味なのかまではわからない。
もやもやしたまま「特に問題ない」という診断をもらって病室に戻ると、相澤先生がいた。
看護師さんにベッドへ寝かせてもらった後、席を外してもらい、先生と二人きりになった。
「強制捜査は問題なく終わった。証拠品も次々に発見されている。組を潰すのには十分だろう」
「そうですか、良かった」
これでまた一つ、原作の事件が片付いた。
「壊理ちゃんはどうですか?」
「怯えている。身を挺して救いだしたミリオ相手なら多少マシだが、“個性”の暴発を考えるとずっと学生に相手をさせるわけにもいかない」
「相澤先生、こんなことしてる場合じゃないんじゃ?」
「誰のせいだと思っている?」
私のせいですね、はい。
「彼女――壊理はお前のことも気にかけていた。『あのお姉ちゃんは大丈夫?』とな」
「………」
「それだけに、お前にミリオと交代して欲しかったんだが、その腕じゃあ無理だな」
「はい。どういうわけか治ってないので」
「治らない理由として推測できるのは一つだ」
「個性破壊弾」
「そうだ」
相澤先生は頷いた。
「だが、お前は既に一度喰らって抵抗している。未完成品とは考えにくい」
「完成品は見つかったんですか?」
「見つからなかった。精製途中の機械は見つけたために即座に停止したがな。……五発精製に一か月、という情報が正しければ、単に完成前なんだろうが――」
意味深なところで言葉が切られた。
「何か、あったんですね?」
「単純な話だ。現行の個性破壊弾は未完成品。当然、その先には完成品がある。五発の完成品はまだこの世にない。ここまではいい。だが、
「それは……」
私は息を呑んだ。
「試験用の完成品。個性破壊弾の六発目――いえ、
「可能性の話としか言えない。試験用なら試験によって失われている、と考える方が自然でもある。だが、ありえない話じゃない」
「もし、それが残っていて、あの時、私に打ち込まれていたら?」
「治崎は銃をちらつかせてはいたが、結局一発しか撃たなかった。後から確認したところ、弾倉に
撃たなかったのは、撃ちたくなかったから。
撃ったのは、増援を見て「ここまでだ」と思ったから。研究データの大半は頭の中にあっただろうから、試作の完成品を捨ててでも逃げられる可能性に賭けた。
「戦ってる間は“個性”発動しましたけど……」
「せめぎ合いの末、限界が来て腕が落ちたのかもしれない」
“個性”の保全を捨てて、私の生存を優先した?
「あるいは、単に復旧中なのかもな。お前の“個性”なら因子が一つでも残っていればそのうち復元されるだろ?」
「そうですね」
ただ、その場合でも、『不老不死』が直るまでは腕が治らないことになるけど。
「先生。ここのお医者さんから、大病院を紹介されたんですけど」
「どこの病院だ?」
「蛇腔総合病院だそうです」
「……確か“個性”研究の権威がいるところか」
妥当ではあるのか。
「診てもらった方がいいでしょうか?」
「……校長にも相談する。だが、お前の噂は耳ざとい者には広がっているだろうし、まあ、行く方向に固まるんじゃないか?」
「調べておくに越したことはありませんしね」
私は知らなかった。
永遠の知識は原作二十五巻までです(第一話前書きより)。
というか、作者もコミック(電子)派なので、手元の資料だとヒーローが病院に辿り着いていないのですが(ぇ