慌ただしく入寮してしまったせいか、八百万家を訪れても「帰ってきた」という気はあまりしなかった。
「おっきい建物だね!」
「大きいよねえ……」
透ちゃんと一緒にしみじみ言い合ってしまう。
葉隠本家を知ってる透ちゃんなのでこの程度のリアクションで済んでるけど、ほんとの庶民からしたら冗談みたいに大きいからね、このお屋敷。
と、本家と言えば、透ちゃんは表向き「家の用事で欠席」ということになっている。
透ちゃんから本家に連絡して、本家から学校に連絡して、正式な外出許可をもらっている形だ。彼女が私と主従なのは一応秘密なので、こういう形を取らないといけなかった。
家のしきたりで私に付き添っているわけだから嘘をついてはいない……と思う。
「ただいま戻りました、お父様、お母様。お忙しい中、お時間をいただき申し訳ございません」
「お初にお目にかかります。葉隠家の葉隠透と申します。ご存知かとは思いますが、永遠様の従者をさせていただいております。このような姿でご不快な思いをおかけいたしますが、なにとぞご容赦くださいませ」
「ははは、堅苦しい挨拶はいらないよ」
「娘がお友達を連れて大事なお話に来たのです。聞いてあげなくてどうしますか」
「「ありがとうございます」」
ありがたい。
二人とも本当に忙しいだろうに、こうして会う時間を作ってくれた。
まあ、でも、それくらい急を要する話だと思う。多分。
「それで、どんな話だい?」
「はい。お話をする前に、できる限り人払いをお願いします。……私はもちろん、雄英校長でも扱いに困る、と判断した内容です」
「なるほど。わかった」
奥まった部屋に移動して、お茶や茶菓子を用意してもらった後、透ちゃん以外は私とお父様、お母様だけが残る。部屋の周囲はちゃんと固めてもらってるし、基本的な護衛は透ちゃん一人で十分だろう。
私は息を吸って口を開いた。
「順を追ってお話します。事の経緯を知ってもらうには、死穢八斎會への強制捜査の件からお話しないといけないんですけど……」
八斎會が「壊理ちゃん」と「個性破壊弾」という危険要素を抱えていたこと。
実質的なリーダーである若頭、治崎の“個性”が分解と再構築という非常に厄介なものだったこと。
人体実験による個性破壊弾の製造という非人道的な行いを受けて、複数名のヒーローの協力のもと、強制捜査が行われ、私もそこに参加していたこと。
完成品のサンプルと思われる個性破壊弾を受けたこと。
治崎の“個性”で崩れた分と併せて両腕を失った私は、一度しっかりとした検査を受けるために蛇腔総合病院へ行き、院長から診察を受けたこと。
実はその院長が
個性の奪取&譲渡を可能とする個性『オール・フォー・ワン』は複製が行われており、その所有者の一人として私が指名されたこと。
『不老不死』の“個性”と併用することで無制限に近い“個性”保有が可能となるかもしれないこと。
「これはもう、私の判断で『受ける』『受けない』を決めていい話じゃないと思いました。なので、返答は保留にして、まずはお父様達にお話ししています」
「……なるほど。それは確かに、大変な話だ」
「はい。下手に話を持って行くと、八百万家の権利と利益を他に取られかねませんし……」
話し終えると、お父様とお母様は揃って頭を悩ませ始めた。
その間、透ちゃんが背後で呟くのが聞こえる。
「……永遠ちゃんはほんと、次から次へと変なことに巻き込まれるねえ」
「ほんとにね……」
しばらくして、お父様達は私の方に向き直った。
「話してくれてありがとう。……ある程度の予想はしていたが、それを上回る大ごとだった」
「本当にすみません……」
「いや、君が謝ることじゃない。陰謀や策謀が大好きな我々大人が悪いんだ」
お父様は「それで」と言葉を切り、代わりにお母様が尋ねてくる。
「永遠さんは、どうしたいの?」
「……え?」
「先程の話には『あなたがどうしたいか』が含まれていなかったでしょう? あなたは、新しい力を欲しているの? それとも、欲していないの?」
「私、は」
考えてもいなかった。
というか、私が決めていい問題じゃないと思ったからこうやって話をもってきたわけで「私が本当はどうしたいか」なんて、どうでもいいと思っていた。
言われた私は心の中へ意識を落とし、あらためて考えてみる。
「私が本当にしたいことは、平和な世界で生きて平和に死ぬことなんです」
それが私のオリジン、ならぬ、根源。
「でも、今のこの世界ではそれはできません。私の『不老不死』もそれを許してくれません」
私の“個性”だけなくなればいいという話じゃない。
世界が平和にならなければ、平和な生活なんて結局できはしない。
黙っていても、世界は平和にならない。
「だから、私は戦うことにしました」
「永遠ちゃん……」
「でも、不死身なだけでできることなんてたかが知れています」
個人が殴る蹴るした程度じゃ、せいぜい街の治安を守るのが限界。
あのオールマイトの超パワーでさえ、かりそめの平和を維持するのがやっと。エンデヴァーのような「オールマイトに並ぶ、超える」意志を持つヒーローも殆どいないような有様。
「……だから、私は力が欲しいです。強い敵を止められるような力が」
「……いいのかい? それはきっと過ぎた力だ。持てば、君はきっと『平和を維持するための装置』に成り下がるよ」
「大丈夫です」
平和を維持する装置? いいじゃないか。
「維持できるくらい平和になったなら、私の望みは叶っていますから」
「永遠ちゃん……!」
我慢できなくなったように、透ちゃんが後ろから抱きついてくる。
椅子の背のせいで、彼女の温もりはあんまり伝わってこなかったけど、その気持ちはちゃんとわかった。
「いいの? 一生戦うことになるんだよ?」
「死なないっていう保証があるだけマシだと思うよ」
オールマイトは全身ボロボロになっても戦った。
無個性だった少年が、シンプルな超パワーを鍛えて鍛えて鍛えぬいて、百年栄え続けた悪を打倒した。半生をかけて。命をかけた。
あの格好良さに比べたら――ううん、命をかけて戦っているどのヒーローと比べても、私の覚悟なんて大したことない。
だって、私は死なないんだから。
「戦えるよ。平和になって、笑顔になる人がいる限り」
「……わかった」
お父様が厳かに頷く。
「最初にうちに話をしてくれて助かった。お陰で、ある程度ならコントロールできるだろう。……パワーバランスを。各方面の動きを、ね」
「協力してくれますか?」
「もちろん」
彼の表情はとても力強いものだった。
「これは我が家にとってもチャンスだ。値上がると思って買った株が、思ったよりもずっと早く、何倍にもなってくれた。活用しない手はないだろう?」
それはやり手の有力者としての判断。
でも、その裏に温かい思いやりがあるのが手に取るようにわかった。
お母様が続けて、
「安心なさい、永遠さん。あなたは我が家の貴重な財産。手放したりはいたしません」
「……ありがとうございます、お母様」
涙が出そうになったので、私は俯いて誤魔化した。
各種調整・連絡は八百万家の方から行う、ということを確認してから、話し合いは終了になった。
「ごめんね、透ちゃん」
帰り道。
駅に向かうためのバス停で、私は透ちゃんに言った。
「本格的に一生、忙しいことになりそうで」
「今更何言ってるの!」
ばしーん、と、背中を叩かれた。
「そんなの最初から覚悟してるよ!」
「透ちゃん」
「それに、私が一族で一番の出世頭になれそうだしね!」
それは……そうかも?
「総理大臣に仕えた人とかいないの?」
「それはこんなところじゃ言えないよ!」
「そうだね」
思わずくすりと噴き出すと、透ちゃんもくすくす笑って、私達はしばらくそのまま笑い合った。
◆ ◆ ◆
「……やってくれたね」
「あはは、すみません」
「あはは、じゃないよまったく! 大変じゃないか!」
数日後のこと。
例によって呼び出された私は、地下の部屋で、珍しくご立腹な様子の校長先生から罵声を浴びせられた。
「異能解放戦線がどうでもよくなりそうな勢いじゃないか!」
「いや、どうでもよくなっちゃ駄目でしょう、そこは」
一応、内偵も進んでるはずですよね?
「“個性”社会そのものが変革すれば、異能解放どころじゃなくなるからな」
「相澤先生も、いつもいつもご迷惑かけます」
「ああ。お前のせいで、俺は雄英から離れられそうにない」
「心配しなくても相澤君には、君が卒業後、それなりのポストについてもらうよ!」
イレイザーにして「知りすぎた男」となった相澤先生は、雄英と無関係になった瞬間、各所から様々な意味で狙われる羽目になる。
であればまだ、雄英に所属して守ってもらった方がマシなんだけど、胃が痛いのはどうしようもないだろう。
「どのくらいまで情報が飛んでるんですか?」
「現状、ごく僅かな人間だけだね。ことが確定する前に広めてしまうと反発も大きいだろうから、やってしまってから拡散することになっている」
「時間の問題な気がしますけど」
「なので、君にはできるだけ早急に話を進めてもらわないといけない」
さっさとギガントマキアを倒せってことですか……。
原作の敵連合が束になっても長期間かかった相手なんだけど。死柄木とか触るだけで人殺せるのに、それでも勝てなかったんだから相当だよね。
「次の休日、チーム『ラーカーズ』にはとある一帯の調査を依頼してあるんだ」
「なるほど」
そこにギガントマキアがいるってことだ。
彼は
ラーカーズというのはMt.レディ、シンリンカムイ、エッジショットからなるチームのこと。
彼らの共同任務となれば当然、私と透ちゃんもインターンとして協力することになる。五対一ならまあ、なんとかなる……かもしれない。
見事、力を認められれば、ドクターが“個性”譲渡に踏み切ってくれる。
「しかし、君としてはいいのかい? そのドクターは人道無視のマッドサイエンティストなんだろう?」
「……良くはないです」
私は顔を歪めて答える。
「脳無の素材には、敵とはいえ人が使われているみたいですし。ぶっちゃけ一日でも早く捕まえて欲しいですけど……ドクターの能力が有用なのも事実です。彼のコネクションと潜在的な兵力、表向きの人望なんかも考えると、むしろ重要ポジションにつけて行動制限する方が安心かもしれません」
「苦肉の策だね」
「本当にそうですね……」
悪役はもっとこう、ばばーんと出てきてどかーんとやられて欲しい。
校長先生はふう、と息を吐いて、
「オール・フォー・ワンでオール・フォー・ワンを奪うことはできるのかな?」
「どうでしょうね……? やってみないとわからない、としか言えません」
問題なく奪える、同じ個性は重ならない、奪えるけどエラーが出てやばいことになる、等々、いくらでも可能性は考えられる。
もし奪えるなら、
ただまあ、この方法にしても、消去される直前によくわからない抵抗される可能性があるし、実行するかどうかはかなり悩ましいんだけど。
「ともあれ、『かの個性』がヒーロー側に与えられるのなら、本当にブレイクスルーになりえるよ」
「異能解放戦線にも、ですか?」
「ああ。君がオール・フォー・ワンを手にしたと知れれば、戦線の人間は面白くないだろう? そして、戦線メンバーは各方面に潜伏している」
政治・経済を回しているメンバーも中には当然いる。
「あ……つまり、猛反発してくる人が怪しいと?」
「そうさ。もちろん、中には別の理由から反対する者もいるだろうけどね」
オール・フォー・ワンが踏み絵になるというわけか。
「逆に過激化する可能性もありますけど」
「そこは上手く抑えるしかない。現状、既に、積み上げた証拠からちくちくと行動を抑止しているしね」
原作ほど上手く動けてはいない、ということだ。
戦線が本格始動するのは原作でも八斎會より後だから、八斎會の件が一か月前倒されたこの世界ではまだ余裕がある。
「……とにかく、決まったからには早く手に入れないとですね」
「うん。ドクターとやらの気が変わらないうちにね」
そして週末、私はレディさん達と一緒に