死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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オール・フォー・ワン

「いや、軽くて運びやすいですね」

 

 私はサングラスの好青年に抱えられて空を飛んでいた。

 空気の流れを感じながら、流れていく景色を眺める感覚は独特で、なんというか現実感がなかった。

 

 ――どうしてこうなったの!?

 

 ギガントマキアをなんとか倒したというか、負けを認めてもらったと思ったらホークスが現れて、私を病院まで連れて行くと言い出した。

 で、有無を言わさず抱えられてこの有様。

 

「あ、鳥だ!」

「飛行機だ!」

「いや、ホークスだ!」

「ははは、応援ありがとうございます」

 

 子供が下で声を上げれば明るく手を振り返す彼はホークス。

 

 二十二歳にして第三位(オールマイトの引退で実質二位)に位置しているプロヒーロー。その活躍ぶりから「速すぎる男」と呼ばれていて、人々から広い支持を集めている。

 表向きは明るい性格だけど、実際には冷静沈着。

 原作では敵連合及び異能解放戦線へのスパイを務めており、彼等の懐に潜り込むために死体を差し出すことまでしていた。

 有名なヒーロー学校出身じゃない、突然現れた有望ヒーローで、読者からは「公安が独自に育成した駒なのでは」なんて言われていた。

 

 そして、そんな推測はあんまり間違っていないんじゃないかと私も思っている。

 

「あ、あの。ホークス……さん?」

「ん? 何スか?」

 

 だから、ぶっちゃけ怖い。

 有名ヒーローに会えた嬉しさも、空を飛んでる恐ろしさもどこかに吹き飛ぶくらい怖い。

 

「えっと、なんていうか、どうしてあなたが?」

「んー、まあ、成り行きってヤツっすかね」

「成り行きって」

 

 嘘だ。絶対そんなあっさりした話じゃない。

 なんか色々利権とかパワーバランスとか絡んだ結果、落ち着くところに落ち着いたとか、そういう話に決まってる。

 

「ホークスさんの羽は便利ですから、少人数であらゆる状況に対応するため……ですか?」

「ま、そのあたりが説明としては妥当っすね」

 

 何その含みのある言い方!?

 腹の探り合いを始めると面倒だからそういう建前で納得しておこうぜ、みたいな意図を明確に感じて、私は混乱した挙句に泣きそうになった。

 

「……そういう込み入った話は苦手なんですよ」

「苦手なこともやらなきゃいけないのがヒーローっすよ」

「もうやだおうち帰る!」

「っと、いきなり暴れないで下さいよ、『トワ』さん」

 

 冗談めかして暴れてみれば、ぬいぐるみでも抱えるみたいに支えられた。

 私を『トワ』と呼んだのはヒーロー名だから、と見せかけて、私にとって特定の苗字はあまり意味がないから――だろう。

 空を移動していて他に人がいない状況はある意味密談にもってこいだ。

 

「どこまで知ってるんですか?」

「全部、って言ったらどうします?」

 

 全部だと、私の前世の名前まで把握してることになるんですが。

 本当にそこまで知ってたら怖すぎていっそ笑う。

 

「私が病院に行く目的と、だいたいの裏事情もご存知なんですね」

「そういうことです」

 

 私が質問を終わらせると、ホークスも余計なことは言ってこなかった。

 

「あなたの改造中は俺が護衛しますんで、ま、安心してください」

「全然安心できません」

「悪いようにはしませんって。仲間ですし」

 

 上のお偉いさんに使われる者同士、っていう意味で言ってませんか……?

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「ギガントマキアを下したようじゃな」

「私が倒したわけじゃないですけど、倒せばいいんですよね?」

「良かろう」

 

 対面したドクターとホークスはどちらも動揺を見せなかった。

 

「君には入院という形を取ってもらう」

「俺が付き添いますけど大丈夫っスか?」

「構わないとも」

 

 水面下で話はついているんだろう。

 淡々と、怖いくらいあっさり話は進んでいく。

 

「入院……って、どのくらい?」

「およそ四か月」

「……長すぎませんか?」

 

 “個性”一つでそれじゃ、並の脳無を作るだけで一年以上はかかりそうだ。

 オール・フォー・ワンは並の“個性”とは違うから、その辺は単純計算できないんだろうけど……。

 

「並の人間ならそれくらいはかかる。肉体が耐えられないからじゃ。むしろ、四か月に引き延ばしてなお、地獄の苦しみを味わい、何も得られず死ぬ可能性がある」

 

 言いたいことはわかった。

 

「じゃあ、無限に死ねる私なら?」

「一週間もあれば十分じゃ」

「……現実的な長さですね」

 

 四か月の「地獄の苦しみ」が一週間に圧縮されるって、どんな悪夢だって話だけど。

 私の『不老不死』は私の保全を最優先にする。

 どれだけ痛めつけられ苦しめられ、精神を汚染されようと、最終的には復帰できる。むしろそれだけ圧倒的な苦しみなら考える暇がないから楽でいいかもしれない。

 

「ところで、死柄木がいませんけど」

「ああ。奴ならギガントマキアの奪還に向かっておる」

 

 ああ、そうなんだ……って、

 

「奪還!?」

 

 あっさりと爆弾発言が飛び出しすぎだ。

 慌ててホークスを振り返ると、彼はスマホを取り出して何やら操作していた。

 

「駄目っスね。やっぱ通信機器の類は全滅っス」

「今から連絡しても間に合わんよ」

「……ドクター……?」

 

 裏切る気なのかと睨めば、彼は飄々と答えた。

 

「ワシは奴の動きを知っていたに過ぎん。指示はしておらんし、協力もしておらん。そして――」

「襲撃があるのを見越して、護送車には応援を寄越してあります」

「は……?」

 

 示し合わせていたかのように言う二人に、ぽかん、と口を開けてしまった。

 つまり、死柄木の襲撃は放っておいても失敗する可能性が高い、と。

 ドクターは肩を竦めて言う。

 

「奪還が成功したにせよ、死柄木弔がギガントマキアを屈服させるには長い時間がかるじゃろう。君と違って人目を欺きつつ、協力者の殆どいない中、碌な情報もなく戦い続けねばならん」

「放っておけ、と」

「トワさんの仕事は、さっさとオール・フォー・ワンを手に入れることっスからね」

「……わかりました」

 

 私は溜め息をついた。

 

「じゃあ、さっさと始めてください。時間がもったいないです」

「いいじゃろう!」

 

 人を改造できるのが嬉しくてたまらないのか、ドクターは歓喜の声を上げて答えた。

 

 私達が連れて行かれたのは更に地下の一室。

 チューブやらコードやらが繋がれまくって、いっそ触手の化け物みたいになった培養カプセルに入るように告げられる。

 どう見ても怪しさ満点。

 読者の立場だったら「罠でしょ」って冷めた目で呟くところだけど……ここまで来て拒否する意味が特にない。ドクターの裏切りも考慮した上でのホークスだろうし。

 

 考えるのを諦めた私は素直にカプセルへ入った。

 男二人の前で裸になるのも結構抵抗あったけど、まあ、おじいちゃんとホークスだし……と割り切った。

 四肢が固定され、何やら色んな装置が伸びてくるのと同時進行で怪しげな培養液がカプセル内に満ちてくる。その液体に全身、胃の中まで満たされた私は瞬間的な激痛を感じ――。

 

 次に気づいたら培養液と装置の抜けたカプセルの中で、ホークスとドクターに見下ろされていた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 カプセル内では改造が始まっていた。

 わけのわからない薬品に全身を浸され、体中を同時にいじくられ始めた少女の姿は、非道に慣れたホークスから見ても「拷問を通り越して虐殺の域」と思えるものだった。

 見ていて気持ちのいいものではない。

 嘆息し、ドクターを振り返る。

 

「彼女は何回くらい『死ぬ』んスか?」

「さあ? 十七の二乗くらいで済むとは思うが」

「適当っスね」

 

 十七という数字は四か月(百二十日)を七日で割っただけだろう。そんな曖昧な計算があるか。

 

「で?」

「で、とは?」

「これ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っスよね?」

「………」

 

 ドクターは黙ってにやりと笑った。

 それが答えも同然だった。

 

「もちろん、オール・フォー・ワンも付与されるでしょう。でもそれじゃ終わらない。盟主を倒されたあんた達が、()()()()()()()()()程度のもので満足するはずがない。必ずそれ以上を求める。……いや、そうじゃなくても、マッドサイエンティストのあんたが『殺しても死なない実験台』を手に入れて遊ばないはずがない」

「そこまでわかっていてワシに許すと?」

「こっちとしても好都合っスからね。これは貸し一つっス。そして、あんたは自分の知的好奇心を満足させるのと引き換えに――」

 

 誰にも手がつけられない化け物を誕生させるのかもしれない。

 

「コレ、どのくらい痛いんでしょうね?」

「控えめに言っても骨折と抜歯と破瓜と出産の痛みを麻酔無しに延々と受け続ける程度には痛いじゃろうな」

「死にますね」

「だから、最初から死ぬと言っておる」

 

 あるいは、もう既にあれは化け物だったのか。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「……シャワー浴びたい」

「用意しておるよ」

「……お腹空いた」

「お姫様、こちらにお食事を用意しております」

「眠い」

「帰りは車ですから、寮に着くまでお昼寝をどうぞ」

 

 出てきた時にはほぼ七日――正確には六日と二十二時間くらい経っていた。

 

 改造中のことは正直よく覚えていない。

 激痛がしたと思ったら意識がぷつっと途切れてしまったせいだ。無理すれば思い出せなくはないと思うけど、思い出しても発狂するだけだと思う。

 多分、覚えててもいいことないから“個性”が記憶を封じてくれたんだろう。

 

 なんかべとべとする身体をシャワーでさっぱりさせた後、ぺこぺこだったお腹を手っ取り早いご飯の代表、ファーストフードにコンビニご飯、バナナに栄養ゼリーで満たす。

 

「……美味そうに食いますね」

「ご飯食べてる時が一番幸せです」

「なるほど」

 

 ふう、と、溜め息をつくホークス。

 なんか呆れられた気がするけど気にしないことにして、私はお腹いっぱいになるまで食べ続けた。食べますか? と尋ねると、ホークスは苦笑してブロック状のバランス栄養食を齧った。

 

「食べながらでいいが、体調はどうだね?」

「特別、変わった感じはしません」

 

 いつも通り。むしろ体調がいいくらいだ。

 

「ふむ。では、身体能力は?」

「えーっと……」

 

 何も持っていない右手に軽く力を込めてみると――ぞく、と、背筋に悪寒が走った。

 あ、これ駄目なやつだ。

 意識しなかったら「いつも通り」で済んでたのに、ドクターは余計なことをする。

 

「この病院を割るくらいのパワーは出そうですけど、多分、身体が耐え切れません」

「大体予想通りか」

「……ドクター。私に何を植え付けたんですか?」

 

 さすがの私もここまで来れば状況を理解できる。

 私に与えられたのはオール・フォー・ワンだけじゃない。その気になれば“個性”が奪えそうな感覚はあるから、あの“個性”もしっかり手に入っているっぽいけど、それにしたってこの感覚は尋常じゃない。

 ドクターは悪びれもせずに答えてくる。

 

「まずは『超再生』。更にギガントマキアと同じ超耐久力を与え、肉体の強度を限界まで上げた後にオール・フォー・ワンを」

「それから?」

「現状で複製可能な“個性”を全て」

「馬鹿じゃないんですか!?」

 

 とりあえず全部、みたいなノリで人を改造しないで欲しい。

 ギャグ漫画の世界ならまだしも、能力バトルで人が死ぬ世界なんだから笑えない。いったい、人間の身体を何だと思ってるのか。

 馬鹿と言われて怒ったわけじゃないだろうけど、老人の眼光が鋭くなる。

 

「むしろ、オール・フォー・ワンだけで済むと思っていた方が驚きじゃ。君はAFO(オール・フォー・ワン)の後継者争いに参加していたのに」

 

 それは、まあ、そうかもしれないけど。

 

「……あなたの『超再生』も奪いますよ?」

 

 ちょっと感覚を研ぎ澄ましたら、ドクターが“個性”を持っているのもわかった。

 確か、届け出上は無個性のはずなんだけど。

 

「ワシから『超再生』を奪ったら即死するが?」

「………」

 

 本当なら死んでる年齢のところを“個性”で無理やり延命しているわけか。

 世界平和のためなら悪人が死んでも構わないとは思ってるけど、だからといって無暗に人殺しなんかしたくない。ここで殺して本当に良いのかわからないし。

 

「無数の“個性”を手にして平然としていられるとは素晴らしい! じゃが、詰め込みすぎたか、あるいは『不老不死』のせいで()()()()()()()()()()()()()のか、得た“個性”を使いこなせているとは言えないらしい! そのあたりは今後の課題といったところか!」

「トワさん、俺の“個性”を試しに奪ってみてくれません?」

 

 なんか狂喜乱舞してるドクターをよそにホークスが言ってきた。

 

「……いいですけど」

 

 ホークスに触れて念じると、彼が持っている“個性”がわかる。『剛翼』。それを自分に移すイメージ。

 すると、青年から翼が消えて私に生えた。

 

「返します」

「ありがとうございます。……うん、これで証明できた」

 

 いい笑顔で頷いたホークスは、私に「帰りましょうか」と言った。

 

「帰っていいんですか?」

「構わんよ。たまにここへ通ってもらうことになるが」

「諸々の手続きはこっちの方でやっておきます」

 

 裏で色々なことが進んでいる。

 でも、話がどんどん進みすぎて現実感がなくて……とにかく今はゆっくり休んで、自分の現状を見つめ直したい私だった。

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