私が寮に戻ってきて数日が過ぎた。
二学期に入ってから、いや夏休み中から、もとい入学以来ずっと慌ただしかったせいか、談話室でぐでっとする時間が物凄く愛おしく思える。
普段の授業も十分すぎるほど過酷なのが難点といえば難点だけど。
「……ようやく日常が返ってきた気がする」
「永遠さんはインターンに入院、インターンに入院とトラブル続きでしたものね」
百ちゃんが膝枕をしながら微笑んでくれる。
彼女はもう私の事情を知っている。
入院している間に実家へ帰って、諸々の話を聞いてきたそうだ。
オール・フォー・ワンを手に入れた私は、接触して願うだけで彼女の“個性”を奪える。それでも、こうやって姉妹として接してくれるのはすごく嬉しい。
『確かに、恐ろしい力ですわ。……ですが、使うのが永遠さんであれば、間違ったことにはならないと信じております』
部屋で話をした時にはそう言ってくれた。
彼女の信頼に応えられるよう、“個性”の使い方は間違えないようにしないと。
「ちょっとはのんびりして欲しいよ。どんどん差付けられてる感じ」
「あはは……。私も怪我はしたくないんだけどね」
耳郎さんからはそんな風に言われてしまう。
八斎會への強制捜査にギガントマキアの捕縛。二つの大きな案件に参加した私と透ちゃんはみんなからの羨望と嫉妬を受けている。
競いあいを推奨しているのが雄英なので、ひどいやっかみなんかはないけど、それでも「ずるい」とは思われているだろう。
特に、私に対しては。
透ちゃんは安全圏でバックアップしてた感じだし、実際、怪我しないで授業に出てる。一方、私は事件の度に怪我して入院。
つまりそれは「怪我するくらい前線にいた」という証だ。
「みんなも、インターンの許可が出たんでしょ?」
「うん! 早い子はもう先週あたりから行ってるよ」
「そっか」
みんなも頑張ってる。
八斎會の件ではビッグ3もそれぞれ活躍してる。ミリオの“個性”喪失が起こらなかった分、大きな成果を挙げたという印象が強い。
目指すべき身近な目標が上にいれば、それだけ勉強にも特訓にも身が入る。
私もうかうかしてはいられない。
インターンでの実績は学校内での成績には直接結びつかないから、むしろ、クラス内では出遅れていると言ってもいいのだ。
◆ ◆ ◆
一週間の眠りから目覚めた日。
雄英に戻ってきた私は、寮に戻ることさえないまま相澤先生に拉致され、地下の秘密部屋でのお話に参加させられた。
改造の結果について洗いざらい吐かされ、相澤先生や校長からも色んな話を聞いた。
まず、死柄木はギガントマキア奪還に失敗したらしい。
散り散りになっていた連合メンバーも使っての本格的な攻撃だったみたいだけど、プッシーキャッツ他のプロヒーローが見事にガード、撃退した。
メンバーは再び逃走。
ラグドールの『サーチ』で追跡、捕縛しようとしたものの、黒霧が囮となって他の全員を逃がした。
でも、黒霧を捕らえることには成功。死柄木も『サーチ』の対象にすることができた。ドクターがヒーロー側に加担したため、連合はこれまで以上に動きを制限される。
――というか、死柄木はほぼ詰んだんじゃないかな、これ。
私が新たに得た“個性”については、オール・フォー・ワンもそれ以外も全部、表向きはないものとして扱うことになった。
「身体能力の範疇で済むもの以外は人前で使うな」
というのが相澤先生と校長先生からのお達しだ。
二度目の入院については、個性破壊弾のダメージで不安定になっていた“個性”をギガントマキア相手に酷使した結果、安静が必要と判断された、ということになってるらしい。
「何百回か細胞が死んでは生まれ変わった結果、大幅に強化されたとでも言っておけ」
「わかりました」
実際、死にまくったわけだから嘘ではない。
引き続き私は「丈夫で治りの早いトワちゃん」として扱われるわけだ。
「……それと矛盾するようで悪いんだけど、君には早期のヒーロー免許取得を目指して欲しい」
「というと、飛び級ってことですか?」
「いいや。順番が逆だね」
普通、プロ試験挑戦は三年生の後期からだけど、これはあくまで学校の指導方針。
試験の制度的には学年関係なく受験資格がある。
まあ、殆どのヒーロー事務所が採用条件を「高校卒業」としてるから、高校生がプロヒーローをするのは現実的じゃないんだけど……。
重要なのは、一年生や二年生でも受かる可能性が高いなら、学校側も受験を認めるしかないということ。
――そして、もし受かったら。
まして、卒業後の就職が内定したり、学生のうちから実績を積んでしまったりしたら、もう教えることは何もない。
特例として飛び級を認め、卒業させることができる。
「実力をつける→飛び級する→プロ試験を受ける、じゃなくて――」
「実力をつける→プロ試験を受ける→飛び級する、という流れになる」
「……なるほど」
もちろん、並大抵のことじゃない。
“個性”や身体能力がなんとかなっても知識や経験が圧倒的に足りない。相当な詰め込み方をした上、一定以上の運が必要になるだろう。
それでも、
「君が手に入れた『力』は特殊すぎる」
「悠長に三年かけて卒業させていたら、各所から圧力がかかりかねない。それだけなら
「既に警察や研究機関から協力要請が来ているしね」
どこから漏れたのかわからないけど、蛇の道は蛇。
さほど時間をかけず、大人の世界では公然の秘密になるだろう。
なんとかするには、さっさとプロになってしまえばいい。
「わかりました。できる限りのことはやってみます」
大きな顔して仕事ができるようになれば、色々自由がきくし。
「……でも、たぶん相当荒っぽいことになっちゃいますよ?」
「構わん。ヒーローやるなら理不尽はつきものだ。ただし、無駄に煽るような真似は避けろ。成果を示して周りを納得させろ」
相澤先生はいつも以上に真剣な表情で私に告げた。
「俺達に、お前の卒業を見届けさせてみろ」
「……はい」
◆ ◆ ◆
そうそう、壊理ちゃんにも会いに行った。
“個性”が暴発しても影響が少ないよう、彼女用の生活スペースは雄英敷地内、生徒が立ち入らないエリアに用意されている。
実際に訪れたそこは新築の一軒家を古材を用いて和風にリノベした、お金と手間のかかったお宅だった。
わざわざそんなことをしたのは時間を戻された時、家がもつようにという配慮。
彼女の力が影響するのは生物だけのはず(じゃないと服とか床まで消えかねない)だけど、確証がない以上は念を入れたらしい。
……生物だけが対象だとしたら、植物には効くのかな? 動物にしか効かないとしたらシンリンカムイみたいな植物人間はどうなんだろう。もしくは植物にも効くけど死体には効かない? 死にかけの大木を蘇らせるとかならセーフなんだろうか。
謎だ。
って、それはこの際どうでもよくて。
壊理ちゃんのお世話はご厚意から協力してくれている年配の方々(皆さん子供好き)が中心で、ミリオと相澤先生が時間を見つけては会いに来ているのだとか。
放課後に先生と一緒にお邪魔すると、現役時代は保育士さんだったというおばあちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「あらまあ。今日はまた随分と可愛らしいお客さんですこと」
「こう見えて、こいつは高校生です」
「まあ。こんなに小っちゃくて可愛いのに」
事実なので「ちっちゃくないよ!」と抗議することもできず、私は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
家は、小さい子が一人で住むには広いつくり。
家族四人くらいで住めばちょうどいいかな、という感じだけど、壊理ちゃんはもっぱら子供部屋に籠もっているらしい。
奥まった場所にある子供部屋のドアには「えり」と可愛らしいプレートが下がっていた。
「壊理。俺だ。入ってもいいか?」
「……うん」
相澤先生がドアをノックすると、少し遅れて返事があった。
がちゃりと開く。
「わ、可愛い」
開いた瞬間、クリーム色と薄いピンク色が目に飛び込んでくる。
床にはカーペットが敷かれ、うさぎやクマ、犬などのぬいぐるみが鎮座し、柔らかそうなクッションが点在している。
ベッドに本棚、衣装箪笥、お菓子の入った戸棚と小さな冷蔵庫まであって、なかなかに便利そうだ。
テレビやゲーム機が見当たらないのは刺激が強いからだろうか。
色合いも相まって、小さい子でも気に入るかどうかは性格次第って感じだけど、なんだかんだ落ち着くいい感じの部屋だと思う。
「お邪魔します」
断ってから一歩を踏み出すと、相澤先生が遅れて後に続――かない。
「何してるんです?」
「
今まで何度も入っているんですよね?
「娘さんとの距離感がつかめないお父さんですか」
「俺はまだ若いんだよ」
「不摂生のせいで老けて見えますよ?」
「せめてストレスの種を減らして欲しいもんだな」
冗談を言ってみたら睨まれてしまった。
「……だれ?」
部屋の奥からか細い声。
「例の生徒がようやく退院したんでな。連れてきた」
「っ」
息を呑む気配。
私はゆっくり振り返ると、室内を見回して、少女の姿を見つけた。布団にくるまるみたいにしてベッドに座り、猫のぬいぐるみを抱いている。
着ているのは白ブラウスに赤いジャンパースカート。
可愛い。
うん、あのダサいトレーナーじゃなくて良かった。
「こんにちは、壊理ちゃん」
私はその場から動かないまま、壊理ちゃんに笑いかけた。
「覚えてるかな? 前に、ちょっとだけ会ったんだけど」
「……うん」
少しは警戒を解いてくれたのか、私の顔を見ながら答えてくれる。
「怪我、したって……大丈夫?」
「うん。ほら、この通りだよ」
軽く腕を回して見せると、ほっとしたのか小さな吐息が聞こえた。
「そっち、行ってもいい?」
「……ん」
はいともいいえとも取れる反応だったけど、表情は特別硬くはならなかった。OKと判断してゆっくりと歩み寄る。背後で相澤先生がドアを閉じた。
「私も会いたかったんだ。あのお兄さんとこのおじさんだけだと心配だったから」
「おじさん……?」
相澤先生の静かな抗議は無視である。
ベッドの傍にぺたんと座って、クマのぬいぐるみを抱き寄せる。ふかふかだ。
「あのおじさん目つきが怖いでしょ? いじめられたりしなかった?」
「おい、八百万妹。俺をなんだと思ってやがる」
「目が怖いのは事実じゃないですか」
「ドライアイなんだよ。細目の方が楽なんだ」
ドスの効いた声で言いつつ、先生は躊躇いがちに視線を彷徨わせて――。
「……もっと早く連れて来られれば良かったんだがな。素の第一声で『可愛い』が出てくるような奴が必要だった」
「あれ? ひょっとして褒めてますか?」
「見た目的にも壊理に近いしな」
「私、高校生です」
「遺憾ながらよく知ってるよ」
むう、ぽんぽんと売り言葉に買い言葉が……。
っていうか、相澤先生と話してるとどうも止まらなくなってしまう。
視線を戻して微笑むと、壊理ちゃんがぽつりと、
「高校生、なの?」
「そうだよ。こう見えて結構お姉さんなんだから」
ふふん、と胸を張ってみせる。
壊理ちゃんは八歳とかだったはずだから、年齢的には倍近い。
肉体年齢だと私は百歳超えてるから――うん、考えないことにしよう。
「お姉さん」
「? どうしたの、壊理ちゃん?」
首を傾げて見つめる。
壊理ちゃんは俯き、かたまって、小さな涙をベッドに落とした。
「……ごめんなさい」
それは、辛い境遇にあった彼女が、必死に絞り出した言葉だった。
「私のせいで、怪我させちゃって、痛い思いをさせちゃって、ごめんなさい」
壊理ちゃんは何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
オーバーホール――治崎は彼女にひどい教育を施していた。お前のせいで他の人間が傷つくんだ、と、言い聞かせ、内罰的な性格になるように誘導していた。
辛かっただろう。
苦しかっただろう。
誰かに助けられるのが辛くて苦しいなんて、悲しすぎるというのに。
「大丈夫だよ」
私はそう答えると、壊理ちゃんのいるベッドによじ登った。
「お姉さん……っ」
「大丈夫。私は消えたりしないよ」
怯える彼女をちょっと強引に抱きしめる。
「私はしぶといからね」
百年以上生きてきた私は、個性破壊弾に打ち勝った『不老不死』は、そう簡単には殺しきれない。
ここに来てからは誰も消してないらしいし。
「だから、安心して」
じたばたと抵抗しようとしていた壊理ちゃんだけど、しばらくすると諦めたのか暴れるのを止めて、代わりに私の胸に顔を押し付けて泣き始めた。
わんわんと。
私は、泣き止むまでずっと壊理ちゃんを抱きしめていた。制服、クリーニングに出さないとかもだけど、破れたり汚れた時用の予備が二、三着はある。ビバ八百万家の財力。
そうして、泣き止んだ壊理ちゃんに、私は尋ねた。
「ね、壊理ちゃん。……“個性”がない普通の女の子に戻れるとしたら、どう?」
「え……?」
思ってもいない問いかけだったのか、まん丸い瞳が私を見つめ返してきた。