「やあ、よく来たね! さあ入って!」
雄英高等学校長――根津は陽気に言って、オールマイトを歓迎した。
No.1ヒーロー・オールマイト。
スーツに身を包んだ筋骨隆々の男は校長室に入るとすぐ、単刀直入に尋ねた。
「先生。お話というのは?」
「うん。その前に、ちょっとだけ待ってもらおうかな!」
ハハッと笑い、根津は部屋のカーテンを閉じる。
一つきりの出入り口も鍵をかけ、ドアに小さな装置を取り付ける。カチッとスイッチを入れれば、装置からは断続的な振動音が発生した。盗み聞き防止のための措置だ。
「さて! これなら落ち着いて話ができるね!」
「………」
意図を察したオールマイトは変身を解く。
すると、パワーに溢れた頼りがいのある姿はみるみるうちに萎み、
オールマイトは五年ほど前、ある
ヒーロー側でもごくごく一部の者しか知らない事実である。
「実は、私宛に匿名の手紙があってね! 人気者の辛いところさ!」
「何かと思えばファンレターの自慢ですか……」
オールマイトは溜め息をつく。
わざわざ二人っきり、盗聴防止までした挙句にそれとは。根津は頭が切れるしユーモアもあるが、時々そういう悪戯じみたことをする。
まあ、ワーカーホリックな彼を少しでも休ませようとしてくれているのだと、わかってはいるのだが。
「授業の準備があるので、私はこれで――」
「近日中にマスコミが
「!?」
言いかけたオールマイトは硬直する。
根津は構わずに続けた。
「すぐに鎮静化するが、それは敵による本命の作戦の前準備にすぎない。数日もせずに敵連合なる一団が侵入し、授業中の生徒および教師を狙ってくる。これには雄英内部、あるいは警察組織に存在する内通者が関わっている疑いがある」
「先生、一体何を仰っているので……!?」
「手紙にあった内容さ。まるで未来でも見ているかのように断定的で、そのくせコミックのように派手だね!」
「ただの手紙でしょう? 我々は職業柄、悪戯を受けることも――」
「手紙にはこうもあったよ。AFOは生きている。後継を育てて更なる混乱を起こそうとしている――と」
馬鹿な。
「オール・フォー・ワン。その名があったと!?」
「いいや。アルファベットでAFOの三文字さ。そう書けば
「……そんな」
室内に静寂が満ちた。
ドアに取り付けた装置だけが振動音を発し続ける。
「予知能力? まさか彼が――」
「サーなら直接僕達に連絡してくるだろう。手紙は雄英の敷地内に落ちていたそうだ。それを新入生が拾って相澤君に届けてくれた」
非効率的なやり方。
正体を知られたくなかったのか? だとすれば、予知ではなく、その敵連合とやらにスパイとして入っているのか? どこからその組織の存在を知った? どうやって雄英の敷地内に手紙を落とした?
次から次へと推測、疑問が湧いてくる。
あまり頭の良くないオールマイトでさえそうなのだから、頭の切れる根津は様々なことを考えているだろう。
「その、届けた生徒というのは……?」
一瞬、緑谷出久の顔が浮かぶが、
「綾里永遠君。一年A組の女子生徒さ」
「あの、小さい子ですか」
出久を見守るついでにちらりと見たが、なかなか根性には見どころがあった。
ただ、オールマイトとしては、ああいう子には日常の中で笑っていて欲しいと思う。まして敵に与しているなどとは到底思えない。
「真相は闇の中さ。ただ、無視するには少々具体的すぎるからね」
「……承知しました。私の方でも注意しておきます」
いつ敵が来るかわからない心構えをしておく。
常にそのつもりではいるが、具体的な危機がわかっていれば警戒が一段上になる。
「頼むよ。ただし、くれぐれも他の者には――」
「わかっています」
わざわざオールマイトだけを呼んだということは「そういうこと」だろう。
後継の件を伝えているリカバリーガール、仲が良く情報共有をしている塚内警部――彼らが内通者だとは思わないが、巻き込まないためにも今聞いたことは漏らさないでおくことにする。
一礼し、変身し直してからドアへと向かって、
「ああ、そうそう」
思い出したように、根津の声。
「敵連合とやらのリーダーは
「……な!?」
今度こそオールマイトは絶句し、恐怖した。
ヒーローを、敵を、世界を蝕もうとする何かの大きな流れが動き始めていることを、感じずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
雄英の大食堂は凄く広くて綺麗だった。
総責任者は“クックヒーロー”ランチラッシュ。彼が監修した料理が格安で食べられるのは雄英関係者の特権だ。
大学の学食とかと違って、敷地内には関係者以外は入れないからね。お陰で食堂が混みすぎるということもない。
「美味しい!」
「これは毎日通いたくなっちゃうね!」
午前中の座学を終えた私は、お茶子ちゃん、デクくん、飯田君と一緒に食堂に来た。
お茶子ちゃんが焼き魚定食、デクくんはカツ丼、飯田君はビーフシチュー、私は悩んだ末にハンバーグを選択した。
洋食の定番。これを食べれば全体的なレベルは大体分かると踏んでのことだったけど、果たしてその味は――、
「……うちの方がちょっとだけ美味しいかな」
断じて負け惜しみじゃない。断じて。
「む? 綾里の母君は料理が得意なのか?」
「うん、お母さんの料理は美味しいけど――実家がね、洋食屋さんなんだ」
「そうなんだ! 行ってみたい!」
「お客さんはいつでも大歓迎だよ。休日に来るなら開店直後か、ランチタイム終わり際がおススメ」
「か、カツ丼もあるかな? 無いよね」
「カツレツはあるから、言ってくれれば卵でとじるよ」
これだけ美味しくて安ければ、お弁当を持ってこなくてすむ。
中学時代は作ってもらってたんだけど、その、私の食事量だとお弁当も結構かさばるのだ。なら、せっかくの設備を活用しない手はない。
「それにしても……えっと、綾里さん。食べすぎなんじゃ?」
「ううん。私、このくらい食べないと足りないんだ」
デクくんの声に笑って答える。
私の注文したメニューを正確に言うと「ハンバーグ定食(ご飯大盛り)サラダとミニパスタとデザート付き」である。
栄養バランスと味の満足感はあるけど、値段的にはオプションを止めてもう一品頼む方が良い。次からはそうしようと思った。
そして、午後はヒーロー基礎学。
講師として1-Aにやってきたのは、言わずと知れたNo.1ヒーロー、オールマイトだった。
「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」
でかい。暑苦しい。強そう。やかましい。
こうしてみると迫力が凄い。
この人に任せておけば敵なんかイチコロだろ、と思える安心感。既にOFA継承済みで、かつパワーも大分衰えているとは全く思えない。
「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」
いきなりの宣言にクラスが湧く中、教室の壁からラックのようなものがせり出してくる。
一番から二十番までの番号が振られたボックスに入っているのは、私達の
次々にボックスへ向かう皆。
私も自分の分の戦闘服を確保し、更衣室へ移動する。ちょっとだけわくわくした。
「……うんっ」
メインは伸縮性のある黒いボディースーツ。
その上から白いグローブとショートブーツ、スカート、リボンのついた上着を身に着け、髪をツインテールに纏める。
おまけとして長めのステッキ(先端に星の飾り付き)を握れば完成だ。
「永遠ちゃん、それって……」
「魔法少女風、かな」
宇宙飛行士っぽいイメージのぴっちりスーツ(大きいレッグガードが特徴的)に身を包んだお茶子ちゃんが私を見つめる。
私の戦闘服は古き良き魔法少女風。
アメコミとか戦隊ヒーローからはズレるけど、魔法少女だって立派なヒーロー。私の幼い外見を活かすならフリフリ可愛い方がいいと思ったのだ。
メインのボディースーツは切断・刺突に強い特殊素材。衝撃は殆ど吸収できないけど、打たれ強さなら自信がある。
「可愛い!」
「ほんとだ! 可愛い!」
「残念だけど注目は持っていかれたわ。ケロ」
掴みはばっちりだったようで、女子のみんなからもみくちゃにされた。
意図した効果は発揮されてるっぽいけど、威厳がないのは課題かも。
◆ ◆ ◆
「君らにはこれから『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて二対二の屋内戦を行ってもらう!」
舞台は全五階の廃ビル(を模したセット)。
制限時間は十五分。
敵側は核兵器(という設定のでかいオブジェ)を所持し、それを守きらなければならない。ヒーロー側は敵を捕まえるか核兵器を回収すれば勝利。
組み合わせ抽選のクジの結果、私は百ちゃんとのペアで敵側になった。対戦相手は口田君と瀬呂君のペアだ。
「よろしくね、八百万さん」
「ええ、こちらこそ。よろしくお願いいたしますわ」
握手を求めると、百ちゃんはクールな表情ながら手を握ってくれた。
私達の順番は最後。
一組目――ヒーローがデクくんとお茶子ちゃん、敵が爆豪と飯田くんのペアは、核兵器の回収によりヒーロー側が勝利した。
デクくんと爆豪が暴れたせいで、たった十五分でビルはボロボロ。
残りのメンバーは映像で一部始終を見守った。
オールマイトのありがたい講評を聞いた上で二戦目へ。
隣に立つ百ちゃんは相変わらずモニターに視線を向けてるけど、
「同じビルは使われないだろうけど、雰囲気は掴めたね」
「そうですわね」
声をかけると、意外そうに視線を向けてくる。
「案外、考えていらっしゃるのですね」
「私は攻撃力がないから。少しくらい作戦も考えないと」
どうやら考え無しの馬鹿に見られていたらしい。
この格好じゃしょうがないけど、映像を見ながら自分なりの考えを纏めるくらいはする。
勤勉な百ちゃんはその何倍も考えてるだろうけど、
「であれば、少しお聞かせ願えますか。あなたのステッキですが――」
「あ、これはね。ただのステッキじゃなくて、中に――」
二十人しかいないとはいえ、四人ずつだと一時間以上も待つことになる。
みんなの“個性”や作戦から勉強しつつも、私達は小声で話し合いを続けた。
待ちに待った五戦目。
核兵器(という設定がされたロケットのオブジェ)を担いだ八百万さん(大きすぎて私が持つとあちこちつっかえる)と一緒にビルへ侵入。
敵側には五分の準備時間が与えられているため、急いで上に上がりながら最後の打ち合わせをする。
「どう?
「見た目を真似るだけなら問題ありませんわ」
「良かった」
最上階に上がったら適当な位置に核兵器をセット。
窓際や外壁に接していると外部からの侵入が怖いので、中の壁を背にして置き、八百万さんの能力――『創造』を使って壁のダミーを作成。位置を隠す。
更に、別のところにもダミーの壁を作る百ちゃんに私は背を向けて、
「それじゃあ、行ってくるね」
「ええ。
五分が経過する前に、上がってきた階段を駆け下りる。
――そして、待ち伏せは成功。
侵入してきた口田君、瀬呂君と鉢合わせ。
時計は既に六分以上が経過。入ってきたのが微妙に遅い。多分、口田君の“個性”で鳥か何かを使って偵察していたんだろう。だとすると百ちゃんが最上階にいるのはバレてる。
「綾里が妨害役かよ! お前一人で止められるか!?」
「時間稼ぎくらいはできるよ!」
スカートを翻しながら構える私。
早速になっちゃうけど、ステッキの柄をぐりっと回し、下半分を引き抜いて――。
「先手必勝!」
瀬呂君が伸ばしてきた『テープ』に向けてステッキを振るう。ステッキを逆に持って、だ。こういう時のために長めの設計になっている。
瀬呂君の“個性”であるこのテープは強度もある上にべたべたくっつく厄介なものだけど、
「仕込み杖かよ!?」
「その通りだよ!」
飛んできたテープを次々に切断していく私。
口田くんは鳩を連れてきていたみたいだけど、刃物を振るう相手には差し向けたくないようでオロオロしている。廃ビルとはいえセットだから、周りに他の動物って殆どいないしね。
「くそ、ありかそんなの!」
銃刀法違反にならない刃渡りにちゃんと収まってます。
それに、生き物を切る気は一応ない。太めに作られている柄でぶん殴るつもりだけど、相手が動くとうっかり切っちゃう可能性はないでもない。
「なら肉弾戦だ! 口田、取り押さえるぞ!」
「……!」
ウンウン、と、動作だけで頷いた口田君が、瀬呂君と同時に飛び掛かってくる。
――うん、そうなるとちょっと弱い。
柄を元に戻してステッキを握った私は、身長と腕力で勝る男子二人を相手にしばし大立ち回りを繰り広げた。
打撃に拘ってくれれば十分くらい粘る自信あったんだけど、残念ながら拘束メインで来られたので、そんなに長くはもたず、取り押さえられる結果に。
セクハラ、などと言える土壌は当然、ヒーロー科にはない。
でも。
私の妨害でたっぷり時間を使ってしまった二人は最上階までの移動時間、更に、百ちゃんが待機中に作りまくった「核兵器のダミー」のせいで時間を浪費し、あえなくタイムアップとなったのだった。
ちなみに百ちゃんはダミーを作った後、一つ下の四階に潜んでました。策士。