警察から依頼された仕事は危険が伴うらしい。
病み上がりのオールマイトとは別れ、残りのメンバーだけで移動した。
「……なんか、久しぶりですね」
エレベーターを降りた先は広大な地下空間。
人工のものと自然のものが半々で共存する山と森は、夏合宿のために作られた特別フィールドだ。
現在は派手な戦闘訓練などに使われていて、申請すれば特訓にも使わせてもらえる。
ただし、今回は特訓目的じゃない。
合宿所前の広場まで移動すると、数人の警察官が待機していた。
彼らは私達――というか、校長先生を見て一斉に姿勢を正す。それから、まとめ役らしい人が進み出てきて口を開いた。
「ご苦労様です」
「こちらこそ、ご足労いただき申し訳ありません」
私と相澤先生も挨拶を交わした後、今回の目的を教えてもらう。
「先日、ラーカーズの皆さんが捕縛した巨人が、トワさんと戦わせろと繰り返し主張しておりまして――」
戦わせてくれないなら暴れると言っているらしい。
普通の犯罪者なら拘束しておけばいいんだけど、ギガントマキアをずっとそうするのは難しい。
拘束具を何度も壊されては費用も馬鹿にならない。
「で、いっそ望みを叶えてしまおう、と」
「ええ。さすがに無茶が過ぎると上申したのですが、強引に指示されまして……」
見れば、撮影用の機材まで用意されている。
私の新しい力がどの程度のものか試す意図もあるんだろう。
「でも、ギガントマキアはどこに?」
「移送が難しいので直接呼び出して欲しいとのことです」
「わかりました」
私はこくんと頷いて答える。
「永遠君。できるかい?」
「初めてですけど、たぶん大丈夫です」
他の人達に離れてもらってから“個性”を発動。
使うのはあの黒い泥だ。
他者の呼び寄せと自分の移動。どっちもできる力だけど、今回は呼び寄せの方を使う。ギガントマキアの姿と、それを遠くから引き寄せてくるイメージ。
「できた」
どろり。
前の空間に泥が現れる。
直後、ギガントマキアの巨体が音を立てて落ちてきた。拘束衣に縄、手錠で全身がちがちに固められた姿。
唯一無事な頭を動かして、彼は、正面に立つ私を見た。
「……後継……!」
「久しぶり、ギガントマキア」
私の主観では一週間も経ってないけど、彼としては二週間近い。
中途半端な決着からそれだけの期間大人しくしていたのだから、さぞかしストレスが溜まっただろう。
「本当に呼び出したぞ」
「あんなでかいのに勝てるのか?」
「いくらヒーローだって」
周囲の声を聞き流しながら、私は巨人を見上げる。
「今度こそ、一対一で戦おう」
「有難い……!」
地下空間全体に響くような咆哮が上がった。
地面に蹲ったまま、ギガントマキアが腕を振り上げる。私は振り下ろされる腕に向けて跳躍し、手錠の繋ぎ目を殴りつけた。
繋ぎ目が砕け、手首部分が自由になる。
足枷の方も蹴っ飛ばして破壊してやれば、後はギガントマキア自身がぶちぶち千切り飛ばした。残骸を軽く処理すれば、ボロだけを纏った自由な姿になる。
「いつでもいいよ」
「ならば、行くゾ……ッ!」
巨人はすぐさま襲い掛かってきた。
◆ ◆ ◆
ギガントマキア。
二週間前。私は彼相手に時間を稼ぐのが精一杯だった。巨大化状態のレディさんでさえ押されてしまう超パワーは、ただ単純に脅威だ。
だからこそ、私は真っ向から拳を合わせた。
衝撃。
一瞬の拮抗の後、骨の砕ける嫌な感覚。
圧される。
数メートルを吹き飛ばされ、空中で一回転して着地。ばきばきになった右腕がぷらんと垂れ下がる。巨人もよろけたが、向こうの腕は無事。すぐに立て直して向かってくる。再度の右ストレートに左を合わせる。さっきの焼き直しのように腕が砕けた。
でも、
「やれる……っ!」
「強者よ……!」
向こうも「前とは違う」ということを感じとったらしく、褒め言葉を贈ってくれる。
駆けだす。
馬鹿の一つ覚えのように繰り出される拳にこっちも応戦。砕けた右腕は『超再生』もろもろの効果によって既に再生している。
骨が砕ける。衝撃を受け流して飛ばされる距離を短縮。今度は左。更に右。左。右。左。
ギガントマキアは右拳一本で攻撃を繰り返している。
我慢比べだ。
集団戦で倒してしまったお詫びも兼ねて乱打戦に付き合う。
パワー自体はほぼ拮抗。
私が押し負けているのは体格差によるところが大きい。各“個性”による外見変化は『不老不死』が軒並みキャンセルしてくれているけど、その分、肉体の耐久度がギガントマキアよりも低い。自分と相手、二人分のパワーを受けるとさすがに腕が砕けてしまう。
でも、このままじゃ向こうも決定打にならない。
二人共『超再生』を持っている以上、多少のダメージなんて何の意味もない。
――さあ、どうするギガントマキア!?
私としてはいつまでも続けても構わない。
何度も何度も腕を砕いてもらえれば、それだけ身体が進化する。
スタミナ勝ちを狙うつもりなら、それで勝てると思うならそうすればいい。
殴って、殴って、殴り合って。
「なら、ば!」
巨人の瞳がぎらつく。
右と右の衝突の直後、続けて左拳が飛んできた。
来た。
焦れたのは向こうの方。私はぴりぴりとした緊張を感じながら、努めて冷静に拳を回避。空ぶった左腕を思いっきり蹴りつけた。
「グ、オォッ!?」
「小回りはこっちの方が上でしょ!?」
本来、馬鹿正直に殴り合う必要はないのだ。
腕が砕けるほどの攻撃なら避けてしまえばいい。それをしなかったのは相手への敬意。だけど、向こうがリズムを崩したのなら付き合う義理はない。
「コ、ノ!」
「無駄だよ」
捉えようとしてくる二本の腕を、私はステップを駆使して回避。
パワー同様、スピードも上がってる。
新しい性能に慣れるまで暗殺殺法は上手く使えないけど、避けながら一方的に反撃を加えていければ十分だ。
と。
一本、二本と腕を避けたところで巨人のつま先が跳ねあがる。蹴りだ。でも、むしろ足技の方が対処しやすい。僅かに位置をずらすだけで難を逃れ、逆に足の側面を蹴りつけてバランスを崩させる。
巨人が大きくよろめく。
彼が体勢を立て直した時には、私は数メートルの距離を離していた。
視線が交わる。
「正々堂々と来て」
「……キサマ」
「ただの殴り合いなら、小細工なしで応じてあげる」
「グ、オオォッ!!」
再びの右ストレート。
宣言通り、こちらも右拳を合わせる。
弾かれたのは、ギガントマキアの拳だった。
「ナ、ニ……!?」
『衝撃吸収』。
腕へのダメージが減ったことで骨が砕けなくなり、受けたダメージの回復が間に合う。
――困惑を表しながらも、巨人の拳が再び来る。
『膂力増強』×2。
衝突の直後に競り勝った。大きく逸れた拳が引き戻されるのを待つ。
――咆哮と共に、溜めを乗せた重い一撃。
『瞬発力』×2。
地を蹴ってパワーを乗せ、飛び込むように殴り勝つ。
「オ、オオオオオオオォォォッッ!!」
左。こっちも左を合わせた。
――そこから先は本当に乱打戦。
ギガントマキアががむしゃらに振るってくる腕に拳を返すだけ。
何回も、何十回も、何百回も。
殴り合った後に巨人は息を切らせ、汗を飛ばし、限界を迎えて膝をついた。
「……認めよう」
「………」
「後継よ、我に何でも命じるがいい」
警察官達の視線が集まる中、彼は厳かに言った。
私はきっぱりと答えた。
「なら、罪を償って。あなたのしたことを全部話して、警察に協力しなさい」
「いい、だろう」
「素直に従ってくれる?」
「愚問だ。力こそが全て。強者であれば、
「……ありがとう」
恐る恐る警察官達が寄っていっても、ギガントマキアは暴れなかった。
元いた場所に送ることはできない(向こうに知り合いがいない)ので、車かヘリを手配して運ぶことになるだろう。……って、あのサイズじゃエレベーターに乗れないし、合宿の時の穴はとっくに塞いじゃってるから、相澤先生あたりに先に上へ行ってもらって、ギガントマキアを転送しないと駄目か。
「ご協力感謝します」
「いえ。できることをしただけですから」
まとめ役の人は深く頭を下げてくれたものの、ちらちらとこちらを見てくる部下の人達の視線は、どこか恐ろしいものを見るようなものだった。
「
巨人が移送されていった後、相澤先生が尋ねてきた。
「はい。身体能力で済む範囲だとそれしかないと思ったので」
「だから、あれに心理戦を仕掛けたのか」
「私に切り札があるのは向こうも知ってるでしょうから」
ギガントマキアが何故焦れたのか。
答えは簡単。
オール・フォー・ワンがある以上、私が彼を倒すのは簡単だからだ。あるいはオール・フォー・ワンでなくても『槍骨』とか『二倍』あたりを使うだけで形勢は傾く。
巨体と怪力で叩き潰せない相手が奥の手まで持っているとなれば焦るのは当然だ。
――まあ、借り物の力で勝っただけだからあんまり威張れないんだけど。
使えるものは使う。
少しでも世界を平和にするためには立ち止まっていられないのだから。
◆ ◆ ◆
学生に復帰してからの日々も慌ただしく過ぎていった。
校長達から「さっさとプロになれ」と言われてしまった私は授業をしっかり受けるのはもちろん、放課後の自主練や予習復習に精を出すことになった。
幸か不幸か『超再生』か『超耐久力』あたりのお陰で一日三時間も寝れば十分(頑張ったら二日くらい徹夜可能)になったので、時間は捻りだすことができる。
気分的になんか損した気分になるのと、起きてる時間が長い分だけ夜食の減りが早いのがタマにキズだけど、まあそこはしょうがない。
ジェントル・クリミナルが逮捕された、というニュースを見て「そういえば忘れてたな……」とか思ったりしつつ、あのイベントの時期が来た。
「文化祭があります」
「ガッポオオオイ!!」
「いいんですか!? この時世にお気楽じゃ!?」
「今年は
いろいろ規格外な雄英にも学園祭はある。
体育祭がヒーロー科メインの行事だとすれば、文化祭はサポート科や普通科、経営科のための行事といえる――らしい。
どうしても身体を動かす系だとヒーロー科が有利だから、研究発表だったりはっちゃける系だったりは彼らのストレス解消にもなっているのだとか。
「決まりとして一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」
というわけで、飯田君が議長となって出し物のアイデア出しが始まった。
「メイド喫茶!」
「おもち屋さん!」
「腕相撲大会!」
「ビックリハウス!」
「クレープ屋!」
次々と出るアイデア。
そんな中、私はどうしようかと首を捻る。原作でライブやったのを知ってる私が介入していいものか。下手に別のものを言って未来が変わったら、あるいは直接ライブを提案して却下されたら……。
体育祭なんかと違って無理に我を出す必要がないから逆に困る。
うーん、と悩んでいると、
「永遠君は何かないか?」
「焼きそば屋さん!」
しまった、反射的に食べたいものを言ってしまった。
ちなみに飯田君が「永遠君」って呼ぶようになったのは「綾里」か「八百万」かでややこしいから。
で、
「……まとまりませんでしたわね」
百ちゃんが要らないのを削除したりして頑張ってくれたんだけど、やっぱりまとまらなくて、相澤先生から「明日までに纏めておけ」というお達しが出た。
で、場所は寮の談話室に移る。
こういう時、クラス全員が同じところに住んでると便利だ。帰る時間を気にしなくていいから、最悪えんえんと話ができる。
「落ち着いて考え直してみたんだが、先生の仰っていた他科のストレス。俺達は発散の一助となる企画を出すべきだと思うんだ」
「そうですわね……。ヒーローを志す者がご迷惑をおかけしたままではいけませんもの」
「そうなると正直……ランチラッシュの味を知る雄英生には食で満足させられるものを提供できないと思うんだ」
これも原作通りの流れ。
ここからご飯系は自粛する流れになってライブ案が出てくるんだけど……ちょっとだけ言いたいことがある。
さっき普通に焼きそば屋さんって言っちゃったし、せっかくだから言っちゃおう。
「飯田君はわかってないよ」
「な、なんだと……!?」
「そもそもランチラッシュと張り合っちゃだめだよ」
「!?」
「ううん、もっと言えば、料理の美味しさっていうのは素材や味付けだけで決まるものじゃないんだよ。盛り付けの仕方、食べる場所、払った値段、誰と食べるか。そういったものも加味した上での味なの。だから、学園祭でやるならチープな味でいい。チープな味がいいんだよ。誰もが懐かしいと思うような独特の美味しさは、ランチラッシュには出せない」
元洋食屋の娘として、現役の食いしん坊として、それだけは言っておかなくちゃいけない。
飯田君が気圧されるように眼鏡を押さえて、
「で、では、永遠君はどうしても食事系がいいと?」
「ううん。みんなに楽しんでもらうならエンタメ系の方がいいんじゃない?」
「さっきのはなんだったんだ!?」
結局、出し物はライブになりました。