『――警視庁等、複数の機関のコンピュータに不正アクセスを行い、機密情報を盗み出したうえ、それを漏洩した疑いで、ハンドルネーム・ラブラバこと
『宮城さん。この事件の焦点は一体どこなのでしょうか?』
『……まず、これは複雑な事件だと思います。
相場容疑者は先日逮捕されたジェントル・クリミナルこと飛田被告と恋仲にあったらしく、彼の逮捕を逆恨みして犯行に及んだと言われています。
先の事件において犯行を幇助していた疑いの強い相場容疑者を放置していた警察の怠慢。不正アクセスを受けた側の管理体制の不備。未成年の少女の“個性”が一部の者によって隠匿されていた事実。隠匿に雄英の校長も関わっていたこと。同時にその情報は当人のプライバシーを考えれば秘匿されてしかるべきもので、不正に利用されるべきではないという人道的な問題。
オールマイト引退後による社会への影響、新体制が必要とされている事実をあらためて、強く我々に印象付けた事件ではないでしょうか』
『ありがとうございます。では、続いて専門家の方の意見を――』
スマホで流していたニュース番組を終了させ、私は息を吐いた。
「キリがないし、行こうかな」
寮の自室――じゃない。
例の地下室の一つに最低限の服や私物だけを持ち込んだ即席のセーフハウスに私は避難していた。避難させられていた、が正しいかもしれない。
情報流出から早何日。
多少、状況が落ち着いてきたから顔を出していい、とお達しが出たのが今朝のことだ。
ニュースの通り、私が『不老不死』だという情報を流したのはラブラバらしい。
原作の文化祭編で雄英侵入を企て、デクくんが激戦の末に打倒した自称『義賊』の動画配信者――ジェントル・クリミナルのパートナーにして凄腕のハッカー。
原作でも「ジェントルと一緒に捕まりたい!」と主張していたくらい愛の深い彼女。
ジェントルだけが捕まり、自分のことは『捕まえてくれない』警察に苛立った彼女は、せめてもの嫌がらせをと考えたのだろう。
もしくは、急な逮捕に作為的なものを感じて裏を取ろうとしたか。
何故、私の情報を流したのかといえば、ジェントルの逮捕を働きかけたのが校長だったことを知ったからだろう。
校長自身の弱みが見つからなかったので、代わりに彼が隠している生徒の秘密をバラした。
本当に余計なことしないで欲しい。
でも、むしろ『不老不死』の件だけで助かった気もする。私の“個性”に辿り着いたのなら、オール・フォー・ワンの件を知られてもおかしくなかった。
あれを公開すると問答無用で消されかねないから、やらなくて正解だと思うけど。
「制服、よしっと」
身支度を確認してから地下室を出て教室へ移動する。
この時間は予定を変更してHRをしているらしい。頃合いを見計って来い、と、相澤先生からは言われている。
――最悪、退学も覚悟しておかないとなあ。
ホークスの例があるように、ヒーローになるのに学歴はいらない。
校長は守ってくれるだろうけど、A組のみんなや他クラスの反応によっては自主的に辞めないといけないかもしれない。
そうなって欲しくはないと思うけど。
静かな廊下をこっそり歩き、いっこうに解けない緊張を覚えながら、教室のドアをがらりと開いた。
視線が集まる。
三十八、ううん、相澤先生を含めて四十の瞳が私を見ている。
何を言われるんだろう。
私は緊張しながら一秒程度の時間を待って――。
「あ、不老不死ちゃんだ!」
「よう、不老不死!」
「おいコラ、何が『しぶとい』だコラ! ぶっ殺してやるから勝負しろコラ!」
「皆さま、その呼び方はどうかと思うのですが……」
「あれえ……?」
ノリ、軽っ!?
いや、ある意味嫌味を言われてるんだけど、なんていうか、自転車で転んで腕の骨を折ったクラスメートに「この骨折野郎!」って言うくらいの気軽さを感じる。
意外すぎてぽかんとしてしまっていると、相澤先生が、
「なんか余計な心配してやがったのか、不老不死」
「先生まで言わないでください!」
言い返しながら、私は一つ、胸のつかえが取れるのを感じた。
◆ ◆ ◆
「でも実際、私のこと気持ち悪くないの……?」
「いや、そんなこと言ったら気持ち悪いやついっぱいいるし」
いともあっさりと言ってのけたのは切島君。
と、出身校が一緒の芦戸さんが笑って、
「だよねえ。私だってちっちゃい頃、お年寄りとかから『気持ち悪い』ってよく言われたし」
「常闇とか夜道で会ったら絶対怖えーよな」
「そこで引き合いに出されるとは……」
なんだか、まるっきりいつも通りのノリ。
アクの強い面々がわいわいと言いたいことを言って、そのくせ、なんとなくまとまっている。
「みんな……」
ありがとう、と言おうとして、
「ケロ。勘違いしないでね。気持ち悪くない、って言ってるわけじゃないのよ」
「っ」
梅雨ちゃんだ。
時々、鋭いことを遠慮なく言ってくる彼女は私をじっと見た後、にこりと笑って、
「でも、私はあなたのことを知っているわ。だから、『不老不死』は気持ち悪いと思うけど、永遠ちゃんのことは嫌ったりしないわ」
「――ありがとう」
今度こそ、私はその言葉を口にした。
「ねー、永遠ちゃんって今までに何回くらい死んでるの?」
「えーっと……千回くらい?」
「うわ気持ち悪!」
「ひどくない……?」
ほっと安心する一方、オール・フォー・ワンのことが知られてもまだ、今と同じ反応をしてくれるだろうか……と、考えながら。
◆ ◆ ◆
幸いなことに、私はA組のみんなから受け入れられた。
B組の生徒や上級生のヒーロー科も割と好意的な反応を示してくれている。イモータルヒーローとか超格好いいじゃん、なんていう声もあった。
校長先生も雄英の見解として「生徒を育み、育てるという方針に何ら変わりはない」と示した。
こうして退学の必要はなくなったけど――みんながみんな、私を受け入れてくれたかといえば、そんなことはなかった。
「あいつだよ、例の」
廊下を歩けば、そんなひそひそ声が聞こえてくる。
「あの不老不死?」
「そうそう。校長のお気に入りらしいよ」
「校門前もマスコミだらけでいい迷惑だよな」
「死なないんだから、さっさとプロになって敵と戦えよ」
聞こえていないと思ってるのか、聞こえていても構わないと思ってるのか。
飛んでくる『悪意』を私は無視する。
反応したところで何もできないからだ。私が辞めたところで彼らの溜飲が下がるかといえば一概にそうともいえない。何より、ヒーローになるのに雄英以上の環境はない。
さっさとプロになって飛び級で卒業する。それ以上の方法はないだろう。
「本当さあ。強い“個性”があればそれだけで人生勝ち組だもんな。やってらんねーよ」
だから、やっぱり私は立ち止まれない。
「はい、永遠ちゃん。頼まれてたパンとお菓子とカップ麺」
「ありがとう透ちゃん。ごめんね」
「いいのいいの! 外を歩くと捕まっちゃうもんね!」
校門前にマスコミが待機しているため、私は外へ買い出しに行くこともできなくなった。
食料品が尽きかけても買いにいけず、仕方なく透ちゃんに頼んで買ってきてもらわなければならなかった。いくら主人と従者とはいえ、こんなお使いみたいな真似させるのは心苦しいんだけど。
「っていうか凄い量だな。食いきれるのかよ……?」
「パン以外は賞味期限長いし、余裕だよ」
「マジか」
寮がクラス毎なのは本当に助かっている。
寮の中にいる分には普通に過ごせるので、私としては憩いの場所だ。
「けれど、ここのところ世論の動きも不安ですわね……」
「校長もマスコミに叩かれてるもんな。別に悪いことしてねえってのに」
「あと『異能解放論』な」
校長先生は私の『不老不死』を知っていて隠していた、ということでバッシングを受けている。
個人の“個性”はわざわざ宣伝するものでもないんだけど、私の場合はインパクトが大きすぎたのと、裏で偉い人達がよからぬことを企んでいたのが良くない。
誰だって不老不死とか羨ましいというのもあって、批判が起きてしまったのだ。
同時に、擁護する論調も大きい。
“個性”という名称自体が差別を抑制するためのものであって、他人がどうこう言うのはおかしい。件の少女(私のことだ)もいい迷惑である。そもそもこの“個性”社会、もっと自由に、排斥されることなく己の“個性”を誇れるようにするべきだ、という主張である。
言うまでもなく、火付け役は異能解放戦線だろう。
私の騒動のせいで彼らのバイブル『異能解放戦線』がヒットしているそうで、私としては寝耳に水すぎる。なんでそこでそう繋がったのかと言いたい。
異能解放戦線自体は内偵が進んでいて、犯罪行為のあった幹部を中心に摘発が進んでいるものの、新たな賛同者が増えてしまってもいるらしい。
本当、世の中はうまくいかない。
「“個性”を自由に使えるように、ってのは間違ってねーと思うんだけどな」
「無暗な“個性”使用は混乱を生みますわ。誤って人を傷つけ、敵にならざるをえなくなる方だって出てくるでしょう」
「難しいよね……」
“個性”を使ってヒーローをしている身としては否定しづらい。
ただ、敵の発生につながっているのも事実で、それを考えると自由な“個性”社会というのはとても怖い。
どうするかは政府とか学者が考えることであって、いち学生には荷が重い話だけど、一人一人が自分の意見を考えることは大事かもしれない。
意見、か。
「いっそ、私の意見を言っちゃった方がいいのかな……」
◆ ◆ ◆
渦中の人物が表に出ることで、逆に事態の鎮静化をはかる。
校長やお父様お母様も似たようなことを考えたようで、話はどちらからともなく、とんとん拍子でまとまった。
「本日は雄英高等学校の一年生、八百万永遠さんと、元記者で現『集瑛社』専務取締役の気月置歳さんにお越しいただいております。お二人共、どうぞよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
挨拶をしつつ、私はあらためて気を引き締める。
事前打ち合わせで顔を見て思い出した。
気月置歳。彼女は異能解放戦線の幹部の一人だ。コードネームは確か『キュリオス』。
原作ではトガちゃんを爆発責めにしながら過去を問い詰め、身心ともに大きなダメージを与えた。なので私怨も多々混じってしまうものの、私はこいつが嫌いだ。
ちなみに私は雄英の制服姿。
ヒーローコスチュームと迷ったけど、まだ仮免の身だし、ヒーローの卵としてより個人として出演する方が効果的だと思った。
「八百万さんは先日の不正アクセス騒動で個人情報を公開された、いわば被害者ということになりますが、犯人についてはどんな印象をお持ちですか?」
「愛する人を逮捕されてしまった悲しみがどれほどのものだったのか、私には想像もつきません。ですが、不正アクセスが犯罪行為であるのは間違いありませんし、それは許されることではないと思います」
「犯人に対して恨みをお持ちではありませんか? 不正に“個性”を暴露されたことで心ない言葉を浴びることもあったと思いますが」
「辛い、と感じることがなかったと言えば嘘になります。個人的な不快感がないわけでもありません。ですが、ヒーローを志す者として、公の場で個人的な感情をぶつけるべきではないと思っています」
番組関係者からの質問は基本的なもので、淡々と答えることができた。
私のスタンスについては事前に話し合ってある。簡単に言ってしまえば優等生の回答だ。
「最近囁かれている“個性”解放論についてはどう思われますか?」
「自分らしく生きたいというのは当然の欲求です。ですが、力は制御されるべきだと思います。“個性”が無かった時代からそういう考え方は存在しました。格闘家は喧嘩で技を振るわない。そういったことと同じような配慮が必要なのではないでしょうか」
カメラを向けられる緊張はあるものの、魔法少女コスで街中を練り歩いたりした経験のお陰できちんと話せている。
スタッフが頷いてくれていることからも一定の理解は得られている。
と。
「随分、昔の話にお詳しいのですね。それは、そういう時代を生きたことがあるからこその発言なのかしら?」
キュリオスが口を開いた。
どこかいやらしい笑みを浮かべて見つめてくる彼女に私は答える。
「私には十歳以前の記憶がありません。なので、そのようなことはありません」
ひくっ、と、キュリオスの頬がかすかにひくついた。