気月置歳――キュリオスはめげない。
対話する気があるならむしろチャンスだ、とでも思ったのだろう。笑顔を浮かべ直して質問を続けてくる。
「八百万永遠さんは旧姓・綾里永遠――十歳の時に洋食屋夫婦と出会い、十五歳まで育てられたそうですね。そして雄英入学後、八百万家の養子となった」
「はい、そうです」
「戸籍上は十歳の時、綾里家の実子として登録されていますが、以前は何をされていたんですか?」
「覚えていません」
「覚えていない?」
にやり、と、キュリオスの口元が吊り上がった。
「十歳といえば、とっくに物心ついている年齢ですよね? にもかかわらず、それ以前の記憶を全て喪失していると? 随分と不思議なことがあるものですが……例えば、それまで
「そうですね。可能性で言えば、当然ゼロではないと思います」
「認めるんですね!?」
「可能性があることは認めます。ただ、もちろん別の可能性もあります。ある人は、私が『赤ん坊の時に親に殺され、それから百年以上地中に埋められていた』と言いました」
我ながら話していて気持ちいいことではないので、自然と表情は苦いものになる。
「『不老不死』の個性によって時間をかけて再生した私は地中で十歳になっていて、綾里家に拾われた。十歳以前のことは覚えていませんから、これでも矛盾はありません。証拠も何もない仮説ですけど、拾われた時、私が地中から這い出したのは事実ですよ」
スタジオ内が一瞬ざわついた。
キャスターが慌てて聞いてくる。
「そ、それは本当の話でしょうか?」
「覚えていないので事実かどうかはわかりません。ただ、私としては一応、その説が正しいと思っています。名前も覚えていませんが、本当の母親の顔だけはぼんやりと、見たことがあるような記憶がありますから」
ある意味、スクープだろう。
話題性のありそうな衝撃的な話が引き出せたのだ。番組側としては万々歳のはず。キュリオスがどう思っているかはまた別だけど――。
見れば、彼女は青い顔を紅潮させ、恍惚の笑みを浮かべていた。
「死亡して埋められた状態からの蘇生!? あなたの『不老不死』にはそれだけの力があるということね!?」
「そうですね。……実際、私は脳を潰された状態から生還したことがあります」
女性の出演者が口元を押さえる。
「その時には記憶の一部が欠けてしまいましたから、埋められたのが赤ん坊の時かどうかはともかく、記憶喪失が死んだせい、という可能性はあると思います」
……あらためて思うけど、私、かなりアレな人生送ってるなぁ。
「そ、そんなあなたが何故、雄英に入ろうと思ったのかしら!? 養子縁組を行ったのはどうして!? 洋食屋のご両親に不満があったから!?」
「雄英に入ったのは、ヒーローになりたかったからです」
私はあくまで淡々と答える。
キュリオスが煽るような聞き方をしてくるって事前に知ってて本当に良かった。じゃなかったら途中でイラっとして顔に出てたと思う。
でも、原作のトガちゃんはこれを、集団からの攻撃を受けながらやられたんだよね。
うん、できるならこいつ、一発ぶん殴りたい。
「前もって言っておくと、さっき言った『記憶が一部欠けた』というのは、育ててくれた洋食屋の家族の記憶です。なので、当時の私について情緒的な記憶は殆ど残っていないんですが、覚えている限りでは虐待も育児放棄も、それに類することも全くありませんでした」
「―――」
「むしろ、本当の娘のように可愛がってもらっていた、と言っていいのでしょうし、感謝もしています。雄英に入ろうと思ったのは、さっきも言ったようにヒーローになりたかったからですが……きっかけは、一緒に暮らしていた血の繋がらない兄が敵に襲われて腕を一本、失ったからです」
「っ、復讐、ということかしら!?」
キュリオスさん、そこで鼻息を荒くして目を見開かないでください。
番組スタッフがドン引きしてるから。
この人、異能解放戦線に忠誠を誓ってはいるけど、それはそれとしてインタビュー趣味もガチなんだ。戦線のイメージアップには繋がらないけど面白いからいいや、ってなってるっぽい。私としてはやりやすいからいいんだけど。
「そういう気持ちがないわけじゃありません。でも、犯人はもう捕まっていますし、他の敵に八つ当たりする気もありません。ただ、敵による犯罪は憎くて仕方ありませんでした」
「正義のためにヒーローを志した、ということかしら?」
「そんないいものじゃありません。平和は黙っていてもやってこないんだって思ってたので、戦って守ることにしただけです」
「死なないあなたが他の人の代わりに傷つこう、と?」
「まあ、そうですね。当時は自分が『不老不死』だとは知りませんでしたけど、自分の身体が頑丈で治りも早い、っていうのは知ってましたから」
私は一呼吸置いて、
「だから、私は“個性”で好き勝手にできる世界が良いものだとは思いません。誰もが伸び伸び生きられる世界が来たら幸せだとは思います。私の友達にも、人と違うせいで苦しんでいる子がいますから。でも、自分が楽しく生きるために人を傷つけるのは違うと思います」
「……“個性”解放論は混乱を助長するものではないわ」
キュリオスの表情が変わった。
すました表情を取り繕いつつも、私をそれとなく睨んでくる。
うん、“個性”解放論
戦線がバイブルにしてる本『異能解放戦線』はそういう側面があるけど。
私はしれっとした顔で無視して、
「そうですね。例えば、世界を変えるために大勢で暴れて力づくでどうにかする、なんていうのは絶対にやってはいけないことだと思います。気月さんも、触れたものを爆弾に変える能力をお持ちですけど、それで人を好き放題に爆破しようだなんて思わないでしょう?」
さあ、どうするキュリオス?
さりげなく戦線のやり方を完全否定してみた。同意すれば、マスコミを通じて「戦線とそぐわない考え方」が大勢の人に配信されてしまう。
それは戦線への背信になりかねないけど、かといって「私はたくさんの人を爆破したいです!」なんて言えば、
「あなたの主張はよくわかるわ。だけど、今、現在進行形で苦しんでいる人がいるの! おかしな世の中を変えるためには痛みを伴う改革も必要でしょう?」
「もちろん、そういう場合もあると思います。でも、一人の苦しんでいる人を救うために別の一人を不幸にして、それで本当に誰かが救われるでしょうか? 世の中を良くするためだからこそ、やってはいけないことがあるんじゃないかと思うんです」
「……犠牲者が出ると決めつけるのはおかしいのではないかしら? 論点をズラしているんじゃなくて?」
「はい。ですから、無理のない形で改革ができるなら、それは素晴らしいことだと思います。そうなったら多くの人が救われて、敵の数も減るかもしれません。私が言いたいのは、余計に傷つく人が出て欲しくない、ということだけです」
「………」
キュリオスが黙った。
苛々しているのが傍目からもわかる。
「社会の仕組みを変えるのはとても時間がかかります。一人一人の意識が変わっていかなければ、いつまで経ってもできないでしょう。だから、新しい考え方が生まれるのはとても良いことだと思います。……でも、今までのやり方がすぐ要らなくなるわけでもありません。ヒーローは今この時も、みんなのために戦っています」
「ず、随分とご立派な理想をお持ちなのね。では、ヒーローが二十四時間、平和のために戦い続ければいいということかしら?」
「そんなことを言ったつもりはないんですが……」
そう聞こえてしまっていたのならすみません、という感じの、しゅんとした顔を作る。
「ヒーローだって人間です。疲れたら眠くなるしお腹も空くし、お休みの日にぱーっと遊びたくなることだってあります。それは当たり前のことです。だから、ヒーローにだってできることには限りがあります。私みたいなヒーロー志望者がすぐにヒーロー活動ができるわけでもありません」
私は自分に向けられているカメラを見て告げる。
「だからこそ、人を傷つけることの意味を、人と仲良くする大事さを、知って欲しいんです。みんなが少しずつ優しくできたら、それだけで、ストレスを抱えて敵になってしまう人が減るかもしれません」
「………」
「ありがとうございました。お時間も押しておりますので、ここでインタビューを終了させていただきたいと思います」
キュリオスが完全に黙ったところでキャスターが告げ、撮影は終了となった。
色んな話が飛び出したせいか、番組スタッフは上機嫌で私にお礼を言ってくれた。
キュリオスは相当頭に来たのか、早々にスタジオを去っていった。苛々したからって変なことを始めないといいんだけど……そういうことする人なら専務になんかなってない、と思いたい。
◆ ◆ ◆
「録画見てみたら、私、明らかに一人で喋り過ぎなんですけど……大丈夫でしょうか?」
「構わないさ! ヒーロー志望で正義感の強い優等生、というイメージなら少々のでしゃばりは許容される。現に滅茶苦茶バズってるしね!」
「一躍大人気だな、お前」
「いや、あんまり嬉しくないんですけど……」
幸い、校長先生達からお叱りはなかった。
ネット上の評判はというと、まあ賛否両論。
『ちっちゃい』『可愛い』『これ本当に高校生?』『※ヒーローコスチュームは魔法少女です』『画像はよ』『むしろ動画を寄越せ』『インターン先のMt.レディとは百合百合だとか』『詳しく』
『正論』『しっかりしてんなー』『ドヤ顔うざい』『はいはい優等生乙』『相手の顔青ざめてんじゃん』『←それ元から』
「まあ、意見関係ない評判の方が多いね!」
「なんですか……」
「余計に表を歩けなくなったな、お前」
「いやまあ、ヒーローってそういうものですけど……」
恥ずかしいのはどうしようもない。
話している時はキュリオスに対抗するので精いっぱいだったというか、言いたいことが後から溢れてきて止まらなくなっていた。
「いやいや、お陰で戦線の勢いも多少は収まるはずさ。君が自分から色々暴露したお陰でメディアも余計な仮説を立てにくくなったしね」
「戦線のメンバーだと知っていると、あの女の『ぐぬぬ』顔が面白くはあったな」
「ありがとうございます」
一応、そう言ってもらえると気が楽になった。
学校内からの評判も色々で、1-Aのみんなは基本的に優しい反応だったけど(例外:爆豪)、それ以外は「見直した」と言ってくれる人もいれば「なんだあれ」という人もいた。特に普通科からの私の印象は出演前とそれほど変わっていない。
マイナスイメージを持っている相手に見直してもらうのはとても大変だから、仕方ない。
そして、そんなことをしているうちに、社会に一つの動きがあった。
『ヒーロービルボードチャート』下半期の発表である。
過去一年間のプロヒーローの活躍を総合的に集計して数値化、順位にして発表するもので、巷でヒーローの序列について話される時はほぼ確実にこれの順位を指す。
ここしばらくはずっと『一位:オールマイト』だったんだけど――。
1 エンデヴァー
2 ベストジーニスト
3 ホークス
4 エッジショット
5 ミルコ
6 シンリンカムイ
7 クラスト
8 ウォッシュ
9 ヨロイムシャ
10 リューキュウ
一位は今まで二位だったエンデヴァーに。
全体的に原作で見た順位とほぼ一緒だけど、原作では大怪我で休業(この世界では回復済み)だったベストジーニスト、ギガントマキア捕縛に参加したシンリンカムイの順位が上がっている。
残念ながらレディさんは十位圏外だったものの、二十位以内に入る健闘ぶりだった。私のテレビ出演の件は時期的に考慮されてないけど、入ってたらどう影響したかちょっと怖い。
原作では、ビルボードチャート発表の後にホークスの連合接触、ハイエンドvsエンデヴァーの激闘があった。
この世界では連合は散り散り、脳無を管理しているドクターは体制側についているため、事件が起きることはなかった。
そうしてしばらくの時が流れて――。
「さァA組!!! 今日こそシロクロつけようか!?」
初めてのクラス対抗戦が幕を開けた。