私達、ものすごく場違いな気が……。
スーツ姿の男女が行き来するビル内。
自分とレディさんのヒーローコスチュームを見下ろして居たたまれない気持ちになった。
「はい、トワちゃん。これ」
「?」
片耳イヤホン型の機器を渡され、疑問符を浮かべながら再生ボタンを押す。
『デトネラット社代表取締役、四ツ橋力也に逮捕状が出ている』
どうやら今回の指令が録音されているらしい。
『Mt.レディ事務所には彼の逮捕、およびそれに伴う捜査に協力してもらいたい。なお本件は極秘とする。この音声は再生後に自動的に消去される』
いつの間にかトップを逮捕する話になっていた。
偉い人達もちゃんと仕事してるんだな、とあらためて思う。いや、必死に証拠集めしたのはヒーローだったりするんだろうけど。
『四ツ橋が逮捕に抵抗するようであれば、こちら側の正当性を示した上で捕縛に協力して欲しい。その際には“個性”の行使を許可する。なお、素直に受け入れるようであればこの限りではない。では、健闘を祈る』
そこでぷつっと音声は途切れた。
なるほど。正当性を示した上で、か……。
機器を外して意識を戻す頃には、タイミングを合わせていたのか警官達も集結していた。
警察にヒーロー。受付をはじめ、ロビーにいた人達は何事かと騒ぎだすが、急に暴れ出したりする人はいなかった。
当然だ。中には戦線のメンバーもいるかもだけど、社員の多くは一般人のはず。
警察の人が受付に話を通し、四ツ橋に面通ししてもらう。
「し、社長は社長室におります」
「ありがとうございます」
エレベーターと階段に分かれて社長室へ向かった。
念のため、一階にも人を残して来たけど――幸い、四ツ橋が逃げだしたりすることはなく、私達は彼と対面することができた。
「これはこれは、警察の皆様にMt.レディさん。わが社になんの御用でしょう?」
尖った顎に鷲鼻が特徴の、顔色の悪い男。
四ツ橋力也は当初、にこやかな笑みを浮かべて応対してみせたものの、私達の用件を聞くにつれて顔色を変えていった。
「四ツ橋力也。殺人の容疑で逮捕状が出ている」
「それは……何かの間違いでは?」
「証拠も揃っている。異議があるなら署で聞かせてもらいます」
「ッ」
罪状は殺人。
他にも裏市場へのサポートグッズ流出などの容疑があるようだけど、メインは邪魔な部下の殺害。およびその事実を隠蔽したこと。
なおも色々と言い募る四ツ橋だったが、警察側は頑として譲らなかった。
完全に苦渋の表情を浮かべた四ツ橋が、苛立たしげに私を睨んだ。
――お前のせいか。
そんな風に言っているように思えた。
言いがかりだと言いたいところだけど、元はと言えば原作知識をリークした私のせい。ついでに、公の場でキュリオスをやりこめた件で目をつけられていたはず。
そういう特殊な何かさえなければ隠し通す自信、どうにかする自信はあったのだろう。原作での戦線のメンバーは十一万人。気づいても、気づいた時には抑止しようのない数。
実際、原作では戦線蜂起まで行っていたのだ。
今回の警察だって、四ツ橋を捕らえられる自信がなければこんな強硬手段には踏み切れなかったはず。
「皆さんは面白いことを仰る」
四ツ橋は笑み、両腕を広げた。
「逮捕すると言われて、素直に応じる犯罪者がいるだろうか!」
ぶちぶちとスーツが弾け飛び、やせ型だった身体が大きくなっていく。
四ツ橋の“個性”は『ストレス』。
ストレスを溜めこむことでパワーを得る。消費型なのが難しいところだけど、一気に解放すれば馬鹿みたいな超パワーと巨体を得られる。
「て、抵抗する気か!?」
「セメントガン程度で抑えられると思うならやりたまえ。無駄だと思うがね!」
巨人となった四ツ橋の頭が天井を打つ。
どよめく警官達をよそに、進み出るのはレディさんだ。
「警察の皆さん。屋上に人は?」
「全員、避難を完了しております!」
「OK。じゃあみんな、下がってなさい!」
社長室は最上階。
屋上の被害さえ防げれば――大決戦を妨げるものはない。
一気に巨大化したレディさんの頭が、あっけなく天井を突き破る!
大きくなったとはいえ、四ツ橋の体格はレディさんから見れば小柄。
「あ、あら?」
レディさんが大きすぎて、社長室の床がめきっと抜けたけど。
「ここじゃ無理です!」
「ああもう、しょうがないわね!」
下階の床を踏み抜きながら前進したレディさんは、四ツ橋を大きく突き飛ばす。
巨体が窓を突き破って空中へ。
追いかけるようにダイブしていくレディさんの足の指を、私は慌てて掴んだ。
レディさんの身体はみるみる縮んで、私は宙に放り出される形になったけど、そこを長い腕が捕まえてくれて、柔らかい胸にホールドされる。
などとやっている間に地面はどんどん近づいてきていて、
「もっかい巨大化するわよ!」
「私をぷちっていかないでくださいね!」
「大丈夫! 気をつけるから!」
微妙に信用できません、と言い返す間もなく、クッションがバルーンになり、おもちでできた山みたいになった。
レディさんのスーツをひっつかんで身体を固定した直後、大地を揺るがす音と共に二つの巨体が道路に着地。こっちも交通整理が進んでいたようで、巻き込まれた人や車はいないっぽい。
さて。
指令にあった「こちらの正当性を示す」を実行する時だ。
「デトネラット社長、四ツ橋力也!」
胸の谷間にいた私をひょいっと指でつまみながら、レディさんが声を上げる。
巨大化状態なので肺活量もとんでもなく上がっており、メガホンを使ったみたいな大声が辺り一帯に響き渡る。
「あんたが部下を殺した証拠は挙がってるのよ! 大人しく捕まって罪を償いなさい!」
「私を逮捕するかね!
負けじと声を上げながら突進してくる四ツ橋。
衝突。空いている手で受け止めたレディさんが「ぐうっ!」と呻く。ギガントマキア戦以降、筋トレを増やしていたはずだけど、それでも。
『ストレス』の“個性”がそれだけ凄まじいのか。逮捕されようとしているこの状況が彼のストレスを引き上げているのか。
「いい気なものだ! 君達ヒーローは勝手気ままに“個性”を振るい、我々一般人が同じことをすれば、たちまち敵として処理される!」
「あんたは、一般人じゃないわっ!」
四ツ橋の巨体をレディさんの手が突き飛ばす。
「ただの犯罪者よ!」
「自由に個性を振るう快感! やはり、異能とは解放されるべきだ!」
弾丸のように四ツ橋が飛んでくる。
阻もうとする腕を跳ねのけ、私のいる方の手に組みつこうとしてくる彼。
まずい。
咄嗟にジャンプして、ごつごつした巨体の方にしがみつく。同じ巨人でもレディさんとは雲泥の感触。
「貴様ァ!」
振りほどこうと、掴もうと動く腕。
四つん這いの体勢で走り抜けて頭の辺りまで辿り着くと、ジャンプしながら武器を準備。
クラス対抗戦の反省を踏まえ、ステッキを背中に装着できるようにしておいたのだ。引き抜いたそれを、軽くジャンプしながら振りかぶって、
「「せーのっ!」」
後頭部から私が、顔面をレディさんが同時に殴打。
衝撃の大きさは想像して余りある。ぶっちゃけ、私だったら絶対喰らいたくない。
これで倒れてくれればそれでいいんだけど――。
「まだ、だあっ!」
四ツ橋は頭を振りながらも咆哮した。
ぎらり。
輝いた瞳が空を見上げ、テレビ局のヘリコプターを認識する。攻撃するつもり? いや、違う。
「トワちゃん!」
「はい!」
「聞け! 我は四ツ橋力也! デストロの息子にして――」
頃合いだ。
落下しながらレディさんとアイコンタクトした私はステッキを捨て、四ツ橋の腰辺りにしがみつく。レディさんは四ツ橋に駆け寄りながら腕を振りかぶって、
「リ・デストロを名乗るも、のおッ!?」
私がこっそり発動した『オール・フォー・ワン』により『ストレス』を失った四ツ橋は、疑問の声を上げようとした直後、レディさん渾身の腹パンを喰らった。
“個性”により形成された筋肉の残滓が一撃で消し飛ばされ、倒れた四ツ橋は元のサイズに戻る。
受け身を取って着地した私は、巨大化を解いたレディさんと一緒に彼の元へ駆け寄り脈を確認。まあ、レディさんは本当に脈を取ってるけど、私はそのフリをして、奪ったばかりの『ストレス』を返却した。
うん、本当に気絶してる。
私達は頷き合うと同時に立ち上がり、笑顔でハイタッチを交わした。
(正確には、身長差のためレディさんはロータッチだけど)
「うおおおおおっ!!」
歓声が上がった。
撮影していたテレビ局や、通りかかった市民、ビルから避難した社員などの声だ。
巨人大決戦の末、良い方の巨人が勝った。
デトネラット社長、四ツ橋力也は後ろ暗いことをしており、それを追求された途端、ヒーローに牙を剥いて敵に堕ちた。更なる悪事を働こうとしていた彼をヒーローが見事退治し、危機は免れた。
傍目からはきっと、そんな風に映っていることだろう。
間違ってはいないんだけど。
ヒーローというのも難しい職業だと、私はあらためて思った。
◆ ◆ ◆
今回の逮捕劇は四ツ橋が暴れることと、暴れても『オール・フォー・ワン』で止められることを前提とした、いわば予定調和だ。
茶番とまでは言わないけど。
四ツ橋は最大規模十一万人のやばい組織のリーダーであり、万が一、捕らえきれずに取り逃がしてしまったり、善戦させてしまったりしたら配下達が暴れ出しかねない。
だからこそ、加勢が入るほどの時間をかけず、それでいて「四ツ橋が敵として暴れた事実」がしっかりと人々の記憶に残るようにした上で、ヒーローによってあっさり逮捕されるという結末を作った。
四ツ橋は気絶している間にがっちがちに拘束し、その上で私達が警察署まで一緒に移動した。
幸いにも道中で襲われるようなこともなく、別の場所で幾つか小規模のテロ活動が発生したものの、各地のヒーロー達によって鎮圧された。
「暴れた戦線メンバーはかなり少ないですよね?」
「戦線メンバーの総数が十一万人残っていたかも怪しいが、ね」
何度目かわからない密談の席。
私の疑問に、校長先生が静かに答えた。
「君のテレビ出演の一件を代表とする各種の離反工作によって人数は減っていたはずだ。……加えて、リーダーである四ツ橋力也の突然の逮捕」
更に、他の幹部も罪の証拠を集められた者については次々逮捕されている。
「これだけ続けば、蜂起することなく静かに諦めた者もかなりいるはずだ」
「残党はかなり小規模になった、と……」
「ゼロになった、と見るのはさすがに希望的観測が過ぎるだろうね」
脅威がゼロになったわけじゃない。
でも、元となった組織が壊滅しても裏でくすぶっている残党って、戦線だけじゃなくて他にも沢山いるのだ。未だしぶとく逃げ回っている敵連合もここに加えていいかもしれない。
つまり、警戒を解けるわけじゃないものの――いつものこと、とも言える。
「まあ、十一万人が一斉蜂起――なんてことにならなくて良かったです」
「敵に集結する隙を与えなかったのは大きいね。君とMt.レディがリーダーを抑えたのも、そうだ」
「レディさん、最近大活躍ですね」
主だった事件――といっても、私が原作で読んで知ってる事件っていう意味だけど――には殆ど関わっている。
校長は「そうだね!」と頷いた上でにやりと笑って、
「永遠君も更に注目されてるけどね!」
「う」
「仮免ながら事実上、Mt.レディの相棒格だからね! 二人とも女性でタイプが真逆だから話題性もある。騒がれないはずがない」
「うう」
「取材がこれまで以上に入るだろうから頑張ってね!」
「訓練と勉強の時間がどんどん削られるんですが!」
「いやあ、有名人は辛いね!」
はっはっは、と笑う校長先生。
いや、笑いごとじゃないです。
げんなりした私が「また質疑応答の練習しないと」と考えていると、校長は思い出したように、
「そうそう。もっと有名人になれそうだよ」
「は?」
「今年度末――三月。そのタイミングで君にプロ試験を受けさせたい。そう上からお達しがあった」
「っ!?」
思わず硬直する。
その話、どう考えても「ついで」ですることじゃないでしょう……?
「思ったより早かったですね」
「試験準備頑張ってね」
「ぜ、善処します」
いや、もちろん嬉しい。
わくわくする気持ちも、成果が報われた喜びもある。
でも。
三月とか、とっくに半年切ってるんですが……。
さっき感じた以上の過酷な現実が私の肩にのしかかってきた。