着物は貧乳の方が似合う。
誰が言ったか、いいえて妙だとは思うけど、
「……体型より、気品とか所作の方が重要かも」
百ちゃんの小さい頃のものを仕立て直したという着物を着つけてもらいながら、私は小さく息を吐いた。
品定めなんてできない私でも高級そうとわかる一品。
和服店のスタッフさんが着付けに来てくれていることもあって、上流階級の仲間入りをしたような錯覚を覚えるけど、すぐ傍にいる「本物」を見るとそんな気持ちも吹き飛ぶ。
「お姉ちゃん、着物も着こなせるんだね」
「ありがとうございます。……普段はドレスですので、着るのは行事の時くらいですが」
しっとりと微笑む百ちゃん。
綺麗な黒髪は簪を使ってアップにまとめ、羨ましいにも程がある胸はさらしでボリュームを抑えてもまだ起伏がはっきりとわかる。
これでもかと色気があるのに下品になっていないのは、立ち居振る舞いがしっかりしているからだ。
百ちゃんに比べたら、私なんて馬子にも衣裳だ。
「永遠さんも良く似合っていますわ」
「ありがとう。でも、私は着物なんて着たの初めてだし」
正確には前世の七五三とかで着たけど。
十歳相当の時に綾里家に拾われてるから、今世では本当に着た覚えがない。中学校の卒業式は制服だし、小学校の時は洋服だった。
透ちゃんは「慣れれば着物も楽だよ!」って言ってたけど。さすがは大きな日本屋敷を持っている葉隠家だ。
と、私の着付けをしてくれているスタッフさんが微笑んで、
「初めてとは思えませんよ。可愛らしいお着物を身に着けつつも、端々から落ち着きが感じられて、とても素敵です」
しっかりして見えるとしたら、見た目が小さいせいなんだけど。
百ちゃんが微笑んで、
「気負う必要はありませんわ。私だって普段は着ないのですから、今日は気楽に構えてよろしいかと。むしろ、永遠さんはドレスの着こなしを覚えた方がよろしいかと」
「うう。礼儀作法はなんとか大目に見てもらえないかなあ」
私は遠い目をして呻いた。
二学期が終えると、短い冬休みがやってきた。
さすがの雄英も年末年始に合宿を始めたりはしないようで、我らが1-Aのメンバーもそれぞれに里帰りをしている。
しばらく前、正式に「八百万永遠」になった私は当然、百ちゃんと一緒だ。
プロ試験対策が忙しいので、滞在できるのは大みそかと三が日の四日間だけ。
それでもお父様お母様は歓迎してくれて、毎食のように御馳走が振る舞われ、学園での出来事の話を楽しそうに聞いてくれた。
で、「それはそれとしていい機会だから」と、テーブルマナーや礼儀作法、服の着こなしなんかを詰め込み式で叩きこまれた。
お正月だからと着物を着せられたのもその一環だ。
「「明けましておめでとうございます、お父様、お母様」」
着物で挨拶した後、作法の練習も兼ねて食べたおせち料理はあんまり味がしなかった。見るからに美味しそうにできていたので、私がガチガチに緊張していたせいだろう。
おかしい。
お正月っておせちとおもちとお雑煮を食べてぐでーっとして、二日と三日はこたつでみかん食べながら箱根駅伝見るものだと思ってたのに。
「つ、疲れた……」
夕方。
各種レッスンを必死にこなし、ようやく許しを得た私はさっそく楽な部屋着に着替え、ぼふっとベッドにダイブした。
「お疲れ様でした、永遠さん。さすが、覚えが早いですわね」
「覚えないと楽になれなかったからね……」
先に洋服に着替え、私のレッスンを見守っていてくれていた百ちゃんが楽しそうにくすくすと笑う。
「本番は明日と明後日ですわ。あちこち挨拶に回らなければなりませんから」
「し、死んじゃう……」
「普段、敵と大立ち回りしていらっしゃる方が何を仰いますか」
「敵と戦う方がある意味楽だよ……!」
とはいえ、プロヒーローなら休日返上の人もいるけど、さすがに仮免生まで駆り出されない。
初詣のお賽銭を狙った敵がヒーローに退治され……なんていうニュースをスマホで流し見したり、あいさつ回りの受け答えをシミュレートしたりしているうちに、私のお正月は過ぎていった。
◆ ◆ ◆
三学期に入ってすぐ、私のプロヒーロー試験が「三月頭」に決まったと連絡があった。
通常のプロ試験はもうちょっと前に行われる。
なので、私のそれは本当に特例。
わざわざ私専用に設けられた試験になる。
他の受験者と一緒にすることもできたはずなのに、上の人達が敢えて特別措置を選んだのは、校長いわく「色んな思惑があるだろうね」とのこと。
例えば、私が複数“個性”を使うことになっても噂が広がらないようにするため。
例えば、ほぼ全員が高三以上である他の受験者が万が一にも自信を失わないようにするため。
例えば、来年以降、合格者数水増しを狙ったヒーロー校が二年生以下をねじこんでくるような事態を避けるため。
正式な日程が決定したことで、他生徒にも公式的に通知された。
「は!? プロ試験!?」
「俺達まだ一年だぞ!?」
HRにて、相澤先生に告げられたみんなはさすがに声を上げて驚いた。
「そいつだけ特別扱いかよ」
吐き捨てるように爆豪が言った。
表面的には誰も彼の意見に乗っからなかったけど、内心はきっと似たような想いを抱いていただろう。
でも、相澤先生は淡々と答えた。
「そうだ」
まさかの直球での肯定に教室内がしんとする。
「これはプロヒーロー試験の運営側と警察上層部、その他が正式に協議して決定した『特別措置』だ。
「ですが先生! これは前代未聞なのでは!?」
「……ま、オールマイト先生ですらプロになったのは雄英の通例通りだった。それ自体は確かだ」
「でも」
先生の声を遮る、あるいは引き継ぐようにして声を響かせたのは――デクくん。
「オールマイトが学生だった頃とは時代が違う。雄英が敵連合に襲撃されて、色んな敵が台頭してきてる。そのオールマイト自身も激しい戦いによって引退しちゃったんだ。だから……」
「そうだ。世の中は『強いヒーロー』を求めている」
「………」
「仮免試験の時もそうだっただろ。プロになってから何年もかけて下積みして経験を積んで、ようやく一人前になりました――なんて奴は求められてないんだ。即戦力。八百万妹は求められている新ヒーロー像に合致したために特例が認められた」
ざわつく教室内。そこへ、
「悔しかったらそいつに追いついてみろ――ってことだ」
はっきりとした厳しい言葉が投げかけられる。
いたたまれないとしか言いようがなかったけど、私は先生の発言の手前、すました顔で座っているしかなかった。
言い訳はしない。
私は、先に行く。誰になんと言われようと、進める限り進まないといけない。
「……っても、やっぱ鬱憤は溜まるわな」
と、先生はトーンを和らげて首の後ろ辺りを掻き、
「というわけで、一週間後に特別な趣向を用意した」
「トクベツナシュコー?」
「そこの小さいのを仮想敵とした特別戦闘訓練だ。好きなだけそいつと
「なっ……!?」
悲鳴を上げたのは私。
それとは対照的に、クラス内からは幾つもの歓声が上がった。
◆ ◆ ◆
そして、あっという間に一週間が過ぎて。
「USJも久しぶりだなあ……」
1-Aのメンバーは校舎からやや離れたところにあるUSJ(ウソの事故や災害ルーム)に来ていた。
全員、ヒーローコスチュームかあるいは体操着。
私も魔法少女コスチュームを纏い、ステッキを背負っている。
周りからは、どこかギラギラとした視線。
「永遠ちゃん、負けへんからね!」
「今回ばかりは遠慮なく狩っちゃる……!」
「あ、あはは」
全員から狙われているというのは凄いプレッシャーだ。
「んじゃ、ルールを説明するぞ」
ぱんぱん、と相澤先生が手を叩いて口を開く。
彼の傍らにはオールマイト、それからミッドナイト先生も来ている。
「AとB、二つのチームに分かれてのチーム戦だ。気絶するかギブアップしたやつはそこでアウト。どっちかのチームが全滅した時点で終了になる」
ぐるりと生徒全員を見渡して、
「チームAは八百万永遠。チームBはそれ以外の1-A全員な」
「先生! チーム分けがおかしいです!」
「気のせいじゃないか?」
抗議したら即座に一蹴された。
「戦場はUSJ全域。どこに移動してもいいが、外に出るのは禁止とする」
フィールドはかなり広い。
逃げ隠れするスペースはいくらでもあるものの、敵が十九人もいる以上、いつまでも逃げられるとは思えない。
「制限時間は一時間。チームAには『生き残っていれば勝利』という特殊ルールをやろう」
「わーい、やったー」
相澤先生ったら太っ腹……とは間違ってもならないけど。
デクくんや轟君や爆豪を相手に「一時間以内に全滅させないと負けね」とか言われたらさすがに泣く。持久戦を狙うくらいは許して欲しい。
「何か質問はあるか?」
真っ先に爆豪が挙手した。
「殺してもいいのか?」
「駄目に決まってるだろ。……明らかに生命活動が断たれるような攻撃は禁止だ。脳とか心臓は狙うな。腕か足を吹き飛ばすくらいに留めろ」
手足なら吹っ飛ばしてもいいんだ。
「はい。スタート地点は全員一緒ですか?」
「チームAには一分間の猶予をやろう。スタートして一分後にチームBがスタートする」
なんかだんだん「チームA」っていう呼び方にイラッとし始めたんですが。
それ以上の質問は出なかったので、スタート準備に移る。
「八百万妹。好きなタイミングでスタートしろ。それから一分後にチームBをスタートさせる」
「わかりました」
答えた私は深呼吸をした後、入場ゲートの前に立った。
背中に複数の視線が突き刺さるのを感じる。
――さすがに厳しいと思うけど。
やるからには勝ちを狙っていかないと嘘だよね。
「行きます……っ!」
告げて、私は最初の一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
入場ゲートを抜け、広場を全速力で走る。
目指すのは山岳ゾーン。
全員を倒すにしろ一時間耐えるにしろ、できるだけみんなには散開して欲しい。なので、視界が開けている広場はNG。
足場の悪いアトラクションや水場はありえないし、屋内に行ってしまうと轟君の氷や爆豪の爆発で一発アウトがありえるので、選択肢は多くなかった。
問題は、膂力増強や瞬発力を×1に絞った状態の全速力だとスピードが足りないことか。
脳内カウントで一分が経過した時、私はまだ目指すゾーンの入り口にも到達できていなかった――って!
「あっぶな!」
悪寒を覚えて飛びのくと、さっきまでいた地点に真っすぐ光線が抜けていった。青山君のへそビーム……もとい、レーザーだ。
広場で射線が通っているのをいいことにいきなり撃ってくるなんて……。
青山君はレーザーを撃ちすぎると腹痛を起こすという弱点があるので、できるだけ外させて無力化したいところ。
他の子の飛び道具はそこまで射程がないはずなので、レーザーにだけ気をつけつつ山岳ゾーンの入り口あたりに到達して――。
「追いついたぞ、永遠君!」
暑苦しい声が響いたと同時、私の眼前に眼鏡の委員長が立ちはだかっていた。
1-Aきっての機動力を誇る飯田君だ。
ちらりと背後を見れば、機動力の高いデクくんや爆豪、常闇君が迫ってきている。
「いや、ちょっと、これ……」
思った以上にきつくないでしょうか、相澤先生。
恨みがましく思いつつ、私は一瞬で状況判断。
緩みかけた足をノンストップに切り替え、腰のポーチに手を突っ込む。
「行かせないぞ! 君を足止めするのが俺の役目だ!」
少年漫画の主人公になれそうな熱さで宣言し、高速で向かってくる飯田君。
ポーチから手を引き抜いて投擲するのと、飯田君がすぐさま転進するのは同時だった。
散弾のごとくバラまかれるゴムのボール。
直撃を避けるために転進する、という発想は決して間違いではないけど、敢えてばらまくように投げたため、直進を避けた程度ではかわしきることはできない。
むしろ「当たったらそれなりに痛い」と避けることに固執し、道を開けてくれたところを、私は一気に走り抜けていく。
「飯田君!」
「なにやってんだメガネ! 自分の役割くらい果たしやがれ!」
「む……! すまない、すぐに挽回する!」
残念だったのは、後ろから追い縋ってくるメンバーが叱咤激励をしてしまったこと。
大した隙を作ることもなく再び私を捉えようとしてくる飯田君に、私は内心で歯噛みした。