1-Aのクラス委員長、飯田天哉。
彼の“個性”は『エンジン』。足に備わっているエンジンのような器官が出力を生み、高速移動を可能にする。
出力自体も訓練によってどんどん上がっていて、スピードだけで言えばデクくんのシュートスタイル以上。
当然、人より筋力が高い程度の足では引き離せるはずもなく――。
「ここから先は通行止めだぞ、永遠君!」
せっかく突破したと思った先へ、飯田君はあっさりと回り込んできた。
両手を広げてゴールキーパーのような姿勢を取る彼。向かってくることもできただろうに、ここは足止めを優先したらしい。
機動力で勝る飯田君が左右をしっかり警戒しているのでは、目指す先、山岳ゾーンへの到達は、
「厳しいか……なっ!」
私は声を上げながら直進、眼鏡の委員長に突っ込んだ。
「むっ!? 正面突破か!」
エンジンが火を吹く。
お互いの距離が急速に縮む。高スピードを乗せた左の回し蹴りが来た。
左に避けるのは難しいし、右に避けようとすれば回転した身体と再び相対してしまう。だから私は、
――飯田君の回し蹴りへ自分から近づいて、迎え入れた!
強烈な打撃がお腹にめり込む。
私の体重では身体を支えることもできずに吹き飛ばされて、
「なっ!? まさか、蹴りの威力を利用して!?」
そう。
蹴りを受ける瞬間、私は後ろ向きに跳んで逆方向への力を手に入れている。蹴りから身体を支える気なんて最初からなかった。
むしろ、猛烈な勢いを得て飯田君から距離が離れる。
吹き飛ばされながらくるりと回転すると、着地と同時、私は山岳ゾーン――ではなく、隣の火災ゾーンに向けて走り出した。
「逃がす――」
「逃げさせてよ!」
勢いを落とさないまま振り返ってゴムのボールをばらまく。
飯田君だけでなく、後続のデクくんや爆豪への牽制も含めた攻撃だ。稼げるのはせいぜい一呼吸の間だろうけど、それだけあれば少しは進める。
と。
「行け、
「オウ!」
ぶつかるボールをものともせずに迫りくる影。
文字通りの黒い影であるそれは常闇君の“個性”である『黒影』だ。知性ある相棒を使役する珍しいタイプで、黒影が傷ついても常闇君にはダメージがない上、黒影は飛んだり爪で切り裂いたりと多芸。
厄介なことこの上ない。
「オラオラ!」
正面に回り込み、両手に生み出した爪を振るってくる黒影。
背中のステッキを手にして迎撃。
幸い、柄が切り裂かれて終わりにはならなかった。がきん、と、爪とステッキがかち合って音を立てる。筋力自体もなかなかのもの。
だけど、軽い!
「はっ!」
「グッ!?」
ステッキを振るって押し返す。
すかさず地面を蹴って推進力を前に。
黒影も崩れた体勢をすぐに戻して追撃に来るけど、それも織り込み済み。
「だああああっ!!」
私はステッキを両手で握りしめ、一回転する勢いでスイング。
――ボディを強く叩かれた黒影は大きく吹き飛ばされていく。
あの謎生物は飛べるので、壁や床に叩きつけられたりはしないけど、別にそれは構わない。私の狙いは黒影を火災ゾーンに近づけることそのものだ。
「そうか、火か!」
追ってきた飯田君が声を上げる。
そう。
火災ゾーンはその名の通り、火の手の上がるフィールド。黒影はその名の通り影であるため明るいところでは力を発揮できない。
今は昼間。USJのドーム内にも外からの陽光が入ってきている。その上、炎の明かりが多くなれば、確実に弱体化するのだ。
明るいところの黒影は別に大して怖くない。
このままゾーンに到達できれば――。
「させないと言っているだろう!」
「八百万さん! 悪いけど本気で行くよ!」
「しゃらくせえことばっかしてんじゃねえよ、このチビ!」
しかし、気づくと私は三つの声に追いつかれていた。
◆ ◆ ◆
飯田君。デクくん。爆豪。
この三人相手に逃げられるとは思えない。
私はすぐさま足を止めて振り返った。
真ん中に爆豪。左右に飯田君とデクくん。
「腕や足なら吹き飛ばしていいんだったよなあ!?」
斜め後ろに小爆発を起こして急接近してきたのは、真ん中にいたツンツン頭だ。
どうしてこう、荒事の際ばかり楽しそうなのか。
私が後ろに跳んで距離を取ろうとするのも意に介さず、牽制に三度ボールを投げても動揺しない。
「こんな玩具が何度も効くかよ!」
爆豪の『爆破』は飛び道具に強い。
あっという間に懐に飛び込んできたかと思うと右手が閃いて――。
「待つんだかっちゃん! さっきの見ただろ!」
「っ!」
響いた声に動きが止まった。
僅かな隙に距離を取りつつ、私は少年達を見やる。回り込みながら叫んだのはデクくん。爆豪は私と、私の後ろにある
「邪魔してんじゃねえぞクソデク! わかってたに決まってんだろ!」
いやあ、どうだろうね……?
読者視点に戻りつつ苦笑する私。
とはいえ、さっきと同じ「吹き飛ばされ戦術」が通用するかどうかは良くて五分五分だったんだけど。爆豪、手か足だけを吹っ飛ばすために私の身体を掴む気だったし。
お腹辺りから身体全体で爆風を受け止めないと十分な推進力は得られない。
「回り込めばいいということだな!」
デクくんとは逆方向から来る飯田君。
真後ろからは復帰した黒影が再び接近してきているし、これで四人に囲まれた形だ。
せめて、彼らが力自慢タイプならいいんだけど、よりにもよって全員が高機動タイプと来ている。相性が悪いことこの上ない。
こうなると、私に生き残る手段は、
「死ねえ!」
「その掛け声はどうかと思うぞ!」
「みんな、油断しないで! 彼女は甘い相手じゃない!」
「グルル……」
四方向から
視界を広く持って俯瞰するように分析しながら、主体的な意識を手放す。
「あ?」
「む」
「あっ」
「ム」
ジャンプした。
四方を囲まれた状況では逃げ場は「上」しかない。
バックジャンプ気味に跳躍した私に四人(?)も一瞬遅れて気づいただろうけど、視界からいなくなった上に気配を消したことですぐには対処できない。
そして、移動する物体には慣性というものが存在する。
走っていた車が急ブレーキをかけても、いくらかは進んでしまうように、彼らはお互いぶつからないように動きを止め、攻撃を中断しなければならなかった。
――ああもう、全部ボール使っちゃおう!
残ったポーチの中身を全部ひっつかむと、固まったデクくん達に投擲。バラまかれた散弾は今度こそ命中し、彼らに小さなダメージを与えた。
後は、着地してからリードを守って少しでも遠くに、
「痛えだろうがコラ!?」
「っ」
意識を引き戻す。
気づけば、爆豪が眼前に迫っている。『爆破』で強引に姿勢制御、急接近してきたらしい。便利すぎじゃない!? っていうか、“個性”も凄いけど、こいつの戦闘センスと闘争心はどうなってるのか。
「や、だっ!」
「無駄なんだよ」
ステッキを振るった途端に小爆発。
巻き込まれ、後ろに流れるステッキ。持っている右腕も当然引っ張られる。
空中では、私は推力を生み出せない。
いっぱい持ってる“個性”の中から『エアウォーク』とかやってもいいなら別だけど、あれは明らかに身体能力じゃないし――。
詰まされる。
一手をかわす度、死地に追い込まれている。
「気に食わねえんだよ! このクソチビが! 体育祭で俺に手も足も出なかっただろうが手前!」
空いている左腕が掴まれる。
私は反射的にステッキを手放し、筋力だけで強引に、右腕をツンツン頭の少年に伸ばしていた。
「プロになるとか言うんなら俺に勝って――」
「まだまだ、諦めないよ」
爆破。
腕が『熱い』と感じた次の瞬間には左腕の感覚が消失していた。出力制御は完璧。掴まれた部分が一瞬で吹き飛ばされ、千切れた腕は爆風で下へと落下していっている。
腕一本。
並のヒーローであれば致命傷。再生できる私にとっても決して小さくないダメージだが、
「がっ……!?」
「敵相手なら腕一本じゃすまないんだから」
プロヒーローになるなら、複数の敵相手に孤軍奮闘しなければならない場面も出てくる。
私の右手は爆豪の首を掴んでいた。
リンゴくらい余裕で握りつぶせる握力で指を食い込ませる。首は鍛えにくい部位の一つ。さすがの爆豪もこれには苦悶の表情を見せ、私に左の手のひらを向けてきた。
爆発。
「かっちゃん!」
「我が受け止める! 緑谷と飯田は戦闘を続けよ!」
カバーには常闇君(本体)が入った、か。
一瞬で相談を終えた少年達。デクくんと飯田君が下を高速で駆けるのが見える。でも、こうなると空中にいるのは有利だ。
爆風に乗ったことで、私は悠々と火災ゾーンの中へ落下して――。
圧倒的な冷気が、燃え盛る炎ごと、辺りの空間を凍り付かせた。
◆ ◆ ◆
「悪ぃ、遅くなった」
火災ゾーン入り口付近一帯は完全に凍り付いていた。
轟焦凍は技の出来を横目で確認しながら緑谷、飯田と合流した。
緑谷達もスピードを落とし、氷の塊をみやりながら声を上げる。
「轟君!」
「永遠君をまとめてやったのか!?」
「ああ」
轟の“個性”は『半冷半燃』。左半身で熱を、右半身で冷気を操ることができる。特に氷は得意で、体育祭の試合ではステージの殆どを覆い尽くす氷の塊をほぼ溜めもなく作り出した。
先程の攻撃はその時よりも更に研鑽を積み、範囲を増した技である。
「あいつが落ちるのに合わせて撃った」
氷を作って滑ることで高速移動が可能な轟だが、緑谷達に比べればスピードは出ない。
いいタイミングでギリギリ間に合ったのは幸いだった。
「さすがにこれなら避けようがねえだろ」
「だが、大丈夫なのか? 氷漬けだぞ?」
「一般人でも、すぐ解凍すりゃ死にはしねえよ」
まして永遠はヒーロー。
生半可な鍛え方はしていないし、何より『不老不死』である。あの氷結だけで即死攻撃にはなりえない。
「むしろ、凍らせとかないと面倒だっただろ」
「え、どうして……あ、そうか!」
さすがヒーローオタクというべきか、緑谷はすぐに思い至ったようだった。
「八百万さんは『不老不死』。最近の回復速度は『超再生』並みだ。やろうと思えば、
「ああ。飯田達が火災ゾーンに誘導し始めた時は慌てたぜ」
あのまま到達されていたら、轟がなんとかするまで他の面々は迂闊に近寄れなくなっていた。
着地する前を狙わなければ、あの永遠のことだ。冷気の来る方向から遠ざかって難を逃れるくらいのことはやってのけただろう。
「……意外とあっけないものだな」
「いや。速攻を仕掛けられたからこそだよ。彼女に逃げ隠れされたら各個撃破されてた恐れがある」
「だな」
轟は氷塊に向き直って、
「ぼちぼち向かうか。一番良いのはあいつが気絶したタイミングで解凍することだ。溶かした途端に動きだしたら洒落にならないからな」
「なんか、しぶとい虫か何かみたいな表現だね」
引きつった表情で呟く緑谷。
言いえて妙だと轟は思った。
三人はゆっくりと回り込みながら永遠の姿を探して――。
「アホか!」
背後から罵声が響いた。
首の痛みから立ち直った爆豪と常闇、そして黒影である。
「あのガキが凍らされたくらいで死ぬわけねぇだろうが。ぼーっと歩いてる暇あったらもう二、三発撃つくらいしやがれこの役立たずが!」
「いや、さすがにそれやったら死ぬだろ」
中心部の温度がどんな酷いことになるかわかったものではない。
と。
爆豪の懸念を裏付けるかのような事態が直後に起こった。
みし。
氷塊がきしむような音を立てたのだ。
思わず口を閉ざして顔を向ける一同。するとそうするうちに、氷に無数の小さな傷が入って――。
ぱきぃん……!
いい音と共に氷塊が砕け散った。
轟は思わず呆然と口を開けてしまう。永遠を凍らせたのは間違いない。だとしたら、まさか、内側から力だけで氷を割ったというのか。
「だから言っただろうが」
つまらなそうに言った爆豪に誰もツッコミを入れることなく、一同は顔を見合わせると、一斉に火災ゾーン内部へと走り出した。