「あああ、寒かった……!」
轟君の仕業だろう。
周辺の地形や燃える火と一緒にまとめて凍結させられた私は、悪戦苦闘の末、氷を砕いて脱出した。
外気に触れ、下がった体温が上がり始めるのを感じながら辺りを見渡す。今のところ至近距離に人の気配はない。ただ、さっさと離れないとすぐに追いつかれるだろう。
とりあえず、砕いた氷のうち大きそうなもの――直径が私の身長と同じくらいある塊を持ち上げて、ゾーンの入り口めがけてぶん投げておく。
「うわあ!?」
「うるせえ、いちいち騒ぐなクソデク!」
声と共に爆音が響き、塊が砕け散る。
うん、やっぱりいた。
なら、あったかいところに行きたいし、火災ゾーンの奥へとダッシュ。凍らされたのは入り口付近だけだから、奥のほうはまだまだしっかり燃えている。
周囲が明るく、気温も高くなってきた辺りでもう一度爆音。残った氷を爆豪が吹き飛ばしたんだろう。何気なく上を見上げれば、常闇君の黒影と、一羽の小鳥が私を見下ろしている。動物と話ができる口田君が偵察要員になっているらしい。
となると――。
数秒後、私のいる一帯に強烈な冷気が駆け抜け、炎をあらかた吹き散らした。
「やっぱり……っ!」
視界が開け、複数人の姿が遠目に見えた。
こっちから捕捉できるということは、つまり向こうからもバレたということ。
ああもう、次から次へと。
こうなったら、
「逃げる!」
まだ火の手があがっているところへ走る――と。
「今度こそ逃がさねえぞ、チビ!」
「っ。簡単には、やられないよっ!」
爆豪の声。
一瞬、腕がぎくりと硬直する。さっき爆破されたのを思い出したせいだ。でも、再生は終わっているので問題なく動く。
三方向からデクくん、爆豪、飯田君。
さっきと同じ流れだけど、今回はバックアップに轟君が入っている上、他のクラスメート達もぼちぼち合流してくるはず。
逃げられない。
私は気配遮断モードに切り替えて三人を迎え撃った。
狙うのは――爆豪。
ツンツン頭の不良めいた顔を見据えると、彼はにやりと笑った。
「上等だコラ」
視界が、光に包まれた。
衝撃。
身体が吹き飛ばされて宙に浮く。
「ちょろちょろされると鬱陶しいけどなぁ――吹き飛ばしちまえば関係ねぇだろ!」
強い。
爆破を用いた広範囲攻撃なら、多少狙いが甘くても問題ない。吹き飛ばし攻撃になるから私は姿勢が崩れる。
受け身を取るために身体の向きを入れ替えるも、
「悪いが、不意を突かせてもらうぞ!」
「八百万さん、勝負だ!」
爆風を突き抜けるようにデクくん、飯田君が出現。
前後からタイミングを合わせての蹴り。
私は俯瞰視しながら反応し、前から来たデクくんの足首を掴んだ。
「なっ!?」
目を見開き驚くデクくん。
でも、飯田君の蹴りは止まらない。背中からの衝撃に再び吹き飛ぶ。……デクくんと一緒に。
慌ててもがく彼の身体を、腕と腰の力だけで振り回して投げる。飯田君にぶつけ、二人まとめて遠ざけた。
意識を半ば手放した状態なら痛覚も殆どなくなる。
お陰でこういう無茶もできる。
結局、一対多における私のアドバンテージは、連携によって生じる隙だったり、同士討ちを誘うことだ。
轟君だって、味方に当たるかもしれない状況ではそうそう攻撃することが、
「――油断か?」
「あ」
今、この瞬間は私の周りに誰もいない。
直線状に吹き付けた冷気が辺りの空間ごと私を凍り付かせ、
氷の向こうに、右手を突き出す爆豪が見えた。
できたばかりの氷が砕け散って――私は、にやりと笑った。
◇ ◇ ◇
「……まずいですわね」
八百万百はノートパソコンで戦況を監視しながら呟いた。
可愛い義理の妹をクラス全員で追い詰めるという特殊な訓練。
彼女とてヒーロー志望である以上、やるからには全力で臨んでいる。あらかじめ電子機器を持ち込んだのも必勝を期すためだ。
カメラは口田の使役する鳥達に装着してある。彼ら(彼女ら?)の撮影した映像がノートパソコンに送られてくるという仕組みだ。
戦闘が始まって二十分強。
未だに永遠を倒せていない。緑谷や飯田、爆豪、轟といった、A組内でもエース級の面々が早くから交戦していたというのに、だ。
持ち物を投げて強引に手数を増やしてくる。
二人以上で攻撃すれば同士討ちを誘ってくる。
攻撃
一度や二度の打撃ではさほど効果がなく元気いっぱい。
腕を吹き飛ばされても氷漬けにされても、氷漬けから爆破されても生き残る。
その上――身体能力は鍛えた常人を上回っているのだから始末が悪い。
難敵、と言わざるをえない。
こと「負けない」ことにかけて、永遠の右に出る者はなかなかいない。今更ながら相澤のルール設定が恨めしい。
八百万としても永遠を殺すつもりなど全くないのだが、「厄介な敵との戦い」として考えた場合、どうにも頭が痛いのだ。子供向けのコミック作品なら大火力でぶっ飛ばしても気絶で済むが、ヒーローが敵を相手取る場合にはそうもいかない。ギリギリまで相手を殺さず捕まえようとしなければならない。
「これならどうだ」→「これでも駄目なのか……」の繰り返し。
並の相手なら決定打になる場面が幾度もあったにも関わらず、未だ決着がついていないのはそういうわけだ。
「切島さんや芦戸さん、上鳴君も戦線に加わっていますが――」
正直、成果は芳しくない。
硬化を深くすることで打撃の衝撃を克服した切島だが、殴られても痛くない彼と殴られてもすぐに治る永遠では千日手になってしまう。あの少女にとっては緑谷や飯田のような「速くて捕まえられない」タイプの方が難敵となる。
芦戸の放つ酸は攻略の決め手になりえたが、あろうことか「その攻撃も克服しておきたかったんだ」と、永遠は致命傷にならない範囲で敢えて喰らいに来た。お陰で酸の中和、溶かされた皮膚の再生速度がだんだん上がってきてしまっている。
上鳴の電撃で神経を麻痺させても、神経自体が高速で再生してしまう。
効かないわけではない。
ただ、しぶとすぎて効果がないようにしか見えない。
八百万も麻酔銃やトリモチ、捕獲用ネットなどを作成して仲間に託したが、その程度では永遠は止まってくれなかった。
べたべたにくっついたトリモチを皮膚ごと剥がして脱出されたのなどは軽くトラウマものである。
攻撃し続けていればいつかは疲労で動けなくなるだろうが、それはこちら側も同じだ。
果たして、先に根負けするのはどちらか。
切り札になりえるとすれば、
「麗日さん、それともしかすれば蛙吹さん、でしょうか……」
十九人のA組メンバーは望まない持久戦を強いられていた。
◇ ◇ ◇
「うう」
私は忙しくて死にそうだった。
殴られても爆破されても凍らされても焼かれても酸で溶かされても致命傷にはならない。致命傷になっても治るけど、だんだん攻撃の上限値というか「ここまでならやってもいいよね」が厳しくなってきてる。
特に酸とか電撃は勘弁して欲しい。再生するのに結構時間がかかるのだ。喰らう度にちょっとずつ耐性がついてくれてるのは嬉しいけど。
息を切らせながらUSJ内を駆け回る私。
合間を見て、空になっていない(ボールが入っていたのではない)方のポーチから食料を取り出しては口に入れる。ちょっとでも栄養補給しておかないともたなくなるかもしれない。
幸いなのかどうなのか、二、三分前から、総出で殴る蹴るされることはなくなった。
入れ替わり立ち替わり誰かがやってきて私を休ませない、そんな作戦にシフトしたようだ。
と、言ってる傍から、何か細いものが伸びてくる。
「瀬呂君!」
「ああ、俺だよ!」
腕に巻き付き張り付くテープ。
このテープはちょっとやそっとじゃ取れない。刃物で切るのが一番だけど、生憎ステッキは落としたままで回収できていない。
なので、
「これでお前は俺から逃げられ「えいっ!」うわあっ!?」
ぐいっとテープごと引っ張って瀬呂君の身体を引き寄せる。
たたらを踏むようにして私の傍まで来た瀬呂君と見つめ合い、
「や、優しくしてくれ」
「ごめん、無理」
加減はしたものの、やや強めに腹パンを入れる。
「……がくっ」
気絶してくれたところで強引にテープを引きちぎると、再び走り出す。
っと、今度はレーザー。
なんとか避けて、二度、三度と来る追撃も同じようにかわす。
すると更に冷気、電撃、炎。
ギリギリかわせてるけど、これは、もしかすると――。
「誘導されてる?」
「ああ、そうさ!」
水難ゾーンの端に到達した私が呟くやいなや、背後から肉薄してくる
「私もいるよ!」
「……お茶子ちゃん」
唇を噛む。
お茶子ちゃんの『無重力』は触れたものをふわふわ浮かせることができる。解除はお茶子ちゃん自身の任意。しかも、『不老不死』が「肉体への悪影響ではない」と判断しているのか耐性が未だにできていない。
触れられたら一発アウト。
やろうと思えば百メートルでも千メートルでも浮かべて酸欠にさせたり、落としてぺしゃんこにできる、思った以上に凶悪な“個性”だ。
ここまでにも何度か狙われていて、私はその度に最優先で対処してきた。
両手をかわして打撃を浴びせたり、コンクリの地面を砕いてまで飛び道具を作って投げつけたり、複数人の乱戦にもちこんで味方への攻撃を誘ったり。
とはいえ、文字通りの背水の陣で出て来られると、
「今度こそ!」
左にデクくん、右に飯田君、前からお茶子ちゃん。
お茶子ちゃん一人ならスピードで突破できなくもないけど、正面に突進した途端、残りの二人が左右を再び塞ぐだろう。
――しょうがない。
私はくるりともう一度身体を回転させると、すぐさま地を蹴った。
「え?」
「へ?」
「な」
どぼん。
追いつめられて逃げ込んだ先は、最初に「ありえない」と判断した水の中だった。
◇ ◇ ◇
来た。
蛙吹梅雨は顔を上げ、水中への侵入者を察知した。
彼女は早くから水難ゾーンに陣取っていた。
永遠が簡単にやられないことを理解した上で、広いUSJ内を逃げ回られる方が厄介だと判断、もっとも得意な場所を確保していたのだ。
活躍の機会が来るかどうかは賭けだったが、どうやら彼女の勝ちらしい。
(悪く思わないでね。ケロ)
『蛙』の“個性”により、彼女は水中での活動が可能。
永遠ならある程度、長い時間の潜水も可能かもしれないが――水の中なら梅雨の方が一枚も二枚も上手だ。
上からの追撃を避けるためか、飛び込むなり潜ってくる永遠に向かっていって、
「!」
彼女が驚き動きを止めた時にはもう、攻撃できる距離に入っていた。
(逃がさないわ)
蛙を模した動きで更に接近しながら舌を伸ばす。
右腕を絡み取り、小さな身体を引き寄せたら、本格的に抗われる前に全身を使って抱きついてしまう。
ごぼ、と、永遠の口から息がこぼれた。
ふりほどこうともがく永遠。だが、二人分になった体重は彼女達を深いところに沈めていく。水中にいるせいで永遠の筋力も十分に発揮できておらず、梅雨でもくっつき続けることが可能だった。
『この戦い、キーになるのは麗日さんと蛙吹さんだと思いますわ』
開始直後。
八百万百は永遠を追いながら、梅雨とお茶子にそう告げていた。
彼女の考えは正しかったと言っていい。
不死身の相手を倒す方法。
決して多くはないその方法の一つが「浮かせること」であり、別の一つが「呼吸困難に陥らせること」だ。
いくら不老不死といっても、人間である以上は水の中で呼吸できない。
息が続かないのなら思考は鈍り、動きは止まり、やがて気絶に至る。
そうなったらあとは頃合いを見て陸に上げ、どうやっても動けないくらいまで拘束してしまえばいい。
(と、暴れないで欲しいわ)
さすが永遠と言うべきか、ここまで追い込まれてもなお足掻く。
じたばたと暴れる活きの良さは、これが魚ならさぞかしい美味しいだろうという感じだ。だが、暴れれば暴れるだけ、残り少ない酸素を浪費することになる。
梅雨は、腕と足を存分に使って身体を絡みつかせ続けた。
そして。
やがて全身から力を抜いた永遠は、ただ深く沈んでいくだけの状態になった。