『祝・プロヒーロー試験合格』
ある日の朝、登校すると校舎にそんな垂れ幕がかかっていた。
私の話、ではない。
先んじて行われた正規のプロ試験にて、雄英の三年生から合格者が出たことを伝えるものだ。
合格者数は、日本一のヒーロー校の名に恥じないもの。
今日の午前零時の時点で公式が合格者の氏名一覧も公表している。
その合格者の中には、私が知っている名前も含まれていた。
「嬉しいよね。こうやって祝ってもらえると」
垂れ幕を見上げていた私に、背後から声。
私は振り返りながら微笑んだ。
「合格おめでとうございます――ミリオ先輩」
「ありがとう! いや、催促したみたいで悪いね!」
ははは、と、明るく笑うのは、平凡すぎて逆に目立つ顔立ちをした長身の青年。
雄英ビッグ3の一人、通形ミリオ。
先程、私が思い浮かべた人物の一人でもある。
ビッグ3は全員がプロ試験に合格している。
場数も実力も抜きんでていた彼らだから、順当といえば順当だが、
「やっぱりプレッシャーだったよね。僕らより年上の人も沢山いたから」
「……ですよね」
何気なく、でも、確実にトーンを落として言うミリオ先輩に、私も苦笑を返す。
身長が全然違うので完全に見上げる形だ。
でも、
「あのプレッシャーの中、結果を出してこそプロなんだろうね」
ミリオの目は笑っていなかった。
彼自身の合格は決まっている。
別枠で受ける私の合否は、他の人のそれに影響しないのに、それでも――彼は私を『ライバル』だと認識しているのだ。
「俺には考えられない。二年前の時点であの試験を受けるなんて」
「お情けで合格した、なんて言われないように、ちゃんと結果を出してきます」
今度は不敵に笑ってミリオを見上げる。
「期待してるよ」
差し出された手を、私はぎゅっと握り返した。
◆ ◆ ◆
三月頭。
私用のプロヒーロー試験は、平日三日間に渡って行われることになった。
初日が終わった後は雄英まで戻らず、会場近隣のホテルに泊まって二日目、三日目を迎えるコース。
初日の朝。
早起きした私は、みんなから送り出される形で雄英から出発した。
A組メンバーはもちろん(爆豪もキレ気味に激励してくれた)、B組や上級生からも応援をもらった。物間君も「これで落ちたらA組の恥さらし、いやA組自体が恥さらしだよねぇ!」などとわかりにくい激励を送ってくれたくらいだ。
「……一年生の担任なのにプロ試験の引率かよ」
「今更何言ってるんですか相澤先生」
寮の前でわいわいやっているうちに先生がやってくる。
朝早いのもあってめっちゃ眠そうな相澤先生は、何やら風呂敷に包まれた重箱のようなものを手に下げていた。
「なんですか、それ?」
「お前用の弁当だ」
「え。相澤先生が作ったんですか?」
「んなわけないだろ。いらなきゃ捨てろ。ただし、ここで開けるなよ。時間がもったいない」
「わ、と」
ぐいっと突き出されたそれを受け取ると、かなりずっしりとしていた。
複数段にわたる重箱にぎっしり主食とおかずが詰まっているのだろう。それが全部私用だとすると……あ、まずい。テンション上がってきた。
朝ご飯も多めに食べたんだけど、お昼まで待てるだろうか。
「うわ、すごいお弁当やね。……私達も作ってみたんだけど、もしかして迷惑になっちゃう感じ?」
みんなの中からお茶子ちゃんが進み出てきて、これまた大きな包みを示す。
おお、さすがの私も両方とも完食するとなると厳しいものがありそうだけど――。
「迷惑なわけないよ! 食べきれなかったら夕飯にしてもいいんだし」
私は、みんなからの気持ちを笑顔で受け取った。
送迎用の車に乗り込む。
後部座席に座るのは私一人だったけど、二つの大きなお弁当もあるのでわりとスペースいっぱいになった。
「安全運転でお願いします」
「時間までに着けばいいんだから、飛ばして事故る方が非合理的だ。というか」
車を発進させようとした相澤先生がじろりとこちらを睨んで、
「お前は何を始めている」
「え? 自分で持ってきた朝ご飯を食べようかと――」
「食ってきたんじゃないのかよ」
「朝早いんですから、移動中にお腹空いちゃうじゃないですか」
「遠足じゃないんだぞ」
失礼な。
腹が減っては戦ができないというじゃないかと、私は毅然と先生を睨み返した。
◆ ◆ ◆
初日の試験内容は筆記試験だ。
車で連れて行かれた会場は、都内にある多目的ホールのような場所だった。
近くの駐車場で車を降りると、途端、どこからか現れたマスコミがどっと押し寄せてくる。
「おはようございます、八百万さん!」
「いよいよプロヒーロー試験ですが、受験前のお気持ちは!?」
「何か一言お願いします!」
相澤先生が目に見えてうんざりした顔になった。
放っておくと「邪魔です」とかなんとか言ってさっさと退散させるのが目に見えていたので、せめてその前に、にっこり笑って一言、
「頑張りますっ!」
「うおおおおお!」
歓声が上がった。
珍しくスーツ姿の相澤先生(髪がセットしきれてない上に目つきがアレなのでチンピラっぽい)が視線だけで人混みを割って、カシャカシャとフラッシュを焚かれる中を二人で歩いた。
ホールに入るとさすがにマスコミの姿はない。
警備の人員もかなりの数が動員されている。場所と日程を公開しなければ良かったんじゃ? とも思ったけど、ある程度は公にしておかないと試験の正当性に疑問を持たれるから、ということらしい。
「八百万永遠さんですね」
「はい。よろしくお願いします」
受験者が一人なので形だけではあるものの、受験票の受け渡しと本人確認を行ったら、さっそく筆記試験の会場である会議室に移動した。
「本日は筆記試験になります」
開始は午前十時。終了は午後十八時。
任意のタイミングで一時間の食事休憩が取れる他、トイレ休憩も好きなタイミングで好きなだけOK。ただし、試験中もトイレまでの廊下も、なんならトイレの中まで監視がつく。
食事休憩が不要なら試験にあててもいいし、飲食しながら試験に臨むことも許されている。
「科目は――」
たくさん。
読み上げられた科目は国語、数学、日本史、世界史といったものから一般常識、基礎医学、各種法律に至るまで様々だった。
プロ試験に合格して活動を始めたヒーローは社会人と見なされるので、ある程度の教養が必要、ということでこれだけ幅広い内容になっているらしい。
問題用紙と回答用紙はまとめて配るので、好きなものに好きなだけ時間をかけろ、というストロングスタイル。
苦手な科目を無視して得意科目に集中してもいいわけだけど、「〇〇点以下の科目が×個あった時点で無条件失格」みたいな基準がないとも限らない。
時間配分に気を付けつつ、まんべんなくある程度の点は取れるようにしておいた方が無難だろう。
「では、筆記用具等をお出しください。不用品は一度お預かりします」
シャーペン、消しゴム、替え芯。
時間確認用の小さな置き時計に、眠気覚ましのミントタブレット。
糖分補給用のチョコレート、水分補給用のミネラルウォーター、あと秘密兵器の栄養ドリンクと缶コーヒー。
もちろんお弁当も用意して、
「……多いですね」
女性の試験官さんが思わず、といったように声を漏らした。
「普段はこれ、何百人ってやってるんですか?」
「いえ。一般のプロヒーロー試験では五十五分ごとに五分間の休憩としていますし、私物の持ち込みも厳しく制限しています」
そりゃそうだ。
ということは、今回のは特例。でも、楽になっているかというとそうともいえない。
高校一年生の私は試験という状況そのものにあまり慣れていない。
飲食可という状況で厳しく自分を律し、更にペース配分までこなせ、というのはむしろ、積極的に落としに来てるのかも。
――まあ、前世で試験なんかさんざん経験してきてるんだけど。
ボディチェックも含めた厳しい確認の上、スマホ等の荷物を取り上げられる。
ついでに持ち込みの私物もひととおりチェック。
さすがにお菓子までは開けられなかったけど、お弁当はいったん包みが開かれた。
「これは……両方お弁当ですか? 一人分にしては物凄く多いですけど」
「あはは……友達からと、あと、なんか先生が」
『なんか先生が』ってなんだ。
「なるほど……と、これは」
開かれたお弁当箱は風呂敷に重箱の方。
中を覗きこんだ女性試験官が口を半開きにして硬直する。首を傾げた私は、鼻をくすぐる美味しそうな匂いに思わず立ち上がった。
何故かわからないけど、その匂いが物凄く、胃袋を刺激してきたのだ。
「ハンバーグにグラタン、エビフライ、トンカツ、コロッケ――主食はオムライスとエビピラフ。まだまだありますよ」
一緒に覗き込むと、確かに彼女の言う通りのラインナップがあった。
食べ盛りの子供が大好きなメニューのオンパレード。
これから試験という私にはあまりにも目に毒すぎる。うう、なんでこのタイミングで開けなきゃいけなかったのか。
「凄いですね。……これ、洋食屋さんのお弁当って言われても信じちゃいますよ」
「っ!?」
「え。ど、どうしたんですか?」
驚いたような彼女の声も殆ど耳に入らないまま、私は重箱と風呂敷をくまなく確かめた。
――ない。
メッセージカードも、袋に入った割り箸も。
調理者、もしくは『店名』を示す証拠はどこにもなかった。代わりに、中学生くらいの女の子が使いそうな持ち運び用のお箸が、箸箱ごと入っていた。
その箸と箸箱にも、覚えはない。
ないけど、何故か胸が締め付けられるような想いがした。
「……大丈夫ですか?」
「はい」
こみ上げてきた涙を拭って、私は再度、試験への意欲を湧きあがらせた。
◆ ◆ ◆
筆記試験はつつがなく終わった。
私には今回のレギュレーションがちょうどよかったかもしれない。
頭が栄養を欲してきたらチョコレートやミントタブレットを放り込み、集中力が切れてきたら五分くらいの短い仮眠を取り、一時間のお昼休憩で食べられるだけお弁当詰め込み――と、だんだん試験官の人達が変な子を見るような目になるのを感じながら、最後までテストをやり切った。
わかんなくて適当に答えた箇所もあるけど、とりあえず回答用紙は全部埋めた。
一日目の試験を終えた後、相澤先生にあの重箱は誰から受け取ったのかと尋ねると――彼は不自然に目を逸らしながら、素っ気ない口調で答えた。
「さあな。……お前と同い年くらいの男だったが」
「男子中学生って意味じゃないですよね?」
「ただしく自己評価できているようで何よりだ」
イラっとしたのでほっぺたを引っ張ってやろうとジャンプしたら、ひょいっとかわされた。
◆ ◆ ◆
二日目のは試験では「戦闘行為を伴わない」実技全般が見られた。
必須科目として応急処置などの能力を見られた後、選択科目として幾つかの技能を披露。
これ、ヒーローと関係あるの? っていう感じの科目も含まれていたので、私は「料理」「歌」「ダンス」などを選択した。
料理は得意分野だし、歌やダンスも学園祭や各種イベント出演なんかで最近やる機会が多かったのでそこそこ自信があった。
なんというか――意外と経験が生きるものだと思う。
いや、イベント出演も一応ヒーローとしてのお仕事だったわけだし、そもそもこの実技試験自体がそういう、戦闘行為以外のお仕事への適性を見てるんだろうけど。
お昼休憩を挟んで、午後は面接だった。
会議室で、複数人の大人と向かい合っての質疑応答。
雄英と並び称される難関・士傑高校の校長先生や警察の偉い人、官僚の方など試験官はそうそうたるメンバー。
そんな中、一人、ヒーロー代表として座っていたのは、以前に会ったことのある『センスライ』――嘘発見の“個性”を持つ女性だった。
要は、私がどれだけ『駒』として使えるかを確認する目的なのだ。
聞かれ、答えたのは通りいっぱんの内容が殆どだったけど、嘘偽りが一切通用しないとなれば、その意味はとても重くなってくる。
自分を大きく見せるための良い意味での虚飾さえ見通される。
それでも敢えて誇張するか、それとも等身大の自分を自信をもって表現できるか。嘘を見破られるという緊張から言葉を詰まらせないで済むか、などなどを見られた。
結果は全ての試験が終わった後でないとわからないけど、センスライは最後、こっそりと私に向かって微笑んでくれた。
◆ ◆ ◆
最終日。
試験会場に指定されたのは、一日目と二日目に使われたのとは別の場所だった。
国立多古場競技場。
仮免の時にも使った場所だ。なんでも伝手とかコネの問題で借りやすい施設なんだとか。
広々とした前の時と似たようなフィールドが形作られている。
でも、前回と違い、受験者は私一人。
相澤先生は観客席で見学。
魔法少女のヒーローコスチュームでフィールドの端辺りまで進むと、黒くて大きい影が現れた。
「最終試験では複数の課題に取り組んでもらう。課題の数と内容、採点基準は非公開。本日の十八時を迎えるか、課題が打ち止めになったら試験終了とする」
どこか丸みのあるフォルム。
大きな体格に、ずらりと並んだ鋭い歯。
「そして、一つ目の課題は俺を打ち負かすことだ」
「ギャングオルカ……!」
「久しぶりだな。今回はお互い、余計なハンデはなしでやろうか……!」
いくつ有るかわからない課題の、一つ目がプロヒーローとのガチバトル!?
予想はしてたけど、プロ試験、思った以上に厳しそうだった。
試験内容は情報がないので、独断と偏見で決めました。
永遠のは特例なので、実際の試験とは異なる可能性があります(言い訳