死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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プロ試験2

 鯱ヒーロー、ギャングオルカ。

 個性は『シャチ』。シャチっぽいことなら何でもできるという、物凄く大雑把で、だからこそ強力なプロヒーロー。

 

 私達は数歩の間合いを取って睨み合ったまま動かなかった。

 十時。

 開始時刻が来ると同時に、

 

「時間だ」

 

 黒い巨体が動きだした。

 力強く、素早く、踏み出される足。

 同時に、人の可聴域を超えた超音波が発せられ、耳鳴りのような感覚と共に全身が痺れる。

 

「……くっ」

「遅い」

 

 麻酔が抜けた後のような気怠さ。

 気力で足を動かしてバックステップすれば、向こうはそれを上回るスピードで接近、私の左肩をがしっと掴み――どんっ! と、重い膝蹴りがお腹に叩きこまれた。

 衝撃が身体中に走る。

 吹っとぶこともできずに泳ぐ身体。地面から足が離れるやいなや、ギャングオルカは私を更にぐいっと持ち上げ、何の容赦もなく宙へと蹴り上げる。

 

 キィン――!

 

 再度の超音波。

 回復しかけていた身体に再びの痺れ。為す術もなく地面に叩きつけられ、お腹を踏みつけられる。もう一方の足ががんがんと身体を蹴ってくる。

 これは、きつい。

 一対一で麻痺攻撃。情け容赦のない打撃の連続。私に何もさせず勝負を決めようとしている。本気も本気。戦いというよりもはや狩りの領域だ。

 

「痛いか」

 

 連続して放たれる超音波。

 

「辛いか」

 

 一発一発が重い蹴りの数々。

 

「プロになれば、そんなのは日常茶飯事だぞ」

 

 諦めるなら今のうちだ、とでも言いたげな言葉だった。

 いや、実際そう言ってるんだろう。

 彼は、新たにプロになろうとしている受験者に最後の問いかけをしているんだ。痛いぞ。辛いぞ。苦しいぞ。それでも、本当にプロになるのか? と。

 

 ――私は平穏に生きたかっただけだ。

 

 プロヒーローになって高額納税者番付に名を連ねる、なんて誰かさんの夢には正直共感できない。

 ここまで来てしまったのは成り行きによるところが大きい。

 ならずに済ませられるならなりたくなんてない。

 

 でも。

 

「当たり前です……っ!」

 

 右手でギャングオルカの足を掴む。

 

「む……」

 

 ギャングオルカは唸ると超音波を放ってくる。

 ぴりぴりという耳鳴りは相変わらず感じるものの、私は変わらず右手に力をこめ続ける。ぎりぎりと、小さな手を食い込ませて、

 どんっ!

 私を踏みつけていた足が浮き、同時に側面からの蹴り。ごろごろと転がった私は衣装が汚れるのと鈍い痛みを感じながら、地面に手をついて立ち上がった。

 

 鋭い視線が私を射貫いてくる。

 

「効かなくなったか」

「何度も使ってくれたお陰で、身体が慣れてきました」

「そうなる前に勝負を決めるつもりだったのだが、な」

「殺すつもりでないと、私は止まりませんよ」

「言ってくれる……!」

 

 耳鳴り。

 大砲のごとく跳んでくるギャングオルカと、私は拳を叩きつけ合う。激しい衝撃。身体が後ろに逃げそうになるのを無理矢理引き戻して何度も何度も拳を振るう。

 

「おおおおおっ!」

「ああああっ!」

 

 まるで意地の比べあいだ。

 殴り合ううち、相手の拳に当たらない攻撃も出てくる。それらは肩に、腕に、お腹に当たる。それでもお互い止めない。そのうち自然に蹴りも混ざるようになり、拳撃で拳撃をガードできるかどうか、なんていうことは些細な話になり果てた。

 自分へのダメージなんて気にするな。

 相手が倒れるまで殴り続ければこっちの勝ちだ。

 

 ――暑苦しく泥臭い殴り合いがどれだけ続いただろう。

 

 先にくらっと来たのは私の方だった。

 大きな手が私の頭をがしっと掴む。めりめりという頭痛を感じる。

 

「……悪く思うなよ、期待のルーキー」

 

 ぎらりと、ギャングオルカの鋭い歯が覗いて――直後、私は全身に刺すような激痛を感じた。

 意識が飛びそうになる。

 でも、噛まれた傷口が、()()()()()()()()()()()()()()()()更なる激痛が私に覚醒を促した。自分でもなんて言ってるのかわからない悲鳴を上げながら、私は解放されて振り落とされて、

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 落ちた途端、地面を蹴って再跳躍すると、

 

「なっ!?」

 

 驚愕に目を見開いたギャングオルカの顎を、思いっきり蹴っ飛ばした。

 

「―――」

 

 白目を浮かべたプロヒーローはぐらり、と巨体をよろめかせ、そのままどすんと仰向けに倒れる。

 地面が震え、そして。

 

「見事だ」

 

 血に濡れた口から賞賛が紡がれる。

 

「俺の課題は合格とする。強くなったな」

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「半分、殺すつもりだったんだが」

 

 少女が次の課題に向かい、一人になったギャングオルカは宙に向かって呟いた。

 

「本当に、強くなった」

 

 仮免試験で彼女と戦ったのは、ほんの半年前だったか。

 あの時は他の受験者と一緒に必死で戦っていた少女が、今ではプロヒーローであるギャングオルカに「初手から全力で行く」という選択肢を選ばせるまでになった。

 超音波を連発しながら打撃で攻めたのは、そこで攻め切れなければ負けると悟ったからだ。

 彼女は強くなった。

 異常としか言えない速度で、めきめきと力をつけている。

 

「……あんな小さい少女に頼らなければならないとはな」

 

 幸い、外傷はほぼない。

 彼はよろよろと起き上がると、控え室に向かって歩き出した。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 私は街の中を走っていた。

 次の課題に関するアナウンスがあったからだ。

 

『受験者はC4地区のビル前に向かってください』

 

 どこがA1なの!? と言いたいところだったけど、私の入った入り口から見て左上からだ、とギャングオルカが教えてくれた。

 到着するスピードも重要なのかどうなのか迷いつつ、受けたダメージが和らぐ程度に余裕をもって向かうと――該当する地点には巨大な影が現れていた。

 鋼鉄でできた無骨なフォルム。

 どことなく覚えのあるそれは、具体的に言うと入学試験と体育祭で見た奴で、

 

「雄英ロボ!?」

 

 しかも0点。

 0点だけに、これを倒しても試験結果には関係ありません(ガチ)とかだったらどうしよう、と、思っていると、

 

『目の前のロボを撃破してください』

 

 幸いにも指示が出てくれた。

 指示されたなら仕方ないと、雄英ロボに向かって駆ける。向こうも何かの操作をされたのか、がしゃがしゃと動き始めた。

 狙いは私か、街か。

 街だとしたら時間はかけられない。私はスピードを落とさないまま背中のステッキを手に取ると、ロボの至近でジャンプ、比較的装甲の薄そうな関節部をぶっ叩いた。

 

 手ごたえ、あり。

 

 ロボのバランスが一瞬崩れる。

 バランサー機能でも働いているのか、残念ながらすぐに体勢は立て直されたものの、どうやら私をロックオンしてくれたらしい。身体の向きが明らかに私に向き始める。

 ならば、

 

「こっち!」

 

 広い道路に沿って追いかけさせて向きをコントロール。

 ステッキだと細くて力が乗り切らないな、ということで、背中にしまい直して、今度は素手でぶん殴りに――。

 

「どかーん!」

 

 どがばきぐしゃどーん!

 

「は?」

 

 アホっぽい声と共にロボを叩き潰したのは私ではなく、見たことがある、というか週一以上で見ているエロ……もとい、扇情的なコスチュームの巨大美女だった。

 あの巨大な雄英ロボが文字通り頭から叩かれて潰れたのだから、その威力は推して知るべし。

 

「なにやってるんですか、レディさん」

「やっほートワちゃん! 課題二つめは私よ!」

 

 二つ目ってことは、今の雄英ロボはガチでただの余興だったのでは……?

 

「なんでプロヒーローが立て続けに来るんですか!?」

「もうわかると思うけど、今度は私を倒してもらうわ!」

 

 いや無理。

 っていうかこっちの話無視だし。

 ギャングオルカはまだわかる。めちゃくちゃ強かったけど、人間サイズだし。私を踏みつぶしたりとかはできない。殴ってればいつか勝てる。

 でもレディさんは巨大化したら怪獣とやり合えるじゃないですか……。

 と、言いたいところだけど、これがプロ試験である以上はやらないといけない。

 

「さー、どっからでもかかって――」

「えいや」

「ぎゃあああああっ!? 何したのトワちゃん!?」

「足の小指を蹴っただけです」

「それ駄目な奴じゃない!」

 

 右足を持ち上げてぴょんぴょんするレディさん。

 ちょっと涙目になっていて可愛い。

 

「トワちゃんには血も涙もないわけ!?」

「そっちこそサイズ差を考えてください!」

「ふふん、男の子はおっきい方が好きなのよ。どことは言わないけど」

 

 そんな少年漫画の登場人物みたいなトークを――って、少年漫画の登場人物だっけ。

 

「年増」

「今なんつったコラ!?」

「あ、聞こえました? 歳の話には敏感なんですね。やっぱり気にしてるんですか?」

「……おっけートワちゃん。今日という今日は泣かせるから覚悟しなさい♪」

 

 いや、そんな覚悟したくないです。

 というわけで私は逃げる。

 というか、レディさんを挑発した直後から踵を返して逃げている。

 

「待てやこのクソガキ!」

「子供じゃないです、高校生です! 何でもかんでも相手を子ども扱いするのは年取った証拠ですよ!」

「うん泣かす、絶対泣かす。ごめんなさいお姉様もう言いませんって言うまで許さない!」

「うわ、あの人自分のことお姉様とか言ってる。ミッドナイト先生とシェア争いしてる間にリューキュウさんがねじれ先輩と殴り込みかけてきますよー?」

 

 念のために言っておくと、別に楽しくて挑発してるわけじゃない。

 奇しくもミッドナイト先生にやったのと同じ手。

 私はヒーローとして戦わなければいけない以上、街にはできるだけダメージを出してはいけない。そこで、レディさんの痛いところをこれでもかと突いて怒らせて、私だけを狙うように仕向けた。

 後はマップの端っこにあった山岳地帯にでもおびき寄せられればいいんだけど――足の長さが違いすぎて、あっという間に追いつかれる。

 

「うわ遅っそ。トワちゃんどこもかしこもちっちゃいからなー」

 

 うわ大人気ない。

 素でドン引きしそうになりながら、伸びてきた手をかわす。

 そして避けるだけじゃなく、あらかじめ準備しておいたステッキ(先端の刃先解放済み)でちくっと刺す。

 

「あ痛!」

「下手に捕まえようとしたら刺しますよ! お腹の中に飲み込んでくれてもいいですよ!」

「一寸法師か!」

 

 レディさんもガチギレしてるわけじゃない(と思う)けど、怒りで冷静さが抑えられている。

 なんとかかんとかやりすごしながら目的地に到達。

 デカイ声で喚いたせいか、レディさんはぜーはー言いながら立ち止まって、

 

「きちんと誘導できたのは褒めてあげるわ! でも、これは試験だから応援のヒーローは来ないわよ! どうするのかしら!?」

 

 どさくさに紛れてAFO(オール・フォー・ワン)で『巨大化』を盗む――という手を使いたいところだけど、

 

「私にできるのは、延々一寸法師を続けることだけです!」

 

 一回ちくっと刺しただけじゃ蚊に刺されたようなものだろうけど、いつまでも続けられたら鬱陶しいはず。

 巨大化している分、レディさんのカロリー消費も激しいだろうから、馬鹿の一つ覚えの持久戦をするしかない。

 

「……おっけー。合格よ!」

 

 言うが早いか、しゅるしゅると縮んでいくレディさん。

 元のサイズに戻るとニッコリ笑顔で近づいてくる。

 え、あれ、ちょっと拍子抜けな気もするんですが、

 

「いいんですか?」

「だって、この後はただの泥仕合じゃない。ギャングオルカさんの見てたからもう満足。トワちゃんなりの回答はちゃんと見られたしね」

「レディさん……」

 

 ほっこりと胸が熱くなる。

 このまま一人ずつプロヒーローとアレな戦いをするのかと思ったら、ちゃんと採点して、評価してくれるみたいだ。

 これならなんとか頑張れ――。

 

「それはそれとして」

「ふへ?」

 

 思った矢先、ほっぺを両側からぐにーっと引っ張られて、

 

「人のことさんざん罵ってくれた分はしっかりお返しさせてもらうわ!」

「ちょっ、ギブ! ギブですレディさん!?」

「ああ!? それはプロ試験をギブアップするってこと!?」

「この鬼ー!?」

 

 結局、負い目がある+試験に関係ないのをいいことに、十分くらい無抵抗のまま殴る蹴るされました。

 

「あ、そうそうトワちゃん」

「はい?」

 

 ようやく解放された私は次のアナウンスを待ちつつ、体力回復のために座ったまま、

 

「課題。戦闘ばっかりじゃないから気をつけなさいね」

「え」

 

 どういう意味か聞こうとした直後、アナウンスが響いた。

 

『受験者はC5の芸能スタジオビル内に入ってください』

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 ぜーはー言いながら指定のビルに入ると、一人の特徴的な女性が待っていた。

 

「いらっしゃい。ここでは私とカラオケで勝負よ!」

「う、ウワバミさん……!?」

 

 髪が蛇のようになったプロヒーロー・ウワバミさんが、マイクを持って挑発的な視線を送ってくる。

 

「どっちかが百点を出すまで終わらないからね!」

「ええ……」

 

 私のプロ試験はまだまだ始まったばかりのようだった。

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